五なりて行いは无かしめば恒なりて勝つなり、四時を立てれば常ること无し。

其六6-5

五行无恆勝、四時无常立。

wŭ xíng wú héng shèng、sì shí wú cháng lì。

解読文

①敵に対して五倍規模の軍隊にして敵将軍の考えていた計画を強制的に取れば両軍を完全な状態に保って敵軍を抑えるのであり、正攻法部隊の全てを戦地に留めれば敵軍がいつまでも守り続けることは無い。

②敵に対して五倍規模の軍隊にして戦地に赴いても、敵軍を打ち破ろうとすれば両軍を完全な状態に保つことが無く、正攻法部隊の全てを配置させることが無ければ敵軍は戦地に留まっていつまでも守り続けるのである。

③両軍を完全な状態に保って敵軍を抑える理由は“将軍が可愛がる者を殺害する”お手本を実行して敵将軍に自軍を無視させるからであり、正攻法部隊の全てを「高くそびえた山、高くて平坦な土地、河川、乾燥地」四種類の場所に配置させて留めれば敵軍がいつまでも守り続けることは無い。

④“将軍が可愛がる者を殺害する”お手本を実行することが無ければ敵将軍はいつまでも持ち堪えるのであり、自軍は正攻法部隊の全てを「高くそびえた山、高くて平坦な土地、河川、乾燥地」四種類の場所に配置させることが無く、敵軍はいつまでも守り続ける任務を成し遂げるだろう。

⑤生きたまま敵を取得する間者が所属する奇策部隊を使っても、その存在を無視させれば次々と敵部隊を打ち破って攻め取るのであり、正攻法部隊からおとり部隊を出撃させて奇策部隊が出撃する規則を敵部隊に蔑ろにさせることを成し遂げるのである。

⑥生きたまま敵を取得する間者が所属する奇策部隊を使うことが無ければ、敵軍はいつまでも持ち堪えるのであり、自軍の正攻法部隊は敵兵を加えて軍隊規模を大きくすることが無く、敵軍は長期間に渡って存在し続けるだろう。

⑦「道、天、地、将、法」五つの教えを実行することを蔑ろにすれば、いつも戦う前から敗北した状態なのであり、自国を侮るあらゆる諸侯が機会を狙って自国を支配しようとするのは当たり前である。

⑧「道、天、地、将、法」五つの教えを実行しても諸侯に自国を侮らせておけば、いつも敵軍より優勢になるのであり、自国を侮るあらゆる諸侯を支配下において領土を広げ、自国が帝王の地位につけば、いつまでも守り続けるのである。
書き下し文
①五なりて行いは无(な)かしめば恒(こう)なりて勝つなり、四時を立てれば常(まも)ること无(な)し。

②五なりて行くも、勝たんとすれば恒(つね)にすること无(な)し、四を時(お)らしむこと无(な)ければ立てて常(まも)るなり。

③恒(こう)なりて勝つは五を行いて无(なみ)せしめばなり、四に時(お)らしめて立てれば常(まも)ること无(な)し。

④五を行うこと无(な)ければ恒(つね)に勝(た)えるなり、四に時(お)らしむこと无(な)く、常(まも)ること立てん。

⑤五を行うも无(なみ)せしめば恒(わた)りて勝つなり、四つより時あらしめて常(つね)を无(なみ)せしめて時(うかが)うこと立てるなり。

⑥五を行うこと无(な)ければ恒(つね)に勝(た)えるなり、四の時(じ)すること无(な)く、常(つね)なりて立たん。

⑦五を行うこと无(なみ)すければ恒(つね)に勝(しょう)たり、无(なみ)する四の時(うかが)いて立たんとするは常(つね)なり。

⑧五を行うも无(なみ)せしめば恒(つね)に勝(まさ)るなり、无(なみ)する四を時(じ)し、立てば常(まも)るなり。
<語句の注>
・「五」は①②五倍にする、③④⑤⑥五番目という序数、⑦⑧数の名、の意味。
・「行」は①行為、②赴く、③④実行する、⑤⑥使用する、⑦⑧実行する、の意味。
・1つ目の「无」は①②存在しない、③無視する(「無」より)、④存在しない、⑤無視する(「無」より)、⑥存在しない、⑦蔑ろにする(「無」より)、⑧軽んずる(「無」より)、の意味。
・「恒」は①維持して変わらないさま、②持続させる、③維持して変わらないさま、④いつまでも、⑤連続する、⑥いつまでも、⑦⑧いつも、の意味。
・「勝」は①抑える、②敵を打ち破る、③抑える、④持ち堪える、⑤敵を打ち破る、⑥持ち堪える、⑦既に滅ぼされたさま、⑧越える、の意味。
・「四」は①②(あるものの数が)四つ、③④其九1-8①1つ目の「四」、⑤⑥(あるものの数が)四つ、⑦⑧其九1-8①2つ目の「四」、の意味。
・「時」は①季節、②③④位置する、⑤(物事を行うのに最も)適切な季節、⑥栽培する、⑦機会を狙う、⑧栽培する、の意味。
・2つ目の「无」は①②③④存在しない、⑤蔑ろにする(「無」より)、⑥存在しない、⑦⑧軽んずる(「無」より)、の意味。
・「常」は①②③④いつまでも守り続ける、⑤法則、⑥長い、⑦当たり前、⑧いつまでも守り続ける、の意味。
・「立」は①②③留める、④⑤成し遂げる、⑥存在する、⑦⑧帝王或いは諸侯の地位につく、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「五行无恆勝、四時无常位。」と「立」を「位」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「五」の“五倍にする”は、其三3-1②「五」の「敵軍を武力で撃つ時はその五倍規模の軍隊にする」の意味を積み上げていると考察。結果、「敵に対して五倍規模の軍隊にする」と解読。②も同様に解読。

・「行」の“行為”は、其六6-3④「行」の「(敵将軍の)考えていた計画」と同意と考察。結果、「敵将軍の考えていた計画」と解読。

・「行いは无かしむ」は、「行」を「敵将軍の考えていた計画」と解釈すれば“敵将軍の考えていた計画を無くさせる”となる。これは其七6-1①「軍する将は心を奪う可し」の「敵全軍を統率する敵将軍からは考えていた計画を強制的に取るのが良い」を実践すること解釈できるため、「敵将軍の考えていた計画を強制的に取る」と解読。

・「恒」の“維持して変わらないさま”は、其三1-1①「全」の「自他を問わず、完全な状態に保つこと」を指すと解釈。結果、「両軍を完全な状態に保つ」と解読。③も同様に解読。

・「勝」は、其三3-1②「敵軍を武力で撃つ時はその五倍規模の軍隊にする」だけを考慮すれば“敵を打ち破る”の意味となる。これは両軍それぞれの将軍が考えていた計画に従って戦闘しても、五倍規模の軍隊であれば敵軍を打ち破ることができる意味と推察。その上で「敵将軍の考えていた計画を強制的に取る」ことに成功し、敵軍の戦略、戦術を無効化しているため敵軍は戦うことなく屈するしかないのだと考察できる。結果、“抑える”の意味を採用して「敵軍を抑える」と解読した。

・「四時」は、其五2-4③「解読の注」より「正攻法部隊の全て」を指すと考察。結果、「正攻法部隊の全て」と解読。

<②について>
・「恒」の“持続させる”は、①「恒」の「両軍を完全な状態に保つ」と同意と考察。結果、「両軍を完全な状態に保つ」と解読。

・「四」は、①「四時」の「正攻法部隊の全て」の意味を積み上げていると考察。結果、「正攻法部隊の全て」と解読。

<③について>
・「五」の“五番目という序数”は、「五危」の内容が記述された其八3-2①において、五番目に記述された「兵士達を可愛がることを許容する将軍は、軍隊を掻き乱す」を指すと考察し、「“将軍が可愛がる者を殺害する”お手本」と解読。④も同様に解読。

・1つ目の「无」は漢字「無」と同じと解釈。ここでは「無」の“無視する”意味を採用した。なお、文意は敵将軍の可愛がる者を殺害して無気力な状態に追い込み、自軍を無視させるのだと考察できる。結果、使役形で「敵将軍に自軍を無視させる」と補って解読。

・「四」は、其九1-10①1つ目の「四」の「「高くそびえた山、高くて平坦な土地、河川、乾燥地」四種類の場所」と同意と考察。また、①②「四」の「正攻法部隊の全て」の意味も積み上げていると解釈し、主語として「正攻法部隊の全て」を補う。④も同様に解読。

<④について>
・特に無し。

<⑤について>
・「五」の “五番目という序数”は、其十二2-2①で五番目に記述された「生きたまま敵を取得する間者」を指すと考察。但し、「奇策部隊」としての任務内容が主体になっているため、「生きたまま敵を取得する間者が所属する奇策部隊」と補う。⑥も同様に解読。補足だが、「生きたまま敵を取得する間者」は「奇策部隊」に所属される(用閒篇、火攻篇を参照)。

・1つ目の「无」は漢字「無」と同じと解釈。ここでは「無」の“無視する”意味を採用した。なお、其六4-3④「将軍は、多人数部隊の敵軍をあらゆる事柄に心を向かわせて奇策部隊を無視させるのであり、無視させた奇策部隊を使って大勢の敵兵達を武力で攻め取る」を実行することと考察し、使役形で「その存在を無視させる」と補って解読。

・「恒りて勝つ」の直訳は“連続して敵を打ち破る”となる。これは奇策部隊が次々と獲物となった敵部隊を武力で打ち破って攻め取ることと考察。結果、「次々と敵部隊を打ち破って攻め取る」と解読。

・「四つより時あらしむ」は、其五2-4③「四つより時を是する」の「正攻法部隊を構成する各部隊から適切な部隊を正確に判断して戦線に出す」の意味を積み上げていると考察。また、“適切な部隊”は、話の流れより敵部隊に狙わせるおとり部隊を指すと解釈できる。結果、「正攻法部隊からおとり部隊を出撃させる」と解読。

・2つ目の「无」は漢字「無」と同じと解釈。ここでは「無」の“蔑ろにする”意味を採用した。

・「常を无せしむ」の直訳は”法則を蔑ろにさせる“となる。この”法則“は其五2-3④「昼間にも規則正しく動いている月は、植物が芽生える準備を意識させない冬のように、出撃する準備を整えて敵に無視させる奇策部隊である」の”月(奇策部隊)の規則“を指すと考察。結果、「奇策部隊が出撃する規則を敵部隊に蔑ろにさせる」と解読。

<⑥について>
・「四」は、②「四」同様に「正攻法部隊の全て」と解釈するが、ここでは話の流れに合わせて「正攻法部隊」と解読。

・「時」の“栽培する”は、正攻法部隊を生育することと解釈。これは奇策部隊が攻め取った敵兵達を自軍に編制して軍隊規模を大きくすることと考察し、「敵兵を加えて軍隊規模を大きくする」と解読。

<⑦について>
・「五」の“数の名”は、其一1-2①「五」の「災いを減らすために五つの教えを認めて使う」の意味を積み上げていると考察。結果、「「道、天、地、将、法」五つの教え」と解読。⑧も同様に解読。

・1つ目の「无」は漢字「無」と同じと解釈。ここでは「無」の“蔑ろにする”意味を採用した。

・「勝」の“既に滅ぼされたさま”は、既に敵に滅ぼされた状態に等しいことと解釈し、「戦う前から敗北した状態」と解読。

・「四」は、其九1-10①2つ目の「四」で記述された「黄帝は、四種類の場所における軍事を行うよろしき実の軍隊を率いて他の四帝を抑えたのである」の四帝を指すと考察。黄帝は自国を指していると解釈すれば、四帝は敵国と解釈できる。結果、話の流れに合わせて「あらゆる諸侯」と解読。⑧も同様に解読。

・2つ目の「无」は漢字「無」と同じと解釈。ここでは「無」の“軽んずる”意味を採用した。

・「立」の“帝王或いは諸侯の地位につく”は、自国を侮る諸侯が、自国を支配する地位につくことと考察。結果、「自国を支配する」と解読。

<⑧について>
・1つ目と2つ目の「无」は漢字「無」と同じと解釈。ここでは「無」の“軽んずる”意味を採用した。

・「勝」の“越える”は、自軍が敵軍よりも優勢になった状態を指すと考察し、「敵軍より優勢になる」と解読。

・「時」の“栽培する”は、自国を生育することと解釈。これは他国を侵略して領土を広げることと考察し、話の流れに合わせて「(諸侯を)支配下において領土を広げる」と解読。

・「立」の“帝王或いは諸侯の地位につく”は、あらゆる諸侯を自国が支配する地位につくことと考察。結果、「自国が帝王の地位につく」と解読。

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