先だつ知あれば、神なる鬼に不いに取る可くして、事を不いに象る可くして、度に不いに験す可くして、必して於を取るも人を知らしむ者たり。

其十二1-6

先知、不可取於鬼神、不可象於事、不可驗於度、必取於人知者。

xiān zhī、bù kĕ qŭ yú guǐ shén、bù kĕ xiàng yú shì、bù kĕ yàn yú dù、bì qŭ yú rén zhī zhě。

解読文

①敵兵達を導いて自国に寝返らせる知恵があれば、この上なく聡明な間者を大いに採用することができて、任務遂行に必要な現象を大いに再現することができて、戦略、戦術のお手本に従って大いに実態を検査することができて、自軍の立場を確固たるものにして獲物となった敵部隊を攻め取っても、その敵兵達に思いやりを感じさせる将軍となる。

②最も重要なことは、間者に求める能力及び適性がある者を大いに識別して採用し、軍神である将軍の間者とするのである。則るべきお手本を大いに利点として、任務遂行に必要な現象を出現させるのである。実態を検査した結果、大いに利点があるとなれば戦略、戦術のお手本を基準にして従うのである。攻め取った敵兵達に対して思いやりある俸給等を保証して、敵自身から敵の実情を教えてもらうことである。

③敵自身から敵の実情を教えてもらうことを大いに利点とするため、聡明な間者を採用する時に最も重要なことは、亡霊のように存在を認識させない顔つきや表情であり、大いに職業を偽装できることであり、推測すること無く実態を検査できることであり、自説にしがみつく敵兵達に思いやりを感じさせて敵自身から敵の実情を引き出すことである。

④敵自身から敵の実情を教えてもらうことを第一にすれば、軍神である将軍の間者によって獲物となった敵部隊を大いに攻め取ることができるのであり、過去の戦争事例を大いに再現できるのであり、戦略、戦術のお手本を大いに拠り所にできるのであり、攻め取った敵兵達の中から、寝返らせても敵と親しく交流する間者を採用して敵人民と交流させることを必ず実行するのである。
書き下し文
①先だつ知あれば、神なる鬼に不(おお)いに取る可くして、事を不(おお)いに象(かたど)る可くして、度(たく)に不(おお)いに験(ため)す可くして、必して於(う)を取るも人(じん)を知らしむ者たり。

②先(さき)は、可(よ)きものを不(おお)いに知りて取り、神の鬼と於(な)すなり。象(のり)を不(おお)いに可として、事を於(お)いてせしむなり。験(ため)して不(おお)いに可と於(な)せば度(のっと)るなり。取る於(う)に人(じん)を必して、知ることなり。

③知ること不(おお)いに可として、取るに先は、鬼のごとき神と於(な)し、不(おお)いに事を象(かたど)る可きを於(な)し、度(はか)ること不(な)くして験(ため)す可きを於(な)し、必する於(う)に人(じん)を知らしめて取ることなり。

④知ること先にすれば、神の鬼に不(おお)いに取る可きなり、事を不(おお)いに象(かたど)る可きなり、度(たく)を不(おお)いに験(しるし)とする可きなり、於(う)より取りて人と知らしむこと必するなり。
<語句の注>
・「先」は①導く、②③最も重要なこと、④第一にする、の意味。
・1つ目の「知」は①知恵、②識別する、③④知識を得る、の意味。
・1つ目の「不」は①②③④大いに、の意味。
・1つ目の「可」は①~できる、②適合するさま、③長所、④~できる、の意味。
・1つ目の「取」は①②③採用する、④攻め取る、の意味。
・1つ目の「於」は①~を、②~とする、③~である、④~によって、の意味。
・「鬼」は①②陰の神、③亡霊、④陰の神、の意味。
・「神」は①この上なく聡明なさま、②其六6-4①「神」、③顔つき、表情、④其六6-4①「神」、の意味。
・2つ目の「不」は①②③④大いに、の意味。
・2つ目の「可」は①~できる、②長所、③④~できる、の意味。
・「象」は①準える、②則るべき手本、③形を写し取る、④準える、の意味。
・2つ目の「於」は①~を、②在る、③~である、④~を、の意味。
・「事」は①②人の生活上に起こる全ての現象、③職業、④軍事行動、の意味。
・3つ目の「不」は①②大いに、③無い、④大いに、の意味。
・3つ目の「可」は①~できる、②長所、③④~できる、の意味。
・「験」は①②③実態を検査する、④拠り所、の意味。
・3つ目の「於」は①~に従って、②~とする、③~である、④~を、の意味。
・「度」は①②其四4-2①「度」、③推測する、④其四4-2①「度」、の意味。
・「必」は①立場を確かにする、②保証する、③自説にしがみつく、④必ず実行する、の意味。
・2つ目の「取」は①②攻め取る、③引き出す、④採用する、の意味。
・4つ目の「於」は①②③④カラス、の意味。
・「人」は①②③思いやり、④民衆、の意味。
・2つ目の「知」は①感じる、②知識を得る、③感じる、④交わる、の意味。
・「者」は①助詞「もの」、②③④助詞「こと」、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「先知者、不可取於鬼神、不可象於事。不可驗於度。必取於人知者。」と「先知」の後に「者」が入るが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「先」の“導く”は、其十二1-5④「生きたまま敵を取得する間者は、治療することを第一にして、中国全土を統一すれば戦争が無くなる道理に務めると主張するのであり、真心の働きによって攻め取った敵兵達を感動させるのである」から話が続いていると考察すれば、敵兵達を自国に寝返るように導くことと推察できる。結果、「先だつ知」で「敵兵達を導いて自国に寝返らせる知恵」と解読。

・「鬼」の“陰の神”は、「陰」の意味が共通することから、其十1-14②「六」で記述された「奇策部隊の間者」を指すと考察できる。この間者は、其十二2-2①「生きたまま敵を取得する間者」を明らかにした上で、ここでは「間者」と簡潔に解読。②④も同様に解読。

・「事を不いに象る」の直訳は“人の生活上に起こる全ての現象を大いに準える”となる。これは“人の生活上”を間者の任務遂行と置き換えれば、間者の任務遂行に必要な現象をお手本通りに再現することと考察できる。結果、「任務遂行に必要な現象を大いに再現する」と解読。

・「度」は、其四4-2①「度」で記述された「戦略、戦術のお手本は、第一に基準として従う」の意味を積み上げていると考察。「度」自体は“基準”の意味だが、その基準は「戦略、戦術のお手本」である。結果、「度」で「戦略、戦術のお手本」と解読。④も同様に解読。

・4つ目の「於」の“カラス”は、其五3-2①「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」の「獲物の鳥」と考察。結果、話の流れに合わせて「獲物となった敵部隊」と解読。

<②について>
・「可きもの」の直訳は“適合する者”となる。文意全体は間者に関する内容であるため、其九4-7⑦「能力及び適性を見極めて間者として選んで取得する」に基づいて、間者として能力及び適性が適合する者と考察できる。結果、「間者に求める能力及び適性がある者」と解読。

・「神」は、其六6-4①「神」で記述された「自軍に勢いが生じるように手助けをしても敵兵を傷つけることが無く、奇策部隊が出撃する準備を整えて敵軍に陣形の型を蔑ろにさせ、待ち受ける奇策部隊を使って獲物となった敵部隊を攻め取って自軍に編制することができる。これを消化して身につける将軍は軍神である」の「将軍は軍神」を指すと考察。結果、「軍神である将軍」と解読。④も同様に解読。

・「事」の“人の生活上に起こる全ての現象”は、①「事」同様に解釈して「任務遂行に必要な現象」と解読。

・「度」は、其四4-2①「度」で記述された「戦略、戦術のお手本は、第一に基準として従う」の意味を積み上げていると考察。結果、「戦略、戦術のお手本を基準にして従う」と解読。

・4つ目の「於」の“カラス”は、①4つ目の「於」同様に「獲物となった敵部隊」と解釈。ここでは奇策部隊に攻め取られた後であり、敵の実情を聞き出す相手として記述されているため、「敵兵達」と簡潔に解読した。③も同様に解読。

・「人を必する」の直訳は“思いやりを保証する”となる。この“思いやり”は、其十二1-3①「将軍が、攻め取った敵兵に対して百金の俸給を与えることを物惜しみすれば、攻め取った敵兵を自国に順応させて敵自身から敵の実情を教えてもらうことを理解していない者である。この将軍は、この上なく思いやりがないのである」に基づけば、「百金の俸給」を指すと考察できる。但し、“百金”は大金を表現したものと解釈、又俸給以外の礼物等もあると推察できることを踏まえて「思いやりある俸給等を保証する」と包括的に解読。

・2つ目の「知」の“知識を得る”は、話の流れより其十二1-3①「敵自身から敵の実情を教えてもらう」を指すと考察できる。結果、「敵自身から敵の実情を教えてもらう」と言い換えた。

<③について>
・1つ目の「知」は、②2つ目の「知」同様に「敵自身から敵の実情を教えてもらう」と解読。④も同様に解読。

・1つ目の「取」の“採用する”は、①1つ目の「取」で記述された「この上なく聡明な間者を大いに採用する」の意味を積み上げていると考察。結果、「聡明な間者を採用する」と補って解読。

・「鬼のごとき神」は、「神」を“顔つき”と“表情”の掛け言葉と解釈すれば“亡霊のような顔つきや表情”となる。“亡霊”は、普通は目で見ることができないため、そこに居ても、居るように感じさせない特徴の喩えだと解釈できる。すなわち其七4-2①「奇策部隊が動かず静止したまま存在に気付かれない様子はまるで高くそびえた山の存在に注目する人がいない様子に等しい」の「山」と同じ解釈と言える。結果、「亡霊のように存在を認識させない顔つきや表情」と解読。

・「事を象る」の直訳は“職業の形を写し取る”となる。これは間者が職業を偽装することと考察。結果、「職業を偽装する」と解読。

・2つ目の「取」の“引き出す”は、冒頭に「敵自身から敵の実情を教えてもらうこと」が目的として提示されているため、敵自身から敵の実情を引き出すことと考察できる。結果、「敵自身から敵の実情を引き出す」と補って解読。

<④について>
・1つ目の「取」の“攻め取る”は、①2つ目の「取」で記述された「獲物となった敵部隊を攻め取る」の意味を積み上げていると考察。結果、「不いに取る」で「獲物となった敵部隊を大いに攻め取る」と補って解読。

・「事を不いに象る」の直訳は“軍事行動を大いに準える”となる。これは、其九5-1④「将軍は大いに戦況が一致する過去の戦争事例から未来を予測するうえに、さらに過去の勝ち戦を大いに鑑定し、その勝ち戦を恭しく細部まで再現することを決行する」に基づけば、過去の戦争事例をお手本通りに再現することと考察できる。結果、「過去の戦争事例を大いに再現する」と解読。

・4つ目の「於」の“カラス”は、②4つ目の「於」で記述された「攻め取った敵兵達」の意味を積み上げていると考察。結果、「攻め取った敵兵達」と解読。

・「取」の“採用する”は、話の流れより其十二2-2①「敵から寝返らせても敵と親しく交流する間者」を選んで敵人民と交流させる文意と考察。結果、「寝返らせても敵と親しく交流する間者を採用する」と補って解読。

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