約の無けれども和すること請うは、謀なればなり。

其九4-12

無約而請和者、謀也。

wú yaō ér qǐng hé zhě、moú yĕ。

解読文

①窮乏の状態では無いにも拘わらず、自国に講和を求める要因は、敵の計略なのである。

②仮に、相互に文字による誓いを立てても、戦争をやめた後に謁見する相手国は、計略を計画しているのである。

③もしも、講和した相手国の使者がまとわりついて仲良くすることを求めるならば、自国について質問してくる者である。

④もしも、講和した相手国の使者の質問が要領を得て簡明ならば、挨拶はしても打ち解け合うことは慎むのである。

⑤交友関係が一定範囲を超えないように引き締めることを軽んじれば、「どうか一緒に歌や演奏に合わせて歌うのをお許しください」と求める使者が出現するのである。

⑥もしも、敵が無駄を省いて切り詰めている様子で自軍に講和を求めるならば、講和について考慮するのである。

⑦もしも、相互に文字による誓いを立てて、そのうえ、講和した相手国の使者が程よく穏やかな様子で教えを請えば、相談に応じるのである。

⑧まとわりついて相手に求めることなく、自国に追従する国のために働くのである。
書き下し文
①約の無けれども和すること請うは、謀なればなり。

②無(も)し約せども和して請う者は、謀るなり。

③無(も)し約(まと)いて和(やわ)らぐことを請わば、謀るなり。

④無(も)し約ならば、請(せい)すも和(やわ)らぐこと謀るなり。

⑤約すること無(なみ)すらば請ふ和せんことを謀る者あるなり。

⑥無(も)し約(つづま)やかにして和すること請わば、謀るなり。

⑦無(も)し約して而(しか)も和(やわ)らぎ請わば、謀るなり。

⑧約(まと)いて請うこと無く、和する者に謀るなり。
<語句の注>
・「無」は①無い、②仮に~としても、③④もしも、⑤軽んずる、⑥⑦もしも、⑧無い、の意味。
・「約」は①窮乏の状態、②言葉又は文字による相互の取り決め、誓い、③まとわりつける、④要領を得てあっさりしているさま、簡明な、⑤一定の範囲を超えないように引き締める、⑥無駄を省いて切り詰めるさま、⑦言葉又は文字による相互の取り決め、誓い、⑧まとわりつける、の意味。
・「而」は①②③逆接の関係を表す接続詞、④⑤条件関係を表す接続詞、⑥順接の関係を表す接続詞、⑦累加の関係を表す接続詞、⑧順接の関係を表す接続詞、の意味。
・「請」は①相手に求める、②謁見する、③相手に求める、④挨拶する、⑤どうか~するのをお許しください、⑥相手に求める、⑦教えてもらう、⑧相手に求める、の意味。
・「和」は①講和する、②戦争や争い事をやめる、③仲の良いさま、④打ち解け合う、⑤一緒にする、歌や演奏に合わせて歌う、⑥講和する、⑦程よく穏やかなさま、⑧追従する、の意味。
・「者」は①因果関係「也」に対応した置き字、②助詞「もの」、③仮定表現の助詞、④助詞「こと」、⑤助詞「もの」、⑥⑦仮定表現の助詞、⑧助詞「もの」、の意味。
・「謀」は①計略、②計画する、③質問する、④慎む、⑤求める、⑥考慮する、⑦相談する、⑧~のために働く、の意味。
・「也」は①因果関係を表す助詞、②③④⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する
・この句にも八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・「請」の“相手に求める”は、敵国が自国に講和を求めると解釈して「自国に講和を求める」と解読した。

・「謀」の“計略”は、計略を考えているのは敵国と解釈できるため「敵の計略」と補って解読。つまり、自国との争いによって国が窮乏したわけでもないのに講和を求めてくる時は、いずれ自国との講和を破棄して戦争を仕掛ける目論見があると考察できる。

<②について>
・「約」の“言葉又は文字による相互の取り決め、誓い”は、講和等を目的にした誓約文書と解釈。この誓約文書は、相互に戦争しないことに同意するものと推察できるため、「約する」で「相互に文字による誓いを立てる」と補って解読。
形式上は誓約文書を取り交わすことに同意しても消極的な姿勢で敵が講和を求める内容と考察した。また、

・「請」の“謁見する”は、講和した敵国であるため、「請う者」で「謁見する相手国」と解読。

・「謀」の“計画する”は、解読文①で記述された自国を欺くための「敵の計略(=謀)」の意味が積み上げられており、文字による誓いを立てることで自国を油断させて情報収集すると考察した。

<③について>
・「約」の“まとわりつける”は、話の流れから主語として「講和した相手国の使者」と補った。

・「謀」の“質問する”は、使者が自国に関する事柄について質問すると考察して「自国について質問してくる」と補って解読。

<④について>
・「約」の“要領を得てあっさりしているさま、簡明な”は、話の流れから③「講和した相手国の使者」の質問と解釈できる。結果、「約なり」で「講和した相手国の使者の質問が要領を得て簡明である」と補って解読。質問して何らかの情報を得ても計略に利用できなければ意味がないため、要領を得て簡明な質問ができる使者は、事前に収集するべき情報を言い渡されている可能性が高いと考察した。

<⑤について>
・「約」の“一定の範囲を超えないように引き締める”は、使者の交友関係に緩みが生じれば、使者の質問に対して容易く答えてしまう可能性が高いと考察し、「交友関係が一定範囲を超えないように引き締める」と補って解読。

・「和」は“一緒にする”と“歌や演奏に合わせて歌う”の掛け言葉と解釈、自国の者に緩みを生じさせて情報を得やすくするための宴等であり、現代社会で言えば接待に該当すると考察した。結果、「一緒に歌や演奏に合わせて歌う」と解読。

<⑥について>
・解読文①~⑤は、窮乏していないのに講和を求める敵国の記述。一方、解読文⑥以降は窮乏している様子の敵国に関する記述である。

・「約」の“無駄を省いて切り詰めるさま”は、自軍に講和を求めてきた敵であるため、結果、「敵が無駄を省いて切り詰めているさま」と補って解読。

・「請」の“相手に求める”の“相手”は、話の流れより自軍と解釈できる。結果、「自軍に講和を求める」と解読。

・「謀」の“考慮する”は、話の流れから求められた講和について考慮すると考察。結果、「講和について考慮する」と補って解読。

<⑦について>
・「和」の“程よく穏やかなさま”は、窮乏して講和した相手国から謁見してきた使者と解釈できるため、「講和した相手国の使者が程よく穏やかなさま」と補って解読。

・「請」の“教えてもらう”は、相手国が窮乏している状況にあるため、政治、経済、軍事、紛争問題等に関して自国に教えを請うのだと考察できる。その様子が穏やかであれば、請われた内容について一緒に相談して解決に協力すると解釈できる。但し、解読文は「教えを請う」と包括的に解読。

<⑧について>
・「和」の“追従する”は、相手国が自国に追従すると解釈できため、「和する者」で「自国に追従する国」と補って解読。つまり、要求ばかりしてくる国は計略を計画していると疑うべきであり、教えを請う姿勢で追従する国には協力して「利」を与えて、自国の相談事にも協力してもらうことと考察できる。

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