将は弱くして厳かに不く、教える道は明るからず、常を無する卒を吏として、兵の縦に陳せしめて横たるは、乱と曰う。

其十2-7

將弱不嚴、教道不明、吏卒無常、陳兵縱橫、曰亂。

jiāng ruò bù yán、jiaò daò bù míng、lì zú wú cháng、chén bīng zòng héng、yuē luàn。

解読文

①将軍の立場が弱くて威厳が無く、教え導く説明方法ははっきりしておらず、法規を蔑ろにする兵士を役人にして、正攻法部隊が各部隊の思うままに陣列をつくらせて入り乱れている状態は、軍隊が秩序を失う災い「乱」と名付ける。

②立場が弱くて威厳が無い将軍は、知識や技術を伝授されても道理をはっきり悟らず、兵士達から侮られて尊敬されることが無いのである。法規を蔑ろにする役人は、一般の兵士達を蔑ろにするのであり、「各部隊の陣列が入り乱れている」と申し述べるがその兵士達を捨て置くのである。その結果、軍隊が秩序を失うのである。

③兵士達から侮られて尊敬されることが無い将軍は、軍隊をきちんと整えることが無いため自軍は脆い「虚」の状態になるのであり、政治による教化を語るが物事によく通じていない。一般の兵士達を蔑ろにする役人は、人の守るべき道を無視して兵士達を死なせるのであり、戦死者を並べて「思うままに振舞って陣列を掻き乱した」と言って、濡れ衣を着せるのである。

④軍隊をきちんと整えて脆い「虚」の状態になることが無い将軍は、はっきりした説明方法で教え導いて軍隊を統治するのである。法規を蔑ろにする役人は、下級役人によって出し尽くさせるのであり、「法規に背けば軍隊が秩序を失って災いする」と言って解任するのである。
書き下し文
①将は弱くして厳(おごそ)かに不(な)く、教える道は明るからず、常(つね)を無(なみ)する卒(そつ)を吏(り)として、兵の縦(ほしいまま)に陳(じん)せしめて横(おう)たるは、乱と曰う。

②将は、教えらるも道を明らかにせず、弱しとされて厳(とうと)ばれること不(な)きなり。吏(り)は、常卒(じょうそつ)を無(なみ)するなり、横(おう)たりと陳(の)べるも兵を縦(ゆる)すなり。曰(ここ)に、乱れるなり。

③将は、厳(げん)すること不(な)くして弱めるなり、教えを道(い)うも明るからず。吏(り)は、常(じょう)を無(なみ)して卒(しゅっ)せしむなり、兵を陳(つら)ねて縱(ほしいまま)にして乱すと曰いて、横(おう)するなり。

④厳(げん)して弱めること不(な)き将は、不(おお)いに明(あき)らかに教えて道(おさ)めるなり。常(つね)を無(なみ)する吏(り)は、卒(そつ)に陳(の)べしむなり、横(おう)たれば乱れて兵すと曰いて縦(はな)つなり。
<語句の注>
・「将」は①②③④将軍、の意味。
・「弱」は①気力や勢力がないさま、②侮る、③④脆く柔らかいさま、の意味。
・1つ目の「不」は①②③④無い、の意味。
・「厳」は①威厳があるさま、②尊敬する、③④きちんと整える、の意味。
・「教」は①教え導く、②知識や技術を伝授する、③政治による教化、④教え導く、の意味。
・「道」は①方法、②道理、③説く、④統治する、の意味。
・2つ目の「不」は①②③~しない、④大いに、の意味。
・「明」は①はっきりしたさま、②はっきり悟る、③物事によく通じているさま、④はっきりしたさま、の意味。
・「吏」は①役人にする、②③④役人の通称、の意味。
・「卒」は①②兵士、③死ぬ、④下級役人、の意味。
・「無」は①②蔑ろにする、③無視する、④蔑ろにする、の意味。
・「常」は①法令、②普通の、③人の守るべき道、④法令、の意味。
・「陳」は①陣列をつくる、②申し述べる、③列をなして並べる、④出し尽くす、の意味。
・「兵」は①軍隊、②戦士、③戦士した人、④災いする、の意味。
・「縦」は①思うままに、②捨て置く、③思うままに振舞う、④放出する、の意味。
・「横」は①②入り乱れる、③濡れ衣を着せる、④決まりにもとるさま、の意味。
・「曰」は①~と名付ける、②語気の強調、③④~と言う、の意味。
・「乱」は①②秩序がないさま、③掻き乱す、④秩序がないさま、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」は地刑篇全て欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「弱」の“気力や勢力がないさま”は、軍組織内における力関係を説くと解釈できるため、「立場が弱い」と解読した。

・「道」の“方法”は、将軍から兵士達に教え導く方法であるため、「説明方法」と補って解読。

・「常」の“法令”は、其一2-7②「法」の「法規」と同意と考察。結果、「法規」と解読。④も同様に解読。

・「兵」の“軍隊”は、思うままに陣列をつくって入り乱れている状態が描写されていること、また、兵士達は各部隊で集まっていると推察されることを踏まえて、「各部隊」と解読。なお、この「各部隊」は正攻法部隊と解釈するのが適当であるため、文意をわかりやすくする目的で「正攻法部隊が」と主語を補った。

・「乱」の“秩序がないさま”は、其十2-1①「乱」の「軍隊が秩序を失う災い「乱」」の意味を積み上げていると考察。結果、「乱」で「軍隊が秩序を失う災い「乱」」と解読。

<②について>
・「将」の“将軍”は、①「将」で記述された「将軍の立場が弱くて威厳が無い」の意味を積み上げていると考察。結果、「立場が弱くて威厳が無い将軍」と補って解読。

・「吏」の“役人の通称”は、①「吏」で記述された「法規を蔑ろにする兵士を役人にする」の意味を積み上げていると考察。結果、「法規を蔑ろにする役人」と補って解読。

・「常卒」の直訳は“普通の兵士”となる。この“普通”の意味は、地位や役職が無いことを指すと解釈。結果、「一般の兵士達」と解読。

・「横」の“入り乱れる”は、①「横」で記述された「各部隊の思うままに陣列をつくらせて入り乱れている状態」の意味を積み上げていると考察。結果、「各部隊の陣列が入り乱れている」と補って解読。

<③について>
・「将」の“将軍”は、②「将」で記述された「将軍は、知識や技術を伝授されても道理をはっきり悟らず、兵士達から侮られて尊敬されることが無い」の意味を積み上げていると考察。結果、「兵士達から侮られて尊敬されることが無い将軍」と補って解読。

・「厳」の“きちんと整える”は、文意より軍隊を整えることと考察。結果、「軍隊をきちんと整える」と補って解読。④も同様に解読。

・「弱」の“脆く柔らかいさま”は、其五1-4①「戦略、戦術を使って敵軍を凌駕する道理は、自分の方に投げられた脆い卵を目にとめて固い木槌で打つに等しく自軍に向かって来る脆い敵軍を認識して固い自軍で打ち破るのであり、充実して堅固な“実”と虚弱な“虚”の正確な判断をするからである」で記述された“脆い敵軍”から類推すれば、虚実の「虚」となった自軍を説くと考察。結果、「(自軍は)脆い「虚」の状態になる」と解読。④も同様に解読。

・「吏」の“役人の通称”は、②「吏」で記述された「法規を蔑ろにする役人は一般の兵士達を蔑ろにする」の意味を積み上げていると考察。結果、「一般の兵士達を蔑ろにする役人」と補って解読。

・「乱」の“掻き乱す”は、②「「各部隊の陣列が入り乱れている」と申し述べる」という役人の発言に基づけば、「陣列を掻き乱す」と補って解読できる。

<④について>
・「明」の“はっきりしたさま”は、①「明」で記述された「教え導く説明方法ははっきりしていない」の意味を積み上げていると考察。結果、「はっきりした説明方法で」と補って解読。

・「横」の“決まりにもとるさま”の“決まり”は、「常」の「法規」と同意と考察。結果、「法規に背く」と解読。

・「縦」の“放出する”は、法規を蔑ろにする者を役人という役職から放出することと解釈すれば、解任することと考察できる。結果、「解任する」と解読。

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