暴く先んずるも後れる其の衆を畏れるは、精を之いず至ればなり。

其九4-27

先暴而後畏其衆者、不精之至也。

xiān bào ér hòu wèi qí zhòng zhě、bù jīng zhī zhì yĕ。

解読文

①荒々しく敵里に向かって前進しても、遅れてくる敵軍を怖がっている理由は、徹底的に鍛えられた選り抜きの兵士のいない軍隊で敵里に到着したからである。

②徹底的に鍛えられた選り抜きの兵士がいない軍隊が奪い取った敵里をぶち壊すことを第一にすれば、能力や地位が劣る敵里の人民は災難によって死ぬ者が多く、敵軍の怒りは最も極まった状態に達するのである。

③既に他界した敵里の人民を野外で風雨にさらして、敵国の人々に敬服することを重視しない品位の高くない兵士達は、敵軍の怒りを最も極まった状態にさせるのである。

④昔から、敵国の人々を虐げて敬服することを重視しない者が、武芸において、この上なく熟練の域に達したことはないのである。

⑤急いで敵里に向かって前進して、遅れて到着する敵軍を脅かす軍隊は、徹底的に鍛えられた選り抜きの兵士を大いに任用して敵里に到着するのである。

⑥徹底的に鍛えられた選り抜きの兵士は周到に行き届いており、敵国の人々を虐げる兵士達を指導して敬虔の心を継承して、純粋で精神力のある性格の兵士にするのである。

⑦大いに純粋で精神力のある性格に達した兵士は、敵軍に対する恐怖心をさらけ出しても、敵里に向かって前進して恐怖心は後回しにして考えず、敵里に到着するのである。

⑧最も重要なことは、兵士達に、敵軍に対する荒々しい闘争心を湧かせて恐怖心は後回しにして考えさせなければ、大いに活気溢れた勢いが最も極まった状態に達するのである。
書き下し文
①暴(あら)く先んずるも後(おく)れる其の衆を畏(おそ)れるは、精を之(もち)いず至ればなり。

②精不(な)き者の暴(そこ)なうこと先にすれば而(すなわ)ち後(おく)れる其の畏(し)ぬもの衆(おお)く、至りに之(いた)るなり。

③先を暴(さら)して、其の衆に畏(おそ)ること後にして精ならざる者は、之を至らしめるなり。

④先より、其の衆を暴(あ)らして畏(おそ)ること後にする者は、至って精に之(いた)ることあらざるなり。

⑤暴(はげ)しく先んじて、後(おく)れる其の衆を畏(おそ)る者は、精を不(おお)いに之(もち)いて至るなり。

⑥之は至り、其の衆を暴(あ)らす者を先だちて畏(おそ)れを後(つ)ぎて、精たらしめるなり。

⑦不(おお)いに精に之(いた)る者は、其の衆の畏(い)を暴(あば)くも、先んじて後にして、至るなり。

⑧先は、其の衆に暴(あら)き畏(い)あらしめて後にせしめば、不(おお)いに精の至りに之(いた)るなり。
<語句の注>
・「先」は①先制する、②第一にする、③既に他界したさま、④いにしえの、⑤先制する、⑥導く、⑦前進する、⑧最も重要なこと、の意味。
・「暴」は①荒々しい、②ぶち壊す、③野外で風雨にさらす、④虐げる、⑤速い、⑥虐げる、⑦さらけ出す、⑧荒々しい、の意味。
・「而」は①逆接の関係を表す接続詞、②条件関係を表す接続詞、③④⑤⑥⑦⑧順接の関係を表す接続詞、の意味。
・「後」は①他のものよりも後になる、②能力や地位が劣る、③④重視しない、⑤他のものよりも後になる、⑥継承する、⑦⑧後回しにする、の意味。
・「畏」は①怖がる、②災難によって死ぬ、③④敬服する、⑤脅かす、⑥敬虔の心、⑦⑧恐ろしさ、の意味。
・「其」は①②③④⑤⑥⑦⑧敵の代名詞、の意味。
・「衆」は①軍隊、②数が多い、③④多くの人々、⑤軍隊、⑥多くの人々、⑦⑧軍隊、の意味。
・「者」は①因果関係「也」に対応した置き字、②③④⑤⑥⑦助詞「もの」、⑧仮定表現の助詞、の意味。
・「不」は①~しない、②無い、③~ではない、④~したことがない、⑤⑥⑦⑧大いに、の意味。
・「精」は①②選り抜きの徹底的に鍛えられた兵士、③成分の品位が高いさま、④熟練したさま、⑤えり抜きの徹底的に鍛えられた兵士、⑥⑦純粋なさま、精神を集中したさま、⑧活気の溢れた力、の意味。
・「之」は①使う、②ある地点や事情に達する、③彼ら、④ある地点や事情に達する、⑤使う、⑥代名詞、⑦⑧ある地点や事情に達する、の意味。
・「至」は①行き着く、②③最も極まった状態、④この上なく、⑤行き着く、⑥周到に行き届いたさま、⑦行き着く、⑧最も極まった状態、の意味。
・「也」は①因果関係を表す助詞、②③④⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。
・この句には、八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・「先」の“先制する”は、其七2-4①「先」の「敵里に向かって前進する」を指すと考察。結果、「敵里に向かって前進する」と解読。⑤⑦も同様に解読。

・「後」の“他のものよりも後になる”は、其七2-4①「」と同意と解釈。結果、「遅れてくる」と解読。⑤も同様に解読。

・「至」の“行き着く”は、話の流れに合わせて「敵里に到着する」と解読。⑤⑦も同様に解読。

<②について>
・「暴」の“ぶち壊す”は、その対象が敵国から奪い取った敵里と解釈できる。結果、「奪い取った敵里をぶち壊す」と補って解読。

・「其」の“敵の代名詞”は、話の流れより先制して奪い取った敵里の人民と考察できる。結果、「敵里の人民」と解読。

・「至」の“最も極まった状態”は、里をぶち壊されて大勢の住民が殺された状況に対して敵軍が怒ることと解釈。結果、「敵軍の怒りは最も極まった状態」と補って解読。

<③について>
・「其の衆」は“敵の多くの人々”となる。これは、敵に敬服する気持ちの有無が問題であるため、包括的に「敵国の人々」と解読。④⑥も同様に解読。

・「精」の“成分の品位が高いさま”は、軍隊における兵士(=成分)の品位が高いことと解釈。結果、「精ならざる者」で「品位の高くない兵士達」と解読。

・「之を至らしめる」の直訳は“彼らを最も極まった状態にさせる”となる。これは③「敵軍の怒りは最も極まった状態」と同意と考察。結果、「敵軍の怒りを最も極まった状態にさせる」と解読。

<④について>
・「精」の“熟練したさま”は、①②「徹底的に鍛えられた選り抜きの兵士」を指すと解釈できるため「武芸において、」と補った。

<⑤について>
・①②③④までは一般論の記述であり、⑤以降は孫子兵法の教えと考察できる。

・「暴」の“速い”は、敵里に向かう行軍の速度と考察。結果、「急ぐ」と解読。

<⑥について>
・「之」は、⑤「精」の「徹底的に鍛えられた選り抜きの兵士」を指示する代名詞と解読。

・「精」は“純粋なさま”と“精神を集中したさま”の掛け言葉と解釈。④「敵国の人々を虐げて敬服することを重視しない者が、武芸において、この上なく熟練の域に達したことはない」との関連を考慮すれば、一つの事柄に集中して取り組める純粋さと精神力を備えた性格と解釈するのが適当と思われる。結果、「純粋で精神力のある性格の兵士にする」と解読。⑦も同様に解読。

・この記述は、話の流れから、敵国で陣地を奪うために汙直の計を使って敵里に向かっている“行軍の途中”であることがわかる。この前提を踏まえると、敵里に向かう行軍の途中、「選り抜きの兵士」は兵士達の言動を観察しており、敵国の人々を虐げて敬服する心を持たない兵士がいると気付けば指導して「敬虔の心」を継承し、純粋な性格を育ませていくことがわかる。つまり、里に到着する前に「敵国の人々を虐げる兵士」は改心させて、純粋な性格の兵士を増やしていくと推察できる。

<⑦について>
・「其の衆の畏」の直訳は“敵の軍隊の恐ろしさ”となる。これは後回しにする感情と考察。結果、「敵軍に対する恐怖心」と解読。敵軍との戦闘に対して恐怖心をさらけ出せる理由は“純粋”な性格だからと考察でき、敵軍に対して恐怖を感じるのは後回しにして里に向かって前進できる理由は一つの事柄をやり遂げる“精神力”があるからだと考察できる。

・「後」の“後回しにする”は、「敵軍に対する恐怖心」を後回しにして考えないようにすることと考察。結果、「恐怖心は後回しにして考えない」と補って解読。⑧も同様に解読。

<⑧について>
・「精」の“活気の溢れた力”の“力”は、軍隊の勢いを指すと考察。これは、其四4-5②「あぜ道にある水の流れを停滞させて充満して溢れるに等しくどんどん自軍の士気が旺盛になれば整った敵軍は虚を生じるのである」に関連すると考察。また、其七6-2③「早朝における軍隊の勢いは士気が激しく旺盛である」をふまえれば、時間をかけて兵士達の士気を高めることが軍隊の勢いを高めることに繋がるとわかる。結果、「活気溢れた勢い」と解読。

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