遠に刑める者は、難ありと以うに均しく埶えるなり、挑みて戦かしむなり。戦う而は、不いに利たらしむなり。

其十1-13

遠刑者、埶均難以挑戰。戰而不利。

yuǎn xíng zhě、yì jūn nán yǐ tiaō zhàn。zhàn ér bù lì。

解読文

①遠く離れていて敵部隊を寝返らせるべき戦地の型「遠」で軍隊を整え治める将軍は、敵軍が出現した状況を認めた時、敵軍の兵士数と同等まで自軍の兵士数を整えるのであり、けしかけた自軍を前進させて敵兵達を恐れ震えさせるのである。軍隊の勢いで優劣を争う将軍は、兵士達の士気を大いに旺盛で切れ味の鋭い武器にするのである。

②兵士達の士気を大いに旺盛で切れ味の鋭い武器にして、軍隊の勢いで優劣を争う将軍は、敵軍に回避させる木石の道理をお手本にするのであり、軍隊の勢いを比較して危機と見なして恐れ震えている敵兵達を、敵軍から逃亡させるのである。

③敵軍に回避させるお手本が成功すれば、羊の集まりを導くように逃亡させた敵兵達を動かして奇策部隊に攻め取らせるのであり、将軍は大いなる富によって攻め取った敵兵達の心を揺さぶるのであり、自国に寝返った敵兵達を自軍に調和させて軍隊規模を大きくするのである。

④軍隊規模を大きくした将軍は、敵将軍に軍隊規模を比較させて戦争を止めるように誘って、敵軍を撤退させることに成功するのである。将軍は大いなる権勢によって敵将軍を恐れ震えさせたのである。
書き下し文
①遠に刑(おさ)める者は、難ありと以(おも)うに均(ひと)しく埶(う)えるなり、挑(いど)みて戦(おのの)かしむなり。戦う而(なんじ)は、不(おお)いに利たらしむなり。

②不(おお)いに利たらしめて戦う而(なんじ)は、遠(とお)ざかしむこと刑(のっと)るなり、埶(せい)を均(はか)りて難(わざわ)いと以(おも)いて戦(おのの)くものを挑(は)ねるなり。

③遠(とお)ざかしむこと刑(な)れば、戦(そよ)げしめて以(な)すものに挑(ぬす)ましむなり、而(なんじ)は不(おお)いなる利に戦(そよ)げしむなり、難を均(ととの)えしめて埶(う)えるなり。

④埶(う)える者は、難に均(はか)らしめて戦いを以(や)めんとするに挑(いど)みて、遠(とお)ざけしむこと刑(な)るなり。而(なんじ)は不(おお)いになる利に戦(おのの)かしむなり。
<語句の注>
・「遠」は①へだたりが大きい、疎遠にする、②③避ける、④疎遠にする、の意味。
・「刑」は①整え治める、②手本にする、③④成功する、の意味。
・「者」は①助詞「もの」、②助詞「こと」、③仮定表現の助詞、④助詞「もの」、の意味。
・「埶」は①栽培する、②勢い、③④栽培する、の意味。
・「均」は①差が無い、②比較する、③調和する、④比較する、の意味。
・「難」は①敵、②危機、③④敵、の意味。
・「以」は①認める、②見なす、③事を行う、④留める、の意味。
・「挑」は①けしかける、②(琵琶の弦を)指で外側にはじく、③掠め取る、④誘う、の意味。
・1つ目の「戦」は①②(恐れや寒さのために)ふるえる、③揺れ動く、④戦争、の意味。
・2つ目の「戦」は①②優劣を争う、③揺れ動く、④(恐れや寒さのために)ふるえる、の意味。
・「而」は①②③④あなた、の意味。
・「不」は①②③④大いに、の意味。
・「利」は①②鋭い、③富、④権勢、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」は地刑篇全て欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。なお、「刑篇」同様に「形」は「刑」と置き換えて、「勢」は他句から類推して「埶」と置き換えた。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「遠」は、其十1-1①「遠」で記述された「遠く離れていて敵部隊を寝返らせるべき戦地の型「遠」がある」の意味を積み上げていると考察。結果、「遠」で「遠く離れていて敵部隊を寝返らせるべき戦地の型「遠」」と解読。

・「刑」の“整え治める”は、軍隊を整え治めることと考察。結果、「軍隊を整え治める」と補って解読。

・「均しく埶える」の直訳は“差が無く栽培する”となる。この“栽培する”は軍隊を植物のように生育することであり、植物の種に該当する人民を集めて軍隊を編制する喩えと解釈すれば、“差が無い”は敵軍の兵士数と同等の状態と解釈できる。結果、「敵軍の兵士数と同等まで自軍の兵士数を整える」と解読。

・「挑みて戦かしむ」の直訳は“けしかけて恐れ震えさせる”となる。これは、其九4-10①「強く命令して駆り立てて前進することは、敵を後退させる要因になるのである」を実現することと考察。つまり、自軍の兵士達にけしかけて前進させて、敵兵達を恐れ震えさせて後退させることと解釈できる。結果、「けしかけた自軍を前進させて敵兵達を恐れ震えさせる」と補って解読。

・2つ目の「戦」の“優劣を争う”は、其五5-4④「荒々しい軍隊の勢いで優劣を争って敵軍を劣勢にさせる優れた将軍は思いやりの才能がある」等の意味を積み上げていると考察し、「軍隊の勢いで優劣を争う」と解読。②も同様に解読。

・「利」の“鋭い”は、其七6-2②「早朝の旺盛な士気は切れ味の鋭い武器」を指すと考察。結果、「不いに利たらしむ」で「兵士達の士気を大いに旺盛で切れ味の鋭い武器にする」と解読。②も同様に解読。

<②について>
・「遠ざかしむこと刑る」の直訳は“避けさせることをお手本にする”となる。これは其五5-2⑥「自軍の兵士数を増やしていく将軍は、敵軍を揺れ動かすのであり、大きな丸太が向かってきても方向を変えるに等しく脆い敵大軍が向かってきても勢いを生じさせた堅固な自軍を避けさせるのである」で記述された木石の道理をお手本にすることと考察。結果、「敵軍に回避させる木石の道理をお手本にする」と補って解読。

・「挑」の“(琵琶の弦を)指で外側にはじく”は、恐れ震えさせることによって敵軍から敵兵達を逃亡させる現象の喩えと考察。結果、「敵軍から逃亡させる」と解読。

<③について>
・「遠ざかしむこと刑る」の直訳は“避けさせることに成功する”となる。これは、①「遠」で記述された「敵軍に回避させる木石の道理をお手本にする」の意味を積み上げていると考察し、「敵軍に回避させるお手本が成功する」と補って解読。

・1つ目の「戦」の“揺れ動く”は、其十一5-5⑥「羊の集まりを導くように軍隊を動かす」を指すと考察。但し、導く兵士達は②「恐れ震えている敵兵達を、敵軍から逃亡させる」の敵兵達を指すと解釈できる。結果、使役形で「羊の集まりを導くように逃亡させた敵兵達を動かす」と解読。

・「以すものに挑ましむ」の直訳は“事を行う者に掠め取らせる”となる。“事”は、話の流れより奇正の戦術における獲物となった敵兵達を攻め取る奇策部隊を指すと考察できるため、“事を行う者”は「奇策部隊」と解釈。結果、「奇策部隊に攻め取らせる」と解読。

・2つ目の「戦」の“揺れ動く”は、大いなる富によって奇策部隊が攻め取った敵兵達の心を揺さぶることと考察。結果、使役形で「攻め取った敵兵達の心を揺さぶる」と補って解読。

・「難を均えしむ」の直訳は“敵を調和させる”となる。これは、其五4-1①「兵士数がとても多くなっても自国及び他国のあらゆる人間が大いに入り乱れているならば、集合させても秩序が無いのであり、将軍は大いに正し治めなければならない」等の教えに基づいて、自国に寝返った元敵兵が入り混じった自軍を調和させて治めることと考察できる。結果、「自国に寝返った敵兵達を自軍に調和させる」と補って解読。

・「埶」の“栽培する”は、自軍を生育することと考察。結果、「軍隊規模を大きくする」と解読。④も同様に解読。

<④について>
・「均」の“比較する”は、話の流れより敵将軍に軍隊規模を比較させることと考察。結果、使役形で「軍隊規模を比較させる」と補って解読。

・「遠」の“疎遠にする”は、軍隊規模を比較した敵将軍が侵略戦争を止めて遠ざかっていくことと解釈すれば、敵軍が撤退することと考察できる。結果、使役形で「敵軍を撤退させる」と解読。

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