秋ぶ亳を挙げるも力多しと為さず、日に月を視ても目明なりと為さず、霆あるに雷を聞くも耳葱なりと為さず。

其四3-3

舉秋毫不為多力、視日月不為明目、聞雷霆不為蔥耳。

jǔ haó bù wéi duō lì、shì rì yuè bù wéi míng mù、wén leí tíng bù wéi cōng ĕr。

解読文

①舞い飛ぶ極めて細長い毛を両手で持ち上げても筋力が優れているとは見なさず、毎日、月を観察しても見る能力が優れた人材とは見なさず、稲光が走った時は雷の音が遠くから聞こえてくるが耳が未成熟だとは見なさない。

②竿秤に支点となる提げ紐が無い状態で収穫物を持ち上げれば筋力が優れていると見なし、太陽が沈んで月が昇ることを観察すれば見る能力が優れた人材と見なし、稲光が走った時に雷の音が遠くから聞こえてこなければ耳が未成熟だと見なす。

③文字の読み書きを学習する時に三カ月間で成し遂げれば大いに精神の働きが優れており、太陽が沈んで月が昇る現象を観察して大いに考察すれば要点をはっきり悟り、遠くから聞こえてくる雷の音を大いに恐れる者はじきに耳が未熟になって雷の音を聞こうとしないのである。

④正攻法部隊の各部隊に対して、ほとんど治療する必要がない戦線部隊を入れ替える戦術を行えば軍隊の勢いを保って敵軍よりも優勢になり、敵軍を侮って気が緩んだ状態を観察した時に奇策部隊を出現させれば大いに上に立つ者が物事によく通じているのであり、名声を得ている敵将軍に正攻法部隊の攻撃を恐れさせて敵軍に節目が生じた時機を見逃さず奇策部隊が動き出して攻め取った時は、自軍の将軍は大いに未熟であるとこっそり伝える間者の任務があったのである。
書き下し文
①秋(と)ぶ亳(ごう)を挙げるも力多しと為さず、日に月を視(み)ても目明(めい)なりと為さず、霆(てい)あるに雷を聞くも耳葱(そう)なりと為さず。

②亳(ごう)不(な)くして秋を挙げれば力多しと為し、日不(な)くして月あること視(み)れば目明(めい)なりと為し、霆(てい)あるに雷を聞かざれば耳葱(そう)なりと為す。

③毫(ごう)を為(まな)ぶに秋に挙げれば不(おお)いに力多し、日不(な)くして月あること視(み)て不(おお)いに為せば目を明らかにし、聞く雷に不(おお)いに霆(てい)するものは耳蔥(そう)せんとす。

④秋を毫(ごう)も為(おさ)めざる挙(おこな)いあれば力多(まさ)り、日を視(み)るに月あら為(し)めば不(おお)いに目明るし、聞こえあるもの霆(てい)せしめて雷するに不(おお)いに葱(そう)なりと耳する為(しわざ)あるなり。
<語句の注>
・「挙」は①両手で物を持ち上げる、②持ち上げる、③成し遂げる、④行為、の意味。
・「秋」は①舞い飛ぶさま、②収穫、③三カ月間、④四季の一つ、の意味。
・「毫」は①極めて細長い毛、②竿秤の支点となる提げ紐、③筆、④ほとんど、の意味。
・1つ目の「不」は①~しない、②無い、③大いに、④~しない、の意味。
・1つ目の「為」は①②見なす、③学習する、④治療する、の意味。
・「多」は①②③超過したさま、④越える、の意味
・「力」は①②筋肉の働き、③精神の働き、④勢い、の意味。
・「視」は①②観察する、③真似る、④観察する、の意味。
・「日」は①毎日、②③太陽、④昼間、の意味。
・「月」は①②③④月球、の意味。
・2つ目の「不」は①~しない、②無い、③④大いに、の意味。
・2つ目の「為」は①②見なす、③考える、④~させる、の意味。
・「明」は①②優れた人材、③はっきり悟る、④物事によく通じているさま、の意味。
・「目」は①②見る能力、③要点、④上に立つ人、の意味。
・「聞」は①②③離れたところから物音などが聞こえてくる、④名声、の意味。
・「雷」は①②③稲光に伴って轟く音、④其七4-2①「雷」、の意味。
・「霆」は①②稲光、③④雷や稲妻を恐れる、の意味。
・3つ目の「不」は①②~しない、③④大いに、の意味。
・3つ目の「為」は①②見なす、③じきに~である、④行い、の意味。
・「葱」は①②③④青い、の意味。
・「耳」は①②③音を聞く器官、④こっそり話す、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「舉秋毫不為多力、視日月不為明目、聞雷霆不為聰耳。」と「蔥」を「聰」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「葱」の“青い”意味は、「修士論文:日中基本色彩語の比喩的意味拡張に関する研究—黒、白、赤、青、黄色のメタファー表現を中心に—(著:宮城教育大学 郭麗)」に参考にすると「未成熟である」の意味に拡張して解読することができる。②③④も同様に解読。

<②について>
・「亳不くして秋を挙げる」の直訳は“竿秤の支点となる提げ紐が無い状態で収穫を持ち上げる”となる。提げ紐のある竿秤を使えば重りを増やすことでつり合いが取れて収穫物を浮かせることができ、筋力が無くても重量のある収穫物が持ち上がる。一方、支点となる提げ紐が無い竿秤で収穫物を浮かせるためには、竿自体を筋力で持ち上げなければならない。これは直に収穫物を持ち上げる以上の相当な筋力を必要とすることは想像に難くない。

<③について>
・「毫」の“筆”は、学習して三ヶ月間で成し遂げる事柄であるため、文字の読み書きを学習することと推察。結果、「文字の読み書き」と解読。

・「耳蔥せんとす」の直訳は“じきに耳が未熟になるのである”となる。これは、遠くから聞こえてくる雷の音を聞きたくない心理が働くことと考察。結果、「じきに耳が未熟になって雷の音を聞こうとしないのである」と補って解読。

<④について>
・「秋」の“四季の一つ”は、其五2-4③「」で説かれた四季(春・夏・秋・冬)の一つであり、春・夏・秋・冬はそれぞれ別個の部隊(正攻法部隊)を喩えている。結果、「正攻法部隊の各部隊」と解読。

・「秋を毫も為めざる挙い」は、「秋」を「正攻法部隊の各部隊」と解釈すれば、“正攻法部隊の各部隊をほとんど治療しない行為”となる。これは、其五2-4③「正攻法部隊の中で消耗した部隊が生じた時は兵士達を回復させて立て直し、正攻法部隊を構成する各部隊から適切な部隊を正確に判断して前線に出す」から解釈できる「一つの部隊が完全に壊滅するまで戦線で戦うのではなく、ある程度戦ったら戦線離脱する」を実現するため、各部隊をほとんど治療することがないと考察できる。結果、「正攻法部隊の各部隊に対して、ほとんど治療する必要がない戦線部隊を入れ替える戦術」と解読。

・「多」の“越える”は、「戦線部隊を入れ替える戦術」によって自軍の勢いが衰えることがなく、相対的に敵軍よりも優勢になることを指すと考察。結果、「力多る」で「軍隊の勢いを保って敵軍よりも優勢になる」と解読。

・「日」の“昼間”は、其七6-2②「昼間の緩んだ士気は敵を侮る」意味を指すと考察し、「敵軍を侮って気が緩んだ状態」と解読。

・「月」は、其五2-3の「日月」の喩え表現によって「日」は「正攻法部隊」、「月」は「奇策部隊」を指すこと考察できる。

・「雷」は、其七4-2①「敵軍に節目が生じた時機を見逃さず奇策部隊が出撃して攻め取る様子はまるで激しい雷が突然一点目掛けて落ちて容易く破壊することに等しい」と同意と考察。結果、「敵軍に節目が生じた時機を見逃さず奇策部隊が動き出して攻め取る」と解読。

・「霆」の“雷や稲妻を恐れる”の“雷や稲妻”は、「雷」は奇策部隊が敵を攻め取る内容であることを踏まえると、正攻法部隊による見せかけの攻撃に対して敵将軍が恐れて、奇策部隊が待ち受ける場所に誘導されていく文意と解釈できる。結果、「正攻法部隊の攻撃を恐れる」と解読できる。

・「不いに葱なりと耳する為」の直訳は“大いに未熟であるとこっそり話す行い”となる。これは「名声を得ている敵将軍」を「敵軍を侮って気が緩んだ状態」に変える間者の内部工作と考察。結果、「自軍の将軍は大いに未熟であるとこっそり伝える間者の任務」と解読。
補足しておくと、「名声を得ている敵将軍」を③「耳が未熟になって雷の音を聞こうとしない」状態に陥らせるための間者の任務であり、自軍の将軍を侮らせたのだと解釈できる。

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