其十1-12
若敵先居之引而去之勿從也。
ruò dí xiān jū zhī yǐn ér qù zhī wù cóng yĕ。
解読文
①仮に敵軍が先制して戦地の型「険」を占拠して自軍に向けて弓を引き絞るならば、自軍をその場から離れさせてはならない、敵の奇策部隊が出現するのである。 ②このような敵軍は、事前に奇策部隊を配置するのであり、自軍に無視させるに至れば、自軍に向けて弓を引き絞ることでその場から離れさせて、奇策部隊が隠れている場所に自軍を引き寄せようとするのである。 ③このような敵軍は、引き寄せた自軍の兵士達を武力で傷つけることを第一にするのであり、攻め取った兵士が反抗的な態度を取っても改心させることが無いまま兵士数を増やして敵軍で働かせるのである。 ④このような敵軍が出現した時、敵の奇策部隊に仕事をさせてはならない。ほとんど攻撃するように前進すれば、自軍に向けて弓を引き絞る敵部隊に「死ぬ」と思わせて退避させることができるのである。 |
書き下し文
①若(も)し敵の先んじて之に居(お)りて引けば而(すなわ)ち之より去らしむ勿(な)かれ、従(じゅう)あるなり。 ②若(か)く敵は、先(せん)なりて之を居(お)らしむなり、而(なんじ)をして勿(なみ)せしむに之(いた)れば、従いて去らしめて引かんとするなり。 ③若(か)く敵は、引く而(なんじ)を去ること先にするなり、従うも之(ゆ)かしむこと勿(な)くして居(お)きて之(もち)いるなり。 ④従(じゅう)を之(もち)いらしむこと勿(な)かれ。敵する若(ごと)く先んずれば、之に去ると居(お)かしめて而(よ)く引かしむなり。 |

<語句の注>
・「若」は①仮に~であれば、②③このような、④ほとんど~のよう、の意味。 ・「敵」は①②③戦争や競争で対抗する相手、④攻撃する、の意味。 ・「先」は①先に、②(順序あるいは時間的に)前にあるさま、③第一にする、④前進する、の意味。 ・「居」は①占拠する、②ある地位や場所にいる、③蓄積する、④思う、の意味。 ・1つ目の「之」は①②代名詞、③使う、④彼ら、の意味。 ・「引」は①弓を引き絞る、②③引き寄せる、④退避する、の意味。 ・「而」は①仮定条件の接続詞、②③あなた、④~できる、の意味。 ・「去」は①②離れる、③損なう、④死ぬ、の意味。 ・2つ目の「之」は①彼ら、②ある地点や事情に達する、③変わる、④使う、の意味。 ・「勿」は①~してはならない、②無視する(「無」より)、③しない、④~してはならない、の意味。 ・「従」は①付き従う人、②③ある種の原則や態度を取る、④付き従う人、の意味。 ・「也」は①②③④断定の語気、の意味。 |
<解読の注>
・中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」は地刑篇全て欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。 ・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。 <①について> ・1つ目の「之」は、其十1-11①「険」の「地勢が険しく堅固に守れる戦地の型「険」」を指示する代名詞と解釈。但し、冗長にならないように「戦地の型「険」」と解読。 ・「引」の“弓を引き絞る”は、戦地の型「険」を占拠した敵軍が高い所から自軍に向けて弓に引き絞っている状況の記述と考察。結果、「自軍に向けて弓を引き絞る」と補って解読。②も同様に解読。 ・2つ目の「之」の“彼ら”は、話の流れより弓で狙われている自軍を指すと考察できる。結果、「自軍」と解読。 ・「去」の“離れる”は、弓で狙われていると気付いて自軍をその場から離れさせることと考察。結果、使役形で「その場から離れさせる」と解読。②も同様に解読。 ・「従」の“付き従う人”は、話の流れより其十二2-3④「軍神である将軍は、生きたまま敵を取得する間者の養育係になるのである。間者を一人前にする時は、何度も戦争に連れ立って起用して、敵兵達の士気が殺がれる時機を識別することを指導して習熟させるのである」に基づき、「生きたまま敵を取得する間者」を指すと考察。この間者は敵の奇策部隊に所属していると解釈できるため、話の流れに合わせて「敵の奇策部隊」と簡潔に解読。④も同様に解読。 <②について> ・1つ目の「之」は、①「従」の「敵の奇策部隊」を指示する代名詞と解釈。話の流れに合わせて「奇策部隊」と解読。 ・「居」の“ある地位や場所にいる”は、敵軍が奇策部隊を配置することと考察。結果、使役形で「配置する」と解読。 ・「従」の“ある種の原則や態度を取る”は、①「敵軍が先制して戦地の型「険」を占拠して自軍に向けて弓を引き絞る」を指すと考察。結果、「自軍に向けて弓を引き絞る」と解読。 ・「勿」は漢字「無」と同じと解釈。ここでは「無」の“無視する”意味を採用した。 ・「引」の“引き寄せる”は、敵軍が、自軍を奇策部隊が隠れている場所に引き寄せることと考察。結果、「奇策部隊が隠れている場所に自軍を引き寄せる」と補って解読。 <③について> ・「去」の“損なう”は、敵の奇策部隊が自軍を誘導して武力で傷つけることと考察。結果、「武力で傷つける」と言い換えた。 ・「従うも之かしむこと勿し」の直訳は“ある種の態度を取っても変わらせることがない”となる。“ある種の態度を取る”とは、其二4-2⑤「自国に仕返ししたい感情に揺れ動く敵兵達はその感情が極限に達すれば、戦車を具備して自軍の上級武将と見なした相手を虐げようとする」等に基づけば、攻め取られた兵士達が仕返ししようとする反抗的な態度と解釈できる。その結果、“変わらせることがない”とは、仕返ししたい感情を改めさせないことと解釈できる。結果、「攻め取った兵士が反抗的な態度を取っても改心させることが無い」と補って解読。 ・「居」の“蓄積する”は、「引き寄せた自軍の兵士達」を攻め取った敵軍が兵士数を増やすことと考察。結果、「兵士数を増やす」と言い換えた。 ・1つ目の「之」の“使う”は、敵軍が攻め取った兵士達を軍隊で働かせることと考察。結果、「敵軍で働かせる」と言い換えた。 <④について> ・解読文①②③からの話の流れを踏まえて、冒頭で「このような敵軍が出現した時、」と補った。 ・2つ目の「之」の“使う”は、奇策部隊の間者や兵士達に働かせることと考察。結果、使役形で「仕事をさせる」と言い換えた。 ・1つ目の「之」の“彼ら”は、戦地の型「険」を占拠している敵軍の内、①「自軍に向けて弓を引き絞る」の役割を担う敵部隊と考察。結果、「自軍に向けて弓を引き絞る敵部隊」と解読。 |
