孫子曰く、凡そ用いる兵の法は、国を全うすること上と為し、国を破るは之に次ぐ。軍を全うすること上と為し、軍を破るは之に次ぐ。旅を全うすること上と為し、旅を破るは之に次ぐ。卒を全うすること上と為し、卒を破るは之に次ぐ。伍を全うすること上と為し、伍を破るは之に次ぐ。

其三1-1

孫子曰、凡用兵之法、全國爲上、破國次之。全軍爲上、破軍次之。全旅爲上、破旅次之。全卒爲上、破卒次之。全伍爲上、破伍次之。

sūn zǐ yuē、fán yòng bīng zhī fǎ、quán guó wéi shàng、pò guó cì zhī。quán jūn wéi shàng、pò jūn cì zhī。quán lǚ wéi shàng、pò lǚ cì zhī。quán zú wéi shàng、pò zú cì zhī。quán wŭ wéi shàng、pò wŭ cì zhī。

解読文

孫先生は言うには、

①あらゆる範囲で採用する戦略、戦術のお手本は、自他を問わず、国家を完全な状態に保つことを上策と見なし、国家を打ち破ることは次策とする。軍団を完全な状態に保つことを上策と見なし、軍団を打ち破ることは次策とする。大隊を完全な状態に保つことを上策と見なし、大隊を打ち破ることは次策とする。中隊を完全な状態に保つことを上策と見なし、中隊を打ち破ることは次策とする。小隊を完全な状態に保つことを上策と見なし、小隊を打ち破ることは次策とする。

②完全な状態に保つことをお手本にして兵士に力を尽くさせる概略は、停留している敵軍の小隊を打ち破っても、施して怪我が治れば自軍に所属させるのであり、背こうとすれば中隊の真ん中に配置して前進するのである。完全な状態の中隊は、敵大隊をすっかり侮らせて付近に赴き、敵大隊の節目が出現した時機を逃さずに破壊して攻め取る奇正の戦術を行い、攻め取った敵大隊に次の戦略、戦術を暴露させるのである。過去の戦略、戦術を恭しく細部まで再現することで、敵国をすっかり侮らせて自軍が停留することで敵国内に封じておき、同盟を結んだ諸侯を出現させるのである。

③完全な状態に保つお手本に採用しても災いが生じる平凡な将軍は、停留している敵軍の小隊を打ち破って怪我を治療しても、自軍の兵士と攻め取った元敵兵を交互に混じり合わせて前進させるため、戦地に到達すれば急に隊列が崩壊するのである。中隊が自分達を完全な状態だと見なして敵を侮れば、敵大隊をすっかり侮らせたにも関わらず、敵大隊の中を突き進んで壊滅し、自軍の次の戦略、戦術を暴露するに至る。過去の戦略、戦術を恭しく細部まで再現しようとする自国をすっかり侮らせておき、敵国は、自国と同盟を結んだ諸侯を背かせるに及ぶのである。

④災いする者達を治めるお手本の要旨は、停留している敵軍の小隊を打ち破って怪我を治療しても、仲間をいじめ侮っていると見なせば、山が高く険しい場所に赴く行動を施せば、仲間が死んだ理由を分析させて侮る態度が治るのである。敵大隊をすっかり侮らせたにも関わらず、敵を侮って、敵大隊の中を突き進む中隊は、軍団から除外して駐屯させる任務に使うのである。過去の戦略、戦術を恭しく細部まで再現する時は、同盟を結んだ諸侯をすっかり治めて自国を尊重させておけば、敵将軍を説得して敗北させるに至るのである。
書き下し文
孫子曰く、
①凡そ用いる兵の法は、国を全うすること上と為し、国を破るは之に次ぐ。軍を全うすること上と為し、軍を破るは之に次ぐ。旅(りょ)を全うすること上と為し、旅(りょ)を破るは之に次ぐ。卒(そつ)を全うすること上と為し、卒(そつ)を破るは之に次ぐ。伍を全うすること上と為し、伍を破るは之に次ぐ。

②之に法(のっと)りて兵を用いらせしむ凡(はん)は、次(やど)る之の伍を破るも、上(くわ)えて全(ぜん)すれば伍に為(な)らせしむなり、破らんとすれば卒(そつ)の次(じ)に之(もち)いて上(すす)むなり。全(まった)き卒(そつ)は旅(りょ)を全く上(しの)が為(せし)めて次(じ)に之(ゆ)きて、旅(りょ)あるに破ること為し、之に次軍を破(は)せしむなり。上軍を全くして為して、国を全く上(しの)が為(せし)めて次(やど)りて国し、之を破(は)せしむなり。

③之の法を用いるも兵する凡なるものは、次(やど)る之の伍を破りて全するも、伍して上(すす)め為(し)め、次(じ)に之(いた)れば卒(にわ)かに破るなり。卒(そつ)は全くすると為して上(しの)げば、旅(りょ)を全く上(しの)が為(せし)むも、旅(りょ)の次(じ)に之(ゆ)きて破れ、次軍を破(は)するに之(いた)る。上軍を全くして為さんとする国を全く(しの)が為(せし)めて、国は之を破れしむに次(いた)るなり。

④兵する之を用いる法の凡(はん)は、次(やど)る之の伍を破りて全するも、伍を上(しの)ぐと為せば、卒(しゅつ)たる次(じ)に之(ゆ)く為(しわざ)を上(くわ)えれば、卒(しゅっ)すること破れしめて全するなり。旅(りょ)を全く上(しの)が為(せし)むも、旅の次(じ)を破る之は、軍を破りて次(やど)らせしむに之(もち)いるなり。上軍を全くして為すに、之に全く国して上(たっと)ば為(せし)めば、国なるものを破(は)するに次(いた)るなり。
<語句の注>
・「凡」は①あらゆる範囲で、②概略、③傑出せずに普通であるさま、④要旨、の意味。
・「用」は①採用する、②力を尽くす、③採用する、④治める、の意味。
・「兵」は①戦略、戦術、②戦士、③④災いする、の意味。
・1つ目の「之」は①助詞「の」、②③代名詞、④彼ら、の意味。
・「法」は①手本、②手本とする、③④手本、の意味。
・1つ目の「全」は①完全な状態に保つ、②③④すっかり、の意味。
・1つ目の「国」は①②③独立した国家、④国を治める、の意味。
・1つ目の「為」は①見なす、②③④~させる、の意味。
・1つ目の「上」は①等級や品質が高い、②③いじめ侮る、④尊重する、のの意味。
・1つ目の「破」は①打ち破る、②露わにする、③背く、④論駁して負かす、の意味。
・2つ目の「国」は①独立した国家、②国に封じる、③独立した国家、④国全体を代表するさま、の意味。
・1つ目の「次」は①第一位のあとに続く、②停留する、③④及ぶ、の意味。
・2つ目の「之」は①代名詞、②③④彼ら、の意味。
・2つ目の「全」は①完全な状態に保つ、②③④欠けるところがないさま、の意味。
・1つ目の「軍」は①周代の軍の編制単位(一万二千五百人)、②③④軍事、の意味。
・2つ目の「為」は①見なす、②③④行う、の意味。
・2つ目の「上」は①等級や品質が高い、②③④昔の、の意味。
・2つ目の「破」は①打ち破る、②③暴く、④取り除く、の意味。
・2つ目の「軍」は①周代の軍の編制単位(一万二千五百人)、②③軍事、④周代の軍の編制単位(一万二千五百人)、の意味。
・2つ目の「次」は①第一位のあとに続く、②③次の、④駐屯する、の意味。
・3つ目の「之」は①代名詞、②彼ら、③ある地点や事情に達する、④使う、の意味。
・3つ目の「全」は①完全な状態に保つ、②③④すっかり、の意味。
・1つ目の「旅」は①②③④軍隊の編制単位(五百人)、の意味。
・3つ目の「為」は①見なす、②③④~させる、の意味。
・3つ目の「上」は①等級や品質が高い、②③④いじめ侮る、の意味。
・3つ目の「破」は①打ち破る、②砕く、③壊滅する、④突き進む、の意味。
・2つ目の「旅」は①軍隊の編制単位(五百人)、②背骨、③④軍隊の編制単位(五百人)、の意味。
・3つ目の「次」は①第一位のあとに続く、②付近、③④中、の意味。
・4つ目の「之」は①代名詞、②③赴く、④彼ら、の意味。
・4つ目の「全」は①完全な状態に保つ、②③欠けるところがないさま、④病気が治る、の意味。
・1つ目の「卒」は①②③軍隊の編制単位(百人)、④死ぬ、の意味。
・4つ目の「為」は①見なす、②行う、③見なす、④行い、の意味。
・4つ目の「上」は①等級や品質が高い、②前に進む、③いじめ侮る、④施す、の意味。
・4つ目の「破」は①打ち破る、②背く、③崩壊する、④分析する、の意味。
・2つ目の「卒」は①②軍隊の編制単位(百人)、③急に、④(山が)高く険しいさま、の意味。
・4つ目の「次」は①第一位のあとに続く、②中間、③④場所、の意味。
・5つ目の「之」は①代名詞、②使う、③ある地点や事情に達する、④赴く、の意味。
・5つ目の「全」は①完全な状態に保つ、②病気が治る、③④病気を治す、の意味。
・1つ目の「伍」は①軍隊の編制単位(五人)、②軍隊、③交互に混じり合わせる、④同輩、の意味。
・5つ目の「為」は①見なす、②所属になる、③~させる、④見なす、の意味。
・5つ目の「上」は①等級や品質が高い、②施す、③前に進む、④いじめ侮る、の意味。
・5つ目の「破」は①②③④打ち破る、の意味。
・2つ目の「伍」は①②③④軍隊の編制単位(五人)、の意味。
・5つ目の「次」は①第一位のあとに続く、②③④停留する、の意味。
・6つ目の「之」は①代名詞、②③④彼ら、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」は原文の記載なし、竹簡孫子の欠落と推測。そのため、原文は孫子(講談社)に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「上」の“等級や品質が高い”は、戦略の品質を表現しているため「上策」と解読した。2つ目以降の「上」は、これに準じて解読した。

・1つ目と2つ目の「国」は、自国、敵国を特定した記述をしていない。しかし、後半の記述を解読していくと、自国だけでなく、敵国や同盟を結んだ諸侯も完全な状態を保って戦争を終える教えが頻出する。そのため、主語を特定しないことで、自国を含む、全ての国家が主語の対象になっていると解釈できる。また「軍」、「旅」、「卒」、「伍」も同様に解釈できるため、最初だけこの意味を明示するために「自他を問わず」と補った。
もう一歩解釈した内容を補足しておくと、この解読文①は、侵略戦争では自国を完全な状態に保ちつつ、敵国を完全な状態に保ったまま抑えることが望ましいとする教えとなっている。そこから、自国も敵国も保全しての勝利が一番良く、自国は保全、且つ敵国は打ち破っての勝利が二番、自国も敵国も打ち破っての勝利は三番、最後は敗北という順位がこの記述に隠されていると推察できる。

・2つ目の「之」は、「全」の「自他を問わず国家を完全な状態に保つ戦略」を指示する代名詞と考察するが、これを「上策」と解読しているため、「次」の“第一位のあとに続く”の意味を踏まえて「之に次ぐ」で「次策とする」と解読した。3つ目以降の「之」は、この解釈に準じて解読した。

・1つ目と2つ目の「軍」の“周代の軍の編制単位(一万二千五百人)”は、Web漢文大系の解読結果を採用して「軍団」と解読した。以降、同様に解読。

・1つ目と2つ目の「旅」の“軍隊の編制単位(五百人)”は、Web漢文大系の解読結果を採用して「大隊」と解読した。以降、同様に解読。

・1つ目と2つ目の「卒」の“軍隊の編制単位(百人)”は、Web漢文大系の解読結果を採用して「中隊」と解読した。以降、同様に解読。

・1つ目と2つ目の「伍」の“軍隊の編制単位(五人)”は、Web漢文大系の解読結果を採用して「小隊」と解読した。以降、同様に解読。

<②について>
・1つ目の「之」は、①「全」の「完全な状態に保つこと」を指示する代名詞と解読。③も同様に解読。

・6つ目の「之」の“彼ら”は、自軍が打ち破る小隊にかかるため「敵軍」と解読。③④も同様に解読。

・「背こうとすれば中隊の真ん中に配置」は、「卒の次」の“中隊の中間”を自軍の兵士達によって元敵小隊の兵士達を取り囲んだ状態にして勝ってな行動ができないようにすることと考察して解読。

・「旅あるに破る」の直訳は“背骨が出現した時に砕く”となる。この“背骨”は、其五3-2①「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」の「攻め取る節目」を指しており、“出現した時”は「時機」、“砕く”は「破壊する」を指すと考察。ここで攻め取る相手は「旅」の「大隊」であるため、話の流れに合わせて「敵大隊の節目が出現した時機を逃さずに破壊して攻め取る」と解読できる。
なお、大隊を攻め取る自軍の部隊は「卒」の「中隊」となっているが、其五4-6①「敵軍からの攻撃を誘う陣形等の型を使って正攻法部隊を動員し、生きたまま敵を取得する間者を採用した中隊の奇策部隊を使うのである」の記述によって、「奇策部隊は中隊」であることが明示されている。これに伴い「(旅あるに破る)こと為す」の“こと為す”は、「奇正の戦術を行う」と解読。
蛇足だが、この記述によって「奇策部隊の中隊」が攻め取る相手は、「敵大隊」だと明示されたと言える。つまり、奇正の戦術を用いて敵の虚を突けば、百人隊で五百人隊を攻め取ることが可能と解釈できる。

・3つ目の「之」の“彼ら”は、「敵大隊の節目が出現した時機を逃さずに破壊して攻め取る」によって攻め取った敵大隊と考察し、「攻め取った敵大隊」と解読。

・1つ目と2つ目の「軍」の“軍事”は、話の流れとしては“戦略、戦術”の意味が相応しいと考察し、「戦略、戦術」と言い換えた。

・「上軍を全くして為す」は「軍」を「戦略、戦術」と解釈すれば、“昔の戦略、戦術を欠けることなく行う”となる。これは其九5-1④「将軍は大いに戦況が一致する過去の戦争事例から未来を予測するうえに、さらに過去の勝ち戦を大いに鑑定し、その勝ち戦を恭しく細部まで再現することを決行する」を実践することと考察し、「過去の戦略、戦術を恭しく細部まで再現する」と解読。③④も同様に解読。

・「敵国をすっかり侮らせて自軍が停留することで敵国内に封じておき、同盟を結んだ諸侯を出現させる」は、其十一5-4⑥「最高位の将軍は、同盟を結んだ諸侯が戦地に到達することを期待して、盛大な勢いが尽きて敵軍から離れたように偽って、梯子を高く登らせるように敵軍を驕り高ぶらせるのである」、其十一7-6③「実力のある将軍が、戦略によって敵軍を敵国に封じれば、敵将軍を驕らせて容易く打ち破るのである」を指すと考察し、2つ目の「之」の“彼ら”を「同盟を結んだ諸侯」と解釈して解読した。

<③について>
・1つ目の「伍」の“交互に混じり合わせる”は、自軍の兵士と攻め取った元敵兵を交互に並ばせることと考察し、「自軍の兵士と攻め取った元敵兵」と補う。

・「次に之れば」の直訳は“場所に到達すれば”となる。これは、「自軍の兵士と攻め取った元敵兵を交互に混じり合わせて前進する」軍隊が主語であり、その場所に到達すれば元敵兵が軍隊から離反することが記述されている。元敵兵が軍隊から離反する時、逃げ場所となるのは敵軍だと推察できる。つまり、自軍が敵軍と対峙する“場所“であるため、「次に之れば」は「戦地に到達すれば」と解読できる。

・4つ目の「之」は、④3つ目の「破」の“突き進む”と同意と考察し、「突き進む」と言い換えた。

・2つ目の「之」の“彼ら”は、②2つ目の「之」同様に「同盟を結んだ諸侯」と解読。④も同様に解読。

<④について>
・「兵する之」は「災いする者達」と解読。この「災いする者達」は、③の記述で災いを引き越した者達全てを指すと考察。

・「山が高く険しい場所に赴く行動を施せば、仲間が死んだ理由を分析させて侮る態度が治る」は、其十4-1③「親しく付き従う兵士達に対して、急に若い女性を犯すように乱暴に扱って高く険しい山で兵士が死亡すれば、その死亡を皆に急ぎ知らせて死体を埋葬し、隊長は生存した仲間達と“死亡事故が起きた事実とその理由”に向き合う」を指すと考察して解読した。

・4つ目の「之」は、③「(自分達を完全な状態だと見なして、敵を侮る)中隊」を指示する代名詞と考察し、「(敵を侮る)中隊」と解読。

・「敵将軍を説得して敗北させるに至る」は、其十二5-5⑤「有能な将軍は、秘密裏に合従策の準備を進めて、突然、自軍の権勢が敵軍を凌駕すれば、はっきりと敗北を悟った敵将軍は、ただ才能と徳を持った自軍の将軍に服従するだけであり、きっと自国と敵国の両方を完全な状態に保ったまま平和な和解に至るのである」が実現することと考察。なお、2つ目の「国」の“国全体を代表するさま”は、この考察に伴い「敵将軍」と解読した。

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