民を槫せしめて已に既べば、則ち勇ましき者は得て独り進むこと不く、怯なる者は独り退くを得ず。此、衆を用いて之かしむ法なり。

其七5-4

民既已槫、則勇者不得獨進、怯者不得獨退。此用衆之法也。

mín jì yǐ tuán、zé yŏng zhě bù deǐ dú jìn、qiè zhě bù deǐ dú tuì。cǐ yòng zhòng zhī fǎ yĕ。

解読文

①兵士達を集合させて太鼓の音と旗印に集中させた状態に至ったならば、勇猛な兵士達が得意になって独自に前進することは無く、臆病な兵士達はこっそり軍隊から去ることができない。これが、多人数の正攻法部隊を治めて行軍させるお手本である。

②兵士達を太鼓の音と旗印に集中させた状態に至らせようとしても厳格過ぎて兵士達の心が自国から離れていくならば、勇猛な兵士達は大いに得意になって独自に前進するのであり、大いに臆病な兵士達はこっそり軍隊から去ることができるのである。このように具体的な現象が出現すれば、これをお手本にして独自に前進する兵士や軍隊から去る兵士の人数を増やすのである。

③独自に前進する兵士や軍隊から去る兵士が出現する状態に至った軍隊は虚弱で脆いのであり、大いに得意になっている勇猛な兵士達は前進して孤立するのであり、大いに臆病な兵士達は軍隊から去る時に孤立するのであり、敵軍の捕虜となる道理である。このように敵軍の捕虜となる道理に達した多くの兵士達は、敵の軍律に従って処刑されるのである。

④敵軍の捕虜となる道理から脱却する時は、軍隊は孤立しそうな兵士達を真ん中に配置して隊列を組めば独自に前進する兵士や軍隊から去る兵士の出現が終わるのである。大いに得意になっている勇猛な兵士達が果敢にただ力を尽くせば、臆病な兵士達も大いに得意になるのであり、敵軍を後退させて孤立した敵部隊を出現させるのである。これをお手本にすれば、多人数の正攻法部隊に力を尽くさせる状態に達するのである。
書き下し文
①民を槫(たん)せしめて已(これ)に既(およ)べば、則ち勇ましき者は得て独り進むこと不(な)く、怯(きょう)なる者は独り退くを得ず。此、衆を用いて之(ゆ)かしむ法なり。

②民を已(これ)に既(およ)ばしめんとするも槫(たん)なれば、則ち勇ましき者は不(おお)いに得て独り進むなり、不(おお)いに怯(きょう)なる者は独り退くを得るなり。此(か)く用あれば、法(のっと)りて之を衆(おお)くするなり。

③已(これ)に既(およ)ぶ民は槫(たん)なり、不(おお)いに得る勇ましき者は進みて独(どく)たり、不(おお)いに怯(きょう)なる者は退くに独(どく)たり、得らるる則(そく)なり。此(か)く用に之(いた)る衆は、法せらるなり。

④則(そく)を已(や)むに民を槫(たん)たれば既(つ)けしむなり。不(おお)いに得る者は勇(ゆう)なりて独り進(つ)くせば、怯(きょう)なる者も不(おお)いに得るなり、退けて独(どく)あらしむなり。此に法(のっと)れば、衆を用いらしむに之(いた)るなり。
<語句の注>
・「民」は①②③④庶民、の意味。
・「既」は①②③至る、④終わる、の意味。
・「已」は①②③このこと(代名詞)、④治す、の意味。
・「槫」は①集める、②円い、③屋根の棟木、④円形の、の意味。
・「則」は①②~ならば、③④道理、の意味。
・「勇」は①②③勇猛な、④果敢であるさま、の意味。
・1つ目の「者」は①②③④助詞「もの」、の意味。
・1つ目の「不」は①無い、②③④大いに、の意味。
・1つ目の「得」は①②③④得意になる、の意味。
・1つ目の「独」は①②独自に、③他と関わらないさま、④ただ~だけ、の意味。
・「進」は①②③前進する、④力を尽くす、の意味。
・「怯」は①②③④臆病なさま、の意味。
・2つ目の「者」は①②③④助詞「もの」、の意味。
・2つ目の「不」は①~しない、②③④大いに、の意味。
・2つ目の「得」は①②~できる、③手に入れる、④得意になる、の意味。
・2つ目の「独」は①②こっそり、③他と関わらないさま、④身寄りのない者、の意味。
・「退」は①②③去る、④後に引かせる、の意味。
・「此」は①代名詞、②③このように、④代名詞、の意味。
・「用」は①治める、②具体的な現象、③事物の作用、④力を尽くす、の意味。
・「衆」は①多くの人々、②数を増やす、③④多くの人々、の意味。
・「之」は①赴く、②彼ら、③④ある地点や事情に達する、の意味。
・「法」は①手本、②手本とする、③法律に従って処刑する、④手本とする、の意味。
・「也」は①②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は「民既已槫、則勇者不・・・・」と後半が欠落。後半の欠落箇所は、孫子(講談社)の原文「民既已專壹、則勇者不得獨進、怯者不得獨退。此用衆之法也。」で補った。但し、「民既已專壹」の箇所は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「民」の“庶民”は、他句の大半では人民と解読するが、ここでは軍隊に関する教えであるため、軍隊に編制された「兵士達」と解読。②も同様に解読。

・「槫」の“集める”は、其七4-1④「移動する自軍は分断と集合を使う」の「集合」を指すと考察。結果、使役形で「集合させる」と解読。

・「已」の“このこと”は、其七5-3①「太鼓の音と旗印を正しい方法で使用する将軍は、兵士達の耳と目を集中させるのである」に基づいた其七5-3④「太鼓の音と旗印に集中させた」状態を指すと考察。結果、「太鼓の音と旗印に集中させた状態」と解読。②も同様に解読。

・「此」は、「民既已槫、則勇者不得獨進、怯者不得獨退」を指示する代名詞と解釈。ここでは「これ」と解読。④も同様に解読。

・「衆」の“多くの人々”は、其五1-1①「衆」等同様に「多人数部隊」と考察。さらに其五1-3②「全軍の正攻法部隊は多人数部隊」の記述も踏まえれば、「多人数の正攻法部隊」と解読できる。④も同様に解読。

・「之」の“赴く”は、自軍を敵里等に赴かせる行軍を指すと考察。結果、使役形で「行軍させる」と解読。

<②について>
・「槫」の“円い”は、文字通り「まるい」形状を表現しているのではなく、其五5-3②「円なれば則ち行くなり」の「正しさが厳格過ぎれば人民の心は自国から離れていくのである」の意味を積み上げていると考察。結果、話の流れに合わせて「厳格過ぎて兵士達の心が自国から離れていく」と解読。

・「之」の“彼ら”は、独自に前進する兵士や軍隊から去る兵士を指すと考察。結果、「独自に前進する兵士や軍隊から去る兵士」と解読。

<③について>
・「已」の“このこと”は、②「このように具体的な現象」を指すと解釈、「独自に前進する兵士や軍隊から去る兵士が出現する状態」と解読。

・「民」の“庶民”は、①②「兵士達」同様に解釈できるが、ここでは話の流れに合わせて「軍隊」と解読。④も同様に解読。

・「槫」の“屋根の棟木”は、其五5-2②「木」と同意であり、其五5-2②「軍隊の勢いを利用する将軍は、人民を使って敵軍と優劣を争わせるのであり、石を丸太にころがり落とすに等しく勢いを生じさせた堅固な自軍で脆い敵軍に向かって前進させるのである」に基づけば、「脆い軍隊」と考察できる。つまり、虚実の「虚」の状態であるため、其五1-4①「虚」の「虚弱な“虚”」の意味が前提にある。これら解釈を踏まえて、話の流れに合わせて「虚弱で脆い」と解読。

・「得らるる」の直訳は“手に入れられる”となる。これは孤立した兵士達が敵軍の捕虜にされることと考察できる。結果、「敵軍の捕虜となる」と解読。

・「用」の“事物の作用”は、「敵軍の捕虜となる道理」と同意と考察。結果、「敵軍の捕虜となる道理」と解読。

<④について>
・「則」の“道理”は、③「則」の「敵軍の捕虜となる道理」の意味を積み上げていると考察。結果、「敵軍の捕虜となる道理」と解読。

・「已」の“治す”は、「敵軍の捕虜となる道理」に達した状態を脱却することと考察。結果、「脱却する」と言い換えた。

・「民を槫たり」は、「民」を「軍隊」と解釈すれば“軍隊を円形にする”となる。これは、其三1-1②「完全な状態に保つことをお手本にして兵士に力を尽くさせる概略は、停留している敵軍の小隊を打ち破っても、施して怪我が治れば自軍に所属させるのであり、背こうとすれば中隊の真ん中に配置して前進するのである」に基づけば、背こうとする元敵兵を中隊の真ん中に配置して取り囲んだ隊列を指すと解釈できる。これより類推して、「軍隊は孤立しそうな兵士達を真ん中に配置して隊列を組む」と解読。

・「既」の“終わる”は、②「独自に前進する兵士や軍隊から去る兵士」の出現が終わるのだと解釈できる。結果、「独自に前進する兵士や軍隊から去る兵士の出現が終わる」と解読。

・「退けて独あらしむなり」の直訳は“後に引かせて身寄りのない者を出現させる”となる。これは得意になった兵士達が果敢に攻めたことによって、敵軍は後退するのであり、後退の際に孤立した敵部隊が奇策部隊の獲物になると考察。結果、「敵軍を後退させて孤立した敵部隊を出現させる」と補って解読。

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