木と石の生は、安んずれば則ち静まり、危うくすれば則ち動き、方なれば則ち止まり、円なれば則ち行くなり。

其五5-3

木石之生、安則靜、危則動、方則止、圓則行。

mù shí zhī shēng、ān zé jìng、weī zé dòng、fāng zé zhǐ、yuán zé xíng。

解読文

①丸太と石の性質は、落ち着かせれば動きを止め、打撃を与えれば動き出し、四角ければ停止し、丸ければ停止できずに揺れ動いて離れていくのである。

②この丸太と石の性質を人の資質に置き換えると、平穏であれば落ち着き安定し、危険を感じれば恐れ震え、道義的に正しくすれば国に宿り、正しさが厳格過ぎれば人民の心は自国から離れていくのである。

③停止できずに揺れ動いて離れていくならば丸い形状であり、停止するならば四角の形状であり、動き出すならば打撃を与えたのであり、動きを止めるならば落ち着かせたのである。これも丸太と石の性質である。

④この丸太と石の性質をあらゆる軍隊の性質に置き換えると、戦闘が無く落ち着き安定しているならば兵士達は平穏であり、軍隊が行動し始めれば敵軍に危険を感じさせるのであり、兵士達を逃亡させずに引き止めるならば自軍は整った隊列で広がっているのであり、兵士達の心が自軍から離れていくならば慣れ合いの感情が広まっているのである。

⑤丸太を石の性質に変える方法は、丸い形状で停止できずに揺れ動いて離れていくならば四角ければ停止することをお手本にして丸太を並べて四角の形状に整えるのであり、打撃を与えると動き出すならば落ち着かせれば動きを止めることをお手本にして置くのである。

⑥丸太を石の性質に変える方法を軍隊の性質に置き換えると、慣れ合いの感情が広まって兵士達の心が自軍から離れていくならば道義的に正しくすれば国に宿ることをお手本にして任務に対する気持ちを改めさせるのであり、兵士達が危険を感じて恐れ震えるならば戦闘が無く落ち着き安定すれば兵士達が平穏になることをお手本にして恐れ震えて任務に専念できない兵士を部隊の真ん中に配置するのである。

⑦石の性質となった丸太を使って優れた効果を得る理由は、地面が滑らかならば停止できずに揺れ動いて離れていくことをお手本にすれば打撃を与えるやいなや動き出すからであり、木や竹で組んだ筏であれば停止することをお手本にして丸太を並べて四角の形状に整えれば落ち着き安定してすぐに動きを止めるのである。

⑧石の性質となった丸太を使って優れた効果を得る方法を軍隊の性質に置き換えると、逃亡したい気持ちが生じれば兵士達の心から戦う気持ちが消えていくことをお手本にすれば敵軍に危険を感じさせるやいなや敵兵達は恐れ震えるのであり、自軍が整った隊列で広がっているならば兵士達を逃亡させずに引き止めることをお手本にすれば恐れ震えて任務に専念できない兵士を部隊の真ん中に配置するやいなや軍隊を平定するのである。
書き下し文
①木と石の生は、安んずれば則ち静まり、危うくすれば則ち動き、方なれば則ち止まり、円なれば則ち行くなり。

②木と石を生に之(ゆ)くに、安ければ則ち静まり、危(あや)ぶめば則ち動き、方なれば則ち止まり、円なれば則ち行くなり。

③行けば則ち円なり、止まれば則ち方なり、動けば則ち危うくするなり、静まれば則ち安んずるなり。之も木と石の生なり。

④木と石の生に之(ゆ)くに、静まれば則ち安んずるなり、動けば則ち危うくするなり、止めれば則ち方(なら)ぶなり、行けば則ち円なり。

⑤木を石の生に之(ゆ)くは、円なりて行けば則ち止まることに則(のっと)りて方(なら)べるなり、危うくして動けば則ち静まることに則(のっと)りて安んずるなり。

⑥木と石の生に之(ゆ)くに、円なりて行けば則ち止まることに則(のっと)りて方せしむなり、危(あや)ぶみて動けば則ち静まることに則(のっと)りて安んずるなり。

⑦石たる木を之(もち)いて生(は)えるは、円ければ行くに則(のっと)れば危(あや)ぶみて則ち動けばなり、方(いかだ)すれば止まるに則(のっと)れば安んじて則ち静まるなり。

⑧石たる木を生に之(ゆ)くに、円ければ行くに則(のっと)れば危(あや)ばしめて則ち動けばなり、方なれば止(とど)めるに則(のっと)れば安んじて則ち静(やす)んずるなり。
<語句の注>
・「木」は①②③④⑤⑥⑦⑧丸太の棒、の意味。
・「石」は①②③④⑤⑥⑦⑧石、の意味。
・「之」は①助詞「の」、②変わる、③代名詞、④対して、⑤⑥変わる、⑦使う、⑧変わる、の意味。
・「生」は①資質、②資質、人を呼称する言葉、③④⑤資質、⑥資質、人を呼称する言葉、⑦(生物が)長じる、⑧資質、人を呼称する言葉、の意味。
・「安」は①落ち着かせる、②平穏なさま、③落ち着かせる、④平穏なさま、⑤置く、⑥平穏なさま、⑥配置する、⑦落ち着かせる、⑧配置する、の意味。
・1つ目の「則」は①②③④~ならば、⑦すぐに、⑧~するやいなや、の意味。
・「静」は①動きを止める、②落ち着き安定する、③動きを止める、④落ち着き安定する、⑤動きを止める、⑥⑦落ち着き安定する、⑧平定する、の意味。
・「危」は①危害を与える、②危険と思う、③危害を与える、④危険と思う、⑤危害を与える、⑥危険と思う、⑦危害を与える、⑧危険と思う、の意味。
・2つ目の「則」は①②③④⑤⑥~ならば、⑦⑧~するやいなや、の意味。
・「動」は①静止状態から変わる、②震える、③静止状態から変わる、④行動する、⑤静止状態から変わる、⑥震える、⑦静止状態から変わる、⑧震える、の意味。
・「方」は①四角形であるさま、②道義的に正しく、きちんとしているさま、③四角形であるさま、④四角形であるさま、配列する、広範囲なさま、⑤物を並べる、⑥芽生える、⑦木や竹で組んだ筏、⑧四角形であるさま、配列する、広範囲なさま、の意味。
・3つ目の「則」は①②③④~ならば、⑤⑥⑦⑧模範とする、の意味。
・「止」は①停止する、②宿る、③停止する、④引き止める、⑤停止する、⑥宿る、⑦停止する、⑧引き止める、の意味。
・「円」は①まるい形であるさま、②完全に備わって欠けていないさま、③まるい形であるさま、④よくなれて、行き渡っているさま、⑤まるい形であるさま、⑥よくなれて、行き渡っているさま、⑦滑らかな、⑧世渡りに滞りのないさま、の意味。
・4つ目の「則」は①②③④⑤⑥~ならば、⑦⑧模範とする、の意味。
・「行」は①②③④⑤⑥⑦⑧離れていく、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「木石之性、安則靜、危則動、方則止、圓則行。」と「生」を「性」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「生」の“資質”は、主語の丸太と石に合わせて「性質」と言い換えた。③⑤も同様に解読。

・「危」の“危害を与える”は、丸太と石に対して、叩いたり蹴ったりして危害を与えれば、静止していた丸太と石が動き出すと解釈できる。通常、危害は人に対して使用する表現であるため、丸太と石に合わせて「打撃を与える」と解読した。③⑤⑦も同様に解読。

・「円なれば則ち行く」の直訳は「丸ければ離れていく」となる。これは、停止したくても丸い形状が原因となって揺れ動いて離れていくと解釈できる。結果、「丸ければ停止できずに揺れ動いて離れていく」と補って解読。

<②について>
・「木と石」は、①「木と石」の「丸太と石の性質」の意味を積み上げていると考察し、「丸太と石の性質」と解読。

・「生」は“資質”と“人を呼称する言葉”の掛け言葉と解釈し、「人の資質」と解読。

・「円」の“完全に備わって欠けていないさま”は、話の流れを踏まえると“道義的な正しさ”が完全な状態と考察できる。但し、“道義的な正しさ”が完全過ぎると“人民の心は自国から離れていく”文意であることを踏まえて「正しさが厳格過ぎる」と解読。

・「行」の“離れていく”は、「正しさが厳格過ぎる」ことで人民(兵士)の心が自国から離れていくことと考察。結果、「人民の心は自国から離れていく」と補って解読。

<③について>
・「行」の“離れていく”は、①「行」の「丸ければ停止できずに揺れ動いて離れていく」の解釈に基づき、「停止できずに揺れ動いて離れていく」と解読。⑤も同様に解読。

・「之」は、「行けば則ち円なり、止まれば則ち方なり、動けば則ち危うくするなり、静まれば則ち安んずるなり」を指示する代名詞と考察した上で「これ」と解読。

<④について>
・「木」と「石」は、其五5-2「木石」同様に、堅固な「石」が「自軍、堅固な軍隊」を指し、相対的に脆い「木」は「敵軍、脆い軍隊」を指すと解釈する。但し、ここでは二者の区別が無い解読文となるため、「木と石」で「あらゆる軍隊」と解読する。

・「生」の“資質”は、主語の「あらゆる軍隊」に合わせて「性質」と言い換えた。

・「静」の“落ち着き安定する”は、「静」に“動きを止める”の意味があることも踏まえると、戦闘による動きを止めるからこそ軍隊が落ち着き安定していると考察。結果、「戦闘が無い」と補った。

・「止」の“引き止める”は、兵士達を逃亡させずに軍隊に留めておくことと考察し、「兵士達を逃亡させずに引き止める」と解読。⑧も同様に解読。

・「方」は、敵軍が動きを止める要因であり、“四角形であるさま”、“配列する”、“広範囲なさま”の意味から総合的に解釈すると整った隊列で自軍が広範囲に及ぶ状態と考察できる。結果、「自軍は整った隊列で広がっている」と解読。⑧も同様に解読。

・「行」の“離れていく”は、将軍や隊長から兵士達の心が離れていくことと考察し、包括的に「兵士達の心が自軍から離れていく」と解読。⑥も同様に解読。

・「円」の“よくなれて、行き渡っているさま”は、人同士の慣れ合いが広まっている状態と考察し、「慣れ合いの感情が広まる」と解読。⑥も同様に解読。

<⑤について>
・「止」は、①「止」の「四角ければ停止する」の意味を積み上げていると考察、「四角ければ停止する」と解読。

・「方」の“物を並べる”は、丸太の形状はころがりやすいが四角をつくるように並べて落ち着かせることと考察し、「丸太を並べて四角の形状に整える」と解読。⑦も同様に解読。

・「静」は、①「静」の「落ち着かせれば動きを止める」の意味を積み上げていると考察、「落ち着かせれば動きを止める」と解読。

<⑥について>
・「木と石」は、⑤「木を石の生に之く」の「丸太を石の性質に変える方法」の意味を積み上げていると考察し、「丸太を石の性質に変える方法」と解読。

・「生」は、②同様に“資質”と“人を呼称する言葉”の掛け言葉と解釈するが、ここでは軍隊の性質を説くと考察して「軍隊の性質」と解読。⑧も同様に解読。

・「止」は、②「止」の「道義的に正しくすれば国に宿る」の意味を積み上げていると考察、「道義的に正しくすれば国に宿る」と解読。

・「方」の“芽生える”は、慣れ合いの感情を抑えて新たに任務に対する気持ちを持ち直させることと考察。結果、使役形で「任務に対する気持ちを改めさせる」と解読。
なお、其十4-1③「親しく付き従う兵士達に対して、急に若い女性を犯すように乱暴に扱って高く険しい山で兵士が死亡すれば、その死亡を皆に急ぎ知らせて死体を埋葬し、隊長は生存した仲間達と“死亡事故が起きた事実とその理由”に向き合う」を実践することで実現すると解釈できる。

・「静」は、④「静」の「戦闘が無く落ち着き安定しているならば兵士達は平穏である」の意味を積み上げていると考察、「戦闘が無く落ち着き安定しているならば兵士達は平穏である」と解読。

・「安」の“配置する”は、其十三2-2④「傷ついた敵兵達を急いで落ち着き安定させても、強制的に軍に召しだせば専念して従事することは無いのである。しかし、中隊の真ん中に配置して用い尽くせば、自軍の正攻法部隊として火災のようにどんどん攻め込むのである」の記述から類推すれば、攻め取ったばかりの元敵兵達のように戦う意欲の無い兵士は、部隊の真ん中に配置することと考察できる。結果、一般化して「恐れ震えて任務に専念できない兵士を部隊の真ん中に配置する」と補って解読。⑧も同様に解読。

<⑦について>
・「石たる木」は、⑤「丸太を石の性質に変える」の意味を積み上げていると考察すれば「石の性質となった丸太」と解読できる。この解釈より、軍隊は脆いことが本質であり、その脆い軍隊を可能な限り堅固な状態に仕上げていく教えであると推察できる。

・「行」の“離れていく”は、①「行」の解釈に基づき、「停止できずに揺れ動いて離れていく」と解読。

・「方」の“木や竹で組んだ筏”は、丸い形状の丸太を並べることで四角の形状に整えることと考察し、「丸太を並べて四角の形状に整える」と補う。結果、「方すれば止まるに則る」で「木や竹で組んだ筏であれば停止することをお手本にして丸太を並べて四角の形状に整える」と解読。

<⑧について>
・「石たる木」は、⑦「石たる木」の「石の性質となった丸太を使って優れた効果を得る」の意味を積み上げていると考察し、「石の性質となった丸太を使って優れた効果を得る方法」と解読した。

・「円」の“世渡りに滞りのないさま”とは、軍隊的に危険が迫って兵士達に逃亡したい気持ちが生じている状態と考察。結果、「逃亡したい気持ちが生じる」と解読。

・「行」の“離れていく”は、戦闘から兵士達の心が離れていくことと考察し、「兵士達の心から戦う気持ちが消えていく」と解読。

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