埶を成すも兵すること无く、恒くして刑を无せしめ、与にするものをして能く敵と化する。之を胃するものは神なり。

其六6-4

兵无成埶、无恆刑、能與敵化。之胃神。

bīng wú chéng yì、wú héng xíng、néng yǔ dí huà。zhī wèi shén。

解読文

①自軍に勢いが生じるように手助けをしても敵兵を傷つけることが無く、奇策部隊が出撃する準備を整えて敵軍に陣形の型を蔑ろにさせ、待ち受ける奇策部隊を使って獲物となった敵部隊を攻め取って自軍に編制することができる。これを消化して身につける将軍は軍神である。

②敵国を傷つけること無く平定して豊かにし、永遠に鞭打つ処罰を行うことが無く、意見が対立している敵国を真心のある法規や決まりで教化して同盟を結ぶのである。これを消化して身につけて重んじるのである。

③統治下に置いた元敵国に真心のある法規や決まりを定着させて広めれば自国の災いになることが無く、鞭打つ処罰を行うことが無ければ人民は安定するのであり、意見が対立する敵人民に称賛させることができれば従順な態度に変わる。元敵人民が心変わりすれば自国の人民となるのである。

④統治下に置いた元敵国で穀物の栽培が実現するように手助けする時、広く行き渡って種をまけば食糧不足による殺し合いが無く、同盟を結んだ元敵国の人心や風俗を変えることができて、他の人民を傷つけることが無い。食べることに満足すれば元敵人民の顔つきや表情は変わるのである。

⑤食糧不足が解消されて他の人民を傷つけることが無ければ、人民達が子供を産んで育てるのであり、規則が無くても子供の出産が引き続き、生まれた元敵人民の子供達は味方にさせることができる。その子供達を尊重すれば、元敵人民は自分達の立場を納得して受け入れるのである。

⑥取り決めることが無くても元敵人民の子供達によって自軍の兵士数は増えるのであり、鞭打つ処罰を行うこと無く軍隊は安定するのであり、自軍と一体となって敵国をあしらうことができる。元敵人民の子供達を重んじて自軍の兵士数を増やすのである。

⑦真心のある法規や決まりが無く、統治下に置いた敵国を豊かにすること無く、人民を安定させる時に鞭打つ処罰を行って対処することができても、歯向かう人民が出現して災いとなる。自国の人民となっても元敵人民は心変わりするのである。

⑧統治下に置いた敵国を豊かにして元敵人民を養い、食糧不足による殺し合いをさせること無く、人民を安定させて災いになることが無い将軍が出現すれば、元敵人民は感化されて有能な将軍と称賛する。元敵人民は、有能な将軍を納得して受け入れて尊重するだろう。
書き下し文
①埶(せい)を成(な)すも兵すること无(な)く、恒(あまね)くして刑を无(なみ)せしめ、与(とも)にするものをして能(よ)く敵と化(か)する。之を胃するものは神なり。

②兵すること无(な)く成(たい)らげて埶(う)え、恒(つね)に刑すること无(な)く、能(よ)く敵を化(か)して与たり。之を胃して神(たっと)ぶなり。

③成(まこと)を埶(う)えれば兵すること无(な)く、刑すること无(な)ければ恒(こう)たり、敵に能(よ)く与(たた)へしめば化(ば)けしむ。神之(ゆ)けば胃するなり。

④埶(う)えること成(な)すに、恒(あまね)くすれば刑すこと无(な)し、与なる敵を能(よ)く化(か)して、兵すること无(な)し。胃すれば神は之(ゆ)くなり。

⑤兵すること无(な)ければ成りて埶(う)えるなり、刑无(な)きも恒(わた)り、化(か)す敵は能(よ)く与(くみ)せしむ。之を神(たっと)べば胃するなり。

⑥成(な)すこと无(な)きも兵は埶(う)えるなり、刑すること无(な)く恒(こう)たり、化(か)して敵に能(よ)く与(くみ)す。之を神(たっと)びて胃するなり。

⑦成(まこと)无(な)く、埶(う)えること无(な)く、恒(こう)たらしむに刑して能(よ)く与(くみ)するも、敵するもの化(か)して兵する。胃するも神之(ゆ)くなり。

⑧埶(う)えて成し、刑せしむこと无(な)く、恒(こう)たらしめて兵すること无(な)きものあれば、敵は化(か)して能と与(くみ)す。之を胃して神(たっと)ばん。
<語句の注>
・「兵」は①②傷つける、③災いする、④⑤傷つける、⑥戦士、⑦⑧災いする、の意味。
・1つ目の「无」は①②③④⑤⑥⑦⑧存在しない、の意味。
・「成」は①実現するように手助けする、②平定する、③真心、④実現するように手助けする、⑤生み出される、⑥取り決める、⑦真心、⑧養う、の意味。
・「埶」は①勢い、②③④⑤⑥⑦⑧栽培する、の意味。
・2つ目の「无」は①蔑ろにする(「無」より)、②③④⑤⑥⑦⑧存在しない、の意味。
・「恒」は①あまねく種をまく、②永遠に、③安定しているさま、④あまねく種をまく、⑤引き続く、⑥⑦⑧安定しているさま、の意味。
・「刑」は①鋳型、②③罰する、④殺す、⑤規則、⑥⑦罰する、⑧殺す、の意味。
・「能」は①②③④⑤⑥⑦~することができる、⑧有能な人、の意味。
・「与」は①待つ、②同盟を結んださま、③称賛する、④同盟を結んださま、⑤味方になる、⑥あしらう、⑦対処する、⑧称賛する、の意味。
・「敵」は①戦争や競争で対抗する相手、②③利害や意見が対立する相手、④⑤⑥戦争や競争で対抗する相手、⑦歯向かう、⑧戦争や競争で対抗する相手、の意味。
・「化」は①溶けて一体となる、②教化する、③変わる、④人心や風俗を変える、⑤生まれる、⑥溶けて一体となる、⑦発生する、⑧感化される、の意味。
・「之」は①②代名詞、③④変わる、⑤⑥代名詞、⑦変わる、⑧代名詞、の意味。
・「胃」は①②③④⑤⑥⑦⑧飲食したものを蓄え消化する器官、の意味。
・「神」は①神、②重んじる、③心、④顔つき、表情、⑤尊重する、⑥重んじる、⑦心、⑧尊重する、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「兵无成勢、无恆形。能與敵化、之謂神。」と「埶」を「勢」とし、「刑」を「形」とし、「胃」を「謂」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「刑」の“鋳型”は、其六2-6①「刑」の「陣形の型を蔑ろにさせれば敵軍を最も極まった状態に追い込み、敵軍を最も極まった状態に追い込めば軍中で用いる鐘と太鼓を敵兵達に無視させるのである」と同意と考察。結果、「陣形の型」と解読。

・2つ目の「无」は漢字「無」と同じと解釈。ここでは「無」の“蔑ろにする”意味を採用した。

・「恒」の“あまねく種をまく”は、其五2-3③「月を出現させるに至る太陽は、植物が芽生える準備ができたことを告げる冬のように、隠れている奇策部隊が出撃する準備を整える正攻法部隊である」の“植物が芽生える準備”を指すと考察すれば、「奇策部隊が出撃する準備を整える」と解読できる。

・「与にするもの」の直訳は“待つ者”となる。これは獲物となる敵部隊が出現することを待ち受ける奇策部隊と考察。結果、「待ち受ける奇策部隊」と解読。

・「敵と化する」の直訳は“敵と溶けて一体となる”となる。これは獲物となった敵部隊を奇策部隊が攻め取って自軍に編制することと考察。結果、「獲物となった敵部隊を攻め取って自軍に編制する」と解読。

・「之」は、「兵无成埶、无恆刑、能與敵化」全体を指示する代名詞と解読。結果、「これ」と簡潔に解読。②も同様に解読。

・「胃」は“飲食したものを蓄え消化する器官”であり、飲食したものを自分の血や肉に変える器官である。そこで“飲食したもの”を“教え”と置き換えれば、“血や肉に変える”とは“(教えを)身につける”ことと解釈できる。結果、「消化して身につける」と解読する。②も同様に解読。

・「神」の“神”は、「兵无成埶、无恆刑、能與敵化」の教えを実践できる将軍を称えた言葉と考察。結果、「軍神」と解読。

<②について>
・「埶」の“栽培する”は、敵国を生育することであり、その目的は統治下に置いた敵国を豊かにすることにあると考察。結果、「豊かにする」と解読。⑦⑧も同様に解読。

・「刑」の“罰する”は、其九4-26②「行き詰まっている敵の隊長は、一つひとつの罪状を数え挙げて責めてから鞭打つのである」を行うのだと考察し、「鞭打つ処罰を行う」と補った。③⑥⑦も同様に解読。

・「敵」の“利害や意見が対立する相手”は、其六6-3⑧「敵」の「意見が対立している他国」と同意と考察。但し、話の流れに合わせて「意見が対立している敵国」とした。

・「化」の“教化する”は、其九6-1⑦「広まった真心のある法規や決まりによって敵国の人民を教え導けば、その人民は奴隷と共に降服してくるのである」や其九6-1⑧「真心のある法規や決まりを流布して、政治による教化を敵国にまで及ぼせば、敵国の人民と奴隷を取得できる将軍になるだろう」から類推すれば、真心のある法規や決まりによって敵国を教化することと考察。結果、「真心のある法規や決まりによって教化する」と解読。

<③について>
・「成」の“真心”は、②「真心のある法規や決まりによって教化する」の「真心のある法規や決まり」を指すと考察。結果、「真心のある法規や決まり」と解読。⑦も同様に解読。

・「埶」の“栽培する”は、「真心のある法規や決まり」を生育することであり、統治下に置いた元敵国で定着させて広めることと考察。結果、「(統治下に置いた元敵国に)定着させて広める」と解読。

・「化」の“変わる”は、其二4-2①「攻め取った敵兵達には衣食住を供給して生活の面倒をみれば従順な態度に変わる」に基づき、「従順な態度に変わる」と補って解読。

・「胃」は“飲食したものを蓄え消化する器官”であり、飲食したものを自分の血や肉に変える器官である。そこで“飲食したもの”を“敵人民”と置き換えれば、“血や肉に変える”とは“敵人民を自国の人民として吸収する”ことと解釈できる。結果、「自国の人民となる」と解読。⑦も同様に解読。

<④について>
・「埶」の“栽培する”は、敵国で穀物を栽培することであり、その目的は統治下に置いた敵国で収穫量を増やすことにあると考察。結果、「埶えること成す」で「穀物の栽培が実現するように手助けする」と解読。

・「刑」の“殺す”は、食糧不足によって発生する人民同士で殺し合いと考察。結果、「刑すこと」で「食糧不足による殺し合い」と解読。⑧も同様に解読。

・「胃」の“飲食したものを蓄え消化する器官”は、ここでは人体の胃そのものを指していると考察。つまり、食糧不足が解消されて元敵人民の顔つきや表情が変わる文意から、食べることに満足することと考察。結果、「食べることに満足する」と解読。

<⑤について>
・「兵すること无し」の直訳は“傷つけることが無い”となる。これは④「他の人民を傷つけることが無い」の意味を積み上げているのであり、この要因は食糧不足が解消されたことにある。結果、「食糧不足が解消されて他の人民を傷つけることが無い」と解読。

・「成りて埶える」の直訳は“生み出されて栽培する”となる。これは人民達が子供を産んで育てることと考察。結果、「人民達が子供を産んで育てる」と解読。

・「恒」の“引き続く”は、子供の出産が続いていくことと考察。結果、簡潔に「子供の出産が引き続く」と補って解読。

・「之」は、「敵」の「元敵人民の子供達」を指示する代名詞と考察。ここでは「その子供達」と簡潔にした。

・「胃」は“飲食したものを蓄え消化する器官”であり、飲食したものを自分の血や肉に変える器官である。そこで“飲食したもの”を、元敵人民の視点から“自分達の立場”と置き換えれば、“血や肉に変える”とは“元敵人民が、自分達の立場を吸収して受け入れる”ことと解釈できる。結果、「元敵人民は自分達の立場を納得して受け入れる」と解読。

<⑥について>
・「兵は埶える」の直訳は“戦士を栽培する”となる。この戦士は⑤「(元敵人民の)子供達」であり、「子供の出産が引き続く」ことによって自軍のために働く兵士が増えていくことと解釈できる。結果、「元敵人民の子供達によって自軍の兵士数は増える」と解読。

・「之」は、⑤「敵」の「元敵人民の子供達」を指示する代名詞と解読。

・「胃」は“飲食したものを蓄え消化する器官”であり、飲食したものを自分の血や肉に変える器官である。そこで“飲食したもの”を“元敵人民の子供達”と置き換えれば、“血や肉に変える”とは“自軍の兵士数が増える”ことと解釈できる。結果、「自軍の兵士数を増やす」と解読する。

<⑦について>
・特に無し。

<⑧について>
・「之」は、「能」の「有能な将軍」を指示する代名詞と解読。

・「胃」は“飲食したものを蓄え消化する器官”であり、飲食したものを自分の血や肉に変える器官である。そこで“飲食したもの”を、元敵人民の視点から“有能な将軍”と置き換えれば、“血や肉に変える”とは“元敵人民が、有能な将軍を吸収して受け入れる”ことと解釈できる。結果、「之を胃する」で「元敵人民は、有能な将軍を納得して受け入れる」と解読。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。