卑くして広きは、徒の来たればなり。

其九4-6

卑而廣者、徒來也。

beī ér guǎng zhě、tú laí yĕ。

解読文

①敵軍が、高さがなく隅々まで横に広がっている要因は、多くの敵歩兵が近くまで来襲したことにある。

②衰えて歩兵、物資、食糧が不足すれば、敵国から歩かせるのである。

③軍事に疎くて拡充する者は、無駄にした原因があるのである。

④軍事に疎くて物事にこだわらない者は、無駄に歩兵、物資、食糧を輸送させるのである。

⑤身分や地位が低い歩兵ならば、様々なこだわりを持った者が増加するのである。

⑥謙遜して、さらに度量がある者は、様々なこだわりに合わせて歩兵を慰労するのである。

⑦軍事に疎ければ、様々なこだわりを持った歩兵が原因となって軍隊が緩む原因となるのである。

⑧軍事に疎ければ、虚が生じる原因を増加させる要因となるのである。
書き下し文
①卑(ひく)くして広きは、徒の来たればなり。

②卑(ひ)にして広(むな)しければ、来(らい)より徒(か)ちせしむなり。

③卑(ひ)にして広める者は、徒(いたず)らにした来(らい)あるなり。

④卑(ひ)にして広なる者は、徒(いたず)らに来(きた)すなり。

⑤卑(ひく)ければ而(すなわ)ち徒なる者来(きた)りて広がるなり。

⑥卑(ひく)くして而(しか)も広しとする者は、徒を来(ねぎら)うなり。

⑦卑(ひ)ならば而(すなわ)ち徒なる者を来(らい)にして広がるなり。

⑧卑(ひ)ならば而(すなわ)ち徒なる来(らい)を広げせしむ者なればなり。
<語句の注>
・「卑」は①高さがない、②衰え、③④劣っているさま、⑤(身分や地位が)微小である、⑥へりくだる、⑦⑧劣っているさま、の意味。
・「而」は①②③④順接の関係を表す接続詞、⑤条件関係を表す接続詞、⑥累加の関係を表す接続詞、⑦⑧条件関係を表す接続詞、の意味。
・「広」は①横、隅々まで及ぶさま、②空であるさま、③拡充する、④心が広く物事にこだわらないさま、⑤増加する、⑥見識や度量があるさま、⑦ゆるくのびたさま、⑧増加する、の意味。
・「者」は①因果関係「也」に対応した置き字、②仮定表現の助詞、③④⑤⑥⑦助詞「もの」、⑧因果関係「也」に対応した置き字、の意味。
・「徒」は①歩兵、多くの人、②足で歩く、③無駄に、④無駄に、⑤何らかの嗜好を持っている人、⑥歩兵、⑦何らかの嗜好を持っている人、⑧むなしい、の意味。
・「来」は①近くに及ぶ、②外国からの、③物事の原因、小麦、④招く、⑤向こう側からこちら側に着く、⑥慰労する、⑦⑧物事の原因、の意味。
・「也」は①因果関係を表す助詞、②③④⑤⑥⑦断定の語気、⑧因果関係を表す助詞、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する
・この句には、八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・敵歩兵が多人数で来襲すれば遠目には、低く横に広がった壁のように見えるのだと考察した。なお、来襲した歩兵は敵であるため、冒頭で「敵軍」と補った。この来襲した敵歩兵は、敵軍が歩兵部隊だけで攻めてきた文意ではなく、既に来襲している敵軍が衰えたために歩兵、物資、食糧を輸送させて到着した場面と②の解読文で明らかになる。
なお、其二3-3①「常日頃、思いやりを持って軍隊を治める将軍は、兵役は重ねて徴用することなく、兵糧を重ねて輸送させない」に基づけば、歩兵、物資、食糧を輸送させたことで敵将軍は「軍事に疎い」ことがわかる。

<②について>
・「来」の“外国からの”は、敵が自国に“来襲”している記述のため、敵軍は自分の「国」から輸送させると解釈して「敵国から」と解読。

<③について>
・「卑」の“劣っているさま”は、其二3-3①「常日頃、思いやりを持って軍隊を治める将軍は、兵役は重ねて徴用することなく、兵糧を重ねて輸送させない」の記述に基づいて「軍事に疎い」と解読。④⑦⑧も同様に解読。

<④について>
・「広」は“心が広く物事にこだわらないさま”の意味の内、“心が広い”は良い印象になるため除外した。また、この“物事”の具体例は其二3-3以降の記述から国と人民の財貨とわかる。但し、物事には他の要素も含まれる可能性があるため「物事」と包括的に解読。

・「来」の“招く”は、文意と其二3-5①「兵糧を輸送するお手本に従って国家を困窮した状態に至らせる将軍は、敵国の町、村、里、集落に近づかず、遠方の国まで兵糧を輸送させる者である。敵国の町、村、里、集落に近づかず、遠方の国まで兵糧を輸送させる将軍は、すぐに多くの人民が財産や衣食に欠乏する」に基づいて、「輸送させる」と解読。

<⑤について>
・「徒」の“何らかの嗜好を持っている人”の“嗜好”には好みや趣味といった印象があるため、その意味合いを踏まえて「こだわり」と表現を変えた。また、歩兵達のこだわりは多種多様と推察されるため、“何らかの”は「様々な」と言い換えた。

<⑥について>
・「卑」の“へりくだる”は、将軍の態度としては考えづらいため「謙遜する」と言い換えた。
・「広」の“見識や度量があるさま”の意味の内、“見識”は優れた将軍の印象になるが、無駄に歩兵、物資、食糧を輸送させる時点で軍事に疎くて優れていないため除外。歩兵に対する慰労は優れた将軍でも行うため、軍事に疎い将軍は歩兵の様々なこだわりに合わせて慰労すると解釈した。

<⑦について>
・「広」の“ゆるくのびたさま”は、歩兵部隊の内、様々なこだわりを持った者の割合が増え、将軍はそれぞれのこだわりに対応するため軍隊の緊張感が弱まって“ゆるく”なると解釈できるため、「軍隊が緩む」と解読。

<⑧について>
・「徒」の“むなしい”は、「虚」と同意であるため、「徒」は「虚」と同意と考察できる。結果、話の流れに合わせて「虚が生じる」と解読した。この記述から「徒=歩兵=人民」は虚を生じやすいと考察できる。

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