先づ軽車の出でて居りて廁るは、陳なればなり。

其九4-11

輕車先出居廁者、陳也。

qīng chē xiān chū jū cè zhě、chén yĕ。

解読文

①先に軽戦車が現れて占拠して測量している要因は、敵が陣営を設置することにある。

②身分が低くて若い操縦士が先制して国を離れて職務に就き、陣営地に身を置く者は、そこに住んで陣営を設置するのである。

③昔から身分が低くて若い兵士が岸辺の市場まで出掛けて買い入れ貯える時は、陣営内に広布して必要な物を募るのである。

④身分が低くて若い兵士は、産物を貯えて寝床の側部に並べて置くことを第一にするのである。

⑤身分が低くて若い兵士の最も重要な仕事は、定めた支出を不安定にする兵士を上の者に申し述べることである。

⑥昔から価値のない産物を買い入れ貯えて支出を不安定にする兵士は、財貨を出し尽くす要因になるのである。

⑦浅はかな兵士を先鋒にする策を立て、先鋒の任務に努めさせる陣列をつくるのである。

⑧身分が低くて若い操縦士が普通に過ごしていて、門から建物に至る道から便所に行けば、拉致して敵軍との関係を断ち切らせて間者に導くのである。
書き下し文
①先づ軽車の出でて居りて廁(はか)るは、陳(つら)なればなり。

②軽き車は先んじて出でて廁(まじ)う者は 居りて陳(つら)ねるなり。

③先より軽き車の廁(しょく)に出でて居く者は、陳(し)くなり。

④軽き車は出を居きて廁(かたわ)らに陳(つら)ねること先にするなり。

⑤軽き車の先なることは居(きょ)なる出を廁(しょく)なる者を陳(の)べるなり。

⑥先より軽い出を居きて廁(しょく)なる車は、陳(の)べる者なればなり。

⑦軽き車を先にして出だして、廁(まじ)うに居らしめて、陳(じん)なり。

⑧軽き車の居りて陳(みち)より廁(かわや)ならば、出づせしめて先だつなり。
<語句の注>
・「軽」は①重さがないさま、②③④⑤身分が低い、年齢が若い、⑥価値がないさま、⑦浅薄なさま、⑧身分が低い、年齢が若い、の意味。
・「車」は①戦車、②車を操縦する人、③④⑤⑥⑦中国将棋の駒の一つ、⑧車を操縦する人、の意味。
・「先」は①先に、②先制する、③いにしえの、④第一にする、⑤最も重要なこと、⑥いにしえの、⑦先鋒、⑧導く、の意味。
・「出」は①現れる、②離れる、地方に出て職務に就く、③出掛ける、④産物、⑤支出、⑥産物、⑦策を立てる、⑧関係を断ち切る、離れる、の意味。
・「居」は①占拠する、②住む、③買い入れ貯える、④蓄積する、⑤定める、⑥買い入れ貯える、⑦(任務として)努める、⑧ふつうに過ごす、の意味。
・「廁」は①測る、②身を置く、③岸辺、④寝床の側部、⑤⑥傾ける、⑦身を置く、⑧便所、の意味。
・「者」は①因果関係「也」に対応した置き字、②③助詞「もの」、④助詞「こと」、⑤⑥助詞「もの」、⑦助詞「こと」、⑧仮定表現の助詞、の意味。
・「陳」は①②設置する、③広布する、④列をなして並べる、置く、⑤申し述べる、⑥出し尽くす、⑦陣列をつくる、⑧門から建物に至る道、の意味。
・「也」は①因果関係を表す助詞、②③④⑤断定の語気、⑥因果関係を表す助詞、⑦⑧断定の語気、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する
・この句には、八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・「軽車」は、“重さがない”軽い戦車として「軽戦車」と解読。軽くて機動力が高いため戦地に先制しやすいと解釈できる。

・「陳」の“設置する”は、戦いの準備として何かを設置していると解釈できるため「敵が陣営を設置する」と補って解読。

<②について>
・「軽」は“身分が低い”と“年齢が若い”の内、“年齢が若い”が主であることが解読文③の買い出しに行く記述で判断できる。但し、若くても身分が高ければ買い出しの役目はないと思われるため、両方の意味を採用して掛け言葉と解釈。結果、「身分が低くて若い」と解読。

・「車」の“車を操縦する人”は、軽戦車を操縦する者であるため「操縦士」と解読。

・「出」は“離れる”と“地方に出て職務に就く”の掛け言葉と解釈、陣営地を設置するため自分の国から遠征している(=地方に出て)場面であり、陣営設置の“職務に就く”と解釈した。結果、「国を離れて職務に就く」と解読。

・「廁」の“身を置く”場所は、文意から設置中の陣営地とわかるため「陣営地に身を置く」と補って解読。

<③について>
・「車」の“中国将棋の駒の一つ”は、①②の記述を踏まえると買い出しに出掛ける兵士は「操縦士」と思われるが、③の記述から一般論に話が切り替わるため解釈して「兵士」と解読した。④⑤⑥⑦も同様に解読。

・「廁」の“岸辺”は、川など水がある場所であり、物流を担う港があって市場が栄えていると推察して「岸辺の市場」と補って解読。

・「陳」の“広布する”のは買い出しが必要な物について、例えば炊事係や工事係など、それぞれに確認していると推察して「陣営内に広布して必要な物を募る」と補って解読。

<④について>
・特に無し。

<⑤について>
・「廁」の“傾ける”とは、「不安定にする」と言い換えることができ、対象である“定められた支出”を不安定にして予算超過の要因をつくることと考察。結果、「定めた支出を不安定にする」と解読。

・「者」の“助詞「もの」“は、支出を不安定する者は、身分、年齢問わず存在するため、単に「兵士」と解読した。

・「陳」の“申し述べる”は、定めた支出を不安定にする兵士を上の者に報告すると考察できる。結果、「上の者に申し述べる」と補って解読。

・この記述より、買い出しする若い兵士は、食糧、物資、財貨の管理を任されており、この役目が間者に起用した時の利点になる。食料不足、物資不足、財貨不足を生じさせて敵を追い込むことが可能になると考察できる。

<⑥について>
・「陳」の“出し尽くす”は、お金とわかるため「財貨を出し尽くす」と補って解読。

・「価値のない産物を買い入れ貯えて支出を不安定にする兵士」は、其二2-2①「軍隊が疲弊して勇猛果敢な気勢が打ち砕かれ、軍隊の勢いが尽き果てて財貨をことごとく出し尽くせば、すぐに多くの諸侯がこの機会を利用するのであり、敵となった諸侯は疲れ苦しむ自国に向けて軍隊を動員するだろう」の状況に陥る要因になるため除外しなければならないと考察できる。

<⑦について>
・「廁」の“身を置く”場所は、「先」の「先鋒」という軍隊配置と考察。結果、「廁う」で「先鋒」と解読。

・「軽き車」の浅はかな兵士は、⑥「価値のない産物を買い入れ貯えて支出を不安定にする兵士」と同意と考察。食糧、物資、財貨を管理する若い兵士の報告を受けた上の者が、浅はかな兵士に戦死する可能性が高い先鋒を任せて捨て駒扱いすると考察できる。

<⑧について>
・「出」は“関係を断ち切る”と“離れる”の掛け言葉と解釈し、食糧、物資、財貨を管理する若い兵士が便所に行くところを狙って拉致して自国に寝返らせることと考察。結果、使役形で「拉致して敵軍との関係を断ち切らせる」と解読。なお、“敵軍との関係を断ち切らせる”意味と加えている理由は、間者として利用するためには、まず自国に従わせることが必要と解釈したためである。

・「先」の“導く”は、其九4-10⑧「駆」の「敵から寝返らせても敵と親しく交流する間者に導く」と同意と考察。但し解読文が冗長ならないように、ここでは「間者に導く」と簡潔に解読した。

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