故に是く始めより、女と処る如くして人を適しましめて、戸を開けしむ後、兎の脱する如くして適えば、距むこと及がざるなり。

其十一9-7

是故、始如處女、適人開戶、後如脫兔、適不及距。

shì gù、shǐ rú chù nǚ、shì rén kaī hù、hòu rú tuō tù、shì bù jí jù。

解読文

①戦闘に至る以前に、女性と交際するように門番を金品で満足させて、敵都市の城壁に設けられた門の扉を開けさせた直後、兎が茂みの中に逃げ出すように門番が慌てて自軍の中に紛れて順応すれば、敵軍は、城壁内に突入する自軍を拒否できないのである。

②かえって、敵軍は、最初は外に働きに出ないで家にいる女性のようにゆったりと落ち着いた状態でいるが、敵都市の城壁に設けられた門の扉を開けさせた直後、大いに迫る敵を見て跳躍する兎のように、突入した自軍を見た敵兵達は他人を飛び越えるように逃げて災いを免れようとするのである。

③敵将軍が正確な判断を失えば、自軍に順応して敵都市の城壁に設けられた門の扉を開いた門番を罰しようとするが、門にやって来た時、ようやく、兎のように逃げ出した門番のことは後回しにして、大いに迫って来る自軍に抵抗することに心が向かうのである。

④敵将軍が最初に考えていた計画を正そうとしても、嫁がせようとしても嫁ぎ先の無い娘のように敵将軍は計画に対して打つ手がないのである。ゆったりと落ち着いていた敵兵達は散らばっているため守備することが後回しになり、しっかり守ること無く、月が欠けるように隠れている奇策部隊に行き着くのである。

⑤将軍は、門番を連れた正攻法部隊によって、敵兵達を戦地「死地」に追い込む攻め口に心を向かわせるのであり、逃げ出す兎の動きに合わせるように逃げる敵兵達を後方から正攻法部隊が追いかけるが、追いつくこと無くしっかり守ることで進路を誘導して、出撃する準備を整えて敵に無視させた奇策部隊のいる場所に至らせた時、奇策部隊が出現して攻め取るのである。

⑥正しく奇正の戦術を実行しても、もしも、最初に将軍が攻め取った敵兵達を責めて処罰すれば、その敵兵達は導かれて自国に寝返ること無く阻んだ後、捕まえた手から抜け落ちる兎のように間者の説得をかわして、自国に順応することを拒否し続けるだろう。

⑦だから、攻め取った敵兵達は、怒っている女性を落ち着かせるように感情を逆撫でせずに接して思いやりを持って安らかにさせて、ようやく、その敵兵達の家族の将来について「災いを免れた兎のように再び危機に陥ること無く、大いに安らかな生活を続けられることをしっかり守る」と導くのである。

⑧陣地にした敵都市に家を建てて、自軍の兵士達一人ひとりに敵都市の未婚女性を嫁がせて居住させるに至れば、両国の人民同士が親しみ合う関係が始まるのである。この両国の人民同士が親しみ合う関係になれば、兎が多くの子供を生むように多くの子孫が生まれて、肩を並べてしっかりその子孫を守るのである。
書き下し文
①故に是(ゆ)く始めより、女と処(お)る如くして人を適(たの)しましめて、戸を開けしむ後、兎の脱する如くして適(したが)えば、距(こば)むこと及(つ)がざるなり。

②故(もと)より、是(これ)は、始めて処(お)る女の如くして適(てき)なるも、人の戸を開く後、不(おお)いに及ぶ適に距(おど)る兎の如くして脱せんとするなり。

③是(ぜ)を故すれば、女(なんじ)に適(したが)いて戸を開く人を処(しょ)せんとするも、如(ゆ)くに始めて、兎の脱する如くするものは後にして、不(おお)いに及ぶものを距(ふせ)ぐに適(ゆ)くなり。

④始(し)なる故を是(ただ)さんとするも、女(めあわ)せんとするも処(お)る如きなり。適(てき)なる人は開けて戸(こ)すること後にして、距(まも)ること不(な)くして兎の脱する如くする適に及ぶなり。

⑤女(なんじ)は、是(これ)に人を戸に適(ゆ)かしむなり、脱する兎に適(かな)う如くして後にするも、及ぶこと不(な)くして距(まも)りて開きて、始めある処(ところ)に如(ゆ)かしむに故するなり。

⑥是(ぜ)なりて故なすも、如(も)し、始めて女(なんじ)の人を適(てき)して処すれば、開かれること不(な)くして戸(とど)めた後、脱(ぬ)ける兎の如くして適(したが)うこと距(こば)みて及(つ)がん。

⑦故に、是(これ)は、女を処(お)る如くして人(じん)に適(かな)わしめて、始めて、戸の後は、脱する兎の如くして不(おお)いに適(かな)いて及(つ)げしむこと距(まも)る、と開くなり。

⑧戸を開きて、人ごとに女を適(ゆ)かしめて処(お)らしむに如(ゆ)けば、故は始まるなり。是(これ)たれば、兎の後を脱する如くして不(おお)いに適(てき)ありて、及びて距(まも)るなり。
<語句の注>
・「是」は①至る、②代名詞、③正確な判断、④正しくする、⑤代名詞、⑥正しい、⑦⑧代名詞、の意味。
・「故」は①事変、②かえって、③死ぬ、④⑤⑥たくらみ、⑦だから、⑧馴染み、の意味。
・「始」は①以前に、②最初に、③ようやく、④最初の、⑤はじまり、⑥最初に、⑦ようやく、⑧開始する、の意味。
・1つ目の「如」は①②~のようにする、③至る、④~のようにする、⑤至る、⑥もしも~ならば、⑦~のようにする、⑧至る、の意味。
・「処」は①付き合う、②出仕しないで家にいる、③罰する、④結婚しないで家にいる、⑤場所、⑥罰する、⑦落ち着かせる、⑧居住する、の意味。
・「女」は①②女性、③あなた、④娘を人のもとへ嫁がせる、⑤⑥あなた、⑦女性、⑧未婚の若い女性、の意味。
・1つ目の「適」は①満足する、③ゆったりと落ち着いているさま、③順応する、④ゆったりと落ち着いているさま、⑤心が向かう、⑥責める、⑦安らか、⑧嫁ぐ、の意味。
・「人」は①②③ある種の職能を持つ特定の人、④⑤⑥民衆、⑦思いやり、⑧一人ひとりに、の意味。
・「開」は①②③戸を開ける、④散らばる、⑤⑥⑦導く、⑧設置する、の意味。
・「戸」は①②③門口、④守備する、⑤門口、⑥阻む、⑦家族、⑧家、の意味。
・「後」は①②動作や現象が終了した直後、③④後まわしにする、⑤後から行う、⑥場所や順序が後方であるさま、⑦将来、⑧子孫、の意味。
・2つ目の「如」は①②③④⑤⑦⑧~のようにする、の意味。
・「脱」は①逃げ出す、②災いを免れる、③逃げ出す、④なくなる、⑤⑥抜け落ちる、⑦災いを免れる、⑧外部に出る、の意味。
・「兎」は①②③ウサギ科の哺乳類、④月の別称、⑤⑥⑦⑧ウサギの哺乳類、の意味。
・2つ目の「適」は①順応する、②敵、③心が向かう、④敵、⑤合わせる、⑥順応する、⑦安らか、⑧正妻の生んだ子、の意味。
・「不」は①~しない、②③大いに、④⑤⑥無い、⑦⑧大いに、の意味。
・「及」は①継続する、②③迫る、④到達する、⑤追いつく、⑥⑦継続する、⑧肩をならべる、の意味。
・「距」は①拒否する、②跳躍する、③抵抗する、④⑤しっかりと守る、⑥拒否する、⑦⑧しっかりと守る、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「是故、始如處女、敵人開戶、後如脱兎、敵不及拒。」と「適」を「敵」、「距」を「拒」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

・この句について詳しく解説したページがあります。
孫子の名言「是の故に始めは処女の如くにして、敵人戸を開き、後は脱兎の如くにして敵拒ぐに及ばず」の間違い

<①について>
・「人」の“ある種の職能を持つ特定の人”は、其十一9-5①「人」等と同様に「門番」と解読。②③も同様に解読。

・1つ目の「適」の“満足する”は、其十一9-5③「城壁の門のように敵都市への突破口となる門番は、献上されて最高限度に達した金品に対して満足すれば、きっと顔つきが和らぐのである」に基づき、使役形で「金品で満足させる」と補って解読。

・「戸」の“門口”は、其十一9-5①「闠」等の「敵都市の城壁に設けられた門」を差すと考察。結果、「敵都市の城壁に設けられた門」と解読。②③も同様に解読。

・「兎の脱する如くして適う」の直訳は“兎が逃げ出すようにして順応する”となる。これは、其十一9-5⑦「敵都市の城壁に設けられた門を開けさせることを決行した時、門番は、慌てて自軍の中に紛れて順応するのである」を指すと考察。兎が逃げ出す時は慌てて茂みに飛び込むものと解釈すれば、自軍の中に紛れる様子を兎に喩えたと解釈できる。結果、「兎が茂みの中に逃げ出すように門番が慌てて自軍の中に紛れて順応する」と解読できる。

・「距むこと及がず」の直訳は“拒否することを継続しない”となる。この“拒否”は、其十一9-5①「敵都市の城壁に設けられた門を門番が開けば、必ず自軍を開いた門に急いで突入させなければならない」から類推すれば、城壁内の敵都市に突入する自軍に対する拒否と考察できる。この拒否を継続しないということは、自軍の突入を少しも拒否できない状態と解釈できる。結果、「敵軍は、城壁内に突入する自軍を拒否できない」と補って解読。

<②について>
・「是」は、①「敵軍」を指示する代名詞と解読。

・「不いに及ぶ適に距る兎の如くして脱せんとする」の直訳は“大いに迫る敵によって跳躍する兎のように災いを免れようとする”となる。これは城壁内の敵都市にいる敵兵達、敵人民の様子の喩えとすれば、“迫る敵”は敵都市に突入した自軍の喩えであり、跳躍はジャンプして飛び越えていく動作であることを踏まえると、他人を飛び越えるようにして逃げ惑う様子と考察できる。結果、「大いに迫る敵を見て跳躍する兎のように、突入した自軍を見た敵兵達は他人を飛び越えるように逃げて災いを免れようとする」と解読。

<③について>
・「是を故する」の直訳は“正確な判断が死ぬ”となる。これは自軍の突入を許した状況に敵将軍の心が奪われてしまうのだと解釈すれば、其七6-1①「軍する将は心を奪う可し」の「敵全軍を統率する敵将軍からは考えていた計画を強制的に取るのが良い」に類似する。結果、「敵将軍が正確な判断を失う」と解読。

・1つ目の「如」の“至る”は、話の流れより敵将軍が門に来ることと考察。結果、「門にやって来る」と解読。

・「兎の脱する如くするもの」は、①「兎の脱する如くする」の解釈に基づき、「兎のように逃げ出した門番」と解読。

・「及ぶもの」の直訳は“迫る者”となる。これは②「突入した自軍」を指すと考察した上で、「迫って来る自軍」と解読。

<④について>
・「始なる故を是さんとする」の直訳は“最初のたくらみを正そうとする”となる。これは自軍が敵都市に突入したことで其七6-1①「敵全軍を統率する敵将軍からは考えていた計画を強制的に取るのが良い」を実行した状態と解釈すれば、敵将軍が考えていた計画を正そうとすることと考察できる。結果、「敵将軍が最初に考えていた計画を正そうとする」と補って解読。

・「女せんとするも処る如し」の直訳は“娘を人のもとへ嫁がせようとしても結婚しないで家にいるようにする”となる。これは、嫁の嫁がせようとしても嫁ぎ先が見つからなく、打つ手が無くなった状態と考察すれば、この娘は敵将軍の考える計画の喩えと解釈できる。つまり、「最初に考えていた計画」を破棄して新たに計画を考えようとしても打つ手がない状態である。結果、「嫁がせようとしても嫁ぎ先の無い娘のように敵将軍は計画に対して打つ手がない」と解読。

・「兎の脱する如くする適に及ぶ」の直訳は“月がなくなるようにして敵に到達する”となる。これは“月”は其五2-3の「日月」の解釈より「奇策部隊」とわかるため、敵都市内にいる敵兵達を奇策部隊の隠れている場所に行き着く文意と考察できる。結果、「月が欠けるように隠れている奇策部隊に行き着く」と解読。

<⑤について>
・「是」は、③「及」の「迫って来る自軍」を指示する代名詞と解釈。奇正の戦術に関する内容になっているため、ここでは「正攻法部隊」と解釈。また、其十一9-5⑧「開門後、慌てて自軍の中に紛れて順応した門番は、敵兵達を危険が差し迫った戦地「死地」に追い込む攻め口に導く」に基づけば、この正攻法部隊は門番を連れているとわかる。結果、「門番を連れた正攻法部隊」と解読。

・「戸」の“門口”は、其十一9-5⑧「闠」で記述された「敵兵達を危険が差し迫った戦地「死地」に追い込む攻め口」の意味を積み上げていると考察。結果、「戦地「死地」に追い込む攻め口」と解読。

・「脱する兎に適う如くして後にする」の直訳は“逃げ出す兎に合わせるようにして後から行う”となる。これは逃げる兎の動きに合わせて後方から追いかけることであり、逃げる兎は敵兵達の喩えであり、後方から追いかけるのは正攻法部隊と考察できる。結果、「逃げ出す兎の動きに合わせるように逃げる敵兵達を後方から正攻法部隊が追いかける」と解読

・「開」の“導く”は、話の流れより逃げる敵兵達の進路を誘導することと考察。結果、「進路を誘導する」と補って解読。なお、正攻法部隊がしっかり守ることで進路を誘導できる理由は、守備が整っていない敵兵達は正攻法部隊がいない方向へ逃げるしかないからと解釈できる。

・「始」の“はじまり”は、其五2-3④「始」で記述された「植物が芽生える準備を意識させない冬のように、出撃する準備を整えて敵に無視させる奇策部隊である」の意味を積み上げていると考察。結果、「出撃する準備を整えて敵に無視させた奇策部隊」と解読。

・「故」の“たくらみ”は、話の流れから奇正の戦術を指すと解釈。但し、ここでは戦術を実行した状態を記述していると考察すれば、奇策部隊が出現して攻め取ることとなる。結果、「故なす」で「奇策部隊が出現して攻め取る」と解読。

<⑥について>
・「故」の“たくらみ”は、⑤「故」で記述された「奇策部隊が出現して攻め取る」であり、ここでは「奇正の戦術」と簡潔に解読する。

・「人」の“民衆”は、⑤「奇策部隊が出現して攻め取る」に基づき、奇策部隊が攻め取った敵兵達を指すと考察。結果、「攻め取った敵兵達」と解読。

・「開」の“導く”は、攻め取った敵兵達を導くことであり、自国に寝返らせることと考察できる。結果、話の流れに合わせて受身形で「導かれて自国に寝返る」と解読。

・「脱ける兎の如くして適うこと距みて及がん」の直訳は“抜け落ちる兎のようにして順応することを拒否して継続する”となる。この“抜け落ちる兎”とは、手で捕まえた兎が逃げ出すために手から抜け落ちていく現象とすれば、“抜け落ちる兎”は攻め取られた敵兵を指すと考察できる。つまり、其十二2-2①「生きたまま敵を取得する間者」が自国に寝返るように説得してもあの手この手でかわす状況と言える。結果、「捕まえた手から抜け落ちる兎のように間者の説得をかわして、自国に順応することを拒否し続ける」と解読。

<⑦について>
・「是」は、⑥「人」の「攻め取った敵兵達」を指示する代名詞と解読。

・「女を処る如くして人に適わしむ」の直訳は“女性を落ち着かせるようにして思いやりによって安らかにさせる”となる。この“女性”は、「攻め取った敵兵達」の喩えであるため、怒っているのだと考察できる。怒っている女性に対しては感情を逆撫でするような発言をすれば、より一層怒らせることになると推察すれば、感情を逆撫でしないように接するのだと解釈できる。結果、「怒っている女性を落ち着かせるように感情を逆撫でせずに接して思いやりを持って安らかにさせる」と解読。

・「戸の後は、脱する兎の如くして不いに適いて及げしむこと距る」の直訳は“家族の将来は、災いを免れた兎のようにして大いに安らかにして継続させることをしっかり守る”となる。まず、この“家族の将来”は攻め取った敵兵達の家族の将来と考察すれば、“災いを免れた兎”とは危機を脱して安堵している敵人民の喩えと解釈できる。災いを免れた兎は危機に近づくことが無いと推察すれば、再び危機に陥ることなく安心してそのまま過ごせるのだと推察できる。結果、「その敵兵達の家族の将来について「災いを免れた兎のように再び危機に陥ること無く、大いに安らかな生活を続けられることをしっかり守る」」と解読。

<⑧について>
・「戸を開く」の直訳は“家を設置する”となる。これは攻め落として陣地にした敵都市に自国民の家を建てることと考察。結果、「陣地にした敵都市に家を建てる」と補って解読。

・「人ごとに女を適かしむ」の直訳は“一人ひとりに未婚の女性を嫁がせる”となる。これは自国民の家を建てた前提を踏まえると、自軍の兵士達一人ひとりに敵都市の未婚女性を嫁がせることと考察できる。結果、「自軍の兵士達一人ひとりに敵都市の未婚女性を嫁がせる」と補って解読。

・「故は始まる」の直訳は“馴染みが開始する”となる。これは自国と敵国の人民同士で親しみ合う関係が始まることと考察できる。結果、「両国の人民同士が親しみ合う関係が始まる」と解読。

・「是」は、「故」の「両国の人民同士が親しみ合う関係」を指示する代名詞と解釈。結果、話の流れに合わせて「この両国の人民同士が親しみ合う関係」と解読。

・「兎の後を脱する如くして不いに適あり」の直訳は“兎の子孫が外に出るようにして大いに子供が生まれる”となる。これは兎の繁殖力の高さを両国の人民同士の子孫繁栄の喩えにすると考察。結果、「兎が多くの子供を生むように多くの子孫が生まれる」と解読。

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