庳くして辞さば益を備える者なり、進めしめばなり。

其九4-9

辭庳而備益者、進也。

cí bì ér bèi yì zhě、jìn yĕ。

解読文

①跪いて別れを告げれば、自軍の優れた点を予め防ぐ者であり、敵に前進させる要因となるのである。

②謙虚に命令して、ことごとく自軍の優れた点となることを出し尽くすのである。

③屋根の低さが気にかかれば、屋敷後部の塀の高さを増やして補おうとする者が出現するのである。

④謙虚に命令すれば、警戒心にみなぎる者は、優れていない点について諫めの言葉を進上するのである。

⑤跪いてはばかり遠慮して諫めの言葉を進上しないが、貢物を献上しようとする者には用心するのである。

⑥跪いて言葉で咎めて防御や長い武器を増やそうとする者が出現すれば、推挙するのである。

⑦跪いて推挙を断っても全力を尽くして役に立つ者は大事な人材に加えるのである。

⑧屋根が低い大事な人材の家を気にかけて、豊かな収入を得る者として役立てるのである。
書き下し文
①庳(ひく)くして辞さば益を備える者なり、進めしめばなり。

②庳(ひく)くして辞して備(つぶさ)に益なることは進(つ)くすなり。

③庳(ひ)を辞さば備(ビ)を進(たか)く益す者あるなり。

④庳(ひく)くして辞さば備えに益(み)ちる者は、進むなり。

⑤庳(ひく)くして辞すも、益を進めんとする者に備えるなり。

⑥庳(ひく)くして辞(せ)めて備えを益(ま)さんとすれば、進めるなり。

⑦庳(ひく)くして辞(ことわ)るも進(つ)くして益なる者は備えるなり。

⑧庳(ひ)を辞して益にして進なる者にして備えるなり。
<語句の注>
・「辞」は①別れを告げる、②命令、③気にかける、④命令、⑤はばかり遠慮する、⑤言葉で咎める、⑥言葉で咎める、⑦(任官・昇任などを)断る、⑧気にかける、の意味。
・「庳」は①②(背が)低い、③(屋根が)低い、④⑤⑥⑦(背が)低い、⑧屋根の低い家、の意味。
・「而」は①条件関係を表す接続詞、②順接の関係を表す接続詞、③④条件関係を表す接続詞、⑤逆接の関係を表す接続詞、⑥順接の関係を表す接続詞、⑦逆接の関係を表す接続詞、⑧順接の関係を表す接続詞、の意味。
・「備」は①予め防ぐ、②ことごとく、③屋敷の後部の塀、④警戒、⑤用心する、⑥防御、長い武器、⑦ある数の中に入れる、⑧役立てる、の意味。
・「益」は①②優れた点、③増し補う、④一杯にみなぎる、⑤利益、⑥増やす、⑦役に立つ、⑧豊かな、の意味。
・「者」は①助詞「もの」、②助詞「こと」、③④⑤助詞「もの」、⑥仮定表現の助詞、⑦⑧助詞「もの」、の意味。
・「進」は①前進する、②出し尽くす、③高さがある、④諫めの言葉を進上する、⑤献上する、⑥(優れた人材を)推挙する、⑦出し尽くす、⑧収入を得る、の意味。
・「也」は①因果関係を表す助詞、②③④⑤⑥⑦⑦断定の語気、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する
・この句には、八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・「庳」の“(背が)低い”意味は、文字通りに身長が低いのではなく、身分や地位の差による礼儀と解釈する。そのため、下の者が目上の者に礼を尽くす姿勢として「跪く」姿勢と推察。結果、「庳くする」で「跪く」と解読。⑤⑥⑦も同様に解読。

・「益」の“優れた点”について、謙虚に跪いて告げる者は、跪いている様子から君主、将軍、副官等の地位の高い者が告げる相手と推察でき、そのような相手に直接別れを告げることが出来る者は相応に地位が高いと解釈できる。だからこそ、自軍の“優れた点”を把握しているのであり、その優れた点を発揮できないように「備」の“予め防ぐ”手立てを打てると考察できる。

・「進」の“前進する”は、文意から別れを告げた者を起用した敵軍が攻めてくることと考察できるため、使役形で「敵に前進させる」と解読。

<②について>
・「庳」の“(背が)低い”は、目上の者から下の者に対する姿勢であるため「謙虚に」と解読した。④も同様に解読。

・「優れた点を出し尽くす」の理由は、一つは敵軍が自軍の優れた点を防ぐ手立てを逆手に取ること、もう一つは③「屋敷後部の塀の高さを増やして補おうとする者が出現する」等と考察。

<③について>
・自軍の優れた点を報告するように命令したことで、軍隊に関わるあらゆる事柄について“優れているか、優れていないか”の視点で確認することになるため、必ず“優れていない点”について気付く者が多く出現すると考察できる。この記述の屋根の高さは一例であり、軍全体に命令を出して報告させれば、この記述のような些細な事柄に至るまで“弱み”を洗い出せると考察できる。

<④について>
・「進」の“諫めの言葉を進上する”は、③「解読の注」で解説したように“優れた点”を報告させた時、“優れていない点”に気付いて進上する者が出現することと考察。結果、「優れていない点について諫めの言葉を進上する」と補って解読。

<⑤について>
・「益を進めんとする」の直訳は“利益を献上しようとする”となる。これは目上の者に取り入る文意と解釈できるため「貢物を献上しようとする」と解読。

<⑥について>
・特に無し。

<⑦について>
・「辞」の“(任官・昇任などを)断る”は、⑥「跪いて言葉で咎めて防御や長い武器を増やそうとする者が出現すれば、推挙する」に基づいて「推挙を断る」と補って解読。

・「進」の“出し尽くす”は、仕事における事柄と解釈できるため「全力を尽くす」と解読した。

・多くの人民は高い地位に推挙されれば喜んで昇格を受け入れると思われるが、中には肩書のある仕事が肌に合わない者もいると推察。そのような者は、肩書はなくとも大事な人材として扱うのだと考察できる。その大事な人材に加えることを、「備」の“ある数の中に入れる”と解釈して「大事な人材に加える」と解読した。

<⑧について>
・「豊かな収入を得る者」は、“優れていない点”に気付いて諫めの言葉を進上でき、推挙を断る貴重な人材。また、庶民であり、貧しい住まい(=屋根の低い家)と推察できる。そこで、大事にしている証として収入を増やして厚遇するのだと解釈できる。

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