夫れ兵は水に象りて刑めるなり。

其六6-1

夫兵刑象水。

fú bīng xíng xiàng shuǐ。

解読文

①そもそも、軍隊は水になぞらえて整え治めるのである。

②兵士となる成年に達して役務や肉体労働に従事する人民は、自国を真心のある法規や決まりで整え治めれば、耕作地の用水路に等しくどんどん人口を増やすのである。

③人民達を鞭打つ処罰を行って傷つければ、水の氾濫のように自国から離反するのである。

④そもそも、水の氾濫は、人民達を傷つけて殺す現象である。

⑤人民達を傷つけて殺す水の氾濫は、水没させて兵士達を戦死させるのである。

⑥兵士達を水没させるように奇策部隊と正攻法部隊で獲物となった敵部隊を取り囲む奇正の戦術は成功するのである。

⑦奇正の戦術が成功すれば、軍隊は水の流れのようにどんどん人数を増やすのである。

⑧この軍隊を整え治める時は、水を氾濫させてあぜ道の割れ目を満たすように人民で編制した軍隊の周りに奴隷を束縛することなく配置させるのである。
書き下し文
①夫(そ)れ兵は水に象(かたど)りて刑(おさ)めるなり。

②兵たる夫(おとこ)は、象(しょう)に刑(おさ)めれば水たり。

③夫(おとこ)を刑して兵すれば、水に象(かたど)るなり。

④夫(そ)れ、水は、兵して刑す象(かたち)なり。

⑤刑す象(かたち)は、水にして夫(おとこ)を兵たらしむなり。

⑥夫(おとこ)を水にすること象(かたど)る兵は刑(な)るなり。

⑦兵の刑(な)れば、夫(おとこ)は水に象(かたど)るなり。

⑧夫(か)の兵を刑(おさ)めるに、水に象(かたど)るなり。
<語句の注>
・「夫」は①そもそも、②③成年に達して役務や肉体労働に従事する人、④そもそも、⑤⑥⑦成年に達して役務や肉体労働に従事する人、⑧この、の意味。
・「兵」は①軍隊、②戦士、③④傷つける、⑤戦死した人、⑥⑦戦術、⑧軍隊、の意味。
・「刑」は①②整え治める、③罰する、④⑤殺す、⑥⑦成功する、⑧整え治める、の意味。
・「象」は①なぞらえる、②法規、③似る、④⑤具体的な姿や現象となって現れるもの、⑥⑦⑧似る、の意味。
・「水」は①無味無色透明の液体(水)、②水の流れ、③④水の氾濫、⑤⑥水没させる、⑦水の流れ、⑧水の氾濫、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「夫兵刑象水。」と「刑」を「形」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

・この句について詳しく解説したページがあります。
孫子の名言「夫れ兵の形は水に象る」の間違い

<①について>
・特に無し。

<②について>
・「夫」は、“成年に達して役務や肉体労働に従事する人”の意味を採用する理由は、其一6-1②「解読の注」参照。

・「象」の“法規”は、其一2-7①「法」の「法規やお手本」と同意と解釈。ここでは特に其十一7-7②「好き勝手にする敵人民にも真心のある法規や決まりを与えて誠実に実行すれば、自国に対する思いを厚くするのである」等で記述される「真心」の表現が適当と判断し、「真心のある法規や決まり」と解読。

・「水」の“水の流れ”は、其四4-4⑤2つ目の「洫」の「耕作地の用水路」を指すと考察。其四4-4⑤「赤い顔料と耕作地にある用水路の水の重さを量らせるに等しく兵士数が減るしかない敵軍とどんどん兵士数が増える自軍を比較させれば敵軍は士気が殺がれる」に基づき、「耕作地の用水路に等しくどんどん人口を増やす」と解読。

<③について>
・「夫」の“成年に達して役務や肉体労働に従事する人”は、簡潔に「人民達」と解読する。

・「刑」の“罰する”の“罰”は、其九4-26②「行き詰まっている敵の隊長は、一つひとつの罪状を数え挙げて責めてから鞭打つのである」で記述された「鞭打つ」ことを指すと考察。結果「鞭打つ処罰を行う」と解読。

・「水に象る」の直訳は“水の氾濫に似る”となる。人民達を水として自国を器と仮定すれば、その器から水が溢れている状態であると考察。結果、「水の氾濫のように自国から離反する」と解読。

<④について>
・特に無し。

<⑤について>
・「刑」の“殺す”は、④「刑」で記述された「水の氾濫は、人民達を傷つけて殺す現象」の意味を積み上げていると考察。結果、「刑す象」で「人民達を傷つけて殺す水の氾濫」と解読。

・「夫」の“成年に達して役務や肉体労働に従事する人”は、②「夫」の「兵士となる成年に達して役務や肉体労働に従事する人民」の意味を積み上げていると考察し、話の流れに合わせて「兵士達」と解読。⑥も同様に解読。

<⑥について>
・「水にすること象る兵は刑る」の直訳は“水没させることに似て戦術を成功させる”となる。“水没させる”は其五3-1③「水」と同意と考察すれば、其五3-1③「奇策部隊と正攻法部隊で獲物となった敵部隊を取り囲む奇正の戦術を使う」と解釈できる。結果、「水没させるように奇策部隊と正攻法部隊で獲物となった敵部隊を取り囲む奇正の戦術は成功する」と解読。

<⑦について>
・「夫」の“成年に達して役務や肉体労働に従事する人”は、⑤⑥「夫」の「兵士達」だが、話の流れに合わせて「軍隊」と解読。

・「夫は水に象る」は、「夫」を「軍隊」と解釈すれば“軍隊は水の流れに似る”となる。“水の流れ”は、其四4-4⑤2つ目の「洫」の「耕作地の用水路」を指すと考察。其四4-4⑤「赤い顔料と耕作地にある用水路の水の重さを量らせるに等しく兵士数が減るしかない敵軍とどんどん兵士数が増える自軍を比較させれば敵軍は士気が殺がれる」に基づき、「どんどん人数を増やす」と解釈。結果、「軍隊は水の流れのようにどんどん人数を増やす」と解読。

<⑧について>
・「夫の兵」の「この軍隊」は、⑦「軍隊は水の流れのようにどんどん人数を増やす」で記述された軍隊を指すと考察。

・「水に象る」の直訳は“水の氾濫に似る”となる。この“水の氾濫“は、其四4-5③「水」の“水の氾濫”を指すと考察。其四4-5③「自軍を優勢にしてから敵軍を思うままに操る将軍は奴隷も同様に戦わせるのであり、充満した水に水を注いで溢れさせるに等しく人民で編制した軍隊の周りに奴隷を束縛することなく配置させるのであり、あぜ道に割れ目のあっても水を氾濫させて満たすに至る現象をお手本にしたのである」に基づき、「水を氾濫させてあぜ道の割れ目を満たすように人民で編制した軍隊の周りに奴隷を束縛することなく配置させる」と解読。
なお、軍隊の周りに配置させる者として奴隷が登場するが、其六4-10③「少しずつ敵軍の下僕を獲物にして奇策部隊が打ち破って敵軍の兵士数を減らすだけである」に基づけば適当と判断できる。なお、下僕と奴隷は同一と推察するが、統一しても良いか判断しかねるため敢えて表記を合わせていない。

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