粟と馬の肉は食し、県ける甀無くして軍する者の、反さず其の舍てば、寇すも窮まるなり。

其九4-23

粟馬肉食、軍無縣甀者、不反其舍者、窮寇也。

sù mǎ ròu shí、jūn wú xiàn zhuì zhě、bù fǎn qí shè zhě、qióng kòu yĕ。

解読文

①兵士達の食糧と軍馬用の餌が不足し、水を入れて吊るしてある壷が無い状態で陣取る将軍が、自軍を自国に撤退させずに、敵軍に矢を発射して攻撃すれば、敵国に侵略しても行き詰まるのである。

②穀物、家畜の馬、宴を生活の根拠にして、敵の軍事において軽視されている地方の敵里にいる人民は、国に不平不満を言うことなく家屋を立てて定住する者であり、略奪しても貧しいのである。

③穀物で馬を飼育して筋肉をつけさせて、軍事上の都合を無視して馬を商品として掲示する敵里の者は、自軍に大々的に販売しても刑罰を免れている者であり、頼るべき身寄りがなく苦しい生活をしており、徒党を組んで悪事を働く賊なのである。

④敵の軍事において軽視されている地方の敵里を統治下に置く将軍は、このように困らせる人民が存在しても刑罰を免除して、乱暴をしないで融通を利かせるのであり、穀物を耕作して家畜の馬を飼育するのである。

⑤互いに距離がかけ離れていない敵里に陣取っていく将軍は、陣地を増やして穀物の実を租税に取って生活にあてて、自軍に服従させた敵里を敵に放棄させれば、敵国に侵略しても、完全な状態に保って消耗し尽くさせないのである。

⑥敵軍馬の鳴き声を察知して悪寒を感じた時、敵里からかけ離れた場所に陣取って敵軍に自軍を無視させる将軍は、敵軍が休んでいる時に自軍をその敵里に戻して、その敵軍を大いに苦しい境遇に追い込む者である。

⑦陣地にした敵里を維持する将軍は、敵に無視させる奇策部隊を敵里に滞在させておくのであり、大いに苦しい境遇に追い込まれた敵軍は奇策部隊が武力で攻め取って、敵国を捨てさせて自国に寝返らせるのであり、大きな俸禄を受け取らせて自軍に編制して強化するのである。

⑧開拓した敵里を繋げて陣地を広げても敵将軍に自軍を侮らせる将軍は、正攻法部隊の周囲を奇策部隊で取り囲むことを実践して自軍を配置し、獲物となった敵兵達に悪寒を感じさせて兵士数を増やすのである。このように完全な状態に保って敵国を抑えつけて大いに家屋を立てて定住すれば、敵国への侵略戦争が終わるのである。
書き下し文
①粟(しょく)と馬の肉は食(しょく)し、県(か)ける甀(つい)無くして軍する者の、反(かえ)さず其の舍(はな)てば、寇(あだ)すも窮(きわ)まるなり。

②粟(ぞく)と馬と肉を食(は)み、軍に無(なみ)される県の甀(つい)にある者は、其の反(かえ)さず舍(お)る者なり、寇(あだ)すも窮(きわ)まるなり。

③粟(ぞく)をして馬を食(やしな)いて肉づかしめて、軍を無(なみ)して県(か)ける甀(つい)の者は、其の不(おお)いに反(ひさ)ぐも舍(ゆる)される者なり、窮(きゅう)にして寇(あだ)すなり。

④軍に無(なみ)される甀(つい)を県(か)くる者は、其れ窮(きわ)める者あるも舍(ゆる)して、寇(あだ)さず反(かえ)るなり、粟(ぞく)を食(は)みて馬を肉づかしむなり。

⑤県(けん)無き甀(つい)に軍する者は、馬して粟(ぞく)の肉を食(は)みて、反(かえ)す其の舍(す)てしめば、寇(あだ)すも窮(きゅう)せしまざるなり。

⑥馬の肉を食(うかが)いて粟(ぞく)するに、甀(つい)より県(けん)たりて軍して無(なみ)せしむ者は、其の舍(いこ)うに反(かえ)して、寇(こう)を不(おお)いに窮(きわ)まらしむ者なり。

⑦甀(つい)を県(か)ける者は無(なみ)せしむ軍あらしめて、不(おお)いに窮(きわ)まらる者は寇(あだ)して其の舎(す)てしめて反(かえ)すなり、馬なる粟(ぞく)を食(う)けしめて肉づくなり。

⑧甀(つい)を県(か)けるも無(なみ)せしむ者は、肉を食(な)して軍して、粟(ぞく)せしめて馬するなり。其れ反(かえ)して不(おお)いに舍(お)れば、寇(あだ)すこと窮(きわ)まるなり。
<語句の注>
・「粟」は①食糧、②③④⑤穀物の総称、⑥寒さ等によって皮膚に生ずる粒々、鳥肌、⑦俸禄、⑧寒さ等によって皮膚に生ずる粒々、鳥肌、の意味。
・「馬」は①②③④馬科の大形の家畜(馬)、⑤数取り、⑥馬、⑦大きい、⑧数取り、の意味。
・「肉」は①果実や野菜の食用にする部分、②人の歌声、③④筋肉をつける、⑤果実や野菜の食用にする部分、⑥人の歌声、⑦筋肉をつける、⑧ドーナツ状の璧玉の周辺部分、意味。
・「食」は①欠ける、②生活の根拠とする、③飼育する、④耕作する、⑤租税を取って生活にあてる、⑥察知する、⑦受け入れる、⑧実践する、の意味。
・「軍」は①陣取る、②③④軍事、⑤⑥陣取る、⑦軍隊、⑧軍隊を配置する、の意味。
・「無」は①無い、②軽んずる、③無視する、④軽んずる、⑤無い、⑥⑦無視する、⑧軽んずる、の意味。
・「県」は①吊るす、②地方行政区画、③提示する、④ぶら下げる、⑤⑥かけ離れているさま、⑦維持する、⑧繋ぎとめる、の意味。
・「甀」は①口が小さいつぼ、②③④⑤⑥⑦⑧古い「郷(=里)」、の意味。(参照:國際電腦漢字及異體字知識庫、漢字辞典オンライン)
・1つ目の「者」は①仮定表現の助詞、②③④⑤⑥⑦⑧助詞「もの」、の意味。
・「不」は①②~しない、③大いに、④⑤~しない、⑥⑦⑧大いに、の意味。
・「反」は①元の所有者・所在地に戻す、②責める、③販売する、④融通をきかせる、⑤(反対方向に)向きを変える、⑥元の所有者・所在地に戻す、⑦ひっくり返す、⑧倒す、の意味。
・「其」は①②③敵の代名詞、④このように、⑤⑥⑦敵の代名詞、⑧このように、の意味、の意味。
・「舍」は①(矢を)発射する、②家屋を立てて定住する、③④刑罰を免除する、⑤放棄する、⑥休む、⑦放棄する、⑧家屋を立てて定住する、の意味。
・2つ目の「者」は①仮定表現の助詞、②③④助詞「もの」、⑤仮定表現の助詞、⑥⑦助詞「もの」、⑧仮定表現の助詞、の意味。
・「窮」は①(論理や言葉が)行き詰まる、②貧しいさま、③頼るべき身寄りがなく苦しむ人、④困らせる、⑤出し尽くしたさま、⑥⑦境遇が苦しいさま、⑧終わる、の意味。
・「寇」は①侵略する、②略奪する、③徒党を組んで悪事を働く賊、④乱暴する、⑤侵略する、⑥外敵、⑦傷つける、⑧侵略する、の意味。
・「也」は①②③④⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は「・・・・軍無縣甀者、不反其舍者、窮寇也。」と前半が欠落している。孫子(講談社)の原文は「粟馬肉食、軍無懸甀、不反其舍者、窮寇也。」、新訂孫子(岩波)の原文は「粟馬肉食、軍無懸缻、不返其舍者、窮寇也。」とするため、前半は「粟馬肉食」を採用した。
・この句には、八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・「粟」の“食糧”は、兵士達の食糧と考察。結果、「兵士達の食糧」と補って解読。

・「馬の肉」の直訳は“家畜の馬用の果実や野菜の食用にする部分”となる。つまり、軍隊が連れている家畜の馬用の餌だとわかる。結果、「軍馬用の餌」と解読。

・「食」の“欠ける”は、兵士達の食糧と軍馬用の餌が完全な状態から欠落した状態であるため、「不足する」と言い換えた。

・「甀」の“口が小さいつぼ”は、その形状から「兵士達の食糧と軍馬用の餌」と合わせて必要な水を差すと解釈できる。結果、「県ける甀」で「水を入れて吊るしてある壷」と補って解読。

・「反」の“元の所有者・所在地に戻す”は、自軍を自国に戻すことと考察。結果、「自軍を自国に撤退させる」と解読。

・「舍」の“(矢を)発射する”は、単に敵軍に対して矢を発射する状況の描写ではなく、敵軍に攻撃を仕掛ける意味と考察。結果、「其の舍つ」で「敵軍に矢を発射して攻撃する」と解読。

<②について>
・「肉」の“人の歌声”は、単に歌うこととも解釈できるが酒を飲みながら歌うことと解釈して「宴」と解読。

・「甀」は、國際電腦漢字及異體字知識庫に基づけば“古い「郷(=里)」”とわかる。結果、「敵里」と解読。②③④⑤⑥⑦⑧も同様に解読。

・「軍に無される県の甀」は、「甀」を「敵里」と解釈すれば“軍事で軽んじられる地方行政区画の敵里”となる。つまり、敵将軍が軍事において軽視している地方にある敵里と考察できる。結果、「敵の軍事において軽視されている地方の敵里」と解読。

・「反」の“責める”事柄は、里の住民が自分達の生活における不平不満を申し立てることと解釈して「不平不満を言う」と解読。

<③について>
・「軍」の“軍事”は、話の流れを踏まえると敵国の軍事上の意味合いと考察できる。結果、「軍事上の都合」と解読。

・「県」の“提示する”の対象は、文意から飼育した馬だと解釈できるため「馬を商品として提示する」と補って解読。

・「其」の“敵の代名詞”は、敵里の人民にとっての敵であるため自軍を指すと解釈。結果、「自軍」と解読。

・「舍」は“刑罰を免除する”という意味だが、賊行為が合法的に免除されることはないと推察できるため、違法に刑罰を免れていると解釈。結果、「刑罰を免れている」と解読した。

<④について>
・「軍に無される甀」は、②「軍に無される県の甀」の「敵の軍事において軽視されている地方の敵里」の意味を積み上げていると考察。結果、「敵の軍事において軽視されている地方の敵里」と解読。

・「県」の“ぶら下げる”は、自軍に敵里をぶら下げると解釈できる。このぶら下げる意味は、元々は“紐で逆さになった首を吊るす”意味で敵兵を倒して自分の手柄にしている表現から類推すれば、「敵里を統治下に置いて」手柄にしている状態と解釈し得る。結果、「(敵里を)統治下に置く」と解読。

・「このように」は、③「穀物で馬を飼育して筋肉をつけさせて、軍事上の都合を無視して馬を商品として掲示する敵里の者は、自軍に大々的に販売」を指すと考察。

・「肉」の“筋肉をつける”は、文字通りに筋肉を付けさせる意味だけでなく、家畜の馬を飼育することが本意と考察。結果、「飼育する」と言い換えた。

<⑤について>
・「県無き甀に軍する者」は、「甀」を「敵里」と解釈すれば“かけ離れていない敵里に陣取る者”となる。これは陣地の広げ方を説くと考察。例えば、里と里を繋げて陣地を広げる時、里と里の間の距離が離れ過ぎた場合は、その真ん中を敵が占拠して自軍を分断してくると推察できる。逆に、里と里の間の距離が近い場合に敵が真ん中を占拠すれば、真ん中にいる敵を挟み撃ちにできる。結果、奪って統治していく里と里は離れ過ぎてはいけないとわかる。つまり、侵略する時は奪う里が点になってはならず、直線になってはならない。陣地という「面」を広げていくことが重要だと考察できる。結果、「互いに距離がかけ離れていない敵里に陣取っていく将軍」と解読。

・「馬」の“数取り”とは数をかぞえる事であり、数をかぞえれば数値は増えていく。この数値は、奪い取って陣地にした敵里の数を指すと考察できるため、「陣地を増やす」と解読した。

・「粟の肉」の直訳は“穀物の食用にする部分”となる。つまり、穀物の実とわかるため、「穀物の実」と解読。

・「反」の“(反対方向に)向きを変える”は、奪う前の里は敵国に従っているが、この里が従う相手を反対方向である自国に変えさせることと解釈。結果、「反す其の」で「自軍に服従させた敵里」と解読。

・「窮せしまず」の“出し尽くさせない”は、其三1-1①「自他を問わず、国家を完全な状態に保つことを上策」を目指すことと解釈すれば、「完全な状態に保って消耗し尽くさせない」と解読できる。

<⑥について>
・「馬の肉」の「肉」は“人の歌声”の意味だが、主語が馬になるため“馬の鳴き声”と考察。また、敵軍が接近している状況と解釈できるため、「敵軍馬の鳴き声」と補って解読。

・「粟」の“寒さ等によって皮膚に生ずる粒々、鳥肌”は体に起こった現象を表すが、心理的に起こる事柄を主として「悪寒を感じる」と解読。

・「反」の“元の所有者・所在地に戻す”は、敵里からかけ離れた場所にいる自軍が敵里に戻ることと考察。結果、「自軍をその敵里に戻す」と解読。

・「寇」の“外敵”は、敵里は本来敵国の領地だが、自軍が統治したことで既に自国の領地になっていると解釈すれば、敵軍を指すと考察できる。結果、話の流れに合わせて「その敵軍」と解読。

<⑦について>
・「無せしむ軍」の直訳は“無視させる軍隊”となる。これは、其五1-3③「全軍から奇策部隊を用いる時は、敵の正攻法部隊から獲物となる敵部隊が出現するに至れば、自軍の正攻法部隊を無視するその敵部隊を誘導して全て武力で打ち負かして兵士数を増やすことができるのである」に基づけば、「敵に無視させる奇策部隊」と解読。

・「窮まらる者」は、⑥「窮」で記述された「その敵軍を大いに苦しい境遇に追い込む」の意味を積み上げていると考察。結果、「苦しい境遇に追い込まれた敵軍」と解読。

・「寇」の“傷つける”は、武力で敵兵達を傷つけることと解釈すれば、奇策部隊が獲物となった敵部隊を攻め取る意味となる。結果、「奇策部隊が武力で攻め取る」と補って解読。

・「其の舎てしめて反す」の直訳は“敵を放棄させてひっくり返す”となる。これは奇策部隊が攻め取った敵兵達を自国に寝返らせることと考察。結果、「敵国を捨てさせて自国に寝返らせる」と解読。

・「肉」の“筋肉をつける”は、“筋肉”を兵士、身体全体が軍隊の喩えだと解釈すれば、自国に寝返らせた敵兵達を自軍に編制して強化することと考察できる。結果、「自軍に編制して強化する」と解読。

<⑧について>
・「県」の“繋ぎとめる”は、其七4-3①「県」の「敵里を奪い取れば多人数の正攻法部隊に割り当て、陣地を開拓して統治して兵糧と飼料を各部隊に配分するのであり、開拓した陣地を繋ぎ止めて全軍の権勢が生じれば、自軍が行動し始めた時、敵軍に危険を感じさせることができるのである」に関連しており、統治下においた敵里と敵里を繋いで自軍が陣地にした範囲を広げていくことと解釈できる。結果、「甀を県くる」で「開拓した敵里を繋げて陣地を広げる」と解読。

・「肉」の“ドーナツ状の璧玉の周辺部分”は、其五2-9①2つ目の「環」の“ドーナツ状又は輪状のもの”と同意と解釈すれば、其五2-9①「正攻法部隊の周囲を取り囲んでいる奇策部隊が戦況を観察して出撃する」を実行することと考察できる。結果、「肉を食す」で「正攻法部隊の周囲を奇策部隊で取り囲むことを実践する」と解読。

・「粟」の“寒さ等によって皮膚に生ずる粒々、鳥肌”は、⑥同様に「悪寒を感じる」と解釈。但し、ここでは獲物となった敵兵達に悪寒を感じさせる文意であるため、使役形で「獲物となった敵兵達に悪寒を感じさせる」と補って解読。

・「馬」の“数取り”とは数をかぞえる事であり、数をかぞえれば数値は増えていく。この数値は、攻め取った敵兵達の人数を指すと考察できるため、「兵士数を増やす」と解読した。

・「反」の“倒す”について、直訳的には“敵を倒す”ことだが孫子兵法の敵の倒し方の一例は、陣地を広げて全軍の権勢を掲げる等の其二4-2①「敵に勝ちて而は強を益す」を戦略的に展開した上で、侵略して敵の国力を消耗し尽くさせない(解読文⑤)ように配慮して、戦闘せずに敵を抑えつける其三1-3①「戦うこと不くして人の兵を屈する」ことである。結果、「完全な状態に保って敵国を抑える」と補って解読。

・「大いに家屋を立てて定住る」は、自国が敵国領地を手に入れて侵略戦争が終結した証と考察する。家屋を立てて定住することで、人、食、文化、歴史、思想、物など、あらゆる面から支配していくことが可能になると推察できる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。