称げて勝つ者は民を戦かしむなり、千に於いてする水を積らしめば仞するに之りて罅けて決るに如くことに刑るなり。

其四4-5

稱勝者戰民也、如決積水於千仞之㙤、刑也。

chēng shèng zhě zhàn mín yĕ、rú jué jī shuǐ yú qiān rèn zhī xià、xíng yĕ。

解読文

①兵士数がどんどん増えていく軍隊を使って兵士数が減っていくしかない敵軍を思うままに操って抑える将軍は敵兵達を恐れ震えさせるのであり、あぜ道にある水の流れを停滞させれば充満した状態に達して隙間を生じて充満した水が決壊に至る現象をお手本にするのである。

②敵兵達を恐れ震えさせる将軍は自軍を優勢にしてから敵軍を思うままに操るのであり、あぜ道にある水の流れを停滞させて充満して溢れるに等しくどんどん自軍の士気が旺盛になれば整った敵軍は虚を生じるのである。

③自軍を優勢にしてから敵軍を思うままに操る将軍は奴隷も同様に戦わせるのであり、充満した水に水を注いで溢れさせるに等しく人民で編制した軍隊の周りに奴隷を束縛することなく配置させるのであり、あぜ道に割れ目のあっても水を氾濫させて満たすに至る現象をお手本にしたのである。

④奴隷を用いて敵軍の攻撃に持ち堪える将軍は、兵士達に功績があれば褒賞を出すことを決定するようにして羊の集まりを導くように軍隊を動かすのであり、整った敵軍に虚を生じたことを識別すれば、獲物となる敵部隊を数多く出現させることに成功するのである。

⑤兵士達を羊の集まりを導くように動かす将軍は、大軍で敵軍を包囲しようとする覚悟を蓄積させるようにして、軍隊の勢いを盛大にした正攻法部隊で敵軍と対峙するのであり、自軍が兵士数の非常に多い軍隊で整え治めていることを認識させれば、整った敵軍に虚を生じさせるのである。

⑥軍隊の勢いを盛大にした正攻法部隊で敵軍と対峙する将軍は、兵士達に軍隊の勢いで優劣を争わせるのであり、蓄積した大水と同様に軍隊の勢いが最高潮になった兵士数の非常に多い軍隊で決戦させるお手本を認めて、整った敵軍を分断させるのである。

⑦お手本を認めて使っても知識上の欠陥があれば、あぜ道にある水の流れを蓄積するに等しく軍隊の兵士数と勢いを最高潮にしても自軍と敵軍双方の兵士達を傷つけるのであり、奴隷を恐れ震えさせることが評判になれば戦う前から敗北した状態となるのである。

⑧敵軍を思うままに操って抑える将軍は、兵士達を羊の集まりを導くように軍隊を動かすのであり、整った敵軍に虚を生じさせる時に、あぜ道の水の流れを氾濫させて蓄積するに等しく軍隊の兵士数と勢いを一気に最高潮にする秘訣は、直面している戦況の類型を識別することである。
書き下し文
①称(あ)げて勝つ者は民を戦(おのの)かしむなり、千に於(お)いてする水を積(とどこお)らしめば仞(じん)するに之(いた)りて罅(さ)けて決(き)るに如(ゆ)くことに刑(のっと)るなり。

②民を戦(おのの)かしむ者は勝(まさ)りて称(あ)げるなり、千に於(お)いてする水を積(とどこお)らしめて仞(じん)して決する如くすれば刑(おさ)める之は罅(さ)くなり。

③勝(まさ)りて称(あ)げる者は民も也(ま)た戦わしむなり、積みて決せしむ如くするなり、千に罅(か)あるも水を於(な)して仞(じん)するに之(いた)ることに刑(のっと)るなり。

④民を称(あ)げて勝(た)える者は、積あれば水にすること決(き)まる如くして戦(そよ)げしむなり、之の罅(さ)けること仞(じん)すれば、千なる於(う)あらしむこと刑(な)るなり。

⑤民を戦(そよ)げしむ者は、水にせんとする決を積ましむ如くして、勝(しょう)たらしめて称(かな)うなり、千なる於(う)を刑(おさ)めること仞(じん)せしめば、之に罅(さ)けしむなり。

⑥勝(しょう)たらしめて称(かな)う者は民を戦わしむなり、積水の如き千なる於(う)に決せしむ刑を仞(じん)して、之を罅(さ)けしむなり。

⑦刑を仞(じん)して之(もち)いるも罅(か)あれば、千に於(お)いてする水を積む如くするも決するなり、民を戦(おのの)かしむこと称(しょう)すれば勝(しょう)たるなり。

⑧称(あ)げて勝つ者は民を戦(そよ)げしむなり、之を罅(さ)けしむに、千に水を於(な)して積む如くする決は、刑を仞(じん)するなり。
<語句の注>
・「称」は①其四4-4③1つ目の「称」、②③其四4-2①「称」、④用いる、⑤⑥つり合う、⑦評判になる、⑧其四4-2①「称」、の意味。
・「勝」は①抑える、②③越える、④持ち堪える、⑤⑥盛大な、⑦既に滅ぼされたさま、⑧抑える、の意味。
・「者」は①②③④⑤⑥助詞「もの」、⑦助詞「こと」、⑧助詞「もの」、の意味。
・「戦」は①②(恐れや寒さのために)震える、③戦をする、④⑤揺れ動く、⑥優劣を争う、⑦(恐れや寒さのために)震える、⑧揺れ動く、の意味。
・「民」は①②庶民、③④奴隷、⑤⑥庶民、奴隷、⑦奴隷、⑧庶民、奴隷、の意味。
・1つ目の「也」は①②断定の語気、③同様に、④⑤⑥⑦断定の語気、の意味。
・「如」は①至る、②③等しくする、④⑤~のようにする、⑥同様である、⑦⑧等しくする、の意味。
・「決」は①水が堤防を破る、②③溢れる、④決定する、⑤決心、⑥決戦する、⑦傷つける、⑧秘訣、の意味。
・「積」は①②停滞する、③物の上に重ね置く、④功績、⑤⑥⑦⑧累積する(長い時間を経る意)、の意味。
・「水」は①②水の流れ、③水の氾濫、④潤す、⑤水没させる、⑥大水、⑦水の流れ、⑧水の氾濫、の意味。
・「於」は①②在る、③~とする、④⑤⑥カラス、⑦在る、⑧~とする、の意味。
・「千」は①②③あぜ道、④⑤⑥非常に数が多いさま、⑦⑧あぜ道、の意味。
・「仞」は①②充満する、③満たす、④識別する、⑤認識する、⑥⑦認める、⑧識別する、の意味。
・「之」は①ある地点や事情に達する、②彼ら、③ある地点や事情に達する、④⑤⑥代名詞、⑦使う、⑧代名詞、の意味。
・「罅」は①②隙間を生じる、③土器の割れ目、④⑤⑥隙間を生じる、⑦知識上の欠陥、⑧隙間を生じる、の意味。
WEBサイト「國際電腦漢字及異體字知識庫」で「㙤」と「罅」は同義と確認。
・「刑」は①手本にする、②整え治める、③手本にする、④成功する、⑤整え治める、⑥⑦手本、⑧鋳型、の意味。
・2つ目の「也」は①②③④⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「稱勝者戰民也、如決積水於千仞之㙤者、形也。」と「刑」を「形」とし、「㙤」の後に「者」が入るが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

・この句について詳しく解説したページがあります。
孫子の名言「勝者の民を戦わしむるや、積水を千仞の谿に決する若き者は、形なり」の間違い

<①について>
・「称」は、其四4-4③1つ目の「称」の「兵士数がどんどん増えていく軍隊を使って兵士数が減っていくしかない敵軍を思うままに操る」意味を積み上げていると考察し、「兵士数がどんどん増えていく軍隊を使って兵士数が減っていくしかない敵軍を思うままに操る」と解読。

・「民」の“庶民”は、多くの場合は「人民」と解読するが、ここでは思うままに操った敵軍の“人民”であるため「敵兵達」と解読。②も同様に解読。

<②について>
・「勝」の“越える”は、自軍が敵軍よりも優勢になった状態を指すと考察し、「自軍を優勢にする」と解読。③も同様に解読。

・「称」は、其四4-2①「称」の「敵軍を思うままに操る」意味を積み上げていると考察し、「敵軍を思うままに操る」と解読。③⑧も同様に解読。

・「千に於いてする水を積らしめて仞して決する如くする」の直訳“あぜ道にある水の流れを停滞させて充満して溢れるに等しくする”は、其四4-4⑥2つ目の「洫」の“耕作地の用水路”を指すと解釈すれば、「赤い顔料と耕作地にある用水路の水の重さを量らせるに等しく士気が下がるしかない敵軍とどんどん士気が旺盛になる自軍を比較させて敵軍を崩れた状態に至らせる」の「どんどん士気が旺盛になる自軍」状態になることを喩えたと考察できる。結果、「あぜ道にある水の流れを停滞させて充満して溢れるに等しくどんどん自軍の士気が旺盛になる」と解読。

・「之」の“彼ら”は、思うままに操る「敵軍」と解読。

・「罅」の“隙間を生じる”は、整った敵軍に虚実の「虚」が生じることと考察。簡潔に「虚を生じる」と解読。④⑤⑥⑧も同様に解読。

<③について>
・「積みて決せしむ如くする」の直訳は“物の上に重ね置いて溢れさせるに等しくする”となる。まず、この“物”は話の流れより「水」であるため、「充満した水」に「水」を注いで溢れるさせる描写となる。次に、「水」が「兵士(人民等)」の喩えと解釈すれば、この“重ね置くもの”は「奴隷」であり、“物”は奴隷以外の人間と解釈できるため「人民」と考察。結果、「充満した水に水を注いで溢れさせるに等しく人民で編制した軍隊の周りに奴隷を束縛することなく配置させる」と解読。
なお、この状態は其九4-13③「下僕は束縛せず気ままにさせておき、軍隊は陣列をつくれば待機しておくのである」を説くと考察し、参考にした。また、この句では「下僕」となっているため、「奴隷」を「下僕」と置き換えても良さそうだが、「奴隷」と「下僕」を同一視しても良いか判断しかねるため「奴隷」のままとした。

<④について>
・「戦」の“揺れ動く”は、其十一5-5⑥「羊の集まりを導くように軍隊を動かす」を指すと考察。結果、使役形で「羊の集まりを導くように(軍隊を)動かす」と解読。⑤⑧も同様に解読。

・「水」の“潤す”は、兵士達に功績があれば“潤す”のであり、其十一5-5⑥「兵士達を力づける道理を理解した将軍は、駆り立てれば慰労するのであり、強要すれば褒美の品を贈呈する」に基づけば、「褒賞を出す」と解読できる。

・「之」は、②「之」の「整った敵軍」を指示する代名詞と解読。

・「於」の“カラス”は、其五3-2①「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」の「獲物の鳥」であり、奇策部隊が攻め取る敵部隊と考察。結果、「獲物となる敵部隊」と解読。

<⑤について>
・「民」は“庶民”と“奴隷”の掛け言葉と考察した上で、人民と奴隷をあわせた「兵士達」と解読。⑥⑧も同様に解読。

・「勝」の”盛大な“は、話の流れから軍隊の勢いを盛大にすることと考察。結果、「軍隊の勢いが盛大なさま」と補って解読。⑥も同様に解読。

・「称」の“つり合う”は、其四4-2③「称」の「(正攻法部隊が)敵軍と対峙する」意味を積み上げていると考察。結果、「正攻法部隊で敵軍と対峙する」と解読。⑥も同様に解読。

・「水にせんとする決を積ましむ」の直訳は“水没させようとする決心を累積する”となる。“水没させる”とは、奴隷まで軍隊に加えて優勢になった自軍で其三3-1①「十倍であれば敵軍を包囲する」を実行することを喩えたと考察。また、“決心”と “累積”は他句の表現に合わせてそれぞれ「覚悟」、「蓄積」と言い換えて、「大軍で敵軍を包囲しようとする覚悟を蓄積させる」と解読。

・「之」は、④「之」の「整った敵軍」を指示する代名詞と解読。

・「千なる於」の直訳は”非常に数多くのカラス“となる。これは話の流れに従えば、④「獲物となる敵部隊」を数多く攻め取って、自軍の兵士数が非常に数多いことと考察。結果、簡潔に「兵士数の非常に多い軍隊」と解読。⑥も同様に解読。

<⑥について>
・「戦」の“優劣を争う”は、其三6-1⑧「戦」の「軍隊の勢いで優劣を争う」の意味を積み上げていると考察し、「軍隊の勢いで優劣を争う」と解読。

・「積水の如き」の直訳は”累積した大水と同様な“となる。人民と奴隷を編制し、軍隊の勢いが最高潮に高まった状態を簡潔に表現した喩えと考察。結果、「積水の如き千なる於」で「蓄積した大水と同様に軍隊の勢いが最高潮になった兵士数の非常に多い軍隊」と解読。

・「之」は、⑤「之」の「整った敵軍」を指示する代名詞と解読。

・「罅」の“隙間を生じる”は、話の流れより「整った敵軍」を分断させることと考察。結果、使役形で「分断させる」と解読。

<⑦について>
・「千に於いてする水を積む如くする」は「あぜ道にある水の流れを蓄積するに等しくする」となる。解読文⑦が解読文⑥との対比関係にあると考察して、軍隊に置き換えて解釈すれば「あぜ道にある水の流れを蓄積するに等しく軍隊の兵士数と勢いを最高潮にする」と解読出来る。⑧も同様に解読。

・「勝」の“既に滅ぼされたさま”は、既に敵に滅ぼされた状態に等しいことと解釈し、「戦う前から敗北した状態」と解読。

・「決」の“傷つける”相手は、素直に解読すれば敵兵となるが、自軍の奴隷達が恐れ震える記述が続くため、敵軍を武力で撃つ時に自軍の兵士達が負傷することも同時に表現していると推察した。結果、「自軍と敵軍双方の兵士達を傷つける」と補って解読。

<⑧について>
・「之」は、⑥「之」の「整った敵軍」を指示する代名詞と解読。

・「千に水を於して積む如くする」は、①「千」の「あぜ道にある水の流れ」の意味を積み上げていると解釈すれば、“あぜ道の水の流れを氾濫させて蓄積するに等しくする”となる。“氾濫させる”は、大量の水を発生させることであり、兵士数を一気に増やすことと解釈できる。結果、「あぜ道の水の流れを氾濫させて蓄積するに等しく軍隊の兵士数と勢いを一気に最高潮にする」と解読。

・「刑」の“鋳型”とは、鋳物を鋳造するための型であり、これは全く同じ鋳物を生産できる物である。孫子兵法における戦略、戦術は、其九5-1④「将軍は大いに戦況が一致する過去の戦争事例から未来を予測するうえに、さらに過去の勝ち戦を大いに鑑定し、その勝ち戦を恭しく細部まで再現することを決行する」ことが重要であり、“鋳型”は「恭しく細部まで再現する」ためのものと考察できる。また、“鋳型を識別する”という文章になることと「過去の戦争事例から未来を予測する」を踏まえると、“鋳型”は過去の戦争事例を統計した“成否の類型(パターン)”だとわかる。ここでは其九5-1④の意味を含めて「直面している戦況の類型」と解読した。蛇足だが、例えば埶篇では「陣形等の型」、地刑篇では「戦地の型」がまとめられており、これら「型」を直面している戦況に適合させる教えが記述されている。

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