故なる三軍は気を奪う可く、軍する将は心を奪う可し。

其七6-1

故三軍可奪氣、將軍可奪心。

gù sān jūn kĕ duó qì、jiāng jūn kĕ duó xīn。

解読文

①災いとなる敵全軍からは士気を強制的に取るのが良く、敵全軍を統率する敵将軍からは考えていた計画を強制的に取るのが良い。

②敵全軍から士気を強制的に取る利点は敵全軍を衰えさせることであり、敵将軍から考えていた計画を強制的に取る利点は敵全軍を撤退させることである。

③衰えた敵全軍は勢いを失った状態に値し、撤退する敵兵は戦意を失った状態に値する。

④敵全軍が勢いを無くした時に奇正の戦術を行えば何度も攻め取った敵兵を自軍に編制することができ、戦意を失った敵兵は服従させることができる。

⑤奇正の戦術を行って何度も攻め取った敵兵を自軍に編制すれば攻め取った敵兵の怒りを削らなければならず、服従させた元敵兵から自国に仕返ししたい思いを削らなければならない。

⑥何度も悪事を働く元敵兵が存在すれば向き合って怒りを削るのであり、その元敵兵を取り囲むように自国に服従している兵士達を配置すれば、元敵兵から自国に仕返ししたい思いを削るのである。

⑦何度も悪事を働く元敵兵と向き合って怒りを削った上で何度も自軍に編制すれば自国の人民と親しくなるのであり、自軍で扶養すれば元敵兵は改心して自国に仕返ししたい思いが無くなるのである。

⑧だから、全軍の勢いは敵軍を圧倒することができ、敵将軍と敵兵達の戦意を削ることができるのである。
書き下し文
①故なる三軍は気を奪う可く、軍する将は心を奪う可し。

②気を奪う可は三軍を故(ふ)らしむなり、心を奪う可は軍を将(ゆ)かしむなり。

③故(ふ)る三軍は気を奪われる可く、将(ゆ)く軍は心を奪われる可し。

④気を奪うに故なせば三たび軍す可く、心を奪われる軍は将(したが)わしむ可し。

⑤故なして三たび軍すれば気を奪う可く、将(したが)わしむ軍より心を奪う可し。

⑥三たび故する軍あれば可(あ)たりて気を奪うなり、将(しょう)に可(よ)き軍あれば心を奪うなり。

⑦可(あ)たりて気を奪いて三たび軍すれば故たり、軍に将(やしな)えば可(い)えて心は奪われるなり。

⑧故に三軍の気は奪う可く、将と軍の心を奪う可きなり。
<語句の注>
・「故」は①災い、②③衰える、④⑤たくらみ、⑥悪事、⑦なじみ、⑧だから、の意味。
・「三」は①②③「三軍」で“全軍”、④⑤⑥⑦何度も、⑧「三軍」で“全軍”、の意味。
・1つ目の「軍」は①②③「三軍」で“全軍”、④⑤軍隊に編制する、⑥兵士、⑦軍隊に編制する、⑧「三軍」で“全軍”、の意味。
・1つ目の「可」は①~するのが良い、②長所、③~に値する、④~できる、⑤~しなければならない、⑥⑦向き合う、⑧~できる、の意味。
・1つ目の「奪」は①②強制的に取る、③失う、④無くす、⑤⑥⑦削る、⑧圧倒する、の意味。
・「気」は①②士気、③④勢い、⑤⑥⑦怒り、⑧勢い、の意味。
・「将」は①将軍、②③去る、④⑤服従する、⑥傍、⑦養う、⑧将軍、の意味。
・2つ目の「軍」は①軍を統率する、②軍隊、③④⑤⑥兵士、⑦軍隊、⑧兵士、の意味。
・2つ目の「可」は①~するのが良い、②長所、③~に値する、④~できる、⑤~しなければならない、⑥適合するさま、⑦病気が治る、⑧~できる、の意味。
・2つ目の「奪」は①②強制的に取る、③④失う、⑤⑥削る、⑦なくなる、⑧削る、の意味。
・「心」は①②考え、③④気持ち、⑤⑥⑦思い、⑧気持ち、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は「將軍可奪心」のみで前半が欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「故なる三軍」の直訳は“災いとなる全軍”となる。これは敵全軍を指すと考察し、「災いとなる敵全軍」と解読。

・「将」の“将軍”は、話の流れより「敵将軍」と解読。⑧も同様に解読。

・「心」の“考え”は、其一6-1①「将来に戦争が起こりそうな時に将軍が朝廷で戦略、戦術の計画を立てて勝利を得る要因は、実現した計画が多いことにあるのである」に基づけば、戦略、戦術の“計画”を指すと考察できる。結果、「考えていた計画」と解読。②も同様に解読。

<②について>
・「気を奪う」は、①「災いとなる敵全軍からは士気を強制的に取る」の意味を積み上げていると考察。結果、「敵全軍から士気を強制的に取る」と補って解読。

・「心を奪う」は、①「敵全軍を統率する敵将軍からは考えていた計画を強制的に取る」の意味を積み上げていると考察。結果、「敵将軍から考えていた計画を強制的に取る」と補って解読。

・2つ目の「軍」の“軍隊”は、「三軍」の「敵全軍」と同意と考察。結果、「敵全軍」と解読。

<③について>
・「心」の“気持ち”は、撤退する敵全軍の兵士達の気持ちであり、撤退に繋がる兵士達の気持ちを推察すると戦意と解釈できる。結果、「戦意」と解読。④⑧も同様に解読。

<④について>
・「気を奪う」の直訳は“勢いを無くす”となる。これは③「衰えた敵全軍は勢いを失った状態に値」の意味を積み上げていると考察。結果、「敵全軍から勢いを無くす」と補って解読。

・「故」の“たくらみ”は、勢いを失った敵全軍から敵兵を取得して自軍に編制する文意と解釈できるため、「奇正の戦術」と解読できる。⑤も同様に解読。

・1つ目の「軍」の“軍隊に編制する”は、奇正の戦術によって攻め取った敵兵を自軍に編制することと考察。結果、「攻め取った敵兵を自軍に編制する」と補って解読。⑤も同様に解読。

<⑤について>
・「気」の“怒り”は、奇正の戦術によって攻め取った敵兵の怒りと考察。結果、「攻め取った敵兵の怒り」と補って解読。

・「心」の“思い”は、其十三4-6④「自国に仕返しすることを心に覚えた元敵兵達」で記述された“自国への仕返し”を指すと推察できる。結果、「自国に仕返ししたい思い」と解読。⑥⑦も同様に解読。

<⑥について>
・「将に可き軍あり」の直訳は“傍に適合した兵士がいる”となる。これは、其三1-1②「完全な状態に保つことをお手本にして兵士に力を尽くさせる概略は、停留している敵軍の小隊を打ち破っても、施して怪我が治れば自軍に所属させるのであり、背こうとすれば中隊の真ん中に配置して前進するのである」に基づけば、自国に仕返ししたい思いがある元敵兵を取り囲むように自国に服従している兵士を配置することと考察できる。さらに、自国に仕返ししたい思いがある元敵兵とは、前半の記述で向き合って怒りを削った元敵兵と同意と解釈できる。結果、話の流れに合わせて「その元敵兵を取り囲むように自国に服従している兵士達を配置する」と補って解読。

<⑦について>
・「可」の“向き合う”は、⑥「何度も悪事を働く元敵兵が存在すれば向き合う」の意味を積み上げていると考察。結果、「何度も悪事を働く元敵兵と向き合う」と補って解読。

・「故」の “なじみ”は、元敵兵が自国の人民と親しくなることと解釈できる。結果、「故たり」で「自国の人民と親しくなる」と解読。

・2つ目の「可」の“病気が治る”は、自国に仕返ししたい思いを削られて元敵兵が改心することと考察。結果、「元敵兵は改心する」と補って解読。

<⑧について>
・特に無し。

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