敵を料りて勝を制えれば、険に阨せしめて遠ざかるに近あらしむ計なさん、上なる将は道を之いるなり。

其十3-2

料敵制勝、計險阨遠近、上將之道也。

liaò dí zhì shèng、jì xiǎn ài yuǎn jìn、shàng jiāng zhī daò yĕ。

解読文

①敵軍について推し測って有利に戦える戦地の型を掌握すれば、地勢が険しい戦地の型「険」で堅固に守って敵軍を悩ませて、その敵軍が離れていく時に奇策部隊の間者を出現させる奇正の戦術を実行するだろう、優れた将軍は、間者が隠れて出現する場所を使う技術を役立てるのである。

②間者が隠れて出現する場所を使う技術を役立てる将軍は、敵を驚かすような奇正の戦術を行うのである。正攻法部隊を整えて敵軍より優勢になって敵軍を掌握するのであり、地勢が険しい戦地の型「険」からその敵軍を離れさせるが、奇策部隊の間者が隠れている場所に送り届けるのである。

③掌握した敵軍を奇策部隊の間者が隠れている場所に送り届けた時、危険で交通困難な難所の傍から奇策部隊の間者を出現させるのである。奇策部隊は、その敵軍が回避しようとすることを計算して阻むのであり、その敵軍が歯向かうことを計算して打ち破り、抑えて従わせるのである。

④打ち破った敵軍を抑制した時、その敵兵達を驚かすような真心のある法規や決まりと食料や金銭によって利害損得を計算させれば、悩んでもほとんどの敵兵達は自国に寝返るのである。将軍は、自国に寝返った元敵兵達を尊重して統治するのである。
書き下し文
①敵を料(はか)りて勝(しょう)を制(おさ)えれば、険に阨(やく)せしめて遠ざかるに近(きん)あらしむ計なさん、上なる将は道を之(もち)いるなり。

②道を之(もち)いる将は、険なる計なすなり。料(はか)りて勝(まさ)りて敵を制(おさ)えるなり、阨(やく)より遠ざからしむも、近(きん)に上(たてまつ)るなり。

③之を将(おく)るに、険の上より近(きん)あらしむなり。遠ざからんとすること計(かぞ)えて阨(ふさ)ぐなり、敵すること料(はか)りて勝ち、制(せい)するなり。

④敵に勝つに、険なる制(せい)と料(りょう)に計(はか)らしめば、阨(やく)するも近く遠ざけしむなり。将は之を上(たっと)びて道(おさ)めるなり。
<語句の注>
・「料」は①推し測る、②整える、③計算する、④官職の俸禄以外の食料や金銭、の意味。
・「敵」は①②戦争や競争で対抗する相手、③歯向かう、④戦争や競争で対抗する相手、の意味。
・「制」は①②掌握する、③抑えて従わせる、④制度、の意味。
・「勝」は①景色の優れた土地、②越える、③敵を打ち破る、④抑制する、の意味。
・「計」は①②謀、③計算する、④利害損得をはかる、の意味。
・「険」は①地勢の険しさ、守りが堅固であるさま、②人を驚かすようなさま、③山川が危険で交通困難な難所、④人を驚かすようなさま、の意味。
・「阨」は①悩む、②険しい場所、③阻む、④悩む、の意味。
・「遠」は①②③避ける、④疎遠にする、の意味。
・「近」は①②③近くの人、④ほとんど、の意味。
・「上」は①等級や品質が高い、②献上する、③傍、④尊重する、の意味。
・「将」は①②将軍、③送り届ける、④将軍、の意味。
・「之」は①②使う、③代名詞、④彼ら、の意味。
・「道」は①②技、③指導する、④統治する、の意味。
・「也」は①②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」は地刑篇全て欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。但し、「計險阨遠近」の「阨」について、孫子(講談社)は「易」、新訂孫子(岩波)と“七書孫子”は「阨」とする。「阨」で複数の解読文が成立したため適当と判断した。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「勝を制える」の直訳は“景色の優れた土地を掌握する”となる。これは“自軍にとって”景色が優れた土地であり、自軍が有利に戦えるから優れた景色に見えるのだと解釈。また、其十1-1から其十1-14で記述されている戦地の型「通、挂、支、隘、険、遠」と解釈して「有利に戦える戦地の型を掌握する」と補って解読した。

・「険に阨せしむ」について、「険」は其十1-1①「険」の「地勢が険しく堅固に守れる戦地の型「険」」を指すと考察。結果、話の流れに合わせて「地勢が険しい戦地の型「険」で堅固に守って敵軍を悩ませる」と解読。

・「遠」の“避ける”は、其十1-12①「仮に敵軍が先制して戦地の型「険」を占拠して自軍に向けて弓を引き絞るならば、自軍をその場から離れさせてはならない、敵の奇策部隊が出現するのである」から類推すれば、敵軍が戦地の型「険」から離れていくことと考察できる。結果、「その敵軍が離れていく」と補って解読。②も同様に解読。

・「近」の“近くの人”は、其十二2-3④「軍神である将軍は、生きたまま敵を取得する間者の養育係になるのである。間者を一人前にする時は、何度も戦争に連れ立って起用して、敵兵達の士気が殺がれる時機を識別することを指導して習熟させるのである」に基づき、「生きたまま敵を取得する間者」を指すと考察。この間者は奇策部隊に所属していると解釈できるため、話の流れに合わせて「奇策部隊の間者」と簡潔に解読。②③も同様に解読。

・「計」の“謀”は、話の流れより「奇正の戦術」と解読。②も同様に解読。

・「上」の“等級や品質が高い”は、ここでは等級では無く、品質の意味合いと解釈。結果、「上なる将」で「優れた将軍」と解読。

・「道」の“技”は、其十1-14①「道」の「間者が隠れて出現する場所を使う技術」の意味を積み上げていると考察。結果、「間者が隠れて出現する場所を使う技術」と補って解読。②も同様に解読。

・「之」の“使う”は、「間者が隠れて出現する場所を使う技術」の“使う”との重複を避け、文意に合わせて「役立てる」と言い換えた。②も同様に解読。

<②について>
・「料」の“整える”は、①「奇策部隊の間者を出現させる奇正の戦術」の記述を踏まえれば、正攻法部隊を整えることと解釈できる。結果、「正攻法部隊を整える」と補って解読。

・「勝」の“越える”は、自軍が敵軍よりも優勢になった状態を指すと考察し、「敵軍より優勢になる」と解読。

・「阨」の“険しい場所”は、①「険」の「地勢が険しい戦地の型「険」」と同意と考察。結果、「地勢が険しい戦地の型「険」」と解読。

・「上」の“献上する”は、正攻法部隊が掌握した敵軍を奇策部隊が隠れている場所に送り届けることと考察。結果、「近に上る」で「奇策部隊の間者が隠れている場所に送り届ける」と解読。

<③について>
・「将」の“送り届ける”は、②「奇策部隊の間者が隠れている場所に送り届ける」の意味を積み上げていると考察。結果、話の流れに合わせて「奇策部隊の間者が隠れている場所に敵軍を送り届ける」と解読。

・「之」は、②「敵」の「敵軍」を指示する代名詞と解釈。この敵軍は自軍が掌握していることを踏まえて、「掌握した敵軍」と解読。

・「遠」の“避ける”は、戦地の型「険」に布陣している自軍の正攻法部隊から離れていく敵軍が、突如出現した奇策部隊を回避しようとすることと考察。結果、未来形で「その敵軍が回避しようとする」と補って解読。

<④について>
・「敵」の“戦争や競争で対抗する相手”は、③「敵軍が歯向かうことを計算して打ち破り、抑えて従わせる」に基づけば、「打ち破った敵軍」と補って解読できる。

・「険」の“人を驚かすようなさま”の“人”は、打ち破った敵軍の兵士達と考察。結果、「その敵兵達を驚かすような」と解読。

・「制」の“制度”は、其一2-7①「法」の「法規やお手本」と同意と解釈。ここでは特に其十一7-7②「好き勝手にする敵人民にも真心のある法規や決まりを与えて誠実に実行すれば、自国に対する思いを厚くするのである」等で記述される「真心」の表現が適当と判断し、「真心のある法規や決まり」と解読。

・「遠」の“疎遠にする”は、打ち破った敵軍の兵士達が敵国から離反して自国に寝返ることと考察。結果、「敵兵達は自国に寝返る」と補って解読。

・「之」の“彼ら”は、自国に寝返った敵兵達を指すと考察。結果、「自国に寝返った元敵兵達」と解読。

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