強く辞して駆りて進むことは、退ければなり。

其九4-10

辤強而進敺者、退也。

cí qiáng ér jìn qū zhě、tuì yĕ。

解読文

①強く命令して駆り立てて前進することは、敵を後退させる要因になるのである。

②強く命令して退却する敵は、しんがり部隊を差し出して速く走るのである。

③励まして別れを告げれば、追撃部隊を遠ざけるしんがり部隊は全力を尽くして導くのである。

④極力はばかり遠慮して、しんがり部隊に迫って諫めの言葉を進上する追撃部隊は、へりくだるのである。

⑤頑固に自軍からの提案を断って、速く走って前進するしんがり部隊は、本軍に戻るのである。

⑥しんがり部隊が強い言葉で咎めて礼物を強要すれば、不用になって敵軍から打ち捨てられたのである。

⑦無理に言葉で咎めるが消極的な様子のしんがり部隊が存在すれば、礼物で自国に寝返ることを強要するのである。

⑧告発する内容が優れているならば、本軍に戻らせる敵兵を推挙して、敵から寝返らせても敵と親しく交流する間者に導くのである。
書き下し文
①強く辞して駆りて進むことは、退ければなり。

②強く辞して退く者は進めて駆けるなり。

③強せしめて辞さば退ける者は進(つ)くして駆けるなり。

④強いて辞して駆りて進める者は、退くなり。

⑤強にして辞(ことわ)りて駆けて進む者は、退くなり。

⑥強く辞(せ)めて進を駆らば、退(とん)なればなり。

⑦強いて辞(せ)めて退く者あれば、進に駆るなり。

⑧辞強ならば、退かせしむ者を進めて駆るなり。
<語句の注>
・「辞」は①②命令、③別れを告げる、④はばかり遠慮する、⑤(任官・昇任などを)断る、⑥⑦言葉で咎める、⑧告発の言葉、の意味。
・「強」は①②力があるさま、③励む、④極力、⑤頑固なさま、⑥力があるさま、⑦無理に、⑧優れたさま、の意味。
・「而」は①②順接の関係を表す接続詞、③条件関係を表す接続詞、④⑤⑥順接の関係を表す接続詞、⑦逆接の関係を表す接続詞、⑧条件関係を表す接続詞、の意味。
・「進」は①前進する、②差し出す、③出し尽くす、④諫めの言葉を進上する、⑤前進する、⑥⑦礼物、⑧(優れた人材を)推挙する、の意味。
・「駆」は①駆り立てる、②速く走る、③導く、④迫る、⑤速く走る、⑥⑦強要する、⑧導く、の意味。
・「者」は①助詞「こと」、②③④⑤助詞「もの」、⑥仮定表現の助詞、⑦⑧助詞「もの」、の意味。
・「退」は①後にひかせる、②後に引く、③遠ざける、④へりくだる、⑤元の所に戻る、⑥打ち捨てられて不用の、⑦消極的であるさま、⑧元の所に戻る、の意味。
・「也」は①因果関係を表す助詞、②③④⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する
・この句には、八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・「退」の“後に引かせる”の相手は、敵軍であるため「敵を後退させる」と補って解読。また、この前進による攻撃は正面から敵を撃破することが目的ではなく、しんがり部隊を出動させて、しんがり部隊から間者に起用する敵兵を取得することが目的である。その方法について②以降で記述されている。

<②について>
・「進」の“差し出す”は、話の流れより退却時に“差し出す”のはしんがり部隊と考察できるため、「しんがり部隊を差し出す」と補って解読。

<③について>
・「辞」の“別れを告げる”は、本軍からしんがり部隊を切り離して出撃させることと考察。

・「退」の“遠ざける”は、しんがり部隊が退却する本軍から“遠ざける”相手は自軍の追撃部隊と考察して、「追撃部隊を遠ざける」と補って解読。

<④について>
・「駆」の“迫る”は、追撃部隊がしんがり部隊に迫ると解釈できるため「しんがり部隊に迫る」と補って解読。

・「退」の“へりくだる”について、しんがり部隊を改心させようと諫める時はへりくだった姿勢であり、しんがり部隊の対応姿勢から取得するか否かを判断するものと考察できる。

<⑤について>
・「辞」の“(任官・昇任などを)断る”は、自軍へ改心させるための諫めの言葉であり、そこに含まれる礼物や提案を断ると推察。結果、「自軍からの提案を断る」と包括的に解読。

・「退」の“元の所に戻る”は、敵のしんがり部隊が本軍に戻ることと考察。結果、「本軍に戻る」と解読。⑧も同様に解読。

・「速く走って前進する」の理由は、追撃部隊を誘導している間に本軍は前方に進んでおり、その本軍に追いつくためには“速く走って前進する”ことが必要だと解釈した。

<⑥について>
・「強く辞める」の直訳は“強く言葉で咎める”となる。この主語は諫めの言葉を進上したしんがり部隊と解釈できるため、「しんがり部隊が強い言葉で咎める」と補って解読。

・「退」の“打ち捨てられて不用の”は、礼物を強要するしんがり部隊が敵陣営で役に立たないと評価されたため、捨て駒としてしんがり部隊を言い渡されたと推察。結果、「退なり」で「不用になって敵軍から打ち捨てられる」と解読。
なお、其九4-7⑦「解読の注」で其十二2-2①「敵から寝返らせても敵と親しく交流する間者」について「見極める能力及び適性は、敵陣営では役に立たないと評価されていること、冷遇されていること、発言に信頼性がないこと」としているため、役に立たない評価は良い点である。しかし、強い言葉で咎めて礼物を強要する者が自軍の情報を得れば、その情報を礼物目的で他国に売る可能性が高いと推察できる。そのため、強い言葉で咎めて礼物を強要する者は取得してはならないしんがり部隊と考察できる。

<⑦について>
・「駆」の“強要する”は、話の流れより自国に寝返ることの強要と考察できる。結果、「自国に寝返ることを強要する」と補って解読。

・消極的なしんがり部隊は、“気が弱い”からこそ消極的な姿勢であり、無理やりでなければ咎めることができないと推察できる。気が弱ければ強要に押し切られやすく、他国に情報を売る度胸もない。さらに、其九4-7⑦「解読の注」で解説した「役に立たないと評価されていること、冷遇されていること、発言に信頼性がないこと」の条件を満す。なお、発言の信頼性がないのではなく、気の弱さから発言自体できない可能性が高いとも考察できる。

<⑧について>
・「退」の“元の所に戻る”は、⑤同様に「本軍に戻る」と解読。また、取得して本軍に戻らせるからこそ、しんがり部隊の中から間者の能力と適性を持った敵兵を選ぶと解釈。

・「駆」の“導く”は、敵本軍に戻らせる敵兵から適任者を推挙した後、其十二2-2①「敵から寝返らせても敵と親しく交流する間者」に育てることと考察。結果、「敵から寝返らせても敵と親しく交流する間者に導く」と解読。なお、間者に起用しない他の敵兵はそのまま自軍に編制すると推察する。

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