謹んで養いて労すること勿くんば、気を并てて積なすに力めるなり。兵を運らしめて計を謀るなり、不いに為べば可に賊あらんや。

其十一3-3

謹養而勿勞、并氣積力。運兵計謀、為不可賊。

ǐn yǎng ér wù laó、bìng qì jī lì。yùn bīng jì moú、wéi bù kĕ zéi。

解読文

①町、村、里等の元敵人民に対して恭しく生活の面倒をみてこき使うことが無ければ、敵人民は自軍に対する怒りを捨て去って穀物を山のように蓄えることに尽力するのである。兵士を定期的に訪問させて穀物等の出納を記録した帳簿を求めるのであり、元敵人民が大いに出納管理を学習すれば、どうしてこそ泥が出現するだろうか。

②将軍は、穀物等の生活必需品や財物について出納管理で厳密に損失を防いで元敵人民を煩わしてはならない。穀物を運んで積み上げる下働きの者達は、やる気を捨て去れば大いによこしまな態度で仕事に向き合うのであり、定期的に訪問する兵士が帳簿を求めた時には、虚偽であっても体裁だけ整えた帳簿を送り届けるのである。

③出納管理で厳密に損失を防がない将軍は、おそらく元敵人民の意見と仕事の態度を定期的に訪問する兵士に報告させて、下働きの者達を一斉に慰労することで停滞したやる気を保養するのであり、よこしまな態度の者は大いに改心するのである。

④停滞したやる気を保養する将軍は、蓄えた穀物の山から一斉に食物を贈り届けることで、下働きの者達の疲れを取るのである。おそらく恭しく礼儀正しい態度の兵士達が、将軍の考えと食糧を届けて下働きの者達と向き合うのであり、彼らを駄目にすることが無いのである。

⑤下働きの者達の疲れを取る将軍は、楽しませる礼法の儀式を計画するのである。おそらく、演奏に合わせて武器を回転させながら舞って大いに国政を害して民衆に危害を加える国家の悪人を改心させる儀式をすれば、停滞していた雰囲気を払拭して、敵人民は穀物を山のように蓄えることに尽力するだろう。

⑥礼法の儀式で楽しませる将軍は、大いに対峙する敵軍が出現すれば、下働きの者と共に自軍の兵士達の士気を累積するのであり、武器を駆使することを考慮して、町、村、里等に武器を設置することを敵人民に求めるのであり、憂えることが無いのである。

⑦大いに対峙する敵軍が出現しても憂えることが無い将軍は、下働きの者達に武器を駆使する方法を用心深く修練させて、自軍の兵士達と共に勇気を累積させるのである。敵将軍の戦略、戦術を計算した、必然性のある戦略、戦術が自軍にあれば、敵軍に利点は無いのである。

⑧下働きの者達に武器を駆使する方法を用心深く修練させる将軍は、累積した兵士達の勇気を一つにして軍隊に勢いを生じさせるのである。敵将軍の戦略、戦術を計算して軍隊を移動させた時、敵軍は戦略、戦術を実行できないのであり、自軍が苦しむことは無いのである。
書き下し文
①謹んで養いて労すること勿(な)くんば、気を并(す)てて積(し)なすに力(つと)めるなり。兵を運(めぐ)らしめて計を謀るなり、不(おお)いに為(まな)べば可(あ)に賊(ぞく)あらんや。

②而(なんじ)は養(よう)を謹みて労すること勿(な)かれ。運びて積む力は、気を并(す)てれば不(おお)いに賊(ぞく)たりて可(あ)たるなり、兵の謀るに為(な)して計(けい)するなり。

③謹むこと勿(な)き而(なんじ)は、計(はか)るに謀と為(しわざ)を兵に運(はこ)ばしめて、力を并(なら)びに労(ねぎら)いて積(とどこお)る気を養うなり、賊(ぞく)たるものは不(おお)いに可(い)えるなり。

④養う而(なんじ)は、積(し)より并(なら)びに気(おく)りて、力の労を勿(な)くすなり。計(はか)るに謹む兵は、謀と為(しわざ)を運びて可(あ)たるなり、賊(そこ)なうこと不(な)きなり。

⑤労を勿(な)くす而(なんじ)は、養わしむ謹(きん)を謀るなり。計(はか)るに、為(な)して兵を運(めぐ)らして不(おお)いに賊(ぞく)を可(い)えしめば、積(とどこお)る気を并(すて)てて力(つと)めん。

⑥謹(きん)に養わしむ而(なんじ)は、不(おお)いに可(あ)たる賊(ぞく)あれば、力と并(なら)びに気を積むなり、兵を運(めぐ)らすこと計(はか)りて為(な)すこと謀るなり、労すること勿(な)きなり。

⑦労すること勿(な)き而(なんじ)は、力に兵を運(めぐ)らすこと謹んで養わしめて、并(なら)びに気を積ましむなり。為(しわざ)を計(かぞ)える謀あれば、賊(ぞく)に可は不(な)きなり。

⑧謹んで養わしむ而(なんじ)は、積む気を并(あわ)して力あらしむなり。謀を計(かぞ)えて兵を運(めぐ)らしむに、賊(ぞく)は為(な)す可からざるなり、労たること勿(な)きなり。
<語句の注>
・「謹」は①恭しく、②③厳密に防ぐ、④恭しく礼儀正しいさま、⑤⑥礼法、⑦⑧用心深い、の意味。
・「養」は①生活の面倒をみる、②生活必需品、財物、③④保養する、⑤⑥楽しむ、⑦⑧修練する、の意味。
・「而」は①順接の関係を表す接続詞、②③④⑤⑥⑦⑧あなた、の意味。
・「勿」は①しない、②してはならない、③しない、④⑤⑥⑦⑧存在しない、の意味。
・「労」は①こき使う、②煩わす、③慰労する、④⑤疲れ、⑥⑦憂える、⑧苦しむさま、の意味。
・「并」は①②捨て去る、③④一斉に、⑤捨て去る、⑥⑦共に、⑧一つにする、の意味。
・「気」は①怒り、②③人の活力、④食物を贈り届ける、⑤雰囲気、⑥士気、⑦⑧勇気、の意味。
・「積」は①蓄えた穀物の山、②穀物を積み上げる、③停滞する、④蓄えた穀物の山、⑤停滞する、⑥⑦⑧累積する、の意味。
・「力」は①尽力する、②③④下働きの者、⑤尽力する、⑥⑦下働きの者、⑧勢い、の意味。
・「運」は①決まった軌道上を動く、②③④物を運ぶ、⑤回転させる、⑥⑦駆使する、⑧移動する、の意味。
・「兵」は①②③④戦士、⑤⑥⑦武器、⑧軍隊、の意味。
・「計」は①帳簿、出納、②帳簿を送り届ける、③④⑤おそらく、⑥考慮する、⑦⑧計算する、の意味。
・「謀」は①②求める、③意見、④考え、⑤計画する、⑥求める、⑦⑧計略、の意味。
・「為」は①学習する、②装う、③④行い、⑤演奏する、⑥設置する、⑦行い、⑧行う、の意味。
・「不」は①②③大いに、④無い、⑤⑥大いに、⑦無い、⑧~しない、の意味。
・「可」は①どうして~であろうか、②向き合う、③病気が治る、④向き合う、⑤病気が治る、⑥対する、⑦長所、⑧~できる、の意味。
・「賊」は①こそ泥、②③よこしまなさま、④だめにする、⑤⑥⑦⑧国政を害し民衆に危害を加える国家の悪人、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「謹養而勿勞、并氣積力、運兵計謀、為不可測」と「賊」を「測」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文を採用した。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・其十一3-2から話が続いていると解釈。自軍が統治する教えであることを踏まえて「町、村、里等の元敵人民に対して」と冒頭に補った。

・「気」の“怒り”は、「町、村、里等」を奪い取った自軍に対する敵人民の怒りと考察。結果、「自軍に対する怒り」と補って解読。

・「兵を運らしむ」の直訳は“戦士を決まった軌道上で動かす”となる。“決まった軌道上で動かす”は、ある一点を何度も通過することとも言えるため、監査人と言える兵士を「町、村、里等」の穀物を蓄えた倉庫に定期的に訪問させることと考察できる。結果、「兵士を定期的に訪問させる」と解読した。

・「計」は、監査人と言える兵士が定型的に訪問する文意を踏まえれば、蓄積した穀物等の出納を把握できる帳簿を求めるのだと考察できる。結果、“帳簿”と“出納”の掛け言葉と解釈して「穀物等の出納を記録した帳簿」と解読した。

・「為」の“学習する”は、蓄積した穀物等に関する出納管理の事務処理を元敵人民が学習することと考察。結果、「元敵人民が出納管理を学習する」と補って解読。

<②について>
・「養」は、①「兵士を定期的に訪問させて穀物等の出納を記録した帳簿を求める」から類推すれば、“生活必需品”と“財物”の掛け言葉と解釈できる。なお、生活必需品に穀物が含まれていると考察している。結果、「穀物等の生活必需品や財物」と補って解読。

・「謹」の“厳密に防ぐ”は、①「元敵人民が大いに出納管理を学習すれば、どうして蓄積した穀物等を駄目にするだろうか」に基づいて、「出納管理で厳密に損失を防ぐ」と補って解読。③も同様に解読。

・「運」の“物を運ぶ”の“物”は、話の流れより穀物を指すと考察。結果、「穀物を運ぶ」と解読。

・「気」の“人の活力”は、管理が厳密過ぎて下働きの者達が失うものであるため、やる気と解釈。結果、「やる気」と解読。③も同様に解読。

・「可」の“向き合う”は、下働きの者達の仕事に対する態度と考察。結果、「仕事に向き合う」と補って解読。

・「兵の謀る」の直訳は“戦士が求める”となる。これは①「兵士を定期的に訪問させて穀物等の出納を記録した帳簿を求める」を指すと考察。結果、「定期的に訪問する兵士が帳簿を求める」と補って解読。

・「為して計する」の直訳は“装って帳簿を送り届ける”となる。これは適切な出納管理をしていないにも関わらず、体裁だけ整えた帳簿を送り届けることと考察。結果、「虚偽であっても体裁だけ整えた帳簿を送り届ける」と補って解読。

<③について>
・「謀と為」の直訳は“意見と行い”となる。これは元敵人民の意見と仕事の態度を指すと考察。結果、「元敵人民の意見と仕事の態度」と補って解読。

・「兵」の“戦士”は、②「兵」の「定期的に訪問する兵士」を指すと考察。結果、「定期的に訪問する兵士」と解読。

・「運」の“物を運ぶ”は、「定期的に訪問する兵士」に「元敵人民の意見と行い」を将軍に報告させることと考察。結果、使役形で「報告させる」と解読。

・「賊たるものは不いに可える」の直訳は“よこしまな態度の者は大いに病気が治る”となる。これは、やる気を失って、よこしまな態度になった者が改心することと考察。結果、「よこしまな態度の者は大いに改心する」と解読。

<④について>
・「養」の“保養する”は、③「養」で記述された「下働きの者達を一斉に慰労することで停滞したやる気を保養する」の意味を積み上げていると考察。結果、「停滞したやる気を保養する」と補って解読。

・「力の労を勿くす」の直訳は“下働きの者の疲れを無くす”となる。これは下働きの者達の疲れを取ることと考察。結果、話の流れに合わせて「下働きの者達の疲れを取る」と解読。

・「謀と為」の直訳は“考えと行い”となる。この“考え”は③「元敵人民の意見」に対する将軍の考え及び労働に対する労いの言葉を指し、“行い”は食糧の贈呈を指すと考察。結果、「将軍の考えと食糧」と簡潔に補って解読。

・「運」の“物を運ぶ”は、「将軍の考えと食糧」を敵人民に届けることと考察。結果、「届ける」と言い換えた。

<⑤について>
・「労を勿くす」の直訳は“疲れを無くす”となる。これは④「力の労を勿くす」の「下働きの者達の疲れを取る」の意味を積み上げていると考察。結果、「下働きの者達の疲れを取る」と補って解読。

・「養わしむ謹」の直訳は“楽しませる礼法”となる。礼法について詳しくわからないが、孔子の論語によると礼儀作法や道徳観を単に伝えるだけでなく、音楽を伴った儀式もあると解釈できる。そのため、“楽しませる礼法”とは礼節を持って下働きの者達を楽しませる音楽イベントであり、元敵人民達に祝い事等があれば儀式を行ったのではないかと推察できる。結果、ここでは「楽しませる礼法の儀式」と暫定的に解読。⑥も同様に解釈。

・「為して兵を運らして不いに賊を可えしむ」の直訳は“演奏して武器を回転させて大いに国政を害して民衆に危害を加える国家の悪人の病気を治す”となる。これは「楽しませる礼法の儀式」において、例えば剣を回転させる舞のようなものが想像されるのであり、この儀式によって下働きの者達に対する道徳教育も兼ねていると考察。結果、ここでは暫定的に「演奏に合わせて武器を回転させながら舞って大いに国政を害して民衆に危害を加える国家の悪人を改心させる儀式をする」と解読した。

・「力」の“尽力する”は、①「力」で記述された「敵人民は自軍に対する怒りを捨て去って穀物を山のように蓄えることに尽力する」の意味を積み上げていると考察。結果、「敵人民は穀物を山のように蓄えることに尽力する」と補って解読。

<⑥について>
・「力と并びに」の直訳は“下働きの者と共に”となる。これは下働きの者達を兵士として編制することと考察すれば“自軍の兵士達と”と補える。結果、「下働きの者と共に自軍の兵士達の」と補って解読。

・「賊」の“国政を害し民衆に危害を加える国家の悪人”は、自軍の統治によって満足している元敵人民の視点に立てば、敵国及び敵軍を指すと考察できる。このように考えると、⑤「演奏に合わせて武器を回転させながら舞って大いに国政を害して民衆に危害を加える国家の悪人を改心させる儀式をする」は、敵国及び敵軍を敵対視させるための教化と解釈し得る。結果、「敵軍」と簡潔に解読。⑦⑧も同様に解読。

・「為すこと謀る」の直訳は“設置することを求める”となる。これは、「町、村、里等」に武器を設置することを敵人民に求めることと考察。結果、「町、村、里等に武器を設置することを敵人民に求める」と補って解読。

<⑦について>
・「労すること勿し」の直訳は“憂えることが無い”となる。解読文⑥からの話の流れを考慮して「大いに対峙する敵軍がしても憂えることが無い」と補って解読。

・「并びに気を積ましむ」の直訳は“共に勇気を累積させる”となる。これは、武器の扱い方を修練して下働きの者達が自信と共に勇気を持つことであり、同時に、自軍の兵士達も戦闘に向けて武器の準備が整うことで勇気を持つことと解釈できる。結果、「自軍の兵士達と共に勇気を累積させる」と補って解読。

・「為を計える謀」の直訳は“行いを計算した計略”となる。これは其十一2-3⑥「敵国を討伐する正しい戦略、戦術の必然性は、敵将軍の戦略、戦術を申し上げて主張するのであり、優れた将軍は計算して敵将軍による戦略、戦術の実行を許さないのである」に基づけば、敵将軍の動きを計算した必然性のある戦略、戦術と考察できる。結果、「敵将軍の戦略、戦術を計算した、必然性のある戦略、戦術」と補って解読。

<⑧について>
・「謹んで養わしむ」の直訳は“用心深く修練させる”となる。これは⑦「下働きの者達に武器を駆使する方法を用心深く修練させる」の意味を積み上げていると考察。結果、「下働きの者達に武器を駆使する方法を用心深く修練させる」と補って解読。

・「積む気を并して力あらしむ」の直訳は“累積した勇気を一つにして勢いを生じさせる”となる。“勇気”は⑦「自軍の兵士達と共に勇気を累積させる」に基づけば、自軍の兵士達と下働きの者達それぞれ各自の勇気と解釈できる。また、“勢い”は自軍の兵士達と下働きの者達がまとまって生じるため、軍隊の勢いと解釈できる。結果、「累積した兵士達の勇気を一つにして軍隊に勢いを生じさせる」と解読。

・「謀」の“計略”は、⑦「敵将軍の戦略、戦術」を指すと考察。結果、「敵将軍の戦略、戦術」と解読。

・「為す可からず」の直訳は“行うことができない”となる。これは敵軍が戦略、戦術を実行できないことと考察。結果、「戦略、戦術を実行できない」と解読。

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