能は、士の耳と目を愚かとするなり、使を無するに之かしむなり。

其十一5-1

能愚士之耳目、使無之。

néng yú shì zhī ĕr mù、shǐ wú zhī。

解読文

①有能な将軍は、敵兵達の耳と目を劣った状態にするのであり、与えられた任務を蔑ろにする状態に変えるのである。

②敵兵達に与えられた任務を蔑ろにさせる時は、旗の仕事をする敵兵によって、敵兵達の耳と目を劣った状態にするのである。

③有能な将軍は、敵兵達から軽んじられている元敵兵の間者を敵陣営に出向かせるのであり、旗の仕事をする敵兵を見やって「味方を馬鹿にして既に寝返った裏切り者である」とこっそり話をさせるのである。

④敵兵達から軽んじられている元敵兵の間者を敵陣営に出向かせて、旗の仕事をする敵兵が愚かな人と評価されていると聞いた時、その敵兵を自軍で従事させることができるのである。

⑤旗の仕事をする敵兵を自軍で従事させる時、有能な将軍は、軽んじられている元敵兵の間者をその敵兵の所へ出向かせて、「愚かな人と評価されている」とこっそり話すのである。

⑥愚かな人と評価されている旗の仕事をする敵兵が、与えられた任務を蔑ろにする状態になれば、「いっそのこと敵国を裏切って自軍で従事しろ」とこっそり話すのである。

⑦旗の仕事をする敵兵が自軍で従事すれば、敵兵達の耳と目を劣った状態にすることができるのであり、敵兵達は与えられた任務を蔑ろにするのである。

⑧旗の仕事をする敵兵が、自軍に従事したと見せかけて騙しているならば、いっそのこと自国に寝返った功績を褒め称える発言を他の敵兵達に聞かせて、敵兵達に旗印の合図を無視させるのである。
書き下し文
①能は、士の耳と目を愚かとするなり、使(し)を無(なみ)するに之(ゆ)かしむなり。

②之に使(し)を無(なみ)せしむに、能(たい)を之(ゆ)かしむ士に、耳と目を愚かとするなり。

③能は、之に無(なみ)される士を使わしすなり、之を目(み)て愚(ぐ)にするなりと耳にせしむなり。

④無(なみ)される之を使わして、之の愚(ぐ)と目(もく)されること耳にするに、能(よ)く士(こと)とせしむなり。

⑤之を士(こと)とせしむに、能は無(なみ)される之を使わして、愚(ぐ)と目(もく)されると耳にするなり。

⑥目(もく)される之は、使(し)を無(なみ)するに之(いた)れば、能(むし)ろ愚(ぐ)にして士(こと)とせよと耳にするなり。

⑦之は士(こと)とすれば、耳と目を能(よ)く愚かとするなり、之は使(し)を無(なみ)するなり。

⑧之の士(こと)とするも愚(ぐ)にすらば、能(むし)ろ使(し)を目(もく)すると耳にせしめて、之に無(なみ)せしむなり。
<語句の注>
・「能」は①有能な人、②かたち、③有能な人、④~することができる、⑤有能な人、⑥いっそのこと、⑦~することができる、⑧いっそのこと、の意味。
・「愚」は①②知的に劣るさま、③馬鹿にし欺く、④⑤愚かな人、⑥馬鹿にし欺く、⑦知的に劣るさま、⑧馬鹿にし欺く、の意味。
・「士」は①②③軍人、④⑤⑥⑦⑧従事する、の意味。
・1つ目の「之」は①助詞「の」、②変わる、③④⑤⑥⑦⑧代名詞、の意味。
・「耳」は①②音を聞く器官(耳)、③こっそり話す、④聞く、⑤⑥こっそり話す、⑦音を聞く器官(耳)、⑧聞く、の意味。
・「目」は①②(ものを見る)眼、③見やる、④⑤⑥評価する、⑦(ものを見る)眼、⑧たたえる、の意味。
・「使」は①②使命、③④⑤出向かせる、⑥⑦⑧使命、の意味。
・「無」は①②蔑ろにする、③④⑤軽んずる、⑥⑦蔑ろにする、⑧無視する、の意味。
・2つ目の「之」は①変わる、②③④⑤代名詞、⑥ある地点や事情に達する、⑦⑧代名詞、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「能愚士卒之耳目、使無之。」と「卒」が入るが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文を採用した。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「士の耳と目」の直訳は“軍人の耳と目”となる。文意より敵兵達の耳と目を指すと考察できる。結果、「敵兵達の耳と目」と解読。

<②について>
・2つ目の「之」は、①「士」の「敵兵達」を指示する代名詞と解読。③⑦⑧も同様に解読。

・「能を之かしむ士」の直訳は“かたちを変化させる軍人”となる。これは、其九4-21②「旗印の仕事をする兵士は、軍隊を正し治めるのである」及び其九4-21⑦「敵軍の旗印を掻き乱す理由は、旗の仕事をする敵兵を驚かせたからである」から類推すれば、旗印の仕事をする兵士を指すと解釈できる。また、“かたち”は其六2-6①「陣形の型」等を指すと解釈できる。結果、ここでは「敵軍の旗印を掻き乱す」ことが目的と解釈できるため、「旗の仕事をする敵兵」と解読。

・「耳と目」は、①「耳と目」の「敵兵達の耳と目」の意味を積み上げていると考察。結果、「敵兵達の耳と目」と補って解読。⑦も同様に解読。

<③について>
・「士を使わす」の直訳は“軍人を出向かせる”となる。これは、其九4-21⑤「旗の仕事をする敵兵は、はっきり目立つように寝返った功績を褒め称えて正気を失わせるのである」に類似する任務を与えられた兵士を敵陣営に出向かせることと考察。そのため、この兵士は其十二2-2①「敵から寝返らせても敵と親しく交流する間者」を指すと解釈できる。但し、冗長にならないように「元敵兵の間者を敵陣営に出向かせる」と簡略化して解読。

・1つ目の「之」は、②「士」の「旗の仕事をする敵兵」を指示する代名詞と解読。

・「愚」の“馬鹿にし欺く”は、其九4-21⑤「旗の仕事をする敵兵は、はっきり目立つように寝返った功績を褒め称えて正気を失わせるのである」から類推すれば、敵軍を馬鹿にして自国に寝返っている旨を発言するのだと解釈できる。結果、「愚にするなり」で「味方を馬鹿にして既に寝返った裏切り者である」と補って解読。

<④について>
・「無」の“軽んずる”は、③「無」の「敵兵達から軽んじられている」の意味を積み上げていると考察。結果、受身形で「敵兵達から軽んじられている」と補って解読。

・2つ目の「之」は、③「士」の「元敵兵の間者」を指示する代名詞と解読。⑤も同様に解読。

・「使」の“出向かせる”は、③「使」の「敵陣営に出向かせる」の意味を積み上げていると考察。結果、「敵陣営に出向かせる」と補って解読。

・1つ目の「之」は、②「士」の「旗の仕事をする敵兵」を指示する代名詞と解読。⑤⑥⑦⑧も同様に解読。

・「士」の“従事する”は、愚かな人と評価されている「旗の仕事をする敵兵」を自軍で従事させることと考察。結果、「その敵兵を自軍で従事させる」と補って解読。

<⑤について>
・「使」の“出向かせる”は、愚かな人と評価されている「旗の仕事をする敵兵」の所へ出向かせることと考察。結果、話の流れに合わせて「その敵兵の所へ出向かせる」と補って解読。

<⑥について>
・「目」の“評価する”は、⑤「目」で記述された「愚かな人と評価されている」の意味を積み上げていると考察。結果、「愚かな人と評価されている」と補って解読。

・「愚」の“馬鹿にし欺く”は、③「愚」の「味方を馬鹿にして既に寝返った裏切り者である」の解釈に基づき、「敵国を裏切る」と解読。

<⑦について>
・「士」の“従事する”は、⑥「士」で記述された「いっそのこと敵国を裏切って自軍で従事しろ」の意味を積み上げていると考察。結果、命令形で「敵国を裏切って自軍で従事しろ」と補って解読。

<⑧について>
・「士とするも愚にする」の直訳は“従事しても馬鹿にし欺く”となる。これは「旗の仕事をする敵兵」が、自軍に従事したと見せかけて騙すことと考察。結果、「自軍に従事したと見せかけて騙している」と補って解読。

・「使を目して耳にせしむ」の直訳は“使命を称えて聞かせる”となる。これは其九4-21⑤「旗の仕事をする敵兵は、はっきり目立つように寝返った功績を褒め称えて正気を失わせるのである」に基づけば、旗の仕事をする敵兵の功績を褒め称えて、その発言を他の敵兵達に聞かせることと考察できる。結果、「自国に寝返った功績を褒め称える発言を他の敵兵達に聞かせる」と補って解読。

・「無」の“無視する”は、敵兵達が、自国に寝返った「旗の仕事をする敵兵」による旗印の合図を無視するのだと考察。結果、「旗印の合図を無視する」と補って解読。

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