夫れ、兵を久しくせしめて国を利あらせしむ者は、未だ有らざるなり。

其二3-1

夫兵久而國利者、未有也。

fú bīng jiŭ ér guó lì zhě、wèi yoǔ yĕ。

解読文

①そもそも、軍隊を戦地に長く留まらせて国家を豊かにした将軍は、今まで存在したことがないのである。

②軍隊を戦地に長く留めれば、自国の兵士達は、敵国が利点として強く求める存在となり、将来は敵国が手に入れるのである。

③将軍が敵国の町、村、里、集落を利点として強く求めて陣地にし、自軍の兵士達を長く留まらせて、将来、その町、村、里、集落を統治するのである。

④自軍が産物をつくる技能に優れた者を長く留まらせれば、陣地にした町、村、里、集落を豊かにする存在となり、その人民を兵士の集まりとして手に入れるのである。
書き下し文
①夫れ、兵を久しくせしめて国を利あらせしむ者は、未だ有らざるなり。

②兵を久しくすれば、而(なんじ)の夫(おとこ)は、国の利(むさぼ)る者たり、未に有(たも)つなり。

③而(なんじ)の国を利(むさぼ)り、兵の夫(おとこ)を久しくして、未は有(たも)つなり。

④兵の夫(おとこ)は久しくすれば而(すなわ)ち国を利あらせしむ者たり、未を有(たも)つなり。
<語句の注>
・「夫」は①そもそも、②③④成年に達して役務や肉体労働に従事する人、の意味。
・「兵」は①②③④軍隊、の意味。
・「久」は①②③④長くとどまる、の意味。
・「而」は①順接の関係を表す接続詞、②③あなた、④条件関係を表す接続詞、の意味。
・「国」は①②独立した国家、③④地区、の意味。
・「利」は①利益を得る、②③利益を強く求める、④利益を得る、の意味。
・「者」は①②助詞「もの」、③仮定表現の助詞、④助詞「もの」、の意味。
・「未」は①今まで~したことがない、②③将来、④羊、の意味。
・「有」は①事物が存在する、②手に入れる、③親しむ、④手に入れる、の意味。
・「也」は①②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・特に無し。

<②について>
・「夫」の“成年に達して役務や肉体労働に従事する人”は、ここでは簡潔に「兵士達」と解読。“成年に達して役務や肉体労働に従事する人”の意味を採用する理由は、其一6-1②「解読の注」参照。③も同様に解読。

・この記述は、其二2-1②「敵軍の勢いを押さえつける道理は、長期間に渡って敵軍を露営させてから自国内に敵軍を封じることであり、寝返らせて自国の人民に加えることに大いに力を尽くすのである」の教えを敵国が実行した内容と考察。

<③について>
・「国」の“地区”は、其一2-5④「」の”地区“と同意であり、汙直の計によって自国の陣地にし、統治していく「敵国の町、村、里、集落」と解読。④も同様に解読。
これは「軍争」に関する記述であり、その概略は其七4-3①「敵里を奪い取れば多人数の正攻法部隊に割り当て、陣地を開拓して統治して兵糧と飼料を各部隊に配分するのであり、開拓した陣地を繋ぎ止めて全軍の権勢が生じれば、自軍が行動し始めた時、敵軍に危険を感じさせることができるのである」でまとめられている。
また、敵国の町、村、里、集落を陣地にする利点は、其七1-5④「危険と考える元敵人民を自国に服従させて自軍に編制し、兵士数に差を出せば権勢が生じるのであり、全軍を配置することで戦闘するように装った時、敵軍に危険を感じさせるのである」など数多く後述されているが、①②では軍隊を戦地に長く留めた場合の不利益な点を解消することが最も重要だと話の流れから読み取れる。陣地にした町、村、里、集落は戦地ではないため長く留まることができる。つまり、③の記述は、敵国の町、村、里、集落を陣地にすることが必須だと説いたのだと解釈する。

<④について>
・「夫」の“成年に達して役務や肉体労働に従事する人”は、ここでは「産物をつくる技能に優れた者」と解読。その理由は、陣地にした町、村、里、集落を豊かにするために労働力として兵士達を働かせるためであり、其十二1-1④「全ての人民を極めて栄えさせる要旨は、産物をつくる技能に優れた者を、必ず自国に従わせた元敵里に住ませて、元敵人民を産物の生産に励み努力させることで財貨を生み出すからである」に登場する「産物をつくる技能に優れた者」が「夫」の“成年に達して役務や肉体労働に従事する人”に含まれていると考察した。

・「未」の“羊”は、其十一5-5①「羊の集まりは駆り立てれば素直に従うが、駆り立てて向こう側に行かせ、駆り立ててこちら側に来させる時、到達する場所を理解している羊はいない」等で記述される「羊の集まり」を指すと考察。この「羊の集まり」は兵士達の喩えであるため、簡潔に「兵士の集まり」と解読した。

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