其二4-1
故殺適者怒也、取敵之利者貨也。
gù shā shì zhě nù yĕ、qŭ dí zhī lì zhě huò yĕ。
解読文
①故意に敵を殺す者は叱責するのであり、歯向かう敵を攻め取って利点を得る者は褒美の品を与えるのである。 ②叱責する理由は敵兵を減らすことであり、攻め取った敵兵が口を滑らせる態度に変わる要因は金品で買収することにあるのである。 ③敵兵を減らして敵軍を衰えさせれば敵兵を怒らせるのであり、攻め取った敵兵が価値ある金品で口が滑る態度に変われば敵の実情を引き出すのである。 ④敵兵を怒らせる災いは相手を殺すことに敵兵の心が向かうことであり、攻撃するべき敵の実情を引き出せば、価値のある金品を利点として敵を寝返らせる奇策部隊の間者を使うのである。 ⑤相手を殺すことに心が向かった敵兵達は必ず奮い立つのであり、価値のある金品を利点として敵を寝返らせる奇策部隊の間者は、歯向かう敵に価値のある金品を選ばせるのである。 ⑥奮い立つ敵軍は大義名分を持って悪事を働いた自国を討伐しようとするのであり、価値のある金品を選んだ敵兵は利益を強く求める者に変わるのである。 ⑦大義名分を持って悪事を働いた自国を討伐しようとする敵軍は勢いが強くなるのであり、価値のある金品を強く求める者から奇策部隊の間者が攻撃するべき敵の実情を引き出すのである。 ⑧勢いある敵軍を招いても、取得した敵兵から引き出した敵軍の虚を奇策部隊の間者が攻撃すれば、褒美の品に心が向かう自軍の正攻法部隊は奮い立つのであり、敵軍を衰えさせて撤退させるのである。 |
書き下し文
①故(ことさら)に適を殺す者は怒るなり、敵する之を取りて利ある者は貨(まいな)うなり。 ②怒る故は適を殺(そ)ぐことなり、取る敵は利たるに之(ゆ)くは貨(まいな)えばなり。 ③適を殺(そ)ぎて故(ふ)らせしめば怒(いか)らせるなり、貨に利たる者に之(ゆ)けば敵を取るなり。 ④怒(いか)らせる故は殺すに適(ゆ)くことなり、敵する之を取れば貨を利とする者あるなり。 ⑤殺すに適(ゆ)く者は故(もと)より怒(はげ)むなり、貨を利とする者は敵するものに之を取らせしむなり。 ⑥怒(はげ)む者は適たりて故を殺せんとするなり、貨を取る敵は利(むさぼ)る者に之(ゆ)くなり。 ⑦適たりて故を殺せんとする者は怒(ど)たるなり、貨を利(むさぼ)る者に敵する之を取るなり。 ⑧利ある者を取るも之を敵すれば、貨に適(ゆ)く者は怒(はげ)むなり、故(ふ)らせしめて殺(ほろ)ぼすなり。 |
<語句の注>
・「故」は①故意に、②理由、③衰える、④災い、⑤必ず、⑥⑦悪事、⑧衰える、の意味。 ・「殺」は①命を絶つ、②③減らす、④⑤命を絶つ、⑥⑦討伐する、⑧取り除く、の意味。 ・「適」は①②③敵、④⑤心が向かう、⑥⑦正当の地位や立場にあるさま、⑧心が向かう、の意味。 ・1つ目の「者」は①助詞「もの」、②助詞「こと」、③仮定表現の助詞、④助詞「こと」、⑤⑥⑦⑧助詞「もの」、の意味。 ・「怒」は①②叱責する、③④怒らせる、⑤⑥奮い立つさま、⑦勢いが強いさま、⑧奮い立つさま、の意味。 ・1つ目の「也」は①②③④⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。 ・「取」は①②攻め取る、③④引き出す、⑤⑥選ぶ、⑦引き出す、⑧招く、の意味。 ・「敵」は①歯向かう、②戦争や競争で対抗する相手、③災いをなすもの、④攻撃する、⑤歯向かう、⑥戦争や競争で対抗する相手、⑦⑧攻撃する、の意味。 ・「之」は①代名詞、②③変わる、④⑤代名詞、⑥変わる、⑦⑧代名詞、の意味。 ・「利」は①利益を得る、②③滑らかなさま、④⑤利益あるものとして用いる、⑥⑦利益を強く求める、⑧勢い、の意味。 ・2つ目の「者」は①助詞「もの」、②重文で因果関係を表す助詞、③④⑤⑥⑦⑧助詞「もの」、の意味。 ・「貨」は①②金品で買収する、③④⑤⑥⑦⑧価値のある物品、の意味。 ・2つ目の「也」は①断定の語気、②因果関係を表す助詞、③④⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。 |
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「故殺敵者怒也。取敵之貨者利也。」と「適」を「敵」とし、「利」と「貨」の位置が入れ替わっているが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。 ・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。 <①について> ・「之」は、「適」の「敵」を指示する代名詞と解読。 ・「貨」の“金品で買収する”は、「歯向かう敵を攻め取って利点を得る者」が対象であるため、其一3-2③「人民と下僕が処罰の内容と褒美の品について詳しくなければその賞罰制度を実行して証明する」を実践することと考察し、「褒美の品を与える」と解読する。 <②について> ・「利」の“滑らかなさま”は、攻め取った敵兵の“口”が滑らかになると考察し、「口が滑るさま」と解読する。③も同様に解読。 <③について> ・「敵を取る」の直訳は“災いをなすものを引き出す”となる。この災いをなすものとは、価値ある金品で口が滑る態度に変わった敵兵と考察することもできるが、其一3-1「敵の実情」を引き出したと考える方が解読文④との繋がりが良い。結果、「敵の実情を引き出す」と解読した。 <④について> ・「之」は、③「敵」の「敵の実情」を指示する代名詞と解読。 ・「敵」の“攻撃する”には、武力で敵を撃つ意味合いが含まれるため、正攻法部隊ではなく、敵を傷つけて攻め取る「奇策部隊」が主語として隠れている。そして、続く「貨を利とする者ある」の直訳は“価値のある物品を利点として用いる者が出現する”であり、この「者」も「奇策部隊」である。この「奇策部隊」は、奇正の戦術において奇策部隊を担っている其十二2-2①「生きたまま敵を取得する間者」を指すと考察できるため、ここでは2つ目の「者」を「奇策部隊の間者」と解釈し、“価値のある物品を利点として敵を寝返らせる奇策部隊の間者を使う”と解読した。⑤も同様に解読。 <⑤について> ・「之」は、「貨」の「価値ある金品」を指示する代名詞と解読。 <⑥について> ・「適たりて故を殺せんとする」について、まず「故」の“悪事”とは“自国が敵兵を減らして敵軍を衰えさせたこと”を指すと考察して「悪事を働いた自国」と解読する。次に、「適」の“正当の地位や立場にあるさま”とは、「悪事を働いた自国」を“討伐する(=殺)”ための「大義名分」と考察。結果、「大義名分を持って悪事を働いた自国を討伐しようとする」と解読。⑦も同様に解読。 <⑦について> ・「勢いが強くなる」の“勢い”は、其一4-4①「埶」の「軍隊の勢い」と考察。 ・「之」は、③「敵」の「敵の実情」を指示する代名詞と解読。 ・「敵」の“攻撃する”は、④「攻撃するべき敵の実情を引き出せば、価値のある金品を利点として敵を寝返らせる奇策部隊の間者を使う」に基づいて「奇策部隊の間者が攻撃する」と解読。 <⑧について> ・「之」は、⑦「之」の「奇策部隊の間者が攻撃するべき敵の実情」の意味を積み上げていると考察するが、話の流れは「敵軍の虚」を狙うと解読した方がわかりやすい。なお、「攻撃するべき敵の実情」を其五1-4①「戦略、戦術を使って敵軍を凌駕する道理は、自分の方に投げられた脆い卵を目にとめて固い木槌で打つに等しく自軍に向かって来る脆い敵軍を認識して固い自軍で打ち破るのであり、充実して堅固な“実”と虚弱な“虚”の正確な判断をするからである」の「虚弱な“虚”」と考察した結果である。 ・②「攻め取った敵兵が口を滑らせる態度に変わる」ことで、この敵兵は自軍のために働き出すと言える。つまり、自軍の所有する兵士になる解釈できるため、以降、攻め取った敵兵から利点を得る場合について、その意味合いを強調する目的で「取得する」と解読する場合がある。ここでは「取得した敵兵から取得した敵兵から引き出した」と補った。 ・「貨」の“価値ある物品”は、①「褒美の品」と解読した。 ・1つ目の「者」は“自軍の兵士達”であるが、奇策部隊が敵軍の虚を攻撃したことで勢いを失わせた状態で、自軍の正攻法部隊が奮い立って勢いを強めるからこそ、敵軍が撤退するのだと推察できる。結果、奇策部隊との対比、役割を考慮して「自軍の正攻法部隊」と解読。 |