衆草の多く障たば、疑えばなり。

其九4-2

衆草多障者、疑也。

zhòng caǒ duō zhàng zhě、yí yĕ。

解読文

①草の生え茂った所の広がりがおびただしくて行軍の邪魔をしているならば、罠は無いと信じられずに迷う要因になる。

②罠は無いと信じられずに迷う隊長は、広い範囲で漏れなく草を刈ることを重視して行軍に差し支えるのである。

③行軍の差し支えになる隊長は、草を刈る仕事を不必要に増やし、軍隊に猜疑心を抱かせるのである。

④猜疑心を抱いた軍隊は、あらゆる事柄において大雑把な仕事をしてしまう邪魔者を不必要に増やすのである。

⑤邪魔する兵士が悪影響となって大雑把に動く者を余計に増やし、軍隊を混乱させるのである。

⑥混乱した軍隊は、広い範囲を不自然に草で覆ってある場所を厳重に注意して防ぎ守るのである。

⑦防ぎ守る軍隊は、草の生え茂った所がおびただしく広がっていれば、罠の有無を確定できず怪しむのである。

⑧草の生え茂った所の広がりを不必要に増やす者は、敵軍に猜疑心を抱かせる砦になるである。
書き下し文
①衆草(しゅうそう)の多く障(へだ)たば、疑えばなり。

②疑う者は、衆にして草(くさ)かるを多として障(へだ)てるなり。

③障(へだ)てる者は、草(くさ)かること多(ま)し、衆を疑わしむなり。

④疑う者は、衆に草なる障(さわ)りを多(ま)すなり。

⑤障(さわ)る者は草なるものを多(ま)して、衆を疑うなり。

⑥疑わるる者は、衆にして草なるを多として障(ふせ)ぐなり。

⑦障(ふせ)ぐ者は、草の多き衆ならば疑うなり。

⑧衆草(しゅうそう)を多(ま)す者は、疑はしむ障(しょう)なり。
<語句の注>
・「衆」は①広い、②あまねくさま、③軍隊、④あらゆる事柄、⑤軍隊、⑥⑦⑧広い、の意味。
・「草」は①草の生え茂った所、②③草を刈る、④⑤大雑把であるさま、⑥草で覆ってあるさま、⑦⑧草の生え茂った所、の意味。
・「多」は①数量がおびただしい、②重視する、③④不必要に増やす、⑤余計に多くする、⑥重視する、⑦数量がおびただしい、⑧不必要に増やす、の意味。
・「障」は①邪魔をする、②③差し支える、④邪魔者、⑤邪魔をする、⑥⑦防ぎ守る、⑧砦、の意味。
・「者」は①仮定の意を表す助詞、②③④⑤⑥⑦⑧助詞「もの」、の意味。
・「疑」は①②信じられずに迷う、③④猜疑心を抱く、⑤⑥混乱させる、⑦確定できず怪しむ、⑧猜疑心を持つ、の意味。
・「也」は①因果関係を表す助詞、②③④⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文に従った。
・この句には、八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・「障」の“邪魔をする”対象は、文意から「行軍」と補った。

・「疑」は“信じられずに迷う”要因は、草の生え茂った所に罠が無いと信じ切ることができないことにあるため「罠は無いと」と補った。②も同様に補った。

<②について>
・「者」は、解読文③より軍隊を率いる立場の者とわかるが、其九4-2の記述だけでは行軍している部隊の規模が明らかではないため、包括的に「隊長」と解読した。③も同様に解読。

・「衆」の“あまねくさま”は、草を刈る行為に対する形容であるため、文意をわかりやすくする目的で「広い範囲で漏れなく」と解読。

・「障」の“差し支える”事柄として「行軍」と補った。草の生え茂った所に罠が無いと信じ切ることができないため、その生え茂った草を全て刈り取ってしまうのである。草を刈るまでの間は行軍しないため差し支えるのだと解釈できる。③も同様に補う。

<③について>
・「草」の“草を刈る”は、行軍していた軍隊の兵士達が行うため「仕事」と補った。

<④について>
・「衆に草なる障り」は直訳すると“あらゆる事柄に大雑把な様子の邪魔者”となる。この文意は、隊長の指示する内容についてその適切性を疑っているため、何をやっても懸命さがなく大雑把に仕事を処理してしまうのだと解釈できる。そして、大雑把な仕事は、軍隊に課せられた任務の目的を達成できなくする要因となるため「邪魔者」なのだと言える。結果、「あらゆる事柄において大雑把な仕事をしてしまう邪魔者」と解読した。

<⑤について>
・「者」は大雑把な仕事で邪魔する兵士であり、必ずしも一人は限らないが文意をわかりやすくするため「兵士」と単数形で解読。

・「多」の“余計に多くする”は、一人の邪魔者が原因となって他の兵士を邪魔者に変化させていく文意であるため「余計に増やす」と解読。大雑把な仕事をする邪魔者がいると、他の兵士は自分に与えられた役割を果たしても軍隊は任務を満足に達成できなくなる。そのため、他の兵士は仕事のやりがいを感じなくなり、やがて懸命に仕事しなくなって、邪魔者を増殖させていくのだと解釈した。また、任務が達成できない場合、連帯責任で所属している兵士達全員に罰金等が科されるとすれば、邪魔者が存在していると自分の役割を果たす意味がないため大雑把な仕事に変化していく可能性もある。

<⑥について>
・「多」の“重視する”とは、話の流れを踏まえると、草で覆っている場所に罠が無いか疑っていると解釈できるため「厳重に注意する」と解読した。

・「草」の“草で覆ってあるさま”とは、人為的に草で覆うことと解釈できるため、「不自然に草で覆ってある場所」と解読した。

<⑦について>
・「疑」の“確定できず怪しむ”の対象として「罠の有無」と補った。この文意は、「草の生え茂った所がおびただしく広がっている」場所と、⑥の「不自然に草で覆ってある場所」の区別がつかなくて罠の有無を判別できなくなるのだと解釈できる。

<⑧について>
・「疑」の“猜疑心を持つ”の主体者として「敵軍」と補った。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。