厚くして使うこと能わず、愛でて令すること能わずんば、乱して治めること能わず。譬すも驕る子の若し、用いる可からざるなり。

其十4-3

厚而不能使、愛而不能令、亂而不能治。譬若驕子、不可用也。

hòu ér bù néng shǐ、ài ér bù néng lǐng、luàn ér bù néng zhì。pì ruò jiāo zǐ、bù kĕ yòng yĕ。

解読文

①特定の兵士を優遇して働かせることができず、可愛がって命令することができなければ、軍隊を掻き乱して統治することができない。この者に言い聞かせてもわがままに振舞う子供のようであり、将軍に任用するべきではないのである。

②この将軍はねんごろな兵士達と大いに親しくして勝手にさせて、将軍が手放せない有能な兵士には命令しないため、軍隊を正し治めようとしてもその兵士達を処罰することができない。この将軍は、その兵士達から侮られるため、素直に従わせようと言い聞かせても軍隊を治めることができないのである。

③将軍が手放せない有能な兵士を前線に出向かせることを大いに後まわしにして、そして、大いにねんごろな兵士達と打ち解けて法規を無視すれば、軍隊が秩序を失う災い「乱」となって整えることができない。素直に従っていた他の兵士達は、寵愛を受けている兵士を引き合いに出して説明するのであり、兵士達に法規を遵守させることができないのである。

④将軍が特定の兵士を優遇すること無く兵士達を前線に出向かせることができ、そして、有能な兵士を惜しむこと無く命令することができれば、軍隊を掻き乱す将軍は大いに改心して有能な将軍となるのである。将軍は、兵士達を驕らせていたことを悟り、大いに軍隊を治めることができるのである。
書き下し文
①厚くして使うこと能(あた)わず、愛(め)でて令すること能わずんば、乱して治めること能わず。譬(さと)すも驕る子の若(ごと)し、用いる可からざるなり。

②而(なんじ)は厚きものと不(おお)いに能(よ)くして使いて、而(なんじ)の愛(お)しむ能(のう)に令せず、乱(おさ)めんとするも治めること能(あた)わず。子は驕(おご)らしめて、若(したが)わしめんと譬(さと)すも用いる可からざるなり。

③而(なんじ)は能(のう)を使わすこと不(おお)いに厚(あと)にして、而(しか)して不(おお)い能(よ)くして令を愛とすれば、乱たりて治めること能(あた)わず。若(したが)う子は驕(きょう)なるものを譬(たと)えるなり、用いらしむ可からざるなり。

④而(なんじ)は厚くすること不(な)く能(よ)く使わし、而(しか)して愛(お)しむこと不(な)く能(よ)く令すれば、乱す而(なんじ)は不(おお)いに治めて能たるなり。若(なんじ)は子を驕(おご)らしむこと譬(さと)り、不(おお)いに用いる可きなり。
<語句の注>
・「厚」は①優遇する、②ねんごろであるさま、③後まわしにする、④優遇する、の意味。
・1つ目の「而」は①順接の関係を表す接続詞、②③④あなた、の意味。
・1つ目の「不」は①~しない、②③大いに、④無い、の意味。
・1つ目の「能」は①~することができる、②親しむ、③有能な人、④~することができる、の意味。
・「使」は①働かせる、②勝手にさせる、③④出向かせる、の意味。
・「愛」は①可愛がる、②手放せない、③覆い隠す、④物惜しみする、の意味。
・2つ目の「而」は①順接の関係を表す接続詞、②あなた、③④順接の関係を表す接続詞、の意味。
・2つ目の「不」は①②~しない、③大いに、④無い、の意味。
・2つ目の「能」は①~することができる、②有能な人、③打ち解ける、④~することができる、の意味。
・「令」は①②命令する、③法令、④命令する、の意味。
・「乱」は①掻き乱す、②正し治める、③秩序がないさま、④掻き乱す、の意味。
・3つ目の「而」は①順接の関係を表す接続詞、②逆接の関係を表す接続詞、③順接の関係を表す接続詞、④あなた、の意味。
・3つ目の「不」は①②③~しない、④大いに、の意味。
・3つ目の「能」は①②③~することができる、④有能な人、の意味。
・「治」は①統治する、②処罰する、③整える、④病気を癒す、の意味。
・「譬」は①②言い聞かせる、③引き合いに出して説明する、④悟る、の意味。
・「若」は①~のようである、②③素直に従う、④あなた、の意味。
・「驕」は①わがままに振舞う、②侮る、③寵愛を受けているさま、④相手を驕らせる、の意味。
・「子」は①子供、②あなた、③④男子の尊称、の意味。
・4つ目の「不」は①②③~しない、④大いに、の意味。
・「可」は①~すべきである、②③④~できる、の意味。
・「用」は①任用する、②治める、③従い守る、④治める、の意味。
・「也」は①②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」は地刑篇全て欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「厚」の“優遇する”は、其十4-2④「可愛がる兵士」を優遇することと考察。但し、そのまま解読文に反映させると冗長になるため、「特定の兵士を優遇する」と補って解読した。④も同様に解読。

・「乱」の“掻き乱す”は、其八3-2①「兵士達を可愛がることを許容する将軍は、軍隊を掻き乱す」に基づき、「軍隊を掻き乱す」と補って解読。④も同様に解読。

・「用いる可からず」の直訳は“任用するべきではない”となる。これは、「特定の兵士を優遇して働かせることができず、可愛がって命令することができなければ、軍隊を掻き乱して統治することができない」に該当する者を将軍に任用してはいけないと解釈できる。結果、「将軍に任用するべきではない」と補って解読。これに伴い、「譬すも驕る子の若し」の“言い聞かせてもわがままに振舞う子供のようである”には、「この者に言い聞かせてもわがままに振舞う子供のようである」と補って解読。

<②について>
・「乱」の“正し治める”は、軍隊を整えることと考察。結果、「軍隊を正し治める」と補って解読。

・「治めること能わず」の直訳は“処罰することができない”となる。話の流れより、ねんごろな兵士達と手放せない有能な兵士を処罰できない文意と考察。結果、「その兵士達を処罰することができない」と補って解読。

・「驕」の“侮る”は、将軍がねんごろな兵士達と手放せない有能な兵士に侮られることと考察。結果、使役形で「その兵士達から侮られる」と補って解読。

・「用」の“治める”は、軍隊を治めることと考察。結果、「軍隊を治める」と補って解読。④も同様に解読。

<③について>
・1つ目の「能」の“有能な人”は、②「将軍が手放せない有能な兵士」を指すと考察。結果、「手放せない有能な兵士」と解読。

・「使」の“出向かせる”は、「手放せない有能な兵士」を前線に出向かせることと考察。結果、「前線に出向かせる」と補って解読。④も同様に解読。

・2つ目の「能」の“打ち解ける”は、②「ねんごろな兵士達と大いに親しくして勝手にさせる」の結果、将軍と兵士達の関係が打ち解けた状態と考察。結果、「ねんごろな兵士達と打ち解ける」と補って解読。

・「令」の“法令”は、其一2-7②「法」の「法規」を指すと考察。結果、「法規」と解読。

・「愛」の“覆い隠す”は、「法規」を覆い隠すこととすれば法規を無視することと解釈できる。結果、「無視する」と言い換えた。

・「乱」の“秩序がないさま”は、其十2-1①「乱」の「軍隊が秩序を失う災い「乱」」の意味を積み上げていると考察。結果、「乱」で「軍隊が秩序を失う災い「乱」」と解読。

・「子」の“男子の尊称”は、ねんごろな兵士達と手放せない有能な兵士以外の他の兵士達を指すと考察。結果、「他の兵士達」と解読。

・「驕なるもの」の直訳は“寵愛を受けている者”となる。これは、ねんごろな兵士達と手放せない有能な兵士を指すと考察。結果、「寵愛を受けている兵士」と解読。

・「用いらしむ可からず」の直訳は“従い守ることができない”となる。話の流れを踏まえると守れないものは「法規」であり、守れない人は「兵士達」であるため、「兵士達に法規を遵守させることができない」と解読した。

<④について>
・「愛」の“物惜しみする”は、②③「手放せない有能な兵士」を惜しむことと考察。結果、「有能な兵士を惜しむ」と補って解読。

・「治」の“病気を癒す”の“病気”は、将軍の①「特定の兵士を優遇して働かせることができず、可愛がって命令することができない」状態を指すと考察。“癒す”は、将軍が改心してこの状態から脱却することと解釈。結果、「改心する」と簡潔に解読。

・「子」の“男子の尊称”は、ねんごろな兵士達と手放せない有能な兵士だけでなく、法規を遵守しなくなった他の兵士達も含めた兵士全員を指すと考察。結果、「兵士達」と簡潔に解読。

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