澗を絶らんとして、天なる井、天なる窖、天なる離、天なる陥、天なる郄に遇うに、必ず亟やかに之を去らしめば、近は勿きなり。

其九3-1

絶澗、遇天井、天窖、天離、天陥、天郄、必亟去之、勿近也。

jué jiàn、yù tiān jǐng、tiān jiào、tiān lí、tiān xiàn、tiān qiè、bì jí qù zhī、wù jìn yĕ。

解読文

①渓谷を横切ろうとして、自然に発生した井戸、自然に発生した穴蔵、自然に発生した野生稲、自然に発生した落とし穴、自然に発生した裂け目に出くわした時、必ず急いで兵士達を離れさせれば、浅はかな行動をする兵士は存在しないのである。

②自然に発生した井戸、自然に発生した穴蔵、自然に発生した野生稲、自然に発生した落とし穴、自然に発生した裂け目に出くわす渓谷は山が険しいのであり、浅はかな行動をする兵士を存在させること無く、必ず急いで渓谷を離れなければならないのである。

③枯渇した正攻法部隊が、渓谷にある集落に思いがけなく出会った時、穴蔵に貯蔵された生活必需品や自然に発生した野生稲を切り取り、鞭打つ処罰等を行えば、集落の人民達を窮地に追い込んでわだかまりが生じるのである。切迫した正攻法部隊が略奪行為を決行すれば、集落にいる人民達の心は離れるのであり、親しむ人民は存在しないのである。

④渓谷にある集落に思いがけなく出会った時、正攻法部隊が枯渇していても、穴蔵に貯蔵された生活必需品や自然に発生した野生稲は保証するのであり、集落が収蔵している物を使わず、収蔵物を最高限度まで増やせば集落の人民達が親しむのである。正攻法部隊と奇策部隊は、敵の正攻法部隊と集落を仲違いさせた時、水没させるように獲物となった敵部隊を取り囲むのである。
書き下し文
①澗(かん)を絶(わた)らんとして、天なる井、天なる窖(こう)、天なる離(り)、天なる陥(かん)、天なる郄(げき)に遇うに、必ず亟(すみ)やかに之を去らしめば、近は勿きなり。

②天なる井、天なる窖(こう)、天なる離(り)、天なる陥(かん)、天なる郄(げき)に遇う澗(かん)は絶(ぜつ)なり、近(きん)は勿(な)かしめ、必ず亟(すみ)やかに之を去るなり。

③絶(た)える天の、澗(かん)の井に遇うに、窖(こう)される天と天なるものを離して天すれば、天を陥れて郄(げき)あるなり。亟(きょく)たるものの必すれば、之は去るなり、近づくもの勿(な)きなり。

④澗(かん)の井に遇うに天の絶(た)えるも、窖(こう)される天と天なるものは必するなり、去(おさ)めるものは之(もち)いる勿(な)く、亟(きわ)まらしめば近づくなり。離(り)は、天と天を郄(げき)せしむに陥(おちい)らしむなり。
<語句の注>
・「絶」は①道などを横切る、②山が険しいさま、③④枯渇する、の意味。
・「澗」は①②③④渓谷、の意味。
・「遇」は①②出くわす、③④思いがけなく出会う、の意味。
・1つ目の「天」は①②自然に発生するさま、③③季節、の意味。
・「井」は①②井戸、③④集落、の意味。
・2つ目の「天」は①②自然に発生するさま、③④その存在にとって不可欠の対象、の意味。
・「窖」は①②穴蔵、③④穴蔵に貯蔵する、の意味。
・3つ目の「天」は①②③④自然に発生するさま、の意味。
・「離」は①②籾が地に落ちて翌年生え出した稲、③切り取る、④太陽と月、の意味。
・4つ目の「天」は①②自然に発生するさま、③額に入れ墨をする刑罰、④季節、の意味。
・「陥」は①②落とし穴、③人を罪や窮地に追い込む、④沈む、の意味。
・5つ目の「天」は①②自然に発生するさま、③④仰ぎ頼る対象、の意味。
・「郄」は①②裂け目、③わだかまり、④仲違い、の意味。
・「必」は①きっと、②必ず~しなければならない、③決行する、④保証する、の意味。
・「亟」は①②急いで、③切迫したさま、④最高限度に至る、の意味。
・「去」は①②③離れる、④収蔵する、の意味。
・「之」は①彼ら、②③代名詞、④使う、の意味。
・「勿」は①②③存在しない、④しない、の意味。
・「近」は①②浅はかな人、③④親しむ、の意味。
・「也」は①②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は「絶澗、遇天井、天窖、天離、天◆、天郄、必亟去之、勿近也。」と一字欠落。孫子(講談社)の原文は「絕澗遇天井天窖天離天”ショウ”天郄、必亟去之、勿近也」と区切り、補う一字は孫ピン兵法から補うが、その適切性を判断し難いため採用しない。そこで、“七書孫子”及び新訂孫子(岩波)は原文をわかりやすく置き換えていると仮定して「陥」で補った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「之」の“彼ら”は、「天井、天窖、天離、天陥、天郄」から離れさせる者達であるため、行軍中の兵士達と考察できる。結果、「兵士達」と解読。

・「近」の“浅はかな人”は、「天井、天窖、天離、天陥、天郄」に接近して問題を起こす兵士を指すと考察。結果、「浅はかな行動をする兵士」と補って解読。②も同様に解読。

・「天なる離」の「自然に発生した野生稲」は、「イネの祖先を探る(著:森島啓子氏)」によれば、「中国では現在報告されている分布域は広東・広西・雲南など南部・西南部の各省であるが、3~11世紀の資料によると長江流域の各所に野生イネが自生し食用に供されていたと推定される」とあり、険しい山では稲を栽培する場所が存在しないため自生する野生稲を食糧としていた推察する。つまり、「自然に発生した野生稲」は険しい山の集落で暮らす人民の食糧であり、「浅はかな行動をする兵士」が野生稲を取れば集落と揉める問題になるのだと解釈できる。

<②について>
・「之」は、「澗」の「渓谷」を指示する代名詞と解読。

<③について>
・1つ目の「天」の“季節”は、其五2-4「時」の”季節“を「正攻法部隊(を構成する各部隊)」と解釈した結果に基づき、「正攻法部隊」と解読。④も同様に解読。

・2つ目の「天」の“その存在にとって不可欠の対象”は、穴蔵に貯蔵されているものであるため、野生稲等の食糧等を指すと考察。結果、包括的に「生活必需品」と解読した。④も同様に解読。

・3つ目の「天」の“自然に発生するさま”は、①②3つ目の「天」の「自然に発生した野生稲」を指すと考察。「天なるもの」で「自然に発生した野生稲」と解読。④も同様に解読。

・4つ目の「天」の“額に入れ墨をする刑罰”は、他句で“額に入れ墨をする”行為が記述されていないため、其八1-4④「鞭打つ処罰を利点として用いれば服従する兵士達は無く、自国に仕返しする覚悟を持った元敵兵達を一所に集めて謀反を起こす者を出現させるのである」等の記述から類推して、「鞭打つ処罰等」と解読。

・5つ目の「天」の“仰ぎ頼る対象”は、敵里同様に自軍で統治したい「井」の「集落」を指すと考察。結果、「集落」と解読。④も同様に解読。

・「亟たるもの」の直訳は“切迫した者”となる。話の流れを踏まえれば「切迫した正攻法部隊」と解読できる。

・「必」の“決行する”は、集落に対する略奪行為と解釈できる。結果、「略奪行為を決行する」と補って解読。

・「之」は、「井」の「集落」を指示する代名詞と解読。

・「去」の“離れる”は、集落の人民達と心が離れることと考察。結果、「人民達の心は離れる」と補って解読。

<④について>
・「亟」の“最高限度に至る”は、「集落が収蔵している物」を最高限度まで増やすことと考察。結果、「収蔵物を最高限度まで増やす」とわかりやすく解読。

・「離」の“太陽と月”は、其五2-3「日」及び「月」を合わせた意味であり、「日月」の解釈より「正攻法部隊と奇策部隊」と解読。

・4つ目の「天」の“季節”は、③④1つ目の「天」同様に「正攻法部隊」と解釈できるが、ここでは敵の正攻法部隊を指すと考察。結果、「敵の正攻法部隊」と解読。

・「陥」の“沈む”は、話の流れより其六6-1⑥「水」の“水没させる”と同意と解釈。其六6-1⑥「兵士達を水没させるように奇策部隊と正攻法部隊で獲物となった敵部隊を取り囲む」の意味を積み上げていると考察し、使役形で「水没させるように獲物となった敵部隊を取り囲む」と補って解読。

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