適を動かすこと善くする者は、刑を之いて之に適かしめて従わしむこと必するなり、之を予めするなり、適より之を取ること必するなり。

其五4-5

善動適者、刑之適必從之、予之適必取之。

shàn dòng shì zhě、xíng zhī shì bì cóng zhī、yú zhī shì bì qŭ zhī。

解読文

①敵を動かすことに熟練した将軍は、お手本を使って意図的に勢いを削いだおとり部隊に心を向かわせて追わせることを必ず実行するのであり、おとり部隊は予め準備するのであり、敵軍から獲物となる敵部隊を引き出すことを必ず実行するのである。

②敵軍に利と判断させる行動で心を揺さぶり、おとり部隊に心を向かわせて追わせることに成功する将軍は、偶然におとり部隊を出現させて敵部隊にどうしても追わせるのであり、予め移動させて隠れさせた奇策部隊は誘導されてきた獲物の敵部隊を必ず攻め取るのである。

③整え治めた正攻法部隊が直面している戦況に合致するお手本を必ず実行して陣形等を変えた時、この変化に順応した敵軍から攻撃を受けた時におとり部隊が動き出すのが良い方法であり、獲物となる敵部隊を騙して動き出したおとり部隊の後を追わせるに状態に至れば、おとり部隊を攻め取ることに必ず心が向かう。

④偶然に敵軍から攻撃を受けた時におとり部隊が動き出すことを大切にする将軍は、敵軍からの攻撃を誘う陣形等の型を使って攻撃を仕掛けてくる敵部隊を出現させて、必ず動き出したおとり部隊の後を追わせるに至り、予め移動させて隠れさせた奇策部隊はその敵部隊を攻め取って必ず自国に寝返らせるのである。
書き下し文
①適を動かすこと善(よ)くする者は、刑を之(もち)いて之に適(ゆ)かしめて従わしむこと必するなり、之を予(あらかじ)めするなり、適より之を取ること必するなり。

②善ありて動かし、適(ゆ)かしめて之(ゆ)かしむこと刑(な)る者は、適(たまたま)之あらしめて必ず従わしむなり、予(あらかじ)めする之は之(ゆ)かしむ適を必ず取るなり。

③刑(おさ)める者の適(かな)うこと必して之(ゆ)くに、適(したが)いて動くは善なり、之を予(よ)して従わしむに之(いた)れば、之を取ることに必ず適(ゆ)く。

④適(たまたま)動かすこと善(お)しむ者は、刑を之(もち)いて適あらしめて、必ず従わしむに之(いた)り、予(あらかじ)めする之は之を取りて必ず適(したが)わしむなり。
<語句の注>
・「善」は①熟練している、②良い行い、③良い方法、④大切にする、の意味。
・「動」は①本来の位置から移る、②心を揺さぶる、③④其五4-5①「動」、の意味。
・1つ目の「適」は①敵、②心が向かう、③順応する、④偶然に、の意味。
・「者」は①②③④助詞「もの」、の意味。
・「刑」は①手本、②成功する、③整え治める、④鋳型、の意味。
・1つ目の「之」は①使う、②赴く、③変わる、④使う、の意味。
・2つ目の「適」は①心が向かう、②偶然に、③合う、④敵、の意味。
・1つ目の「必」は①必ず実行する、②どうしても、③必ず実行する、④きっと、の意味。
・「従」は①②追う、③④人の後に付き従う、の意味。
・2つ目の「之」は①彼ら、②代名詞、③④ある地点や事情に達する、の意味。
・「予」は①②予め準備する、③(客を)騙す、④予め準備する、の意味。
・3つ目の「之」は①代名詞、②彼ら、③④代名詞、の意味。
・3つ目の「適」は①②敵、③心が向かう、④順応する、の意味。
・2つ目の「必」は①必ず実行する、②③④きっと、の意味。
・「取」は①引き出す、②③④攻め取る、の意味。
・4つ目の「之」は①彼ら、②赴く、③彼ら、④代名詞、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「善動敵者、形之、敵必從之、予之、敵必取之。」と「適」を「敵」とし、「刑」を「形」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「之に適かしめて従わしむ」の直訳は“彼らに心を向かわせて追わせる”となる。これは其五3-2②「おとり部隊を泳がせて敵部隊に攻めさせるのである」を指すと考察すれば“おとり部隊に心を向かわせて追わせる”と解読できる。
ここで其五3-2①「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」に着目すれば、敵部隊は“攻め取る節目と時機が出現した”と判断したからこそ、自軍の部隊を攻めると推察できる。つまり、“おとり部隊”は意図的に“攻め取る節目と時機”を出現させるのである。さらに、「節目」の元々の意味である“骨の関節”は、損なえば動けなくなる弱点(虚)と解釈できるため、意図的に虚を生じさせることと言い換えることができる。この解釈を得た上で、其五1-4④「軍隊を充実させて堅固な“実”の状態にする正しい方法を用いた軍隊は勢いを増して、固い木槌で打たれると相手に考えさせて脆い卵を払いのけさせるに等しく固い自軍に打ち破られると敵将軍に考えさせて脆い敵軍を後退させる」を確認すれば、「軍隊を充実させて堅固な“実”の状態にする」と反対のことをすれば、敵が後退することなく攻めて来るのだと考察できる。結果、“おとり部隊”は意図的に勢いを削ぐことがわかるため、「意図的に勢いを削いだおとり部隊に心を向かわせて追わせる」と解読できる。

・3つ目の「之」は、2つ目の「之」の「意図的に勢いを削いだおとり部隊」を指示すると考察し、簡潔に「おとり部隊」と解読。

・4つ目の「之」の“彼ら”は、其五3-2②「おとり部隊を泳がせて敵部隊に攻めさせるのである」の敵部隊を指すと考察。この敵部隊は最終的には奇策部隊に攻め取られるため、「獲物となる敵部隊」と解読。

<②について>
・「善」の“良い行い”は、戦闘において敵軍が“良さそうに思う行動”であるため、「敵軍に利と判断させる行動」と解読。

・「適かしめて之かしむ」は、①「適」の「おとり部隊に心を向かわせて追わせる」を指すと考察し、「おとり部隊に心を向かわせて追わせる」と解読。

・2つ目の「之」は、①2つ目の「之」の「意図的に勢いを削いだおとり部隊」を指示すると考察し、簡潔に「おとり部隊」と解読。

・「予」の“予め準備する”は、其五2-8③「敵将軍のあらゆる手立てを尽くした戦略、戦術を予期して奇策部隊を移動させて、身を隠す」を指すと考察。結果、「予め移動させて隠れさせる」と解読。④も同様に解読。

・3つ目の「之」の“彼ら”は、獲物となった敵部隊を攻め取る奇策部隊と考察し、「奇策部隊」と解読。

・4つ目の「之」の“赴く”は、獲物となった敵部隊を奇策部隊が隠れている場所に誘導することと考察し、使役形で「誘導される」と解読。

<③について>
・「刑める者」の“者”は、おとり部隊を出撃させる軍隊であるため「正攻法部隊」とわかる。結果、「整え治めた正攻法部隊」と解読。

・「適うこと必して之く」の直訳は“合うことを必ず実行して変わる”となる。“合うこと”は直面している戦況に合致している①「お手本」を指すと解釈、“変わる”は敵軍から自軍の正攻法部隊に攻撃させるための変化と考察すれば“陣形等が変わる”ことと解釈できる(他に変化させる要素が存在することを考慮して“等”と付与)。結果、「直面している戦況に合致するお手本を必ず実行して陣形等を変える」と解読。

・「動」は、其五5-3①「動」の「危うくすれば則ち動く」の「打撃を与えれば動き出す」の意味を積み上げていると考察。ここでは敵軍から攻撃を受けた時におとり部隊が動き出すことで偶然さを装うのだと推察できる。結果、「敵軍から攻撃を受けた時におとり部隊が動き出す」と解読。④も同様に解読。

・「従」の“人の後に付き従う”の“人”は、敵軍から攻撃を受けた時に偶然を装って動き出したおとり部隊と考察し、使役形で「動き出したおとり部隊の後を追わせる」と解読。④も同様に解読。

・3つ目の「之」は、②3つ目の「適」の「獲物の敵部隊」を指示する代名詞と考察し、「獲物となる敵部隊」と解読。

・4つ目の「之」の“彼ら”は、「獲物となる敵部隊」が攻め取ろうと狙うおとり部隊と考察し、「おとり部隊」と解読。

<④について>
・2つ目の「之」は、①2つ目の「之」の「意図的に勢いを削いだおとり部隊」を指示すると解読。

・「刑」の“鋳型”は、鋳物を鋳造するための型であり、これは全く同じ鋳物を生産できる物である。また、其四4-5⑧「解読の注」で“鋳型”は過去の戦争事例を統計した“成否の類型(パターン)”だと考察している。ここで、解読文③「整え治めた正攻法部隊が直面している戦況に合致するお手本を必ず実行して陣形等を変えた時、この変化に順応した敵軍から攻撃を受けた時におとり部隊が動き出す」に基づけば、“鋳型”は敵軍からの攻撃を誘う“正攻法部隊の陣形等の型”と考察できる。結果、「敵軍からの攻撃を誘う陣形等の型」と解読できる。

・3つ目の「之」は、②3つ目の「之」の「奇策部隊」を指示する代名詞と解読。

・4つ目の「之」は、2つ目の「適」の「獲物となる敵部隊」を指示する代名詞と考察し、話の流れに合わせて「その敵部隊」と解読。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。