曰く、主は孰れか賢き、将は孰れか能たり、天と地は孰れか得し、令を法すること孰れか行い、兵を衆くすること孰れか強とし、士と卒は孰れか練り、賞と罰は孰れか明らかなり。

其一3-2

曰、主孰賢、將孰能、天地孰得、法令孰行、兵衆孰強、士卒孰練、賞罰孰明。

yuē、zhǔ shú xián、jiāng shú néng、tiān dì shú deǐ、fǎ lǐng shú xíng、bīng zhòng shú qiáng、shì zú shú liàn、shǎng fá shú míng。

解読文

①孫先生が言うには、君主の徳行はどちらの国が優れているか、どちらの軍の将軍が有能か、自然の摂理と場所はどちらの軍に恩恵を施すか、法規を守ることはどちらの国が実行しているか、軍隊の兵士数を増やすことはどちらの国が優れているか、人民と下僕はどちらの国が軍事訓練をできているか、処罰の内容と褒美の品はどちらの国が物事によく通じているか。

②君主は才能と徳を持った人に詳しくなろうとし、将軍が戦略、戦術に詳しくなろうとする時は自然の摂理と場所の利点に詳しくなろうとし、巡視すれば兵士達は法規を守ることに十分慣れ、軍隊の兵士数を増やす間者は頑固者の対応に詳しくなろうとし、人民と下僕は練り絹を綴り合せた戦闘服に詳しくなろうとし、人民と下僕は処罰の内容と褒美の品について詳しくなろうと努力するのである。

③君主が才能と徳を持った人に詳しくなればリーダーとなって物事を処理する将軍を選ぶことができ、将軍は自然の摂理と場所の利点に詳しくなれば戦略、戦術を実行することに詳しくなり、兵士達が法規を守ることに十分慣れれば立派な行軍ができ、間者が頑固者の対応に詳しくなれば敵兵を傷つけて軍隊の兵士数を増やし、人民と下僕が練り絹を綴り合せた戦闘服に詳しくなれば歩兵として軍隊に従事し、人民と下僕が処罰の内容と褒美の品について詳しくなればその賞罰制度を実行して証明するのである。

④君主が成熟すれば思いやりのある優れた将軍が出現し、将軍の戦略、戦術が成熟すれば自然の摂理と場所が恩恵を施して自軍は堅固な実の状態となり、兵士達が法規を守ることに十分慣れれば敵国に赴くことができ、間者が軍隊の兵士数を増やす奇正の戦術に成熟すれば自軍は強大になり、人民と下僕が成熟すれば処罰の内容と褒美の品を熟知して豊かな生活を手に入れるために努力するのである。
書き下し文
①曰く、主は孰(いず)れか賢(かしこ)き、将は孰れか能たり、天と地は孰れか得(とく)し、令を法(ほう)すること孰れか行い、兵を衆(おお)くすること孰れか強とし、士と卒は孰れか練り、賞と罰は孰れか明らかなり。

②曰く、主は賢(けん)に孰(しゅく)たらんとし、将は能に孰(しゅく)たらんとするに天と地の得に孰(しゅく)たらんとし、行(めぐ)れば令を法(ほう)することに孰(じゅく)し、兵を衆(おお)くするものは強(きょう)なるものに孰(しゅく)たらんとし、士と卒は練(れん)に孰(しゅく)たらんとし、賞と罰は孰(しゅく)たらんとして明す。

③曰く、賢(けん)に孰(しゅく)たれば主とするものあり、天と地の得(とく)することに孰(しゅく)たれば能を将(おこな)うことに孰(しゅく)たり、法(ほう)することに孰(じゅく)せば令(よ)き行あり、強(きょう)なるものに孰(しゅく)たれば兵して衆(おお)くし、練(れん)に孰(しゅく)たれば卒に士(こと)とし、賞と罰に孰(しゅく)たれば明らかにす。

④曰く、主は孰(じゅく)せば賢(けん)あり、将の能は孰(じゅく)せば天と知は得して孰(じゅく)し、令を法(ほう)することに孰(じゅく)せば行き、兵を衆(おお)くすることに孰(じゅく)せば強き、士と卒の孰(じゅく)せば賞と罰に練(れん)して明するに孰(じゅく)さんとす。
<語句の注>
・「曰」は①~と言う、②③④~である、の意味。
・「主」は①②一国の長、③リーダーとなって物事を処理する、④一国の長、の意味。
・1つ目の「孰」は①AとBではどちらが~、②③詳しい、④熟する、の意味。
・「賢」は①徳行の優れたさま、②③④才能と徳を持った人、の意味。
・「将」は①②其一2-6①「将」、③する、④其一2-6①「将」、の意味。
・2つ目の「孰」は①AとBではどちらが~、②③詳しい、④熟する、の意味。
・「能」は①有能な、②③④学問や技芸の才能、の意味。
・「天」は①②③④其一2-4①「天」、の意味。
・「地」は①②③④其一2-5①「地」、の意味。
・3つ目の「孰」は①AとBではどちらが~、②③詳しい、④熟する、の意味。
・「得」は①恩恵を施す、②③利益、④恩恵を施す、の意味。
・「法」は①②③④法を守る、の意味。
・「令」は①②法令、③立派な、④法令、の意味。
・4つ目の「孰」は①AとBではどちらが~、②③④熟する、の意味。
・「行」は①実行する、②巡視する、③行程、④赴く、の意味。
・「兵」は①②軍隊、③傷つける、④軍隊、の意味。
・「衆」は①②③④数を増やす、の意味。
・5つ目の「孰」は①AとBではどちらが~、②③詳しい、④熟する、の意味。
・「強」は①優れたさま、②③頑固なさま、④強大なさま、の意味。
・「士」は①②男子の通称、③従事する、④男子の通称、の意味。
・「卒」は①②しもべ、③歩兵、④しもべ、の意味。
・6つ目の「孰」は①AとBではどちらが~、②③詳しい、④熟する、の意味。
・「練」は①訓練する、②③練り絹を綴り合せて甲冑のように作った戦闘服、④熟知する、の意味。
・「賞」は①②③④褒美の品、の意味。
・「罰」は①②③④罪をこらしめるための処分、の意味。
・7つ目の「孰」は①AとBではどちらが~、②③詳しい、④熟する、の意味。
・「明」は①物事によく通じているさま、②努力する、③証明する、④努力する、の意味。
<解読の注>
・一般的に、ここで記述される七項目は「七計」と呼ばれ、情報収集した上で自国と敵国を比較するべき内容とされる。しかし、直前の其一3-1②で「攻め取った敵兵から敵の実情を要求することに力を尽くす」とあり、其一3-3①「これら七項目の比較によって勝利と敗北を識別する」に続いていく流れを踏まえれば、この七項目は「(攻め取った敵兵に要求する」敵の実情」と解釈できる。また、「計」は戦略、戦術(策略)の意味合いが強いが、ここで挙げた七項目は戦略、戦術と呼べる内容ではなく「(攻め取った敵兵に要求する」敵の実情」を比較する戦略、戦術を決める前段階であるため、誤解を招かぬように七計とは表現しないこととした。
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「君主の徳行はどちらの国が優れているか」は、其十二5-5⑦「聡明な君主は、その国を統治して豊かにできる者として「真心ある国家事業をあまねく実行する」と保証する」、其十三4-7⑤「必ず真心のある法規や決まりは、人民の願う好ましい内容に改定して捧げるのであり、君主が人民の願う事柄を重んじていることを証明するのである」等で記述されるような徳行の優劣を比較すると考察。君主が徳行を口約束するのではなく、必ず実行することが広まれば、敵人民が自国に寝返る強い動機になるのだと解釈できる。

・「軍隊の兵士数を増やすことはどちらの国が優れているか」は、其二4-2①「敵に勝ちて而は強を益す」の「敵を抑えて自軍の強大さが増加する」の理解と習熟度の比較であり、その多くは奇正の戦術によって攻め取った敵兵を自軍に寝返らせる技術にある。
また、「真心のある法規や決まり」が広まることで、其九6-1⑦「広まった真心のある法規や決まりによって敵国の人民を教え導けば、その人民は奴隷と共に降服してくるのである」が実現し、 其二4-2①「敵に勝ちて而は強を益す」 に繋がることも含まれると解釈できる。

・「人民と下僕はどちらの国が軍事訓練をできているか」は、其九4-13①「敵陣営において、下僕が急いで走り、武器を並べている理由は、敵将軍が自軍とせめぎ合うことを決めたからである」、其九4-13③「下僕は束縛せず気ままにさせておき、軍隊は陣列をつくれば待機しておくのである」に基づいて解読。この其九4-13の記述より、主たる軍隊の兵士は人民であり、その軍隊の周辺に下僕がいるのではないかと推察する。いずれにしても、戦争において下僕は武器を並べる他、色々な役割があることが随所に登場するため、軍事訓練は必要だったと言える。結果、「士と卒」は「人民と下僕」と解読することが適当と判断した。

・「処罰の内容と褒美の品はどちらの国が物事によく通じているか」は、其九4-26⑧「褒美を明らかにした規律と規律に対応した罰則があれば、敵軍を苦難の境地に追い込むのである」に基づく記述。
なお、其九4-26④「鞭打つ敵の隊長は、鞭打たれた兵士達に取り囲まれる運命である」と記述があり、当時は鞭打つ処罰が多かったのだと推察できる。鞭打つ処罰は、最終的には兵士達から恨まれてしまうため、手柄を挙げようという考え方ができないのだと思われる。
そこで、孫子兵法が推奨する賞罰制度は、其九4-26⑤「自軍が兵士達の過ちによって行き詰まれば、規律に従って罰金を取るのである」にある「罰金」である。罰金であれば貧しくなるだけであり、逆に手柄を挙げれば「賞金(=褒美)」が手に入って挽回する余地がある。

<②について>
・「賢」の“才能と徳を持った人”とは、其三1-3①「せめぎ合うことなく敵軍を抑えつけるのは、完全な状態に保つことを大切にする、思いやりのある、優れた将軍である」に該当する人物と考察。つまり、将軍のことであり、君主は「思いやりのある、優れた将軍」を見極める能力が求められると解釈できる。

・「能」の“学問や技芸の才能”は、将軍が詳しくなろうとする事柄であるため「戦略、戦術」と解読。なお、後述の句において、他の漢字「埶」等で採用する“技芸”や“技”等の意味を「戦略」や「戦術」と解読している。

・「得」の“利益”は、以後「(戦争等における)利点」と解読。

・「軍隊の兵士数を増やす間者は頑固者の対応に詳しくなろう」は、「間者」と補っている。これは、「兵を衆くするもの」が、敵を攻め取る奇策部隊に配属されている其十二2-2①「生きたまま敵を取得する間者」を指すと考察したためである。

・「人民と下僕は練り絹を綴り合せた戦闘服に詳しくなろうとし」は、人民と下僕が戦争で装備する防具と考察。“詳しくなろう”とすることから、人民と下僕は自分達が使う防具は自分達で作っていたのだと推察する。

・「処罰の内容と褒美の品について詳しくなろうと努力する」は、「士卒孰練」の「士卒」が主語のまま内容が続いていると考察し、「人民と下僕は」と補った。

<③について>
・各記述は、それぞれ②で記述されていた主語が省略されている。解読文にはわかりやすく主語を補った。

・「君主が才能と徳を持った人に詳しくなればリーダーとなって物事を処理する将軍を選ぶことができる」について、「主とするものあり」は直訳すれば“リーダーとなって物事を処理する者が出現する”だが、君主は②「解読の注」で解説した「思いやりのある、優れた将軍」を見極める能力を得た状態と解釈し、「リーダーとなって物事を処理する将軍を選ぶことができる」と解読した。

・「令き行」の直訳は“立派な行程”となる。孫子兵法は、他国への侵略戦争を成功させる教えがまとめられているため、これは侵略戦争における「行軍」が立派な様子であると解釈できる。

・「間者が頑固者の対応に詳しくなれば敵兵を傷つけて軍隊の兵士数を増やす」について、敵兵を傷つけるのは奇策部隊が敵兵を攻め取る時に限られる孫子兵法の教えに基づいた内容。なお、其九2-2④「奇策部隊が武力で攻め取った敵兵達は、薬や食べ物で治療して落ち着かせれば自軍の兵士となる」等では、攻め取った敵兵は治療する内容が記述されている。

・「明」の“証明する”は、話の流れから「処罰の内容と褒美の品」が間違いなく実行されることを証明するのだと考察。「その賞罰制度を実行して証明する」と補って解読。

<④について>
・「賢」の“才能と徳を持った人”は、②「解読の注」より、「思いやりのある優れた将軍」と解読。

・「自然の摂理と場所が恩恵を施して自軍は堅固な実の状態となる」は、「孰」の“熟する”の意味を、自然の摂理と場所の状態が自軍にとって都合が良い状態に達したことと解釈。自然の摂理と場所が自軍にとって都合が良い状態は、相対的に敵軍にとっては都合が悪い状態であり、これは「虚実」の状態を指すと考察した。其五1-4①「戦略、戦術を使って敵軍を凌駕する道理は、自分の方に投げられた脆い卵を目にとめて固い木槌で打つに等しく自軍に向かって来る脆い敵軍を認識して固い自軍で打ち破るのであり、充実して堅固な“実”と虚弱な“虚”の正確な判断をするからである」に基づけば、自然の摂理と場所を巧みに利用して軍隊を堅固な状態にすることがわかる。

・「敵国に赴く」は、法規を守ることで軍隊が③「立派な行軍」ができるようになれば、孫子兵法が説く侵略戦争を仕掛ける体制が整うのだと解釈できる。

・「間者が軍隊の兵士数を増やす奇正の戦術に成熟すれば自軍は強大になる」は、軍隊の兵士数を増やす“こと”が「奇正の戦術」を用いることであるため、「間者」と「奇正の戦術」を補った。また、この記述は 其二4-2①「敵に勝ちて而は強を益す」の「敵を抑えて自軍の強大さが増加する」 を指すと考察。

・「豊かな生活を手に入れるために努力する」は、処罰の内容と褒美の品を熟知して努力していることから、「孰」の“熟する”の意味を人民と下僕の“生活(金銭)が熟す”ことと考察。つまり、人民と下僕は「豊かな生活を手に入れる」ために努力するのだと解読できる。

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