兵に士を甚だしきに陥れれば則ち不いに懼れるなり、往く所の無ければ則ち固めるなり。

其十一3-5

兵士甚陷則不懼、無所往則固。

bīng shì shèn xiàn zé bù jù、wú suǒ wǎng zé gù。

解読文

①戦争において、兵士達をひどい窮地に追い込むならば大いに警戒するのであり、逃亡する隙が無ければしっかり防御するのである。

②大いに警戒するならば才能・胆力・識見を備えた上級武将は軍隊の欠点を非難するのであり、しっかり防御するならば戦線にひきつけられることは無いのである。

③軍隊の欠点について才能・胆力・識見を備えた上級武将が非難した時、兵士達が欠点を改善するならば心配する事柄が無いのであり、戦線にひきつけられることが無ければ軍隊を堅固な“実”の状態にするのである。

④心配する事柄が無いならば欠点のある敵軍よりも自軍は優勢になるのであり、軍隊を堅固な“実”の状態にするならば敵兵達は戦線にひきつけられる感情を失うだろう。

⑤優勢になった自軍に対して、欠点のある敵軍が大いに恐れおののくのは道理であり、敵兵達は戦線にひきつけられる感情を失った時、隙があれば頑なに逃亡しようとするのである。

⑥大いに恐れおののく敵軍は、ひどく激しい勢いの軍隊によって貫き通すのがお手本であり、融通が利かない敵兵達は誰もいない場所に逃亡するのが道理である。

⑦道理に従って、融通が利かない敵兵達が誰もいない場所にひきつけられた時、生きたまま敵を取得する間者が、奇策部隊を激しく突撃させて大いに驚かすのがお手本である。

⑧道理を蔑ろにして逃亡する場所を閉ざした状態で、ひどく激しい勢いの軍隊によって大いに恐れおののく敵軍を貫き通すお手本を実行しようとすれば、大いに警戒した敵軍がその場に留まって徹底的に自軍の兵士達を傷つけるだろう。
書き下し文
①兵に士を甚だしきに陥(おとしい)れれば則(すなわ)ち不(おお)いに懼(おそ)れるなり、往く所の無ければ則ち固めるなり。

②不(おお)いに懼(おそ)れれば則(すなわ)ち士は兵の陥(かん)を甚(じん)するなり、固めれば則(すなわ)ち所に往(む)かうこと無きなり。

③陥(かん)を甚(じん)するに、兵は士(こと)とすれば則(すなわ)ち懼(おそ)れること不(な)きなり、所に往(む)かうこと無ければ則(すなわ)ち固めるなり。

④懼(おそ)れること不(な)ければ則(すなわ)ち陥(かん)ある士より兵は甚(はなは)だしきなり、固めれば則(すなわ)ち往(む)かう所は無からん。

⑤甚(はなは)だしき兵に、陥(かん)ある士の不(おお)いに懼(おそ)れるは則(そく)なり、所は無くすに則(そく)あれば固(こ)たりて往かんとするなり。

⑥不(おお)いに懼(おそ)れるに士は、甚(はなは)だしき兵に陥(とお)すは則(そく)なり、固(こ)なるものの無き所に往くは則(そく)なり。

⑦則(そく)に、固(こ)なるものの無き所に往(む)かうに、士は、兵を甚(はなは)だしく陥(おちい)らしめて不(おお)いに懼(おど)すは則(そく)なり。

⑧則(そく)を無(なみ)して往く所を固めて、則(そく)なさんとすれば、不(おお)いに懼(おそ)れるものは陥(お)いて甚(はなは)だ士を兵せん。
<語句の注>
・「兵」は①戦争、②軍隊、③戦士、④⑤⑥⑦軍隊、⑧傷つける、の意味。
・「士」は①軍人、②才能・胆力・識見を備えた人、③従事する、④⑤⑥軍人、⑦才能・胆力・識見を備えた人、⑧軍人、の意味。
・「甚」は①ひどい、②③非難する、④⑤越える、⑥⑦ひどい、⑧徹底的に、の意味。
・「陥」は①人を罪や窮地に追い込む、②③④⑤欠点、⑥貫き通す、⑦突入する、⑧据え置く、の意味。
・1つ目の「則」は①②③④~ならば、⑤道理、⑥⑦⑧模範、の意味。
・「不」は①②大いに、③④無い、⑤⑥⑦大いに、⑧無い、の意味。
・「懼」は①②警戒する、③④心配する、⑤⑥恐れおののく、⑦おどかす、⑧警戒する、の意味。
・「無」は①②③④⑤⑥⑦無い、⑧蔑ろにする、の意味。
・「所」は①時、②③場所、④⑤思い、⑥⑦⑧場所、の意味。
・「往」は①逃亡する、②③④ひきつけられる、⑤⑥逃亡する、⑦ひきつけられる、⑧逃亡する、の意味。
・2つ目の「則」は①②③④~ならば、⑤みち、⑥⑦⑧道理、の意味。
・「固」は①②しっかり守る、③④堅強にする、⑤⑥⑦頑ななさま、⑧閉ざす、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・特に無し。

<②について>
・「士」の“才能・胆力・識見を備えた人”は、其十一3-4⑥「士」の「才能・胆力・識見を備えた上級武将」を指すと考察。結果、「才能・胆力・識見を備えた上級武将」と解読。⑧も同様に解読。

・「所に往かう」の直訳は“場所にひきつけられる”となる。これは其十一3-4④「所に往かう」の「戦線にひきつけられる」を指すと考察。結果、「戦線にひきつけられる」と解読。③も同様に解読。

<③について>
・「陥」の“欠点”は、②「陥」の「軍隊の欠点」の意味を積み上げていると考察。結果、「軍隊の欠点」と解読。

・「甚」の“非難する”は、②「甚」で記述された「才能・胆力・識見を備えた上級武将は軍隊の欠点を非難する」の意味を積み上げていると考察。結果、「才能・胆力・識見を備えた上級武将が非難する」と補って解読。

・「士」の“従事する”は、兵士達が非難された欠点を改善することと考察。結果、「欠点を改善する」と言い換えた。

・「固」の“堅強にする”は、言葉の意味より其五1-4①「実」の「充実して堅固な“実”」を指すと考察できる。結果、「軍隊を堅固な“実”の状態にする」と補って解読。④も同様に解読。

<④について>
・「陥ある士」の直訳は“欠点ある軍人”となる。話の流れを踏まえれば、欠点を改善していない敵軍を指すと考察できる。結果、「欠点のある敵軍」と解読。⑤も同様に解読。

・「甚」の“越える”は、自軍が敵軍よりも優勢になった状態を指すと考察し、「優勢になる」と解読。⑤も同様に解読。

・「往かう所は無し」の直訳は“ひきつけられる思いは無い”となる。これは敵兵達が戦線にひきつけられる感情を失うことと考察。結果、「敵兵達は戦線にひきつけられる感情を失う」と補って解読。

<⑤について>
・「所は無し」の直訳は“思いは無い”となる。これは④「往かう所は無し」の「敵兵達は戦線にひきつけられる感情を失う」の意味を積み上げていると考察。結果、「敵兵達は戦線にひきつけられる感情を失う」と補って解読。

・2つ目の「則」の“みち”は、①「所」の「逃亡する隙」を指すと考察。結果、話の流れに合わせて「隙」と解読。

<⑥について>
・「士」の“軍人”は、④⑤「士」の「敵軍」と考察。結果、「敵軍」と解読。

・「甚」の“ひどい”は、其五3-1④「疾」の「ひどく激しい軍隊の勢い」の意味を積み上げていると考察。結果、話の流れに合わせて「ひどく激しい勢い」と解読。

・「無き所」の直訳は“存在しない場所”となる。これは誰もいない場所と考察。結果、「誰もいない場所」と解読。⑦も同様に解読。

・「固なるもの」の直訳は“頑なな者”となる。これは其十一3-4⑥「分断された敵部隊は、誰もいない場所にひきつけられて飛び込むのであり、その判断には融通性が無く、その上さらに大いに敗走しようとするのである」で記述された“融通性が無い”敵兵を指すと考察できる。つまり、“頑なな者”とは融通が利かない者達と言える。結果、「融通が利かない敵兵達」と解読。⑦も同様に解読。

<⑦について>
・「士」の“才能・胆力・識見を備えた人”は、「融通が利かない敵兵達」を攻め取る文意であることを踏まえると、其十二2-2①「生きたまま敵を取得する間者」を指すと考察できる。結果、「生きたまま敵を取得する間者」と解読。

・「兵」の“軍隊”は、「融通が利かない敵兵達」に対して「生きたまま敵を取得する間者」が突撃させる軍隊であるため、「奇策部隊」と解読。

<⑧について>
・「則なす」の直訳は“模範を行う”となる。この“模範”は、⑥「大いに恐れおののく敵軍は、ひどく激しい勢いの軍隊によって貫き通すのがお手本」を指すと考察。結果、「ひどく激しい勢いの軍隊によって大いに恐れおののく敵軍を貫き通すお手本を実行する」と補って解読。

・「懼れるもの」の直訳は“警戒する者”となる。これは逃げ場がない状態に追い込まれて、尚且つ「ひどく激しい勢いの軍隊によって大いに恐れおののく敵軍を貫き通すお手本を実行する」自軍に対して、警戒する敵軍と考察できる。つまり、この警戒する敵軍は解読文①の状態である。結果、「警戒した敵軍」と解読。

・「陥」の“据え置く”は、敵軍を捨て置くと解釈すれば、逃げ場を失った敵軍がその場に留まって戦うことと考察できる。結果、「その場に留まる」と言い換えた。

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