適に故るものあれば、労れる之を能く失し、飢なる之を能く飽かすは、其の所に必ず出づことに趨けばなり。

其六1-5

故適失能勞之、飽能飢之者、出於其所必趨也。

gù shì shī néng laó zhī、baǒ néng jī zhī zhě、hū yú qí suǒ bì qū yĕ。

解読文

①攻め取った元敵兵達に衰えた者が存在すれば、疲れている者達を無くす必要があり、飢えている者達を満腹にさせる必要がある理由は、その元敵兵達が居住していた地域において必ず自国と関係を断ち切る方向に心が向かうからである。

②攻め取った元敵兵達に衰えた者が存在するにも関わらず、疲れている者達を使って任務に堪えさせれば逃亡するのであり、飢えている者達を使って任務に堪えさせた時にその者達を満腹にさせる敵が出現すれば、飢えている元敵兵達は居住していた地域に出て職務に就くことを必ず催促するのである。

③衰えた元敵兵達は安らかにさせて慰労して満腹な状態に至らせるのであり、上級武将に親しもうとする元敵兵達が存在すれば平常心ではいられない事態に向き合わせて改心させるのであり、食物が無く食べられない状態に達した元敵兵達が存在すれば、その居所に産物をつくる技能に優れた者を急行させることを必ず実行するのである。

④だから、有能な将軍は、疲れている兵士達を慰労して安らかにさせて無くし、食物が無く食べられない状態に達した兵士達は産物によって満腹な状態に至らせて、攻め取った元敵兵達がよろしき状態になるように仕向けることを必ず実行するのである。
書き下し文
①適に故(ふ)るものあれば、労(つか)れる之を能(よ)く失(う)し、飢(き)なる之を能(よ)く飽(あ)かすは、其の所に必ず出づことに趨(おもむ)けばなり。

②適に故(ふ)るものあるも、労(つか)れる之をして能(よ)くせしめば失(う)すなり、飢(き)なる之をして能(よ)くせしむに飽(あ)かす者あれば、其の所に出づこと必ず趨(うなが)すなり。

③故(ふ)るものは適(かな)わしめて労(ねぎら)いて飽(あ)きるに之(いた)らしむなり、能(よ)くせんとするものあれば失(しつ)たらしむなり、飢(う)えに之(いた)る者あれば其のある所に出(しゅつ)あらしむ能に趨(はし)らしむこと必するなり。

④故に、能は之を労(ねぎら)いて適(かな)わしめて失(う)し、飢(う)えに之(いた)る者は出(しゅつ)に飽(あ)きるに能(よ)かしめて、其の於(う)の所たらんこと趨(うなが)して必するなり。
<語句の注>
・「故」は①②③衰える、④だから、の意味。
・「適」は①②敵、③④安らか、の意味。
・「失」は①無くす、②消える、③常態でなくなる、④無くす、の意味。
・1つ目の「能」は①~する必要がある、②任に堪える、③親しむ、④有能な人、の意味。
・「労」は①②体が疲れる、③④慰労する、の意味。
・1つ目の「之」は①②代名詞、③ある地点や事情に達する、④代名詞、の意味。
・「飽」は①②満腹にさせる、③④満腹であるさま、の意味。
・2つ目の「能」は①~する必要がある、②任に堪える、③有能な人、④(ある数量に)達する、の意味。
・「飢」は①②飢えているさま、③④食物が無く食べられない状態、の意味。
・2つ目の「之」は①②代名詞、③④ある地点や事情に達する、の意味。
・「者」は①重文で因果関係を表す助詞、②③④助詞「もの」、の意味。
・「出」は①関係を断ち切る、②地方に出て職務に就く、③④産物、の意味。
・「於」は①~において、②③~に、④カラス、の意味。
・「其」は①②③④敵の代名詞、の意味。
・「所」は①②本来あるべき状態、③居所、④よろしき状態、の意味。
・「必」は①②きっと、③④必ず実行する、の意味。
・「趨」は①ある方向に向かう、②催促する、③急行する、④仕向ける、の意味。
・「也」は①因果関係を表す助詞、②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「敵佚能勞之、飽能飢之者、出於其所必趨也。」と「故」がなく、「適」を「敵」とし、「失」を「佚」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「適」の“敵”は、文意から奇策部隊が攻め取った後の敵兵達を考察。結果、「攻め取った元敵兵達」と解読。②も同様に解読。

・1つ目と2つ目の「之」は、「適」の「攻め取った元敵兵達」を指示する代名詞と考察した上で、簡潔に「者達」と解読。②も同様に解読。

・「其の所」の “敵の本来あるべき状態”は、「攻め取った元敵兵達」が居住していた地域を指すと推察し、「その元敵兵達が居住していた地域」と解読。②も同様に解読。

・「趨」の“ある方向に向かう”は、「攻め取った元敵兵達」が敵国に戻ろうとする心の動きを指すと考察し、「出づことに趨く」で「自国と関係を断ち切る方向に心が向かう」と解読。

<②について>
・「失」の“消える”は、其六1-1①同様に解釈し、「逃亡する」と解読。

・「飽かす者」は、攻め取った敵兵達を飢えさせると敵国側が奪われた人民を取り戻すために満腹にさせる状況と考察。結果、「その者達を満腹にさせる敵」と補って解読。

・「飢えている元敵兵達は居住していた地域に出て職務に就くことを必ず催促する」は、自国にいても飢えてしまうが敵国に戻れば満腹にさせてもらえると思った元敵兵達が、敵国に戻る機会をつくるために申し出る内容と推察する。なお、主語がわかるように「飢えている元敵兵達」と補った。

<③について>
・「故るもの」は、①②「故」の「攻め取った元敵兵達に衰えた者が存在する」の意味を積み上げていると考察した上で、簡潔に「衰えた元敵兵達」と解読。

・1つ目の「能」の“親しむ”は、其二3-6③「上級武将を取り囲んで親しくしようとする人民は利益のために裏切るのであり、その人民の財貨がすっかりなくなれば災いとなる」に基づき、「上級武将に親しむ」と補った。

・「失たらしむ」の“常態でなくならせる”は、其十4-1③「親しく付き従う兵士達に対して、急に若い女性を犯すように乱暴に扱って高く険しい山で兵士が死亡すれば、その死亡を皆に急ぎ知らせて死体を埋葬し、隊長は生存した仲間達と“死亡事故が起きた事実とその理由”に向き合う」を実践することで、「上級武将に親しもうとする元敵兵達」を改心させることと考察。結果、「平常心ではいられない事態に向き合わせて改心させる」と解読。

・「出あらしむ能」の直訳は“産物を生み出す有能な人”となる。これは、其十二1-1④「全ての人民を極めて栄えさせる要旨は、産物をつくる技能に優れた者を、必ず自国に従わせた元敵里に住ませて、元敵人民を産物の生産に励み努力させることで財貨を生み出すからである。この産業を国家の公務として与えれば、毎日財貨を得る仕組みとなって必ず自軍の収益基盤は強固になるだろう」の「産物をつくる技能に優れた者」を指すと考察。結果、「産物をつくる技能に優れた者」と解読。

<④について>
・1つ目の「之」は、①②1つ目の「之」の「疲れている者達」を指示する代名詞と考察。また、攻め取った元敵兵達だけを優遇することはないと推察、自軍の兵士達も含まれていると考察して「疲れている兵士達」と解読。これに伴って「者」は「兵士達」と解読。

・「於」の“カラス”は、其五3-2①「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」の「獲物の鳥」と考察。主に「獲物となる敵部隊」と解読しているが、ここでは攻め取った後の文意であるため「攻め取った元敵兵達」と解読。

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