利きに非ざれば動かざるなり、得に非ざれば用いざるなり、危うきに非ざれば不いに戦うなり。

其十三4-2

非利不動、非得不用、非危不戰。

feī lì bù dòng、feī deǐ bù yòng、feī weī bù zhàn。

解読文

①兵士達の士気が旺盛で切れ味の鋭い武器になっていなければ敵兵達は恐れ震えないのであり、獲物となった敵部隊でなければ奇策部隊を使わないのであり、危険でなければ大いに戦闘するのである。

②敵兵達が恐れ震えなければ、その兵士達の旺盛な士気は錯誤である。奇策部隊を使わなければ、その獲物の敵部隊は錯誤である。大いに兵士達が恐れ震えれば、危険を非難するのである。

③兵士達の旺盛な士気が錯誤であれば、軍隊を発動しても勢いは生じないのである。獲物の敵部隊が錯誤であれば、奇策部隊が力を尽くしても攻め取れないのである。正攻法部隊を整えて軍隊の勢いで優劣を争えば、危険だと非難する兵士は存在しないのである。

④軍隊に勢いが無ければ、軍隊を発動するのは正しくない。攻め取る時機になった獲物の敵部隊で無ければ、奇策部隊が力を尽くすのは正しくない。正攻法部隊を整えて無ければ、軍隊の勢いで優劣を争うのは正しくない。

⑤軍隊を発動することが正しくない時は、行動しないことを利点と考えるのである。奇策部隊が攻め取る時機として正しくない時は、奇策部隊の隠れている場所を通らないことを利点とするのである。軍隊の勢いで優劣を争うことが正しくない時は、敵軍とせめぎ合うことを大いに危険と考えるのである。

⑥行動しないことが利点と考える時、行動する兵士が出現すれば大いに非難するのである。奇策部隊の隠れている場所を通らないことを利点とする時、奇策部隊の隠れている場所を通る部隊があれば大いに非難するのである。敵軍とせめぎ合うことを大いに危険と考える時、敵軍とせめぎ合おうとする兵士が存在すれば大いに非難するのである。

⑦勝手に行動しようとする兵士を非難すれば、兵士達の心を揺さぶって士気を激しく旺盛にするのであり、軍隊に勢いが生じるのである。奇策部隊の隠れている場所を通ろうとする部隊を非難すれば、正攻法部隊の各部隊は大いに利点を従い守るのであり、攻め取る時機になった獲物の敵部隊を出現させるのである。敵軍とせめぎ合おうとする兵士を非難すれば、敵兵達に危害を与えること無く戦闘するのである。

⑧軍隊に正真正銘の勢いが生じれば、軍隊が行動し始めれば敵軍に危険を感じさせるのである。攻め取る時機になって正真正銘の獲物となった敵部隊が出現すれば、奇策部隊が力を尽くすのである。自軍が正真正銘の危険である戦地「死地」に突入する時は、敵軍とせめぎ合うのである。
書き下し文
①利(と)きに非ざれば動かざるなり、得に非ざれば用いざるなり、危(あや)うきに非ざれば不(おお)いに戦うなり。

②動かざれば利(と)きは非なり。用いざれば得は非なり。不(おお)いに戦(おのの)けば、危(あや)うきを非(そし)るなり。

③非なれば、動かすも利あらざるなり。非なれば、用いるも得ざるなり。危(たか)くして戦えば、非(そし)るものは不(な)きなり。

④利の不(な)ければ、動くこと非なり。得に不(な)ければ、用いること非なり。危(たか)くすること不(な)けば、戦うこと非なり。

⑤非なるに、動かざること利とするなり。非なるに、用(よ)らざること得とするなり。非なるに、戦うこと不(おお)いに危(あや)ぶむなり。

⑥利とするに、動くものあれば不(おお)いに非(そし)るなり。得とするに、用(よ)るものあれば不(おお)いに非(そし)るなり。危(あや)ぶむに、戦わんとするものあれば不(おお)いに非(そし)るなり。

⑦非(そし)れば、不(おお)いに動かすなり、利あるなり。非(そし)れば、不(おお)いに用いるなり、得あらしむなり。非(そし)れば、危(あや)うくすること不(な)くして戦うなり。

⑧非に不(あら)ざる利あれば、動かすなり。非に不(あら)ざる得あれば、用いるなり。非に不(あら)ざる危(あや)うきあるに、戦うなり。
<語句の注>
・1つ目の「非」は①AはBではない、②③錯誤、④⑤正しくない、⑥⑦非難する、⑧錯誤、の意味。
・「利」は①②鋭い、③④勢い、⑤⑥利益と思う、⑦⑧勢い、の意味。
・1つ目の「不」は①②③~しない、④無い、⑤~しない、⑥⑦大いに、⑧~ではない、の意味。
・「動」は①②震える、③④発動する、⑤⑥行動する、⑦心を揺さぶる、⑧其五5-3④「動」、の意味。
・2つ目の「非」は①AはBではない、②③錯誤、④⑤正しくない、⑥⑦非難する、⑧錯誤、の意味。
・「得」は①②手に入れられるもの、③手に入れる、④収穫、⑤⑥利益、⑦⑧収穫、の意味。
・2つ目の「不」は①②③~しない、④無い、⑤~しない、⑥⑦大いに、⑧~ではない、の意味。
・「用」は①②使用する、③④力を尽くす、⑤⑥通る、⑦従い守る、⑧力を尽くす、の意味。
・3つ目の「非」は①AはBではない、②③非難する、④⑤正しくない、⑥⑦非難する、⑧錯誤、の意味。
・「危」は①②危ない、③④きちんとする、⑤⑥危険と思う、⑦危害を与える、⑧危ない、の意味。
・3つ目の「不」は①②大いに、③④無い、⑤⑥大いに、⑦無い、⑧~ではない、の意味。
・「戦」は①戦をする、②(恐れや寒さのために)震える、③④優劣を争う、⑤⑥せめぎ合う、⑦戦をする、⑧せめぎ合う、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は「非利不赴、非得不用、非危不戰。」と「動」を「赴」とするが、複数の解読文が不成立しなかった(※「赴」は欠落箇所に対して穴埋めした模様)。ここでは其五5-3「木石」の教えから類推して「動」と「危」を対比する内容と推察した。結果、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「利」の“鋭い”は、其七6-2②「早朝の旺盛な士気は切れ味の鋭い武器」と考察し、「兵士達の士気が旺盛で切れ味の鋭い武器になっている」と解読。

・「動」の“震える”は、「兵士達の士気が旺盛で切れ味の鋭い武器になっている」状態に対して敵兵達が恐れ震えることと考察。結果、「敵兵達は恐れ震える」と補って解読。②も同様に解読。

・「得」の“手に入れられるもの”は、奇正の戦術を重視する自軍が手に入れるものであるため、奇策部隊が攻め取る敵部隊と考察できる。結果、其五3-2①「獲物の鳥」の解釈に基づいて「獲物となった敵部隊」と解読。

・「用」の“使用する”は、「獲物となった敵部隊」を攻め取る奇策部隊を使うことと考察。結果、「奇策部隊を使う」と補って解読。②も同様に解読。

<②について>
・「利」の“鋭い”は、①「利」同様に「兵士達の士気が旺盛で切れ味の鋭い武器になっている」と解釈。但し、話の流れに合わせて「その兵士達の旺盛な士気」と解読。

・「得」の“手に入れられるもの”は、①「得」同様に「獲物となった敵部隊」と解釈。但し、話の流れに合わせて「その獲物の敵部隊」と解読。

・「戦」の“(恐れや寒さのために)震える”は、兵士達が危険に対して恐れ震えることと考察。結果、「兵士達が恐れ震える」と補って解読。

<③について>
・1つ目の「非」の“錯誤”は、②1つ目の「非」で記述された「その兵士達の旺盛な士気は錯誤である」の意味を積み上げていると考察。結果、「非なり」で「兵士達の旺盛な士気が錯誤である」と補って解読。

・「動」の“発動する”は、軍隊を発動することと考察。結果、「軍隊を発動する」と補って解読。④も同様に解読。

・2つ目の「非」の“錯誤”は、②2つ目の「非」で記述された「その獲物の敵部隊は錯誤である」の意味を積み上げていると考察。結果、「非なり」で「獲物の敵部隊が錯誤である」と補って解読。

・「用」の“力を尽くす”は、話の流れより奇策部隊が獲物となった敵部隊を攻め取ることに力を尽くすことと考察。結果、「奇策部隊が力を尽くす」と補って解読。④⑧も同様に解読。

・「得」の“手に入れる”は、奇策部隊が獲物となった敵部隊を攻め取ることと考察。結果、「攻め取る」と言い換えた。

・「危くして戦う」の直訳は“きちんとして優劣を争う”となる。これは其五5-4④「荒々しい軍隊の勢いで優劣を争って敵軍を劣勢にさせる優れた将軍は思いやりの才能がある」等で記述された「軍隊の勢いで優劣を争う」ことであり、そのために其十一4-4②「軍律を用いて正攻法部隊を整える」等の教えに基づいて正攻法部隊を整えるのだと解釈できる。結果、「正攻法部隊を整えて軍隊の勢いで優劣を争う」と補って解読。

・3つ目の「非」の“非難する”は、②3つ目の「非」で記述された「危険を非難する」の意味を積み上げていると考察。結果、「非るもの」で「危険だと非難する兵士」と補って解読。

<④について>
・「得」の“収穫”は、収穫とは熟した食物を手に入れることであるため、①「得」の「獲物となった敵部隊」が其五3-2①「攻め取る節目と時機」の条件を満たした状態と考察できる。結果、「攻め取る時機になった獲物の敵部隊」と解読。⑦⑧も同様に解読。

・「危」の“きちんとする”は、③「危」同様に解釈して「正攻法部隊を整える」と解読。

・「戦」の“優劣を争う”は、③「戦」同様に解釈して「軍隊の勢いで優劣を争う」と解読。

<⑤について>
・1つ目の「非」の“正しくない”は、④1つ目の「非」で記述された「軍隊を発動するのは正しくない」の意味を積み上げていると考察。結果、「軍隊を発動することが正しくない」と補って解読。

・2つ目の「非」の“正しくない”は、④2つ目の「非」で記述された「奇策部隊が力を尽くすのは正しくない」の意味を積み上げていると考察。これは獲物となった敵部隊を攻め取る時機ではない意味であることを踏まえて、「奇策部隊が攻め取る時機として正しくない」と補って解読。

・「用」の“通る”は、獲物となる敵部隊を誘導していく正攻法部隊が“奇策部隊の隠れている場所”を通ることと考察。結果、「奇策部隊の隠れている場所を通る」と補って解読。

・3つ目の「非」の“正しくない”は、④3つ目の「非」で記述された「軍隊の勢いで優劣を争うのは正しくない」の意味を積み上げていると考察。これは獲物となった敵部隊を攻め取る時機ではない意味であることを踏まえて、「軍隊の勢いで優劣を争うことが正しくない」と補って解読。

<⑥について>
・「利」の“利益と思う”は、⑤「利」で記述された「行動しないことを利点と考える」の意味を積み上げていると考察。結果、「行動しないことが利点と考える」と補って解読。

・「得」の“利益”は、⑤「得」で記述された「奇策部隊の隠れている場所を通らないことを利点とする」の意味を積み上げていると考察。結果、「奇策部隊の隠れている場所を通らないことを利点とする」と補って解読。

・「用るもの」の直訳は“通る者”となる。これは⑤「用」で記述された「奇策部隊の隠れている場所を通る」の意味を積み上げており、尚且つ正攻法部隊のある部隊であると推察して「奇策部隊の隠れている場所を通る部隊」と補って解読。

・「危」の“危険と思う”は、⑤「危」で記述された「敵軍とせめぎ合うことを大いに危険と考える」の意味を積み上げていると考察。結果、「敵軍とせめぎ合うことを大いに危険と考える」と補って解読。

<⑦について>
・1つ目の「非」の“非難する”は、⑥1つ目の「非」で記述された「行動しないことが利点と考える時、行動する兵士が出現すれば大いに非難する」の意味を積み上げていると考察。結果、「勝手に行動しようとする兵士を非難する」と補って解読。

・「動」の“心を揺さぶる”は、「行動する兵士を非難する」が其九4-27⑧「兵士達に、敵軍に対する荒々しい闘争心を湧かせて恐怖心は後回しにして考えさせなければ、大いに活気溢れた勢いが最も極まった状態に達するのである」の「敵軍に対する荒々しい闘争心を湧かせて恐怖心は後回しにする」に該当すると解釈できるため、其七6-2③「早朝における軍隊の勢いは士気が激しく旺盛」に基づけば「大いに活気溢れた勢いが最も極まった状態」の源となる「兵士達の士気」を激しく旺盛にしていくことと考察できる。結果、「兵士達の心を揺さぶって士気を激しく旺盛にする」と補って解読。

・2つ目の「非」の“非難する”は、⑥2つ目の「非」で記述された「奇策部隊の隠れている場所を通る部隊があれば大いに非難する」の意味を積み上げていると考察。結果、「奇策部隊の隠れている場所を通ろうとする部隊を非難する」と補って解読。

・「用」の“従い守る”は、正攻法部隊の各部隊が、奇策部隊の隠れている場所を通らない利点を従い守ることと考察。結果、「不いに用いる」で「正攻法部隊の各部隊は大いに利点を従い守る」と補って解読。

・3つ目の「非」の“非難する”は、⑥3つ目の「非」で記述された「敵軍とせめぎ合おうとする兵士が存在すれば大いに非難する」の意味を積み上げていると考察。結果、「敵軍とせめぎ合おうとする兵士を非難する」と補って解読。

<⑧について>
・「非に不ざる利あり」の直訳は“錯誤では無い勢いが生じる”となる。これは否定と否定を重ねており、逆に正真正銘であることを強調した表現と考察。結果、「軍隊に正真正銘の勢いが生じる」と解読。

・「動」は、其五5-3④「動」の「軍隊が行動し始めれば敵軍に危険を感じさせる」の意味を積み上げていると考察。結果、「軍隊が行動し始めれば敵軍に危険を感じさせる」と補って解読。

・「非に不ざる得あり」は、「得」を「攻め取る時機になった獲物の敵部隊」と解釈すれば“錯誤では無い攻め取る時機になった獲物の敵部隊が出現する”となる。これは否定と否定を重ねており、逆に正真正銘であることを強調した表現と考察。結果、「攻め取る時機になって正真正銘の獲物となった敵部隊が出現する」と解読。

・「非に不ざる危うきあり」の直訳は“錯誤では無い危険が生じる”となる。これは否定と否定を重ねており、逆に正真正銘であることを強調した表現と考察。このように考察すると“正真正銘の危険”という意味になるため、其十一1-10④「戦地「死地」で命を投げ出す覚悟を持って敵軍とせめぎ合う兵士達は、法規や決まりが記憶からなくなって大いに慌ただしくなり、戦線の部隊が消耗する前にどんどん入れ替わる道理によって激しく旺盛な士気を保ち続けるのである」の「死地」を指すと解釈できる。結果、「自軍が正真正銘の危険である戦地「死地」に突入する」と補って解読。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。