羊の群れは駆れば若うも、駆りて往かしめ、駆りて来たらしむなり、之る所を知る莫し。

其十一5-5

若驅羣羊、驅而往、驅而來、莫知所之。

ruò qū qún yáng、qū ér wǎng、qū ér laí、mò zhī suǒ zhī。

解読文

①羊の集まりは駆り立てれば素直に従うが、駆り立てて向こう側に行かせ、駆り立ててこちら側に来させる時、到達する場所を理解している羊はいない。

②到達する場所を理解していない羊の集まりは、導けば向こう側に行くのであり、導けばこちら側に来るのであり、羊は集めれば素直に従って導かれるのである。

③あらゆる人間が入り乱れた兵士達を導く時は羊のようであり、強要すれば逃亡するのであり、強要することが無ければ自国に付き従わせるのであり、よろしき状態を識別して向かって行くのである。

④よろしき状態を識別する兵士達は、自国に付き従わせても強要してはいけない。もしも強要すれば、将軍に褒賞を迫ることに心が向かう獣の集まりとなるのである。

⑤褒賞を迫る獣の集まりとなった兵士達は、将軍を羊のような状態に追い込むのであり、将軍に対して褒美の品を贈呈することを強要するのであり、将軍に対して慰労することを強要するのである。羊のような状態に追い込まれた将軍は、兵士達を力づける道理を理解するのである。

⑥兵士達を力づける道理を理解した将軍は、駆り立てれば慰労するのであり、強要すれば褒美の品を贈呈するのであり、羊の集まりを導くように軍隊を動かすのである。

⑦羊の集まりを導くように軍隊を動かす将軍は、羊が苦痛から逃げ出す道理も理解しているのであり、兵士達の士気を駆り立てて戦地に送り届けるのであり、馬に鞭打って勢いよく前進して、敵軍に接近して後退させるのである。

⑧そして、後退した敵軍の士気は殺がれていると識別した将軍は、羊のような敵兵達を出現させて攻め取ることを強要するのである。正攻法部隊は、後退した敵軍に対して馬に鞭打って勢いよく前進し、羊のような敵兵達を出現させて奇策部隊に送り届けるのであり、奇策部隊が自国に付き従わせるのである。
書き下し文
①羊の群れは駆(か)れば若(したが)うも、駆(か)りて往(ゆ)かしめ、駆(か)りて来たらしむなり、之(いた)る所を知る莫(な)し。

②所を知る莫(な)き之は、駆(く)すれば而(すなわ)ち往くなり、駆(く)すれば而(すなわ)ち来るなり、羊は群(あ)わせれば若(したが)いて駆(く)されるなり。

③群れを駆(く)するに羊の若(ごと)し、駆(か)れば而(すなわ)ち往くなり、駆(か)ること莫(な)ければ而(すなわ)ち来(きた)すなり、所を知りて之(ゆ)くなり。

④所を知る之は、来(きた)すも駆(か)る莫(な)かれ。若(も)し駆(か)れば、而(なんじ)に羊(よ)きを駆(か)るに往(む)かう群れたるなり。

⑤駆(か)る群れは若(なんじ)を羊たらしむなり、而(なんじ)に往(おく)ること駆(か)るなり、而(なんじ)に来(ねぎら)うこと駆(か)るなり。之は莫(はげ)む所を知るなり。

⑥莫(はげ)む所を知る之は、駆(か)れば而(すなわ)ち来(ねぎら)うなり、駆(か)れば而(すなわ)ち往(おく)るなり、羊の群れの若(ごと)くして駆(く)するなり。

⑦羊の群れの若(ごと)くして駆(く)する之は、莫(ばく)の所も知るなり、駆(か)りて往(おく)るなり、駆(か)りて来たるなり。

⑧所(しか)して、之は莫(くれ)たりと知る若(なんじ)は、羊あらしめて群(あ)わせること駆(か)るなり。而(なんじ)は、駆(か)りて駆(か)りて往(おく)るなり、而(なんじ)は来(きた)すなり。
<語句の注>
・「若」は①②素直に従う、③~のようである、④もしも~ならば、⑤あなた、⑥⑦~のようである、⑧あなた、の意味。
・1つ目の「駆」は①駆り立てる、②③導く、④強要する、⑤迫る、⑥⑦導く、⑧強要する、の意味。
・「群」は①獣の集まり、②集める、③仲間、④⑤⑥⑦獣の集まり、⑧集める、の意味。
・「羊」は①②③羊、④めでたい、⑤⑥⑦⑧羊、の意味。
・2つ目の「駆」は①駆り立てる、②導く、③強要する、④迫る、⑤⑥強要する、⑦駆り立てる、⑧馬に鞭打って進む、の意味。
・1つ目の「而」は①順接の関係を表す接続詞、②③条件関係を表す接続詞、④⑤あなた、⑥条件関係を表す接続詞、⑦順接の関係を表す接続詞、⑧あなた、の意味。
・「往」は①②赴く、③逃亡する、④ひきつけられる、⑤⑥贈呈する、⑦⑧送り届ける、の意味。
・3つ目の「駆」は①駆り立てる、②導く、③④⑤強要する、⑥駆り立てる、⑦馬に鞭打って進む、⑧追い出す、の意味。
・2つ目の「而」は①順接の関係を表す接続詞、②③条件関係を表す接続詞、④⑤あなた、⑥条件関係を表す接続詞、⑦順接の関係を表す接続詞、⑧あなた、の意味。
・「来」は①②向こう側からこちら側に着く、③④こちら側に付き従わせる、⑤⑥慰労する、⑦近くに及ぶ、⑧こちら側に付き従わせる、の意味。
・「莫」は①~するものはない、②③無い、④~してはいけない、⑤⑥力づける、⑦苦痛、⑧日暮れ、の意味。
・「知」は①②理解する、③④識別する、⑤⑥⑦理解する、⑧識別する、の意味。
・「所」は①②場所、③④よろしき状態、⑤⑥⑦道理、⑧そして、の意味。
・「之」は①ある地点や事情に達する、②代名詞、③赴く、④⑤⑥⑦代名詞、⑧彼ら、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は「若驅羣羊・・・」と後半が欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「往」の“赴く”は、「来」の「こちら側に来る」との対比を考慮して「向こう側に行く」と言い換えた。②も同様に解読。

<②について>
・「之」は、①「群」の「羊の集まり」を指示する代名詞と解読。

・「所」の“場所”は、①「所」の「到達する場所」の意味を積み上げていると考察。結果、「到達する場所」と解読。

<③について>
・「群」の“仲間”は、其十一5-4②「味方になった元敵兵達」等を含む兵士達全てを指すと考察。其十一5-4からの話の繋がりを表すため、其五4-1①「兵士数がとても多くなっても自国及び他国のあらゆる人間が大いに入り乱れているならば、集合させても秩序が無いのであり、将軍は大いに正し治めなければならない」の表現を参考にして、「あらゆる人間が入り乱れた兵士達」と解読。

・「来」の“こちら側に付き従わせる”の“こちら側”は、自国を指すと考察。結果、「自国に付き従わせる」と解読。④⑧も同様に解読。

<④について>
・「之」は、③「群」の「あらゆる人間が入り乱れた兵士達」を指示する代名詞と解釈。但し、冗長にならないように「兵士達」と簡略化して解読。

・「羊きを駆る」の直訳は“めでたいことを迫る”となる。この“めでたいこと”は、兵士達が危険を冒して戦う条件であるため其一3-2④「人民と下僕が成熟すれば処罰の内容と褒美の品を熟知して豊かな生活を手に入れるために努力する」の“褒美の品”を指すと考察。但し、解読文⑤で褒美の品だけでなく慰労も求めるていることを踏まえて、「褒賞を迫る」と包括的に解読。

・「往」の“ひきつけられる”は、危険な任務を与える将軍に迫ることに心が向かうことと考察。結果、「心が向かう」と言い換えた。⑤も同様に解読。

<⑤について>
・「駆る群」の“迫る獣の集まり”は兵士達の喩えであり、④「群」で記述された「将軍に褒賞を迫ることに心が向かう獣の集まり」の意味を積み上げていると考察。結果、「褒賞を迫る獣の集まりとなった兵士達」と解読。

・「若を羊たらしむ」の直訳は“あなたを羊にさせる”となる。この“羊”は将軍の喩えであり、「獣の集まりとなった兵士達」に迫られて、逆に羊のような立場に追い込まれる状態を指すと考察。結果、「将軍を羊のような状態に追い込む」と解読。

・「往」の“贈呈する”は、④「羊」の「褒賞」の内、褒美の品を贈呈することと考察。結果、「褒美の品を贈呈する」と補って解読。⑥も同様に解読。

・「之」は、「若」の「将軍」を指示する代名詞と解釈。この将軍は羊のような状態に追い込まれていることを踏まえて、「羊のような状態に追い込まれた将軍」と解読。

<⑥について>
・「之」は、⑤「之」の「羊のような状態に追い込まれた将軍」を指示する代名詞と解釈。但し、冗長にならないように「将軍」と解読。

・「羊の群れの若くして駆するなり」の直訳は“羊の集まりのようにして導く”となる。これは③「あらゆる人間が入り乱れた兵士達」を①「羊の集まりは駆り立てれば素直に従うが、駆り立てて向こう側に行かせ、駆り立ててこちら側に来させる時、到達する場所を理解している羊はいない」のようにして動かす喩えと考察。結果、「羊の集まりを導くように軍隊を動かす」と解読。

<⑦について>
・「之」は、⑥「之」の「将軍」を指示する代名詞と解読。

・「莫の所」の直訳は“苦痛の道理”となる。これは羊の集まりを思い通りに動かせる理由は、苦痛から逃げ出す道理を利用するのだと解釈できる。また、③「強要すれば逃亡する」に基づけば、敵軍とのせめぎ合いは“苦痛”であるため逃亡すると解釈でき、③「よろしき状態を識別して向かって行く」に基づけば“苦痛”のない状態に逃げていくのだと解釈できる。結果、「羊が苦痛から逃げ出す道理」と解読。

・「駆りて往る」の直訳は“駆り立てて送り届ける”となる。これは「羊が苦痛から逃げ出す道理」を敵軍に働かせる文意と解釈すれば、兵士達の気持ちを駆り立てて士気を高めた状態で戦地に送り届けることと考察できる。結果、「兵士達の士気を駆り立てて戦地に送り届ける」と補って解読。なお、其七6-2③「早朝における軍隊の勢いは士気が激しく旺盛」等に基づけば、士気を高めることは軍隊に勢いを生じさせることと同意と言える。

・「駆りて来たる」の直訳は“馬に鞭打って進んで近くに及ぶ”となる。これは馬を駆り立てて疾走する戦車で敵軍に接近することと考察。これは、其九4-10①「強く命令して駆り立てて前進することは、敵を後退させる要因になるのである」の教えの実行であるため、敵軍を後退させることとなる。つまり、疾走してくる馬と戦車に突撃されると“苦痛”が生じるため敵兵達が後退すると解釈できる。結果、「馬に鞭打って勢いよく前進して、敵軍に接近して後退させる」と補って解読。

<⑧について>
・「之」の“彼ら”は、⑦「馬に鞭打って勢いよく前進して、敵軍に接近して後退させる」の敵軍を指すと考察。結果、「後退した敵軍」と解読。

・「莫」の“日暮れ”は、其七6-2②「夕暮れ時の殺がれた士気は既に敗北した状態になる」を指すと考察し、「士気は殺がれている」と解読。

・「羊あらしめて群わせること駆る」の直訳は“羊を出現させて集めることを強要する”となる。集める“羊”は兵士達の喩えだが、“強要する”とあるため褒賞によって敵兵達を攻め取ることを指すとわかる。結果、「羊のような敵兵達を出現させて攻め取ることを強要する」と解読。

・1つ目の「而」の“あなた”は、自軍と解釈しても良いが、奇策部隊に「羊のような敵兵達」を送り届ける役割であるため、正攻法部隊であることを明示する。結果、「正攻法部隊」と解読。

・「駆りて駆りて往る」の直訳は“馬に鞭打って進んで追い出して送り届ける”となる。これは「後退した敵軍」に対して馬に鞭打って勢いよく前進して、「後退した敵軍」から追い出した「羊のような敵兵達」を奇策部隊に送り届けることと考察。結果、「後退した敵軍に対して馬に鞭打って勢いよく前進して、羊のような敵兵達を出現させて奇策部隊に送り届ける」と補って解読。

・2つ目の「而」の“あなた”は、1つ目の「而」の「正攻法部隊」との対比で「奇策部隊」と解読。

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