故に兵は、拙たるも速やかにすることを聞くも、未だ工みにするものの久しくすること睹ざるなり。

其二2-3

故兵聞拙速、未睹工久也。

gù bīng wén zhuō sù、wèi dǔ qiǎo jiŭ yĕ。

解読文

①だから戦略、戦術は、鈍くて下手な具合になって展開を速めた事例を耳にすることはあっても、今まで、得意とする将軍が戦地に長く留まることを了解した事例はないのである。

②軍隊に災いが生じて困窮している状態と報告を受ければ、将軍は戦略、戦術を速めるのであり、過去の戦争事例から未来の展開を明らかにするのである。

③常日頃、質朴で華やかさがないと評判になっている戦略、戦術は、敵部隊を羊の集まりのように引き寄せるのであり、隠れている奇策部隊の間者は観察しているのである。

④戦略、戦術の道理を理解する将軍は、質朴で華やかさがない戦略、戦術で敵部隊を引き寄せるのであり、未来の展開を予測して奇策部隊の間者を隠すのである。
書き下し文
①故に兵は、拙(せつ)たるも速やかにすることを聞くも、未だ工(たく)みにするものの久しくすること睹(み)ざるなり。

②兵に故ありて拙(つたな)きこと聞けば速やかにするなり、久(きゅう)なる工より未は睹(み)えるなり。

③故(もと)より、拙(つたな)しと聞こえる兵は、未を速(まね)くなり、久(ふさ)ぐ工(たくみ)は睹(み)るなり。

④兵の故を聞くものは拙(つたな)くして速(まね)くなり、未を睹(み)て工(たくみ)を久(ふさ)ぐなり。
<語句の注>
・「故」は①だから、②災い、③常日頃、④道理、の意味。
・「兵」は①戦略、戦術、②軍隊、③④戦略、戦術、の意味。
・「聞」は①耳にする、②人の言っていることを聞く、③評判になる、④理解する、の意味。
・「拙」は①鈍く下手なさま、②困窮したさま、③④質朴で華やかさがない、の意味。
・「速」は①②速める、③④引き寄せる、の意味。
・「未」は①今まで~したことがない、②将来、③羊、④将来、の意味。
・「睹」は①了解する、②明らかにする、③観察する、④予知する、の意味。
・「工」は①得意とする、②工程、③④職人、の意味。
・「久」は①長くとどまる、②昔、③④覆う、の意味。
・「也」は①②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「故兵聞拙速、未睹工久也。」と「工」を「巧」にするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

・この句について詳しく解説したページがあります。
孫子の名言「兵は拙速なるを聞くも、未だ功久なるを睹ざるなり」の間違い

<①について>
・「工」の“得意とする”は、冒頭にある「兵」の「戦略、戦術」が主語と考察。

・二カ所で「事例」と補った理由は、この記述内容が、孫武が過去の戦争事例を分析した結果と考察できるためである。このように考察できる理由は、後述される其九5-1④「将軍は大いに戦況が一致する過去の戦争事例から未来を予測するうえに、さらに過去の勝ち戦を大いに鑑定し、その勝ち戦を恭しく細部まで再現することを決行する」等より、そもそも孫武が推奨する戦略、戦術は過去にあった戦争事例を再現することが明らかになるためである。そして、孫子兵法にまとめられた教えは過去の戦争事例をまとめた成否の類型であると考察できる。実際の戦争においては、其一4-2④「私の戦略、戦術を直面している戦況に上手く適合させることを必ず実行」の教えに基づき、孫子兵法に記された成否の類型に該当する過去の戦争事例の中から、最も直面している戦況に適合した事例を採用することがわかる。

<②について>
・「久なる工より未は睹える」の直訳は“昔の工程より将来を明らかにする”となる。これは、①「解読の注」で触れた其九5-1④「将軍は大いに戦況が一致する過去の戦争事例から未来を予測するうえに、さらに過去の勝ち戦を大いに鑑定し、その勝ち戦を恭しく細部まで再現することを決行する」の「戦況が一致する過去の戦争事例から未来を予測する」を指すと考察。但し、「工」の“工程”は、戦争が展開されていく過程を指していると解釈し、「過去の戦争事例から未来の展開を明らかにする」と解読。

<③について>
・「未」の“羊”は、其十一5-5①「羊の集まりは駆り立てれば素直に従うが、駆り立てて向こう側に行かせ、駆り立ててこちら側に来させる時、到達する場所を理解している羊はいない」等で記述される「羊の集まり」を指すと考察。この「羊の集まり」は兵士達の喩えである。但し、続く「速」の“引き寄せる”意味を踏まえれば、この「羊の集まり」は敵部隊と解読できる。なお、敵軍ではなく敵部隊とした理由は、この敵が奇策部隊に攻め取られるため、敵軍の一部である意味を持たせたつもりである。
そして「評判になっている戦略、戦術」を自軍が採用することで、敵部隊に自軍が展開する戦略、戦術を予見させることになり、敵部隊はその場に止まれば攻撃を受ける危害を受けるため、其十一5-5⑦「羊が苦痛から逃げ出す道理」が働いて敵部隊が動き出すと考察できる。つまり、敵部隊を「羊の集まり」のように誘導することが実現し、自軍が仕掛ける罠に“引き寄せる(=速)”ことに繋がっていくと解釈した。

・「久ぐ工」の直訳は“覆って隠している職人”となる。これは、奇正の戦術において奇策部隊を担っている其十二2-2①「生きたまま敵を取得する間者」を指すと考察し、「隠れている奇策部隊の間者」と簡潔に解読した。④も同様に解読。

<④について>
・特に無し。

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