其十三4-3
主不可以怒興軍、將不可以溫戰。
zhǔ bù kĕ yǐ nù xìng jūn、jiāng bù kĕ yǐ wēn zhàn。
解読文
①君主は怒りの感情によって戦争を始めるべきではなく、将軍は穏やかな感情で戦争するべきではない。 ②怒りの感情によって戦争を始めた君主は、軍事に対して大いに主張して同意させるのであり、将軍が穏やかな感情で戦争すれば兵士達が自分達の要望を願い出ることを大いに許すのである。 ③君主が軍事に対して大いに主張しても、将軍の戦略を雄健な筆勢で記して、同盟を結んだ諸侯達を動員する合従策を採用することに同意させるのである。兵士達が自分達の要望を大いに願い出れば、恐れ震えて死亡事故が起こる状況を体験させることで、兵士達を改心させて要望を静めるのである。 ④同盟を結んだ諸侯達を動員する合従策を実行すれば自軍の勢いが強くなり、戦うことなく相手を抑えつけて完全な状態に保てる道理が働いて戦争が終わると大いに主張するのである。恐れ震えて死亡事故が起こる状況を体験させて、“死亡事故が起きた事実とその理由”に向き合う利点に至れば、兵士達を大いに服従させるのである。 ⑤将軍が、戦うことなく相手を抑えつけて完全な状態に保てる道理を大いに重要視すれば、合従策で編制した連合軍の権勢が敵軍を凌駕するのである。大いに服従している兵士達は、恐れ震える自分を認めて、穏やかな姿勢で敵軍に向き合うのである。 ⑥連合軍の権勢が敵軍を凌駕した時、敵将軍に、戦うことなく相手を抑えつけて完全な状態に保てる道理に至ったことを認めさせて、敵将軍を引き立て用いて敗北した敵軍を平定させるのであり、敵人民を恐れ震えさせたことを認めて栄養をつけさせるのであり、大いに国を豊かにする方法を捧げるのである。 ⑦敵将軍を引き立て用いて敗北した敵軍を平定させて、大いに国を豊かにする方法を捧げれば、蓄積した富の優劣を人民同士で争うに至るのである。統治下においた敵国を栄えさせれば、元敵人民は腹を立てることを止めて、自分達の統治者となった自国の君主を大いに認めるのである。 ⑧統治下においた元敵国に自軍の兵士達が駐屯して、真心ある国家事業を始めれば元敵人民はその仕事に奮い立つのであり、大いに蓄積した富の優劣を人民同士で争うのである。富の蓄積を壮大にすると元敵人民に考えさせることができれば、元敵国の統治者となった自国の君主を大いに認めさせるのであり、侵略戦争を終えるのである。 |
書き下し文
①主は怒りを以て軍を興す可からず、将は温を以て戦う可からず。 ②怒りに興す以(これ)は、軍に不(おお)いに主として可(き)かしむなり、以(これ)の温なりて戦えば将(こ)うこと不(おお)いに可(き)くなり。 ③不(おお)いに主とするも、怒たりて、興す軍を以(もち)いること可(き)かしむなり。不(おお)いに将(こ)えば、戦(おのの)くこと温(あたた)めしめて、可(よ)かしめて以(や)めしむなり。 ④興す軍なせば怒たりて、可に以(や)むこと不(おお)いに主とするなり。戦(おのの)くこと温(あたた)めしめて、可に以(およ)べば、不(おお)いに将(したが)わしむなり。 ⑤以(これ)の可を不(おお)いに主とすれば、興る軍は怒(こ)えるなり。不(おお)いに将(したが)うものは、戦(おのの)くこと以(おも)いて、温なりて可(あ)たるなり。 ⑥怒(こ)えるに、主に、不(おお)いに可たること以(おも)わしめて、興して軍せしむなり、戦(おのの)かしむこと以(おも)いて温せしむなり、不(おお)いなる可を将(おこな)うなり。 ⑦軍せしめて、不(おお)いなる可を将(おこな)えば、温を戦うに以(およ)ぶなり。興せば、怒ること以(や)めて、主を不(おお)いに可(き)くなり。 ⑧軍して、興せば怒(はげ)むなり、不(おお)いに戦うなり。温を将(おお)きくすると以(おも)わしむ可ければ、主を不(おお)いに可(き)かしむなり、以(や)むなり。 |
<語句の注>
・「主」は①一国の長、②③④主張する、⑤重要視する、⑥客を接待する側の人、⑦⑧所有者、の意味。 ・1つ目の「不」は①②~しない、③④⑤⑥⑦⑧大いに、の意味。 ・1つ目の「可」は①~すべきである、②許す、③同意である、④⑤⑥長所、⑦⑧同意である、の意味。 ・1つ目の「以」は①~によって、②代名詞、③採用する、④終える、⑤代名詞、⑥認める、⑦⑧終える、の意味。 ・「怒」は①②怒りの気持ち、③筆勢などが雄健なさま、④勢いが強いさま、⑤⑥超過する、⑦腹を立てる、⑧奮い立つさま、の意味。 ・「興」は①②(事業を)始める、③④動員する、⑤形成される、⑥引き立て用いる、⑦栄さえる、⑧(事業を)始める、の意味。 ・「軍」は①戦争、②③④軍事、⑤軍隊、⑥⑦軍隊を統率する、⑧駐屯する、の意味。 ・「将」は①将軍、②③願う、④⑤服従する、⑥⑦捧げる、⑧壮大なさま、の意味。 ・2つ目の「不」は①~しない、②③④⑤⑥⑦⑧大いに、の意味。 ・2つ目の「可」は①~すべきである、②許す、③適合するさま、④長所、⑤向き合う、⑥⑦長所、⑧~できる、の意味。 ・2つ目の「以」は①~によって、②代名詞、③終える、④押し及ぶ、⑤⑥認める、⑦押し及ぶ、⑧考える、の意味。 ・「温」は①②穏やかな、③④習う、⑤穏やかな、⑥栄養をつける、⑦⑧蓄積、の意味。 ・「戦」は①②戦をする、③④⑤⑥(恐れや寒さのために)震える、⑦⑧優劣を争う、の意味。 |
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「主不可以怒興軍、將不可以慍戰。」と「溫」を「慍」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。 ・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。 <①について> ・「温」の“穏やかな”は、「怒」の「怒りの感情」と表記を合わせて、「温」で「穏やかな感情」と解読。 <②について> ・「興」の“(事業を)始める”は、①「興」で記述された「戦争を始める」の意味を積み上げていると考察。結果、「戦争を始める」と解読。 ・1つ目の「以」は、①「主」の「君主」を指示する代名詞と解読。 ・2つ目の「以」は、①「将」の「将軍」を指示する代名詞と解読。 ・「将」の“願う”は、兵士達が穏やかな将軍に対して自分達の要望を願い出ることと考察。結果、「兵士達が自分達の要望を願い出る」と補って解読。 <③について> ・「主」の“主張する”は、②「主」で記述された「怒りの感情によって戦争を始めた君主は、軍事に対して大いに主張して同意させる」の意味を積み上げていると考察。結果、「不いに主とする」で「君主が軍事に対して大いに主張する」と補って解読。 ・「怒」の“筆勢などが雄健なさま”は、其九5-1⑥「怒」で記述された其九5-1⑥「将軍の戦略を雄健な筆勢で記す」を指すと考察。結果「将軍の戦略を雄健な筆勢で記す」と補って解読。 ・「興す軍」の直訳は“動員する軍事”となる。これは其九5-1⑥「将軍と大いに気持ちが通じ合い、その上、必ず恭しく将軍の戦略に了解し、敵軍を除き去るために大々的に協力してくれる古い付き合いの諸侯を迎えて連れて来させる」を実行するのであり、其十二5-5④「敵将軍に自軍を侮らせる戦術を実行する将軍は、敵軍を圧倒する合従策を実現させて自軍の有利を確固たるものにするのである」の実現を目指すと考察。結果、「同盟を結んだ諸侯達を動員する合従策」と解読。④も同様に解読。 ・「将」の“願う”は、②「将」で記述された「兵士達が自分達の要望を願い出る」の意味を積み上げていると考察。結果、「不いに将う」で「兵士達が自分達の要望を大いに願い出る」と補って解読。 ・「戦くこと温めしむ」の直訳は“恐れ震えることを習わせる”となる。これは其十4-1②「戦地の型「険」に該当する高く険しい山があることをはっきり伝えた上で山中の川を目指す」、其十4-1③「親しく付き従う兵士達に対して、急に若い女性を犯すように乱暴に扱って高く険しい山で兵士が死亡すれば、その死亡を皆に急ぎ知らせて死体を埋葬し、隊長は生存した仲間達と“死亡事故が起きた事実とその理由”に向き合う」を体験させることと考察。結果、「恐れ震えて死亡事故が起こる状況を体験させる」と補って解読。④も同様に解読。 ・「可かしめて以めしむ」の直訳は“適合させて終わらせる”となる。話の流れを踏まえれば、兵士達を命令に素直に従う姿勢に改めてさせて願い出る状況を終わらせることと考察できる。結果、簡潔に「士達を改心させて要望を静める」と解読。 <④について> ・1つ目の「可」の“長所”は、其七4-4④「戦うことなく相手を抑えつけて完全な状態に保てる道理」と考察。⑤⑥も同様に解読。 ・1つ目の「以」の“終える”は、「戦うことなく相手を抑えつけて完全な状態に保てる道理」によって戦争が終わることと考察。結果、「戦争が終わる」と補って解読。 ・2つ目の「可」の“長所”は、其十4-1③「高く険しい山で兵士が死亡すれば、その死亡を皆に急ぎ知らせて死体を埋葬し、隊長は生存した仲間達と“死亡事故が起きた事実とその理由”に向き合う」に基づき、「“死亡事故が起きた事実とその理由”に向き合う利点」と解読。 <⑤について> ・1つ目の「以」は、①「将」の「将軍」を指示する代名詞と解読。 ・「興る軍」の直訳は“形成される軍隊”となる。これは③④「同盟を結んだ諸侯達を動員する合従策」によって形成される軍隊であるため「合従策で編制した連合軍」と解読。 ・「怒」の“超過する”は、其十二5-5⑤「有能な将軍は、秘密裏に合従策の準備を進めて、突然、自軍の権勢が敵軍を凌駕すれば、はっきりと敗北を悟った敵将軍は、ただ才能と徳を持った自軍の将軍に服従する」の「自軍の権勢が敵軍を凌駕する」を指すと考察。結果、「(連合軍の)権勢が敵軍を凌駕する」と解読。⑥も同様に解読。 ・「戦くこと以う」の直訳は“恐れ震えることを認める”となる。これは其九4-27⑧「最も重要なことは、兵士達に、敵軍に対する荒々しい闘争心を湧かせて恐怖心は後回しにして考えさせなければ、大いに活気溢れた勢いが最も極まった状態に達するのである」に基づいて「恐れ震える自分を認める」と補って解読。 <⑥について> ・「主」の“客を接待する側の人”は、“客”を自軍とすれば、その自軍に対応する敵将軍を指すと考察できる。結果、「敵将軍」と解読。 ・「興して軍せしむ」の直訳は“引き立て用いて軍隊を統率させる”となる。これは其十二5-5⑥「有能な将軍を自分達の統率者と認めて、兵士達を安静にさせることを理解している敵将軍は、才能と徳を持った自軍の将軍が、自分達の将軍になって統率することを敵兵達にはっきり悟らせるだけであり、だいたい平定すれば敵将軍の手柄は保証するのである」に基づけば、敗北した敵将軍が敵軍を統率することと考察できる。結果、「敵将軍を引き立て用いて敗北した敵軍を平定させる」と解読。 ・2つ目の「可」の“長所”は、其十二5-5⑧「有能な将軍が、国を豊かにする方法を学習させる知恵を施せば、盛んに国家事業が生み出されて元敵人民は産物の生産に励み努力すると断定する」の「国を豊かにする方法」と解読。⑦も同様に解読。 <⑦について> ・「軍」の“軍隊を統率する”は、⑥「軍」で記述された「敵将軍を引き立て用いて敗北した敵軍を平定させる」の意味を積み上げていると考察。結果、使役形で「敵将軍を引き立て用いて敗北した敵軍を平定させる」と補って解読。 ・「温」の“蓄積”は、「国を豊かにする方法」によって得るものであるため、「蓄積した富」と解読。 ・「戦」の“優劣を争う”は、「蓄積した富」の優劣を元敵国の人民同士で争うことと考察。結果、「優劣を人民同士で争う」と解読。 ・「興」の“栄さえる”は、自国に敗北して統治下に置いた敵国を栄えさせることと考察。結果、「統治下においた敵国を栄えさせる」と補って解読。 ・「怒ること以む」の直訳は“腹を立てることを終える”となる。これは侵略された敵国の人民が自国に対して腹を立てることを終えることと考察。結果、「元敵人民は腹を立てることを止める」と補って解読。 ・「主」の“所有者”は、其十二5-5⑧「自分達の統治者となった君主」と考察。結果、「自分達の統治者となった自国の君主」と解読。 <⑧について> ・「軍」の“駐屯する”は、統治下においた元敵国に自軍の兵士達が駐屯することと考察。結果、「統治下においた元敵国に自軍の兵士達が駐屯する」と補って解読。 ・「興」の“(事業を)始める”は、其十二5-5⑦「聡明な君主は、その国を統治して豊かにできる者として「真心ある国家事業をあまねく実行する」と保証する」及び其十二5-5⑧「有能な将軍が、国を豊かにする方法を学習させる知恵を施せば、盛んに国家事業が生み出されて元敵人民は産物の生産に励み努力すると断定する」に基づいて、「真心ある国家事業を始める」と解読。 ・「怒」の“奮い立つさま”は、自軍が始めた真心ある国家事業の仕事に対して、元敵人民が奮い立って従事することと考察。結果、「元敵人民はその仕事に奮い立つ」と解読。 ・「戦」の“優劣を争う”は、⑦「戦」の「蓄積した富の優劣を人民同士で争う」意味を積み上げていると考察。結果、「蓄積した富の優劣を人民同士で争う」と補って解読。 ・「温」の“蓄積”は、⑦「温」同様に「蓄積した富」と解釈。但し、話の流れに合わせて「富の蓄積」と解読。 ・「主」は、⑦「主」同様に「自分達の統治者となった自国の君主」と解釈。但し、ここでは話の流れに合わせて「元敵国の統治者となった自国の君主」と解読。 ・1つ目の「以」の“終える”は、自国から敵国に仕掛けた戦争を終えるため、「侵略戦争を終える」と補って解読。 |