大吏は怒りて服せず、懟む敵に遇えば而ち戦い自りて、其の能たること知らざる将あれば、崩と曰う。

其十2-6

大吏怒而不服、遇敵懟而自戰、將不知其能、曰崩。

dà lì nù ér bù fù、yù dí duì ér zì zhàn、jiāng bù zhī qí néng、yuē bēng。

解読文

①上級役人が腹を立てて感心しておらず、憤る敵軍に出くわせば戦闘を始めるが、敵将軍の有能さを理解していない将軍が存在すれば、軍隊がばらばらになる災い「崩」と名付ける。

②その将軍は、上級役人が大いなる敵将軍の有能さを知らせて「軍隊がばらばらになる」と言っても、驕った姿勢でその上級役人を叱責して大人しく従わないのであり、敵将軍と応対した時に憤れば戦闘を始めて敵軍とせめぎ合うのである。

③多くの役人は、怒らせれば大人しく従うことが無く、その将軍を酷いと思えば不安定な状態になって、自分から敵将軍に投合して自国を去るのである。たぶん、その将軍は「任に堪えないと感じて潰れた」と言うだろう。

④将軍が役人を立派であると思えば、役人達は大いに奮い立って従事するのである。仮に憤る敵軍に出くわしても、軍隊の勢いを壮大にして敵兵達を恐れ震えさせる知恵が将軍にあれば、「敵軍をばらばらにさせる有能な将軍」と称されるだろう。
書き下し文
①大吏(たいり)は怒りて服せず、懟(うら)む敵に遇(あ)えば而(すなわ)ち戦い自(よ)りて、其の能たること知らざる将あれば、崩(ほう)と曰う。

②将は、不(おお)いなる其の能たること知(ち)して崩れると曰うも、大なりとして吏(り)に怒りて服(したが)わざるなり、敵を遇(もてな)すに懟(うら)めば而(すなわ)ち自(よ)りて戦うなり。

③大(おお)いなる吏(り)は、怒らせれば而(すなわ)ち服(したが)うこと不(な)く、而(なんじ)を懟(うら)めば戦(そよ)ぎて、自ら敵に遇(あ)いて将(ゆ)くなり。其れ、能(よ)くせずと知りて崩れると曰わん。

④而(なんじ)は吏(り)を大なりとすれば、不(おお)いに怒(はげ)みて服(したが)うなり。自(も)し懟(うら)む敵に遇(あ)うも、将(おお)きくして不(おお)いに戦(おのの)かしむ知而(なんじ)にあれば、其の崩れしむ能と曰われん。
<語句の注>
・「大」は①官位や職責が高い、②驕る、③数量が多い、④立派であると思う、の意味。
・「吏」は①②③④役人の通称、の意味。
・「怒」は①腹を立てる、②叱責する、③怒らせる、④奮い立つさま、の意味。
・1つ目の「而」は①②順接の関係を表す接続詞、③仮定条件の接続詞、④あなた、の意味。
・1つ目の「不」は①②~しない、③無い、④大いに、の意味。
・「服」は①感心する、②③大人しく従う、④従事する、の意味。
・「遇」は①出くわす、②応対する、③投合する、④出くわす、の意味。
・「敵」は①②③④戦争や競争で対抗する相手、の意味。
・「懟」は①②憤る、③人をひどいと思う、④憤る、の意味。
・2つ目の「而」は①②仮定条件の接続詞、③④あなた、の意味。
・「自」は①②始める、③自分から、④もしも、の意味。
・「戦」は①争い、②せめぎ合う、③揺れ動く、④(恐れや寒さのために)震える、の意味。
・「将」は①②将軍、③去る、④壮大なさま、の意味。
・2つ目の「不」は①~しない、②大いに、③~しない、④大いに、の意味。
・「知」は①理解する、②知らせる、③感じる、④知恵、の意味。
・「其」は①②敵の代名詞、③たぶん、④敵の代名詞、の意味。
・「能」は①②有能な、③任に堪える、④有能な人、の意味。
・「曰」は①~と名付ける、②③~と言う、④~と称する、の意味。
・「崩」は①②ばらばらになる、③潰れる、④ばらばらになる、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」は地刑篇全て欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「大吏」の直訳は“官位や職責が高い役人”となる。詳しい階級制度がわからないため、暫定的に「上級役人」と解読した。

・「崩」の“ばらばらになる”は、其十2-1①「崩」の「軍隊がばらばらになる災い「崩」」の意味を積み上げていると考察。結果、「崩」で「軍隊がばらばらになる災い「崩」」と解読。

<②について>
・「大いなる敵将軍の有能さを知らせて「軍隊がばらばらになる」と言う」の主語は、①「上級役人」と考察できるため、「上級役人が」と補った。

・「吏」の“役人の通称”は、①「吏」の「上級役人」の意味を積み上げていると考察。結果、話の流れに合わせて「その上級役人」と解読。

・「敵するもの」の直訳は“歯向かう者”となる。話の流れを踏まえれば、将軍の視点からは歯向かっているように見える上級役人を指すと考察できる。結果、「歯向かう上級役人」と解読。

・「自」の“始める”は、①「自」の「戦闘を始める」の意味を積み上げていると考察。結果、「戦闘を始める」と解読。

<③について>
・「戦」の“揺れ動く”は、ここでは“不安定な状態”の意味と解釈。結果、「不安定な状態になる」と解読。

<④について>
・「将」の“壮大なさま”は、憤る敵軍を恐れ震えさせる要因と解釈すれば、軍隊の勢いを壮大にすることと考察できる。結果、「軍隊の勢いを壮大にする」と補って解読。

・「能」の“有能な人”は、役人から称賛される将軍を指すと考察。結果、「有能な将軍」と解読。

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