夫れ、兵は頓れて鋭を挫き、力は屈して貨を殫くさば、則ち諸なる侯は乗ずるなり、其の弊れる而に起こさん。雖だ知る者は能たらず、其の善くすること後にするなり。

其二2-2

夫頓兵挫鋭、屈力殫貨、則諸侯乘、其弊而起。雖知者不能善其後矣。

fú dùn bīng cuò ruì、qū lì dān huò、zé zhū hoú shèng、qí bì ér qǐ。suī zhī zhěbù néng shàn qí hòu yǐ。

解読文

①そもそも、軍隊が疲弊して勇猛果敢な気勢が打ち砕かれ、軍隊の勢いが尽き果てて財貨をことごとく出し尽くせば、すぐに多くの諸侯がこの機会を利用するのであり、敵となった諸侯は疲れ苦しむ自国に向けて軍隊を動員するだろう。ただ知識があるにすぎない将軍は有能では無く、敵となった諸侯と親密に付き合うことを重視しなかったのである。

②兵士達は、戦略、戦術が失敗すればすぐに切迫するため、軍隊はひどく行き詰まった状態となり、価値ある物品をことごとく持ち出すことを多くの兵士達が真似するだろう。そこで、敵となった諸侯が進攻すれば、自国は行き詰まった状態をごまかして軍隊を動員するのである。たとえ実践できる知恵のある将軍であったとしても、しかしながら敵となったこの諸侯の優れた点を自軍よりも劣らせることはできないだろう。

③戦略、戦術が失敗した時は、兵士達を打ち据えれば選りすぐりの兵士に不当と思わせるのであり、あらゆる価値ある物品がなくなって無理に任務遂行を求めれば、不当な仕打ちを受けた選りすぐりの兵士が、諸侯に自国の行き詰まった機会を利用することを啓発することで、自国が崩れる道理である。たとえ実践できる知恵のある将軍が、大いに熟練している選りすぐりの兵士と交流があったとしても、しかしながら敵となった諸侯がその選りすぐりの兵士を引き継ぐであろう。

④戦略、戦術が失敗すれば、兵士達に対して頭を地に打ち付けることを何度も繰り返すことで謝罪して選りすぐりの兵士達を服従させておき、無理に任務遂行を求めることは憚って褒美の品で任務を遂行させることをお手本にするである。不当な仕打ちを受けた選りすぐりの兵士が諸侯と進攻してきても、自国は行き詰まった状態から回復して敵となった諸侯達が崩れるのである。どうして実践できる知恵のある将軍が、大いに熟練している選りすぐりの兵士を敵となった諸侯に引き継がせるだろうか、いや引き継がせない。
書き下し文
①夫れ、兵は頓(つか)れて鋭(えい)を挫(くじ)き、力は屈して貨を殫(つ)くさば、則ち諸なる侯は乗ずるなり、其の弊(つか)れる而(なんじ)に起こさん。雖(た)だ知る者は能たらず、其の善(よ)くすること後にするなり。

②夫(おとこ)は、兵挫(くじ)ければ頓(にわ)かに鋭(えい)なるに、力(はなは)だしく屈(くつ)たりて、貨を殫(つ)くすこと諸なるものは則(のっと)らん。侯(ここ)に其の乗(お)えば、而(なんじ)は弊(おお)いて起こすなり。知ある者と雖(いえど)も、其の善を後(おく)れしむこと能(あた)わざるなり。

③兵挫(くじ)けるに、夫(おとこ)を頓(とん)すれば鋭(えい)は屈するなり、貨の殫(つ)きて力(つと)めれば、諸(これ)は侯に其の乗ずることを起こして、而(なんじ)は弊(やぶ)れる則(そく)なり。能の不(おお)いに善(よ)くする者と知あると雖(いえど)も、其の後(つ)ぐ矣(なり)。

④兵挫(くじ)けば、夫(おとこ)に頓(ぬかず)きて鋭(えい)を屈せしめ、力(つと)めること殫(たん)して貨(まいな)うことに則(のっと)るなり。諸(これ)の侯と乗(お)うも、而(なんじ)は起こして其の弊(やぶ)れるなり。雖(あ)に知ある者は、不(おお)いに善(よ)くする能を其の後(つ)げしむ矣(や)。
<語句の注>
・「夫」は①そもそも、②③④成年に達して役務や肉体労働に従事する人、の意味。
・「頓」は①くたびれるさま、②すぐに、③打ち据える、④頭を地に打ち付けることを何度も繰り返す、の意味。
・「兵」は①軍隊、②③④戦略、戦術、の意味。
・「挫」は①打ち砕かれる、②③④失敗する、の意味。
・「鋭」は①勇猛果敢な気勢、②切迫したさま、③④選りすぐりの兵士、の意味。
・「屈」は①尽き果てるさま、②窮まったさま、③不当と思わせる、④服従する、の意味。
・「力」は①勢い、②(病気が)ひどい、③④無理に求める、の意味。
・「殫」は①②ことごとく出し尽くす、③あらゆるものがなくなる、④はばかる、の意味。
・「貨」は①金銭、②③価値ある物品、④金品で買収する、の意味。
・「則」は①すぐに、②模範にする、③道理、④模範にする、の意味。
・「諸」は①②多くの、③④彼ら、の意味。
・「侯」は①諸侯、②そこで、③④諸侯、の意味。
・「乗」は①機会を利用する、②進攻する、③機会を利用する、④進攻する、の意味。
・1つ目の「其」は①②③④敵の代名詞、の意味。
・「弊」は①疲れ苦しむ、②ごまかす、③④崩れる、の意味。
・「而」は①②③④あなた、の意味。
・「起」は①②動員する、③啓発する、④病気を治す、の意味。
・「雖」は①ただ~にしかすぎない、②③たとえAであったとしても、しかしながらBであろう、④どうして~であろうか、の意味。
・「知」は①知識がある、②其一2-6①「知」、③交わる、④其一2-6①「知」、の意味。
・「者」は①②③④助詞「もの」、の意味。
・「不」は①②~しない、③④大いに、の意味。
・「能」は①有能な、②~することができる、③④有能な人、の意味。
・「善」は①親密に付き合う、②優れた点、③④熟練している、の意味。
・2つ目の「其」は①②③④敵の代名詞、の意味。
・「後」は①重視しない、②能力や地位が劣る、③④継承する、の意味。
・「矣」は①②③必然的な判断の語気、④反語の語気、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「夫頓兵挫鋭、屈力殫貨、則諸侯乘、其弊而起。雖知者不能善其後矣。」と「知」を「智」にするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「力」の“勢い”は、其一4-4①「埶」の「軍隊の勢い」と考察。

<②について>
・「夫」の“成年に達して役務や肉体労働に従事する人”は、ここでは簡潔に「兵士達」と解読。“成年に達して役務や肉体労働に従事する人”の意味を採用する理由は、其一6-1②「解読の注」参照。③④も同様に解読。

・「価値ある物品をことごとく持ち出すことを多くの兵士達が真似する」は、まず、「殫」の“ことごとく出し尽くす”意味について切羽詰まった兵士達が価値ある物品を勝手に持ち出すことと考察。そして、「則」の“模範にする”は、誰か一人が価値ある物品を持ち出せば、それを真似して同じように持ち出す行為を指すと推察した。なお、「諸なるもの」は、価値ある物品を持ち出すことを真似する兵士達が多いのだと考察し、「多くの兵士達」と解読した。

・1つ目と2つ目の「其」の“敵の代名詞”は、①「敵となった諸侯」を指示する代名詞と解読。

・「弊」の“ごまかす”対象は、進行してきた諸侯に対抗するために、自軍が行き詰まった状態にあることをごまかすことと考察。結果、「行き詰まった状態をごまかす」と補って解読。

<③について>
・「兵士達を打ち据えれば選りすぐりの兵士に不当と思わせる」は、其九4-26①「敵の隊長が、度々、兵士を鞭打っている理由は、鞭打たれている兵士達の過ちによって、敵軍が行き詰まっているからである」、其九4-26②「行き詰まっている敵の隊長は、一つひとつの罪状を数え挙げて責めてから鞭打つのである」に関連する記述と考察。これらに基づけば、戦略、戦術が失敗して軍隊が行き詰まった時は、兵士達に失敗の責任が押し付けられていたのだと推察する。

・「力」の“無理に求める”は、報酬として兵士達に渡せる物がない状態で求める事柄であるため「任務遂行」と補った。④も同様に補う。

・「諸」の“彼ら”は、打ち据えられて不当に思う兵士を指すと考察。結果、「不当な仕打ちを受けた選りすぐりの兵士」と解読。

・「其の乗ずる」は“敵の機会を利用する”となる。この“敵”は、諸侯からみた自国と解釈している。また、“機会”とは、「自国の行き詰まった状態」を指すと考察。

・「能」の“有能な人”は、②「実践できる知恵のある将軍」と同意と考察。

<④について>
・「頓」の“頭を地に打ち付けることを何度も繰り返す”は、日本における土下座に類似した謝罪方法と考察し、「謝罪する」と補った。

・「貨」の“金品で買収する”の“金品”は、其一3-2「賞」の「褒美の品」で兵士達を動かすことと考察し、「褒美の品で任務を遂行させる」と解読。

・「諸」の“彼ら”は、③「諸」と同意と考察し、「不当な仕打ちを受けた選りすぐりの兵士達」と解読。

・「起」の“病気を治す”の“病気”は、②「軍隊はひどく行き詰まった状態」と考察すれば、土下座に類似した謝罪と褒美の品で行き詰まった状態から軍隊を立ち直らせることと解釈できる。結果、「行き詰まった状態から回復する」と解読。

・1つ目と2つ目の「其」は、「不当な仕打ちを受けた選りすぐりの兵士」と「諸侯」の二者を指すが、簡潔に「敵となった諸侯達」と解読した。

・「能」の“有能な人”は、③「選りすぐりの兵士」と同意と考察。

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