故を知りて兵なす者は、動かせば而ち不いに迷わすなり、挙げしめば而ち不いに窮まらしむなり。

其十5-4

故知兵者、動而不迷、舉而不窮。

gù zhī bīng zhě、dòng ér bù mí、jŭ ér bù qióng。

解読文

①道理を理解して軍事を行う将軍が、軍隊を動かし始めれば敵軍に危険を感じさせて大いに正しい判断ができないようにするのであり、奇策部隊を出現させれば獲物となった敵部隊を大いに行き詰まらせるのである。

②軍隊を動かし始めれば敵軍に危険を感じさせる将軍は、直面している状況を識別して軍事を行うのであり、是非の判断ができなくなることが無いのである。この将軍は、奇正の戦術を大いに詳しく研究し尽くすのである。

③直面している状況を識別する将軍は、任務以外に心が奪われること無く、兵士達を働かせることができるのである。この将軍が詳しく研究し尽くした奇正の戦術は、敵軍を大いに当惑させるのである。

④兵士達を任務に集中させて働かせる将軍は、兵士達に奇正の戦術について覚えさせて専念させるのであり、この将軍は質問することで正しく記憶していない兵士を無くすのである。

⑤大いに兵士達を奇正の戦術に専念させる将軍が、軍隊を動かし始めれば敵軍に危険を感じさせることができるのであり、「死ぬ」と感じさせた敵兵達を大いに行き詰まらせた時、その敵兵達を攻め取ることができるのである。

⑥敵部隊を攻め取る奇策部隊は過去の戦術事例を記憶するのであり、敵軍が正しい判断できないようにして大いに任務を遂行することができるのであり、その上、奇策部隊の出現は尽き果てることが無いのである。

⑦尽き果てること無く出現する奇策部隊は、火災のように正攻法部隊がどんどん攻め込んで敵の逃げ場を奪い取って誘導していき、敵部隊を大いに逃げることだけに集中する動物のようにした時、必ず出現するのである。

⑧奇正の戦術によって出現した奇策部隊が、逃げることだけに集中した敵部隊を大いに驚かすことができた時、その敵部隊を武力で傷つけるのであり、大いに尽き果てさせて攻め取るのである。
書き下し文
①故を知りて兵なす者は、動かせば而(すなわ)ち不(おお)いに迷わすなり、挙げしめば而(すなわ)ち不(おお)いに窮まらしむなり。

②動かす者は故を知りて兵なして、而(しか)して迷うこと不(な)きなり。而(なんじ)は挙(おこな)いを不(おお)いに窮(きわ)めるなり。

③故を知る者は、迷うこと不(な)く、兵を而(よ)く動かしむなり。而(なんじ)の挙(おこな)いは、不(おお)いに窮(きわ)めるなり。

④動かしむ者は、兵に故を知らしめて不(おお)いに迷わしむなり、而(なんじ)は挙げて窮(きわ)まるもの不(な)くすなり。

⑤不(おお)いに迷わしむ者は、而(よ)く動かすなり、故すると知らしむ兵は不(おお)いに窮まらしむに、而(よ)く挙げるなり。

⑥挙げる者は故(ふる)き兵を知るなり、迷わして不(おお)いに而(よ)く動くなり、而(しか)も窮まること不(な)きなり。

⑦窮まること不(な)き者は、兵を挙げる而(ごと)くして、不(おお)いに迷う動(どう)の而(ごと)くするに、故(もと)より知(あらわ)れるなり。

⑧故に知(あらわ)れる者は、迷うものを不(おお)いに而(よ)く動かすに兵するなり、不(おお)いに窮まらしめて挙げるなり。
<語句の注>
・「故」は①道理、②③出来事、④たくらみ、⑤死ぬ、⑥元の、⑦必ず、⑧たくらみ、の意味。
・「知」は①理解する、②③識別する、④覚える、⑤感じる、⑥記憶する、⑦⑧知られるようになる、の意味。
・「兵」は①②軍事、③④⑤戦士、⑥戦術、⑦軍隊、⑧傷つける、の意味。
・「者」は①②③④⑤⑥⑦⑧助詞「もの」、の意味。
・「動」は①②其五5-3④「動」、③④働く、⑤其五5-3④「動」、⑥働く、⑦動物、⑧驚く、の意味。
・1つ目の「而」は①仮定表現の助詞、②並列の関係を表す接続詞、③~できる、④順接の関係を表す接続詞、⑤⑥~できる、⑦~のように、⑧~できる、の意味。
・1つ目の「不」は①大いに、②③無い、④⑤⑥⑦⑧大いに、の意味。
・「迷」は①正しい判断ができないようにする、②是非の判断ができなくなる、③心を奪われる、④⑤夢中になる、⑥正しい判断ができないようにする、⑦⑧夢中になる、の意味。
・「挙」は①行動を起こす、②③行為、④質問する、⑤⑥没収する、⑦燃やす、⑧没収する、の意味。
・2つ目の「而」は①仮定表現の助詞、②③④あなた、⑤~できる、⑥累加の関係を表す接続詞、⑦~のように、⑧順接の関係を表す接続詞、の意味。
・2つ目の「不」は①②③大いに、④無い、⑤大いに、⑥⑦無い、⑧大いに、の意味。
・「窮」は①行き詰まったさま、②詳しく研究し尽くす、③当惑させる、④浅いさま、⑤行き詰まったさま、⑥⑦⑧尽き果てる、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」は地刑篇全て欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「道理を理解して軍事を行う将軍」は、其十5-3で記述された大いに知恵のある将軍を指すと考察。

・「動」は、其五5-3④「動」の「軍隊が行動し始めれば敵軍に危険を感じさせる」の意味を積み上げていると考察。結果、話の流れに合わせて「軍隊を動かし始めれば敵軍に危険を感じさせる」と解読。②⑤も同様に解読。

・「挙」の“行動を起こす”は、其十5-3⑧「ひたすら兵士数が凌駕した軍隊を整え治めれば、敵軍による奇正の戦術の実行を許すことが無く、敵兵達を恐れ震えさせるのであり、敵本軍から分断された部隊を出現させた時、自軍の奇策部隊が出現してその敵部隊を打ち破るのである」に基づけば、奇策部隊が出現することと考察できる。結果、使役形で「奇策部隊を出現させる」と解読。

・「窮」の“行き詰まったさま”は、奇策部隊が出現したことで行き詰まる相手であるため、其十5-2⑦「隠れている奇策部隊によって敵軍を分断させるのであり、獲物となった敵部隊を出現させる」に基づき、「不いに窮まらしむ」で「獲物となった敵部隊を大いに行き詰まらせる」と補って解読。

<②について>
・「故を知る」の直訳は“出来事を識別する”となる。これは直面している状況を識別することと考察。結果、「直面している状況を識別する」と解読した。③も同様に解読。

・「挙」の“行為”は、①「奇策部隊を出現させれば獲物となった敵部隊を大いに行き詰まらせる」全体を指すと解釈すれば、奇正の戦術と考察できる。結果、「奇正の戦術」と解読。

<③について>
・「迷」の“心を奪われる”は、任務に従事する兵士達が任務以外に心を奪われることと考察。結果、「任務以外に心が奪われる」と補って解読。

・「挙」の“行為”は、②「挙」で記述された「奇正の戦術を大いに詳しく研究し尽くす」の意味を積み上げていると考察。結果、「詳しく研究し尽くした奇正の戦術」と補って解読。

<④について>
・「動」の“働く”は、③「動」で記述された「任務以外に心が奪われること無く、兵士達を働かせることができる」の意味を積み上げていると考察。結果、「動かしむ者」で「兵士達を任務に集中させて働かせる将軍」と言い換えて解読した。

・「故」の“たくらみ”は、話の流れより奇正の戦術を指すと考察。結果、「奇正の戦術」と解読。⑧も同様に解読。

・「迷」の“夢中になる”は、兵士達を「奇正の戦術」だけに集中させることと考察。結果、使役形で「専念させる」と解読。⑤も同様に解読。

・「窮まるもの」の直訳は“浅い者”となる。これは「奇正の戦術」に関する記憶が浅くて、正しく覚えていない兵士と解釈。結果、「正しく記憶していない兵士」と解読。

<⑤について>
・「迷」の“夢中になる”は、④「迷」で記述された「兵士達に奇正の戦術について覚えさせて専念させる」の意味を積み上げていると考察。結果、「迷わしむ者」で「兵士達を奇正の戦術に専念させる将軍」と補って解読。

・「挙」の“没収する”は、行き詰まらせた敵兵達を攻め取って捕虜にすることと考察。結果、「(その敵兵達を)攻め取る」と言い換えた。⑧も同様に解読。

<⑥について>
・「挙」の“没収する”は、⑤「挙」の「その敵兵達を攻め取る」の意味を積み上げていると考察。これは奇策部隊であるため、「挙げる者」で「敵部隊を攻め取る奇策部隊」と解読。

・「故き兵」の直訳は“元の戦術”となる。これは奇策部隊の間者が記憶することと解釈した上で、其九5-1④「将軍は大いに戦況が一致する過去の戦争事例から未来を予測する」に着眼すれば、「過去の戦術事例」と解読できる。なお、“奇正の戦術”とせずに“戦術”とした理由は、あらゆる戦術事例について記憶することで“奇正の戦術”の習得に役立ったと推察できるためである。

・「窮まること不し」の直訳は“尽き果てることが無い”となる。これは奇策部隊が尽き果てることなく出現することと考察。結果、「奇策部隊の出現は尽き果てることが無い」と補って解読。

<⑦について>
・「窮まること不き者」の直訳は“尽き果てることが無い者”となる。これは、⑥「奇策部隊の出現は尽き果てることが無い」の意味を積み上げていると考察。結果、「尽き果てること無く出現する奇策部隊」と解読。

・「兵を挙げる而くする」の直訳は“軍隊を燃やすようにする”となる。これは、其七4-2①「火」の「正攻法部隊がどんどん攻め込んで敵の逃げ場を奪い取って誘導していく様子はまるで広がっていく火災が逃げ場を奪って火のない所へ人を導く様子に等しい」を指すと考察。結果、「火災のように正攻法部隊がどんどん攻め込んで敵の逃げ場を奪い取って誘導していく」と解読。

・「不いに迷う動の而(ごと)くする」の直訳は“大いに夢中になった動物のようにする”となる。これは、火災のようにどんどん攻め込んでくる正攻法部隊に逃げ場を奪われた敵部隊の喩えと考察。逃げ場を奪われて追い込まれている動物は逃げることだけに集中しており、同様に追い込まれた敵部隊も逃げることだけに集中すると解釈できる。結果、「敵部隊を大いに逃げることだけに集中する動物のようにする」と解読。

・「知」の“知られるようになる”は、隠れていた奇策部隊が出現することと考察。結果、「出現する」と解読。

<⑧について>
・「迷うもの」の直訳は“夢中になった者”となる。これは、⑦「敵部隊を大いに逃げることだけに集中する動物のようにする」の意味を積み上げていると考察。結果、「逃げることだけに集中した敵部隊」と解読。

・「兵」の“傷つける”は、奇策部隊が敵部隊を武力で攻め取ることと同意と解釈すれば、話の流れに合わせて「その敵部隊を武力で傷つける」と補って解読できる。

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