聖に非ざれば間を用いること能わず、仁に非ざれば間れしめて使うこと能わず、微に妙なるに非ざれば間の葆を得ること能わざるなり。

其十二3-2

非聖不能用閒、非仁不能使閒、非微妙不能得閒之葆。

feī shèng bù néng yòng xián、feī rén bù néng shǐ xián、feī weī miaò bù néng deǐ xián zhī bǎo。

解読文

①最も優れた知恵と道徳とを備えた将軍でなければ間者を任用することはできず、他者に対する思いやりが無ければ間者を習熟させて働かせることはできず、些細な事にも非常に精緻でなければ間者の養育係に相応しくないのである。

②最も優れた知恵と道徳とを備えた将軍は、大いに打ち解けることは誤りと思って一定の距離を置いて間者を任用するのであり、大いに心にかけることは誤りと思って勝手にさせて任務に堪えさせて間者を習熟させるのであり、間者が未熟で些細な事に錯誤がある段階においては、有能な将軍が大いに具備してこっそりと未熟な間者を守るのである。

③最も優れた知恵と道徳とを備えた将軍でなければ、間者を習熟させて任用することはできないのであり、養い育むことが無ければ間者を任務に出向かせることはできないのであり、未熟な間者が調べた敵の実情に錯誤があっても、こっそりと未熟な間者を守ることはできないのである。

④間者に力を尽くさせることができなければ最も優れた知恵と道徳とを備えた将軍ではないのであり、間者を運用して任務に耐えさせなければ他者に対する思いやりがないのであり、深遠で理解しがたく神業にも近い巧みさでなければ、間者を敵の中に隠して敵の実情を手に入れることはできないのである。
書き下し文
①聖に非ざれば間を用いること能(あた)わず、仁に非ざれば間(な)れしめて使うこと能(あた)わず、微に妙なるに非ざれば間の葆(ほう)を得ること能(あた)わざるなり。

②聖は、不(おお)いに能(よ)くすること非として間(へだ)てて用いるなり、不(おお)いに仁(いつく)しむこと非として使いて能(よ)くせしめて間(なら)わしむなり、妙なりて微に非あるに、能は不(おお)いに得て間(ひそ)かに之を葆(たも)つなり。

③聖に非ざれば、間(なら)わしめて用いること能(あた)わざるなり、仁(そだ)てるに非ざれば間を使わすこと能(あた)わざるなり、妙の微(うかが)う得(とく)に非あるも間(ひそ)かに之を葆(たも)つこと能(あた)わざるなり。

④間に用いらしむこと能(あた)わざれば聖に非ざるなり、間を使いて能(よ)くせしめざれば仁に非ざるなり、微なりて妙に非ざれば間を之に葆(かく)して得ること能(あた)わざるなり。
<語句の注>
・1つ目の「非」は①AはBではない、②誤りと思う、③④AはBではない、の意味。
・「聖」は①②③④最も優れた知恵と道徳とを備えた人、の意味。
・1つ目の「不」は①~しない、②大いに、③④~しない、の意味。
・1つ目の「能」は①~することができる、②打ち解ける、③④~することができる、の意味。
・「用」は①②③任用する、④力を尽くす、の意味。
・1つ目の「間」は①スパイ、②一定の時間や空間を置く、③習熟する、④スパイ、の意味。
・2つ目の「非」は①無い、②誤りと思う、③④無い、の意味。
・「仁」は①他者に対する思いやり、②心にかける、③養い育む、④他者に対する思いやり、の意味。
・2つ目の「不」は①~しない、②大いに、③④~しない、の意味。
・2つ目の「能」は①~することができる、②任に堪える、③~することができる、④任に堪える、の意味。
・「使」は①働かせる、③勝手にさせる、③出向かせる、④運用する、の意味。
・2つ目の「間」は①②習熟する、③④スパイ、の意味。
・3つ目の「非」は①AはBではない、②③錯誤、④AはBではない、の意味。
・「微」は①②ささいなこと、③調べる、④深遠で理解しがたいさま、の意味。
・「妙」は①非常に精緻でかすかなさま、②③若い、④神業にも近い巧みさ、の意味。
・3つ目の「不」は①~しない、②大いに、③④~しない、の意味。
・3つ目の「能」は①~することができる、②有能な人、③④~することができる、の意味。
・「得」は①適う、②具備する、③収穫、④手に入れる、の意味。
・3つ目の「間」は①スパイ、②③こっそりと、④スパイ、の意味。
・「之」は①助詞「の」、②彼ら、③代名詞、④彼ら、の意味。
・「葆」は①もり役、②③守る、④覆う、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は「非聖不能用閒、非仁不能使閒、……◇◇◇◇◇之葆」と一部欠落しているが、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文より補った。但し、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文は「葆」を「寶」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・2つ目の「間」の“習熟する”は、間者を任務に習熟させることと考察。結果、使役形で「間者を習熟させる」と補って解読。②も同様に解読。

・「葆」の“もり役”は、其十二2-3④「軍神である将軍は、生きたまま敵を取得する間者の養育係になるのである。間者を一人前にする時は、何度も戦争に連れ立って起用して、敵兵達の士気が殺がれる時機を識別することを指導して習熟させるのである」に基づけば、将軍が「生きたまま敵を取得する間者」のもり役であることと考察できる。つまり、間者を育てる役割と解釈できるため、わかりやすく「養育係」と解読。

<②について>
・「用」の“任用する”は、①「用」で記述された「間者を任用する」の意味を積み上げていると考察。結果、「間者を任用する」と補って解読。

・「妙」の“若い”は、間者が未熟であることと解釈。結果、「妙なり」で「間者が未熟である」と解読。

・「之」の“彼ら”は、「妙」で記述された「未熟な間者」を指すと考察。結果、「未熟な間者」と解読。

<③について>
・1つ目の「間」の“習熟する”は、①②2つ目の「間」同様に「間者を習熟させる」と解読。

・「妙」の“若い”は、②「妙」同様に解釈した上で、「妙」で「未熟な間者」と解読。

・「得」の“収穫”は、話の流れより間者が手に入れた敵の実情と考察。結果、「敵の実情」と言い換えた。

・「之」は、②「之」の「未熟な間者」を指示する代名詞と解読。

<④について>
・「之に葆す」の直訳は“彼らに覆う”となる。これは敵の実情を得るために、自軍の間者を敵の中に隠すことと考察。結果、「敵の中に隠す」と解読。

・「得」の“手に入れる”は、③「得」の「敵の実情」の意味を積み上げると考察。結果、「敵の実情を手に入れる」と補って解読。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。