故に曰く、皮なる知を己の知とすれば、勝たりて乃ち殆うからず。

其十5-5

故曰、知皮知己、勝乃不殆。

gù yuē、zhī pí zhī jǐ、shèng nǎi bù dài。

解読文

①だから、表面的な知識を自分の知恵にすれば、優れた将軍となって危険が迫らないのである、と説く。

②かえって、表面的な知識を自分の知恵にすることを怠ける将軍は、優れた将軍となることが無い、と説く。

③知識を知恵にすることを大いに怠ける将軍が、表面的な知識によって戦略、戦術を説くならば、自分は優れていると感じているのである。

④自分は優れていると感じている将軍は、疑惑が解けない状況と感じても実態を掴むことが無く、兵士達を死亡させるのである。

⑤疑惑が解けない状況と感じても実態を掴むことが無い将軍は、兵士達を死亡させた時は「私の見解では自軍が優勢だった」と言うのであり、その見解に対して疑わしいと感じる者が存在しても、実態を掴ませようとしないのである。

⑥その疑わしい見解について実態を掴ませようとしない将軍は、多分、「自軍が優勢だった」という見解を忍ばせて、「災いが起こった」と言い訳するだろう。

⑦この将軍が「災いが起こった」と言い訳すれば、将軍の知恵の無さを明らかにする理解者は、疑惑が解けなくても話し合いで大いに説き伏せるのであり、自分自身の実態を掴ませて知恵の無さを理解させるのである。

⑧将軍の知恵の無さを明らかにする理解者は、「知識を得ても上辺だけだった将軍の罪である」と説くのであり、知識を知恵にすることを怠けることが無くなって、そうしてはじめて優れた将軍となるのである。
書き下し文
①故に曰く、皮なる知を己の知とすれば、勝(しょう)たりて乃ち殆(あや)うからず。

②故(もと)より曰く、皮なる知を己の知とすること殆(おこた)る乃(なんじ)は、勝(しょう)たること不(な)し。

③不(おお)いに殆(おこた)る乃(なんじ)は、皮なる知に故を曰うならば、己は勝(しょう)なりと知るなり。

④己は勝(しょう)なりと知る乃(なんじ)は、殆(うたが)わしきと知るも皮(かわ)はぐこと不(な)く、曰(ここ)に故せしむなり。

⑤乃(なんじ)は、故せしむに曰く、己の知は勝(まさ)るなり、殆(うたが)わしきと知るものあるも、皮(かわ)はげしめんとせざるなり。

⑥知を皮(かわ)はげしめんとせざる乃(なんじ)は、殆(ほとん)ど己の知を勝(た)えしめて、故ありと曰わん。

⑦乃(なんじ)は故ありと曰えば、知は、殆(うたが)わしきも不(おお)いに勝つなり、己を皮(かわ)はげしめて知らしむなり。

⑧知は、知るも皮なる己の故なりと曰うなり、殆(おこた)ること不(な)くして乃ち勝(しょう)たるなり。
<語句の注>
・「故」は①だから、②かえって、③たくらみ、④⑤死亡する、⑥⑦災い、⑧罪、の意味。
・「曰」は①②③~と説く、④語気の強調、⑤⑥⑦~と言う、⑧~と説く、の意味。
・1つ目の「知」は①②③知識、④⑤感じる、⑥見解、⑦⑧知己、の意味。
・「皮」は①②③表面的なさま、④⑤⑥⑦皮をはぐ、⑧上辺だけであるさま、の意味。
・2つ目の「知」は①②知恵、③④感じる、⑤⑥見解、⑦理解する、⑧知識を得る、の意味。
・「己」は①②③④⑤⑥⑦⑧自分、の意味。
・「勝」は①②③④優れたさま、⑤越える、⑥忍ぶ、⑦戦いで負かす、⑧優れたさま、の意味。
・「乃」は①~である、②③④⑤⑥⑦あなた、⑧そうしてはじめて、の意味。
・「不」は①~しない、②無い、③大いに、④無い、⑤⑥~しない、⑦大いに、⑧無い、の意味。
・「殆」は①危険や滅亡が迫っているさま、②③怠ける、④⑤疑惑が解けない、⑥多分、⑦疑惑が解けない、⑧怠ける、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」は地刑篇全て欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。なお、「彼」は其三6-1「故兵知皮知己、百戰不殆」等から類推して「皮」と置き換えた。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・其十5-1から其十5-4の要旨をまとめた句と考察。

・「勝」の“優れたさま”は、其一2-6①「知」の「実践できる知恵」を備えた将軍になることと考察。結果、「勝たり」で「優れた将軍となる」と解読。②⑧も同様に解読。

<②について>
・特に無し。

<③について>
・「殆」の“怠ける”は、②「殆」で記述された「表面的な知識を自分の知恵にすることを怠ける」の意味を積み上げていると考察。結果、「不いに殆る」で「知識を知恵にすることを大いに怠ける」と簡略化して解読。

<④について>
・「皮」の“皮をはぐ”は喩え表現として用いられていると推察。皮を剥げば中身が出て来ることになる。皮を“取り繕われた物事の上辺”を指すと仮定すれば、中身は“物事の実態”を指すことになる。結果、「皮」の“皮をはぐ”は「実態を掴む」と解読。⑤⑥⑦も同様に解読。

・「故」の“死亡する”は、自分は優れていると感じている将軍が、戦闘によって自軍の兵士達を死亡させることと考察。結果、使役形で「兵士達を死亡させる」と補って解読。⑤も同様に解読。

<⑤について>
・「乃」の“あなた”は、④「自分は優れていると感じている将軍は、疑惑が解けない状況と感じても実態を掴むことが無く、災いを起こす」の意味を積み上げていると考察。結果、「疑惑が解けない状況と感じても実態を掴むことが無い将軍」と補って解読。

・「勝」の“越える”は、自軍が敵軍よりも優勢な状態を指すと考察し、「自軍が優勢である」と解読。

・「殆わしきと知るものある」の直訳は“疑惑が解けないと感じる者がいる”となる。これは、「私の見解では自軍が優勢だった」と言う将軍の見解に対して、他の者達が疑わしく感じている状況と考察できる。結果、「その見解に対して疑わしいと感じる者が存在する」と言い換えた。

<⑥について>
・「知を皮はげしめんとせざる乃」は、「皮」を「実態を掴む」と解釈すれば“見解について実態を掴ませようとしないあなた”となる。これは⑤「その見解に対して疑わしいと感じる者が存在しても、実態を掴ませようとしない」の意味を積み上げていると考察。結果、「その疑わしい見解について実態を掴ませようとしない将軍」と補って解読。

・「己の知」の直訳は“自分の見解”となる。これは⑤「私の見解では自軍が優勢だった」と言う将軍の見解を指すと考察。結果、「自軍が優勢だった」という見解」と解読。

・「曰」の“~と言う”は、話の流れより兵士達を死亡させた将軍が言い訳をしていると考察できる。結果、「~と言い訳する」と言い換えた。⑦も同様に解読。

<⑦について>
・1つ目の「知」の“知己”は、其三6-2③1つ目の「知」の「将軍の知恵の無さを明らかにする理解者」の意味を積み上げていると考察。結果、「将軍の知恵の無さを明らかにする理解者」と解読。⑧も同様に解読。

・「勝」の“戦いで負かす”は、言い訳する将軍に対して、話し合いで説き伏せることと考察。結果、「不いに勝つ」で「話し合いで大いに説き伏せる」と解読。

・「己を皮はげしめて知らしむ」は、「皮」を「実態を掴む」と解釈すれば“自分の実態を掴ませて理解させる”となる。これは「将軍の知恵の無さを明らかにする理解者」が、言い訳する将軍に対して事実を突きつけて知恵の無さを理解させることと考察。結果、「自分自身の実態を掴ませて知恵の無さを理解させる」と補って解読。

<⑧について>
・「殆」の“怠ける”は、②「殆」で記述された「表面的な知識を自分の知恵にすることを怠ける」の意味を積み上げていると考察。結果、「知識を知恵にすることを怠ける」と解読。

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