役の汲みせしむも先ず飲むは、渇なればなり。

其九4-16

汲役先㱃者、渇也。

jí yì xiān yǐn zhě、kĕ yĕ。

解読文

①国境を守る兵士が、下男に井戸から水を汲ませても先に飲んでしまう要因は、水が枯れていることにある。

②喉が渇いている兵士は、下男が井戸水を汲み入れた桶を奪い取って先に飲むのである。

③昔から、家畜や馬の飲み水が枯れれば、下男が井戸から水を汲んで家畜や馬に水を飲ませるのである。

④徴兵された国境を守る兵士には、枯れた井戸の問題を放置して、酒を飲むことを第一にする者がいるのである。

⑤辺境・国境を守る兵役に就いたら、最も重要な国境警備に没入することを切実な要求とするのである。

⑥水が枯れた時は、井戸から水を汲む下男が脱水症状で死ぬ状況に陥っても隠そうとする兵士が出現するのである。

⑦最も重要な問題を隠して露わにしない国境を守る兵士を急いで連行することを公用の労役として服させる者がいるのである。

⑧連行された国境を守る兵士に対して、切実な要求として任務に耐え忍ぶことを指導するのである。
書き下し文
①役の汲みせしむも先ず飲むは、渇なればなり。

②渇く者は、役の汲(ひ)きて先ず飲むなり。

③先より、渇かば、役は汲みて飲ますなり。

④役は渇きを汲(ひ)きて、飲むこと先にする者あるなり。

⑤役に汲(ひ)かば、先は飲むこと渇きとするなり。

⑥渇にして、汲む役を先なるも飲まんとする者あるなり。

⑦先を飲む者を渇(いそ)ぎ汲(ひ)く役あるなり。

⑧汲(ひ)かれる役に渇きとして飲むこと先だつなり。
<語句の注>
・「汲」は①井戸から水を汲む、②引っ張る、③井戸から水を汲む、④⑤引っ張る、⑥井戸から水を汲む、⑦⑧引っ張る、の意味。
・「役」は①国境を守る兵士、②③下男、④兵役、国境を守る兵士、⑤兵役、辺境・国境を守る、⑥下男、⑦公用の労役に服させる、⑧国境を守る兵士、の意味。
・「先」は①②先に、③いにしえの、④第一にする、⑤最も重要なこと、⑥既に他界したさま、⑦最も重要なこと、⑧導く、の意味。
・「飲」は①②水などの液状のものを口にする、③家畜や動物に水を飲ませる、④酒を飲む、⑤没入する、⑥⑦隠してあらわにしない、⑧耐え忍ぶ、の意味。
・「者」は①因果関係「也」に対応した置き字、②③助詞「もの」、④⑤助詞「こと」、⑥仮定表現の助詞、⑦助詞「もの」、⑧助詞「こと」、の意味。
・「渇」は①水が枯れたさま、②喉が渇く、③水が枯れたさま、④⑤切実な要求、⑥水が枯れたさま、⑦急いで、⑧切実な要求、の意味。
・「也」は①因果関係を表す助詞、②③④⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する
・この句には、八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・「汲」は“井戸から水を汲む”は、解読文②で下男(男性の下僕、召使)に井戸から水を汲ませることがわかるため、使役形で「下男に井戸から水を汲ませる」と解読。

<②について>
・「渇く者」の「者」は、①「国境を守る兵士」と解釈。結果、「喉が渇いている兵士」と簡潔に解読。

・「汲」の“引っ張る”は、下男が井戸から水を汲み上げた桶を兵士が奪い取る場面だと推察。結果、「井戸水を汲み入れた桶を奪い取って」と解読した。このように、下男に対して自分の欲求を優先した態度を取れば信用を失うと推察する。また、このような兵士の態度を陣営内で確認したら要注意と心得るべき記述と考察する。

<③について>
・「渇」の“水が枯れたさま”は、「飲」を“家畜や動物に水を飲ませる”と解読することから、「家畜、動物用の飲み水が枯れる」ことと解釈。また、その動物は主に軍隊で使用する「馬」と解釈。結果、「家畜や馬の飲み水が枯れる」と解読。この記述より、②「喉が渇いている兵士」は、家畜、馬の飲み水を汲み上げている下男の仕事を邪魔していると解釈できる。家畜や馬が死ねば、自軍の弱体化に繋がるため、②「喉が渇いている兵士」は背反行為をしたことになる。

<④について>
・「役」は“兵役”と“国境を守る兵士”の掛け言葉と解釈。結果、「徴兵された国境を守る兵士」と解読。

・「渇きを汲く」の直訳は“切実な要求を引っ張る”となる。“切実な要求”は、①「水が枯れている」問題の解決と考察できる。この問題解決を引っ張るとは、後回しにすることと解釈できる。結果、「枯れた井戸の問題を放置する」と解読。

・この記述から国境戦線には地位の高い者がおらず、勝手な振る舞いをする兵士が少なからず出現するものだとわかる。また、水が枯れた状況になっても問題解決を後回しにして酒を飲んで現実逃避しているとも推察できる。

<⑤について>
・「渇」の“切実な要求”は、“辺境・国境を守る”意味より国境警備と考察。結果、「国境警備」と解読。

<⑥について>
・「先」の“既に他界したさま”は、水が枯れた状況であるため下男が脱水症状で死ぬ状況に陥ったと解釈。結果、「脱水症状で死ぬ状況に陥る」と解読。

・「飲まんとする者」の直訳は“隠して露わにしようとしない者”となる。本来、脱水症状で下男が死ぬような酷い状況に陥る前に問題解決しておくべきである。しかし、既に下男が死んだ状況に陥ってから報告すれば、酒ばかり飲んで下男が死ぬ状況まで放置しておいたことが発覚するため、隠ぺいしようとする兵士が出現するのだと考察。結果、簡潔に「隠そうとする兵士」と解読。

<⑦について>
・「先」の“最も重要なこと”は、⑥で解説した下男が脱水症状で死ぬ状況に陥るまで枯れた井戸を放置していたことであるため「最も重要な問題」と解読。

・「汲」の“引っ張る”は、問題を隠して表沙汰にしない兵士を上の者がいる場所まで強制的に連れていくことと解釈。結果、「連行する」と解読。

<⑧について>
・「飲」の“耐え忍ぶ”は、問題のある兵士に対して、水が枯れるような状況になっても酒に逃げず耐え忍び、国境警備の仕事を全うしなければならないことを教育する文意であるため、「任務に耐え忍ぶ」と補って解読。

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