客の水を絶りて来たらんとするに、水の内に於いてして之を迎える勿かれ、半ばをして済らせ令めて利なりて之を撃つなり。

其九1-5

客絶水而來、勿迎之於水内、令半濟而擊之利。

kè jué shuǐ ér laí、wù yíng zhī yú shuǐ neì、lǐng bàn jì ér jī zhī lì。

解読文

①来襲した敵軍が向こう岸から此方岸まで河川を渡って来た時、自軍が河川の中にいて、渡って来る敵軍に出向いて迎撃してはならない、敵軍半分に河川を渡らせて巧みにその半分を断ち切るのである。

②自軍が遠く離れた場所から河川に来て、河川を渡って来る敵軍を断ち切って半分にすれば、河川の中にいる敵軍半分を水没させるのである。勢いを生じた正攻法部隊に将軍が号令した時、川の渡し場にいる残り半分の敵軍を攻めれば、河川の中にいる獲物となった敵軍半分を出迎えて救出する敵部隊は存在しない。

③将軍は河川の中で止まっている敵軍半分を自軍に付き従わせるのである。出迎えて救出する敵部隊が存在しなければ、水没させた獲物となった敵軍半分の心は変わるのであり、将軍はどんどん増える収入の保証によって敵国から離反させて、攻め取った敵軍半分を自軍の正攻法部隊に仕上げるのである。

④敵国から離反した元敵兵達は慰労して豊富な収入によって礼遇するが、元敵兵達の好きにさせること無く使うのであり、自軍の真ん中に配置するのである。自軍が正攻法部隊の兵士数を増やせば、残りの蹴散らした敵軍半分は不完全な虚になるのであり、自軍の勢いを切れ味の鋭い武器の状態に至らせて容易く打ち破るのである。
書き下し文
①客の水を絶(わた)りて来たらんとするに、水の内に於(お)いてして之を迎える勿(な)かれ、半(なか)ばをして済(わた)らせ令(し)めて利なりて之を撃つなり。

②而(なんじ)来たりて、客を絶(た)てば水にするなり。利ある之に而(なんじ)の令するに、済(わた)しにある半ばを撃てば、水の内にある於(う)を迎える之は勿(な)し。

③而(なんじ)は水に絶(た)える客に来(きた)すなり。迎えるもの勿(な)ければ、水にする於(う)の内は之(ゆ)くなり、而(なんじ)は之(ゆ)く利に撃たしめて半ばを令に済(な)すなり。

④絶(た)つものは来(ねぎら)いて水に客(かく)とするも、迎えしむこと勿(な)く之(もち)いるなり、内に水にして於(お)いてせしむなり。而(なんじ)は令を済(ま)せば半(はん)たらしむなり、利(と)きに之(いた)らしめて撃つなり。
<語句の注>
・「客」は①②③外来の敵軍、④礼遇する、の意味。
・1つ目の「絶」は①川を横切り渡る、②断ち切る、③止まる、④断ち切る、の意味。
・1つ目の「水」は①河川、②水没させる、③河川、④大水、の意味。
・1つ目の「而」は①順接の関係を表す接続詞、②③あなた、④順接の関係を表す接続詞、の意味。
・「来」は①②向こう側からこちら側に着く、③こちら側に付き従わせる、④慰労する、の意味。
・「勿」は①してはならない、②③存在しない、④しない、の意味。
・「迎」は①②出迎える、③出迎える、④気に入るようにする、の意味。
・1つ目の「之」は①代名詞、②彼ら、③変わる、④使う、の意味。
・「於」は①在る、②③カラス、④在る、の意味。
・2つ目の「水」は①②河川、③④水没させる、の意味。
・「内」は①②中、③心、④ものの内側、の意味。
・「令」は①使役形、②号令する、③④季節、の意味。
・「半」は①②③二分の一、④不完全な、の意味。
・「済」は①川を渡る、②川の渡し場、③仕上げる、④増やす、の意味。
・2つ目の「而」は①順接の関係を表す接続詞、②③④あなた、の意味。
・「撃」は①断ち切る、②攻める、③断ち切る、④叩く、の意味。
・2つ目の「之」は①代名詞、②彼ら、③変わる、④ある地点や事情に達する、の意味。
・「利」は①巧みなさま、②勢い、③富、④鋭い、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は欠落しているため、孫子(講談社)の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「客の水を絶りて来たらんとす」の直訳は“外来の敵軍が河川を横切り渡って向こう側からこちら側に着こうとする”となる。これは、来襲した敵軍が、河川の向こう岸からこちら側の岸まで渡ってくる状況を指すと考察。結果、「来襲した敵軍が向こう岸から此方岸まで河川を渡って来る」と解読。

・1つ目の「之」は、「客」の「来襲した敵軍」を指示する代名詞と解釈。ここでは「来襲した敵軍が向こう岸から此方岸まで河川を渡って来る」の意味を積み上げていると考察し、「渡って来る敵軍」と補って解読。

・「迎」の“出迎える”は、自軍から敵軍に向かっていく行為と解釈できる。結果、「出向いて迎撃する」と解読。

・2つ目の「之」は、「半」の「敵軍半分」を指示する代名詞と解釈。ここでは話の流れに合わせて「その半分」と解読。

<②について>
・「来」の“向こう側からこちら側に着く”は、其九1-4②「河川から遠く離れて自軍の立場を確かにする」場所から河川に来ることと考察。結果、「遠く離れた場所から河川に来る」と解読。

・「客」の“外来の敵軍”は、①「来襲した敵軍が向こう岸から此方岸まで河川を渡って来た時」の意味を積み上げていると考察。結果、「河川を渡って来る敵軍」と解読。

・1つ目の「絶」の“断ち切る”は、①「敵軍の半分に河川を渡らせて巧みにその半分を断ち切る」の意味を積み上げていると考察。結果、「断ち切って半分にする」と解読。

・「利ある之」の直訳は“勢いのある彼ら”となる。これは河川を渡って来る敵軍を半分で断ち切る正攻法部隊と考察。結果、「勢いを生じた正攻法部隊」と解読。

・「済しにある半ば」の直訳は“川の渡し場にいる二分の一”となる。これは、河川の中にいない残り半分の敵軍を指すと考察。結果、「川の渡し場にいる残り半分の敵軍」と解読。

・「於」の“カラス”は、其五3-2①「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」の「獲物の鳥」と考察。結果、話の流れに合わせて「獲物となった敵軍半分」と解読。③も同様に解読。

・「迎える之は勿し」の直訳は“出迎える彼らは存在しない”となる。これは、河川の中に取り残された敵軍半分に対して、残り半分の敵軍から救出に向かう敵部隊が無いと解釈できる。結果、「出迎えて救出する敵部隊が存在しない」と補って解読。

<③について>
・「水に絶える客」は、②「客」で記述された「河川を渡って来る敵軍を断ち切って半分にすれば、河川の中にいる敵軍半分を水没させる」の「河川の中にいる敵軍半分」を指すと考察。結果、「河川の中で止まっている敵軍半分」と簡潔に解読。

・「迎えるもの勿し」は、②「迎える之は勿し」の「出迎えて救出する敵部隊が存在しない」の意味を積み上げていると考察。結果、「出迎えて救出する敵部隊が存在しない」と解読。

・2つ目の「之」は、「於」の「獲物となった敵軍半分」を指示する代名詞と解読。

・「之く利」の“変わる富”は、其九1-4③「河川を横切り渡る敵軍を水没させれば、自国で収入がどんどん増えることを保証して水没させた敵兵達を敵国から離反させる」に基づけば、「どんどん増える収入の保証」と補って解読できる。

・「撃」の“断ち切る”は、「獲物となった敵軍半分」に敵国との関係を断ち切らせることと考察。結果、使役形で「敵国から離反させる」と解読。

・「半」の“二分の一”は、「獲物となった敵軍半分」を指すと考察。ここでは自軍に編制する文意であるため「攻め取った敵軍半分」と解読。

・「令」の“季節”は、其五2-4「時」の”季節“を「正攻法部隊(を構成する各部隊)」と解釈した結果に基づき、「正攻法部隊」と解読。④も同様に解読。

<④について>
・「絶つもの」の直訳は“断ち切る者”となる。これは、③「撃」で記述された「将軍はどんどん増える収入の保証によって敵国から離反させて、攻め取った敵軍半分を自軍の正攻法部隊に仕上げる」の意味を積み上げていると考察。結果、「敵国から離反した元敵兵達」と解読。

・1つ目の「水」の“大水”は、③「将軍はどんどん増える収入の保証によって敵国から離反させる」の意味を積み上げていると考察。結果、「豊富な収入」と解読。なお、“どんどん増える収入の保証”は、其四4-4④2つ目の「洫」の「耕作地にある用水路」に基づいており、“水”は収入を喩える共通項である。

・「内に水にして於いてす」の直訳は“ものの内側に水没させて存在させる”となる。これは其三1-1②「完全な状態に保つことをお手本にして兵士に力を尽くさせる概略は、停留している敵軍の小隊を打ち破っても、施して怪我が治れば自軍に所属させるのであり、背こうとすれば中隊の真ん中に配置して前進するのである」で記述された、自軍に配置させる元敵兵達の場所を指すと考察。但し、ここでは自軍を中隊と限定しても良いか判別し難いため、「自軍の真ん中に配置する」と解読。

・「半」の“不完全な”は、②「半」の「川の渡し場にいる残り半分の敵軍」の状態を指すと考察。但し、この敵軍半分は、勢いを生じた正攻法部隊が攻めて蹴散らしているため、この時点では川の渡し場には存在しない。さらに自軍は敵軍半分を編制しているため「実」を強化し、一方、敵軍は半分になってしまい相対的に「虚」になっている。これを踏まえて「半たらしむ」で「残りの蹴散らした敵軍半分は不完全な虚になる」と解読。

・「利」の“鋭い”は、其七6-2④「早朝の切れ味の鋭い武器となる士気が激しく旺盛な軍隊の勢いに至らせる」の“切れ味の鋭い武器となる”を指すと考察。結果、「利きに之らしむ」で簡潔に「自軍の勢いを切れ味の鋭い武器の状態に至らせる」と解読。

・「撃」の“叩く”は、其五1-4①「段」の“槌(つち)で打つ”と同意と考察。其五1-4①「自分の方に投げられた脆い卵を目にとめて固い木槌で打つに等しく自軍に向かって来る脆い敵軍を認識して固い自軍で打ち破る」の虚実の教えに基づき、「容易く打ち破る」と解読。

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