山と林に行くに、沮む沢あれば、凡そ之を行きて道ること難しとすれば、泛と為す。

其十一1-8

行山林、沮澤、凡難行之道者、為泛。

xíng shān lín、jù zé、fán nán xíng zhī daò zhě、wéi fàn。

解読文

①高くそびえた山と樹木が群がる林に赴いた時、行軍を阻止する水の溜まった窪地が出現すれば、一般的にその窪地を歩いて経由することは難しいと思うならば、敵軍の進路を反転させて転覆させる戦地「泛地」と言える。

②水の溜まった窪地に行軍を阻止された時、平凡な敵将軍は怖気づいて離れていくのであり、世俗と隔絶した集落に赴いて行き先が変わるならば、敵軍は進路を反転したのである。

③平凡な敵将軍が行き先を変えて離れていく時、集落の人民を使って自軍の奇策部隊が隠れている場所に行かせる将軍は、水の溜まった窪地によって敵軍の穏やかな行軍と集合を阻止して敵軍を転覆させるのである。

④自軍に抑えられて意気消沈した集落には山ほど多くの恩恵を施し、ほどなく集落の人民を指導して自軍に従事させる将軍は、集落の人民を寝返らせるのである。
書き下し文
①山と林に行くに、沮(はば)む沢(たく)あれば、凡そ之を行きて道(よ)ること難しとすれば、泛と為(な)す。

②沢(たく)に沮(はば)まるるに、凡なる者は難(おそ)れて行くなり、て山の林に行きて道の之(ゆ)けば、泛(くつがえ)す為(な)り。

③難の道を之(ゆ)きて行くに、凡に山に行(や)る者は、沢(たく)に林を沮(はば)みて、泛(くつがえ)す為(な)り。

④難に沮(やぶ)れる林に山のごとく沢(うるお)し、行(ゆくゆく)之を道(みちび)いて行わしむ者は、凡を泛(くつがえ)す為(な)り。
<語句の注>
・1つ目の「行」は①②赴く、③行かせる、④従事する、の意味。
・「山」は①陸地の隆起し高くそびえたった所、②世俗と隔絶した地の喩え、③其七4-2①「山」、④山をなすほどに多く、の意味。
・「林」は①群がってはえている樹木、②人又は事物の寄り集まる場所、③其七4-2①「林」、④人又は事物の寄り集まる場所、の意味。
・「沮」は①②③阻止する、④意気消沈したさま、の意味。
・「沢」は①②③水の溜まった窪地、④恩恵を施す、の意味。
・「凡」は①一般的に、②傑出せず普通であるさま、③④俗世間の人、の意味。
・「難」は①難しいと思う、②おじける、③④敵、の意味。
・2つ目の「行」は①歩く、②③離れていく、④ほどなく、の意味。
・「之」は①代名詞、②③変わる、④代名詞、の意味。
・「道」は①経由する、②③行き先、④指導する、の意味。
・「者」は①仮定表現の助詞、②③④助詞「もの」、の意味。
・「為」は①~と言える、②③④~である、の意味。
・「泛」は①其十一1-1①「泛」、②③④ひっくり返す、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・其七3-2①「山と林にある、険なる阻、沮む沢」の二つの内、「沮む沢」に関連する記述と考察。

・「沮」の“阻止する”は、行軍を阻止すると考察。結果、「行軍を阻止する」と補って解読。②も同様に解読。

・「之」は、「沢」の「水の溜まった窪地」を指示する代名詞と解釈。結果、話の流れに合わせて「その窪地」と解読。

<②について>
・「凡」の“傑出せず普通であるさま”は、敵軍を率いている平凡な者と解釈できる。「平凡な敵将軍」と解読したが、“敵隊長“の解釈でも良いと思われる。③も同様に解釈。

・「林」の“人又は事物の寄り集まる場所”は「集落」と解読した。その理由は、其七3-2①「山と林にある、険なる阻、沮む沢」の二つの内、もう一つの「険なる阻」の周辺には「集落」があると記述されている(其九3-1其九3-3参照)。④も同様に解読。

・「泛す為り」の直訳は“ひっくり返すのである”となる。ここでは敵軍が窪地から引き返して、集落に行って他の進路を聞き出すことが推察できる。結果、「敵軍は進路を反転したのである」と解読。

<③について>
・「難」の“敵”は、②「平凡な敵将軍」を指すと考察。結果、「平凡な敵将軍」と解読。

・「凡」の“俗世間の人”は、②「集落」の人民を指すと考察。結果、「集落の人民」と解読。④も同様に解読。

・「山」は、其七4-2①「山」の「奇策部隊が動かず静止したまま存在に気付かれない様子はまるで高くそびえた山の存在に注目する人がいない様子に等しい」を指すと考察。結果、「自軍の奇策部隊が隠れている場所」と解読。なお、進路を反転する敵軍は集落に行って他の進路を聞き出すため、その集落の人民を事前に掌握しておいて自軍の奇策部隊が隠れている進路を伝えさせるのだと推察できる。

・「林」は、其七4-2①「林」の「自軍がゆっくりと穏やかに行軍する時は樹木が群がった林のように集合して大軍十万をまとめる」を指すと考察。これは軍隊が集合することの喩えであること、また①「行軍を阻止する水の溜まった窪地」を踏まえて、簡潔に「敵軍の穏やかな行軍と集合」と解読した。

・「泛す為り」の直訳は“ひっくり返すのである”となる。これは、例えば隠れていた奇策部隊が窪地を利用して獲物となった敵軍を転覆させることと考察。又は、獲物となった敵軍を崩壊させることとも解釈し得る。結果、「敵軍を転覆させるのである」と包括的に解読。

<④について>
・「難に沮れる林」は、「林」を「集落」と解釈すれば“敵に意気消沈した集落”となる。これは其九3-3「集落」と同様に自軍が抑えたことと推察する。結果、「自軍に抑えられて意気消沈した集落」と解読した。

・「之」は、③「凡」の「集落の人民」を指示する代名詞と解読。

・「凡を泛す為り」は、「凡」を「集落の人民」と解釈すれば“集落の人民をひっくり返すのである”となる。これは集落の人民を自国に寝返らせたことと考察。結果、「集落の人民を寝返らせるのである」と解読。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。