孫子の名言「鷙鳥の撃ちて毀折に至る者は節なり」の間違い

孫子兵法「埶篇」の「鷙鳥之撃、至於毀折者、節也」(原文:中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」)は最も有名な名言の一つですが、解説者によって多種多様な補足がなされて解釈されています。しかし、一字一句、漢字の意味を丁寧に確認していけば、理に適った解読文が一意に得られます。

参考:其五3-2 鷙の鳥に之りて撃するに、至るを於し、毀ちて折けしむは、節あればなり。

一般的な書き下し文及び解読文

一般的な書き下し文鷙鳥の撃ちて毀折に至る者は節なり。
一般的な解読文猛禽類が急降下して、獲物の骨を一撃で打ち砕くに至るのは、節目である。

一般的な解釈では、猛禽類が急降下して獲物の骨を一撃で打ち砕く文意であり、その要因が「節目」にあるとします。この節目は”瞬発力”の意味合いで解釈されています。その解釈を要約すれば、猛禽類が獲物を捕獲できる理由は瞬発力だと説いたことになります。

一般的な解釈に対する疑問点

この句の一般的な解釈を読むと、猛禽類が獲物を捕獲できる理由は本当に瞬発力にあるのか?という疑問が起こります。もちろん瞬発力も必要だと思いますが、獲物を捕獲できる要因はそれだけではないと推察されるため論理的ではありません。

次に、「鷙鳥」と「毀折」をそれぞれ一つの言葉として扱っている点です。「鷙鳥」を猛禽類と解読していますが、「鷙」一字だけで”タカ科の猛禽類の総称”の意味があります。一字で表現できる事柄をわざわ二字にする意味がわかりません。また、「毀折」は「獲物の骨を一撃で打ち砕く」と解釈されていますが、その根拠について詳細に説明された解説書を見たことがありません。つまり、何故このような解釈に辿り着いたのか定かではないのです。

そして、其一2-4①「自然の摂理とは、日陰と日なたがあり、寒い日と暑い日があり、時間の流れをつくるのである。順応して推し量れば、優れた戦略、戦術ができるのである」とあるように、孫子兵法では自然の摂理に対応した戦略、戦術が説かれるはずですが、「猛禽類が急降下して、獲物の骨を一撃で打ち砕くに至る理由は出発力にある」に基づいた戦略、戦術を説明した箇所もないように思われます。

このように不明瞭な点があって戦略、戦術との対応もわからないのであり、何となく文意は合ってそうだが、解釈の真偽を判断し難い一句と言えます。

当サイトにおける解釈結果と理由

書き下し文鷙の鳥に之りて撃するに、至るを於し、
毀ちて折けしむは、節あればなり。
解読文鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、
獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである。

この句を解釈するために、又、この句に限らず孫子兵法を解読するために大切な姿勢があります。それは、漢字は一字ずつ解釈することです。どうやら漢字一字で一つ以上の事柄を表現しており、当サイトが掲載している書き下し文でも漢字二字で一つの言葉にした例は極々僅かです。つまり、「鷙鳥」と「毀折」は、「鷙」、「鳥」、「毀」、「折」の一字でそれぞれ何らかの意味を成しているのです。

その上で、漢字「鷙」と「鳥」を確認すれば、それぞれ”タカ科の猛禽類の総称”と”鳥の総称”の意味があります。これらの意味より、「鷙」は捕食者である鷹であり、「鳥」は獲物となる鳥だと簡単に推察できます。この解釈に伴って漢字「之」で”ある地点や事情に達する”、「撃」で”強奪する”の意味を採用すれば、”鷹が獲物となる鳥に追いついて強奪する”という文意が浮かび上がってきます。

前半部分が”鷹が獲物となる鳥に追いついて強奪する”文意とわかれば、後半部分はそれに続く新たな展開又は詳しく説明した内容と推測できます。

そこで、漢字「毀」と「折」を確認すれば、それぞれ”傷つける”と”挫折する”の意味があり、鷹が、獲物の鳥を傷つけることによって、その鳥に逃亡を挫折させる解釈ができるとわかります。そのため、後半部分は、前半部分「鷙鳥之擊」を詳しく説明した内容だと判断できます。

このまま「至於」を解釈したいところですが、ここまでの解釈内容だけでは一意に決まらないため一旦保留しておきます。

そのため、先に漢字「節」について考察します。後半部分が”鷹が獲物となる鳥に追いついて強奪する”文意を詳しく説明するのであれば、この「節」も強奪方法に関する意味になると仮定できます。さらに「毀折」で”鷹が獲物の鳥を傷つけて挫折させる”意味になり、「節」が決め台詞のように配置されていることを踏まえれば、漢字「節」は鷹が獲物を傷つけて挫折させる要因の説明ではないかという予測が成り立ちます。

ここで、孫子兵法では自然の摂理に対応した戦略、戦術が説かれる前提を鑑みれば、鷹が獲物を狩る現象を確認しておく必要があります。鷹が獲物を狩る瞬間はYouTube等に掲載された動画で観察することができ、鷹は一瞬の隙を突いて獲物の首等に一撃を加えて、さらに獲物を身動きが取れない状態まで攻撃を加えて確実に仕留めることがわかります。

この観察結果に基づいて漢字「節」を確認すれば、”骨の関節”と”時”の二つの意味が適合しそうです。“骨の関節”は損なえば動けなくなるため、獲物の鳥を傷つけて挫折させるに至る弱点(虚)と考察できます。次に”時”は、常時は防御している“骨の関節”が露わになった好機と考察できます。これらを戦略、戦術の教えになることを念頭において簡潔にまとめれば、鷹が獲物の鳥を”攻め取る節目と時機”と解釈できます。

すると、漢字「至」には”周到に行き届いたさま”の意味があり、獲物の鳥が逃亡しないように動けない状態にしている点が周到に行き届いた意味に繋がるとわかります。これら全ての解釈をまとめれば、「鷙の鳥に之りて撃するに、至るを於し、毀ちて折けしむは、節あればなり」で「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」という解読文が仕上がります。

最後に、この句が教え説く戦略、戦術について補足しておきます。結論を先に言えば、この句は奇正の戦術における奇策部隊の戦い方を説いています。具体的には、鷹は「奇策部隊」の喩えであり、獲物の鳥は正攻法部隊が出現させた「獲物となった敵部隊」の喩えになっており、この「獲物となった敵部隊」が油断している時機を狙って奇策部隊が出現し、その獲物に生じた節目を武力で撃つのであり、その敵部隊が逃亡したり、反撃しないように傷つけて動けなくするのです。

<補足>
この句は数多くの句で引用されており、その都度、奇正の戦術に関する教えが具体的に展開されることから奇策部隊の戦い方を説いた喩えであると徐々にわかっていきます。なお、引用する時は、”鳥”の意味がある漢字(例:漢字「於」の”カラス”等)を「獲物となった敵部隊」等と解読します。

以上の解釈結果を踏まえれば、一般的な解釈「猛禽類が急降下して、獲物の骨を一撃で打ち砕くに至る理由は出発力にある」の曖昧な点が消えて、この記述の役割も明らかになったのではないかと思います。

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