故に進くすこと不きも名を求め、退くも罪されること不いに避けんとして、唯だ人のみ是れ保み、利しく主に合わす而は、之を宝として国するなり。

其十3-6

故進不求名、退不避罪、唯人是保而利合於主、國之寳也。

gù jìn bù qiú míng、tuì bù bì zuì、wéi rén shì baǒ ér lì hé yú zhǔ、guó zhī bǎo yĕ。

解読文

①戦争で全力を尽くすことが無いのに立派な評判を願い、自軍の兵士数を減らしても処罰を大いに免れようとして、ひたすら自分だけを守り、都合よく君主に従って意見を合致させる将軍は、自分自身を大事にして国家を維持するのである。

②自分自身を大事にして国家を維持する将軍は、必ず大いなる収入と爵位を要求するのであり、大いにへりくだって処罰を免れるのである。この将軍は、ただ全ての人民を養っているにすぎず、利益を強く求めて自分自身のために貯めるのである。

③利益を強く求めて自分自身のために貯める将軍は、敵間者の獲物となった可愛がる者を大事にして国内で匿うことを主張して、ひたすら可愛がる者だけを保護しようとするのである。将軍の可愛がる者の名前を大いに尋ね求める敵間者が出現すれば、敵間者による襲撃を大いにかわし遠ざけようとして隠れ場所に移動させる時、その可愛がる者は殺害されるのである。

④かえって、戦争で全力を尽くしても立派な評判を願うことが無く、処罰される時は免れようとせずに官職を去り、思いやりによって人民を安定させる将軍は、攻め取った元敵兵達と自国の人民達を統一して豊かにさせるのである。この将軍は、国家にとって貴重な存在である。
書き下し文
①故に進(つ)くすこと不(な)きも名を求め、退くも罪されること不(おお)いに避けんとして、唯(た)だ人のみ是(こ)れ保(たの)み、利(よろ)しく主に合わす而(なんじ)は、之を宝として国するなり。

②之を宝として国する主は、故(もと)より不(おお)いなる進(しん)と名を求めるなり、不(おお)いに退きて罪されること避けるなり。而(なんじ)は、唯(た)だ是(いか)なる人を保つのみ、利(むさぼ)りて合わすを於(な)す。

③利(むさぼ)りて合わす而(なんじ)は、於(う)たる之を宝としてと国すること主とし、唯(た)だ人のみ是(こ)れ保(たも)たんとするなり。名を不(おお)いに求める進むものあれば、罪(あみ)を(おお)いに避けんとして不退(ひ)かしむに、故するなり。

④故(もと)より、進(つ)くすも名を求めること不(な)く、罪されるに避けんとせず退き、人(じん)に唯(よ)り是を保(やす)んずる而(なんじ)は、於(う)と主を合して利たらしむなり。之は、国の宝なり。
<語句の注>
・「故」は①事変、②必ず、③死ぬ、④かえって、の意味。
・「進」は①出し尽くす、②収入、③(外から内に)入る、④出し尽くす、の意味。
・「不」は①無い、②③大いに、④無い、の意味。
・「求」は①願う、②要求する、③尋ね求める、④願う、の意味。
・「名」は①立派な評判、②爵位、③人や物の呼び方、④立派な評判、の意味。
・「退」は①減る、②へりくだる、③離れる、④官職を去る、の意味。
・「不」は①②③大いに、④~しない、の意味。
・「避」は①②免れる、③かわし遠ざける、④免れる、の意味。
・「罪」は①②処罰する、③鳥獣を捕らえる網、④処罰する、の意味。
・「唯」は①ひたすらAだけをBする、②ただ~するにすぎない、③ひたすらAだけをBする、④~によって、の意味。
・「人」は①自分、②民衆、③ある人、④思いやり、の意味。
・「是」は①ひたすらAだけをBする、②全ての、③ひたすらAだけをBする、④代名詞、の意味。
・「保」は①守る、②養う、③保護する、④安定させる、の意味。
・「而」は①②③④あなた、の意味。
・「利」は①都合が良い、②③利益を強く求める、④豊かさ、の意味。
・「合」は①合致させる、②③ぴたりと閉じる、④統一する、の意味。
・「於」は①~に従って、②~である、③④カラス、の意味。
・「主」は①一国の長、②所有者、③主張する、④客を接待する側の人、の意味。
・「国」は①②国家として維持する、③国に封じる、④独立した国家、の意味。
・「之」は①②私、③彼、④代名詞、の意味。
・「宝」は①②③大事にする、④貴重なもの、の意味。
・「也」は①②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」は地刑篇全て欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。なお、「唯人是保」の「人」について、孫子(講談社)と“七書孫子”は「民」、新訂孫子(岩波)は「人」と記述。「民」では複数の解読文が成立しなかったため、「人」が適当と判断した。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「故に進くす」の直訳は“事変に出し尽くす”となる。“事変”を戦争と読み替えれば、戦争において将軍が全力を尽くすことと解釈できる。結果、「戦争で全力を尽くす」と解読。

・「退」の“減る”は、例えば戦争において将軍が自軍の兵士数を減らすことと考察。但し、兵士数が減る要因は戦争だけとは限らないため、「自軍の兵士数を減らす」と包括的に解読。

・「合」の“合致させる”は、将軍が都合よく君主の意見に合致させることと考察。結果、「意見を合致させる」と補って解読。

・「之」の“私”は、将軍自身を指示する代名詞と考察。結果、「自分自身」と解読。②も同様に解読。

<②について>
・「主」の“所有者”は、自軍の所有者である将軍を指すと考察。結果、「将軍」と解読。

・「合」の“ぴたりと閉じる”は、将軍が、強く求めて得た利益を他人のために使うことが無く貯めることと考察。結果、「自分自身のために貯める」と言い換えた。③も同様に解読。

<③について>
・「於」の“カラス”は、其五3-2①「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」の「獲物の鳥」と考察。話の流れより「獲物の鳥」は「可愛がる者」を指すが、其八3-4⑧「敵将軍の可愛がる者を殺害して心を痛めさせる戦術を行って自軍の立場を確固たるものにするのである」に当てはまるため、適当な解釈と判断できる。その上で「可愛がる者」は、其十二2-2①「敵将軍の可愛がる者を殺害する間者」より、敵間者に狙われるとわかる。結果、「敵間者の獲物」と解読した。

・「之」の“彼”は、将軍が特別に大事にする相手と解釈すれば、其八3-2①「兵士達を可愛がることを許容する将軍は、軍隊を掻き乱す」や其八3-4⑧「敵将軍の可愛がる者を殺害して心を痛めさせる戦術を行って自軍の立場を確固たるものにするのである」で記述される将軍の可愛がる者と考察できる。結果、「可愛がる者」と解読。

・「人」の“ある人”は、「之」の「可愛がる者」と同意と考察。結果、「可愛がる者」と解読。

・「国」の“国に封じる”は、「可愛がる者」を敵間者から守ることと考察すれば、国内で匿うことと解釈し得る。結果、「国内で匿う」と言い換えた。

・「名」の“人や物の呼び方”は、敵間者が獲物として狙う「可愛がる者」の名前を指すと考察。結果、「将軍の可愛がる者の名前」と解読。

・「進」の“(外から内に)入る”は、国外から国内に侵入した敵間者を指すと考察。結果、「進むもの」で「敵間者」と簡潔に解読。

・「罪を避けんとする」の直訳は“鳥獣を捕らえる網をかわし遠ざけようとする”となる。“鳥獣を捕らえる網”の“鳥獣”は、“カラス”の意味を採用した「於」の「敵間者の獲物」と解釈すれば、“網”は「国内に侵入した敵間者」による襲撃を指すと考察できる。結果、「敵間者による襲撃」と解読。

・「退」の“離れる”は、其十一2-2③「敵組織内部と親しく交流する間者が「敵将軍の可愛がる者を失う」と敵組織内部の者に言わせれば、敵将軍は決まりを無視して可愛がる者が隠れる居所を定めるだろう」に基づけば、「可愛がる者」を隠れ場所に移動させることと推察できる。結果、使役形で「隠れ場所に移動させる」と解読した。

<④について>
・「進」の“出し尽くす”は、①「進」の「戦争で全力を尽くす」の意味を積み上げていると考察。結果、「戦争で全力を尽くす」と補って解読。

・「是」は、②「人」の「人民」を指示する代名詞と解読。

・「於」の“カラス”は、其五3-2①「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」の「獲物の鳥」と考察。ここでは話の流れより奇策部隊が攻め取った後の敵兵達を指すと解釈できるため、「攻め取った元敵兵達」と解読。

・「主」の“客を接待する側の人”について、”客“は「攻め取った元敵兵達」を指すと解釈すれば、”接待する側の人”は自国の人民達と解釈できる。結果、「自国の人民達」と解読。

・「之」は、「而」の「将軍」を指示する代名詞と解釈。話の流れに合わせて「この将軍」と解読。

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