凡そ客は、深ければ則ち槫するなり、浅ければ則ち散ると為す。

其十一6-1

凡為客、深則槫、淺則散。

fán wéi kè、shēn zé tuán、qiǎn zé sǎn。

解読文

①一般的に来襲してきた敵軍は、自国領土の奥深くまで侵入するならば集合しているのであり、侵入してからあまり時間が経過していないならば分散しているのである。

②そもそも来襲してきた敵軍が、集合しているならば兵士達は切実な状態であり、分散しているならば兵士達は物事を上っ面だけで考える状態である。

③来襲してきた敵将軍が傑出せず平凡であれば、兵士達が切実な状態になった時、条文に従って正しさが厳格過ぎて兵士達の心が国から離れていくのである。物事を上っ面だけで考えてお手本を実行すれば、兵士達が逃げるのである。

④兵士達が切実な状態になった時は、陣地にした元敵里等で礼遇して癒すのがお手本である。兵士達が逃げる時は、上っ面であっても集合させるのがお手本である。

⑤切実な状態になった兵士達を癒すお手本は、陣地にした元敵里等で手厚くあつかって長い期間を過ごさせるのである。逃げる兵士達を集合させるお手本は、短い期間であっても気晴らしをさせるのである。

⑥あらゆる範囲で兵士達を管理して手厚くあつかうのであり、陣地にした元敵里等で手厚くあつかって長い期間を過ごさせるならば兵士達は集合するのであり、短い期間であっても気晴らしをさせるならば兵士達は集合するのである。

⑦陣地にした元敵里等に来襲してくる敵軍が出現したと見なせば、兵士達が集合するお手本を実行した上で、あぜ道にある水の流れを充満させるお手本を実行することでどんどん自軍の士気が旺盛になれば、整った敵軍は虚を生じて消え失せるのである。

⑧陣地にした元敵里等に、豊富な兵士数を備えた敵軍が出現したと見なした時は、軍隊を整った隊列で広げるお手本を実行して兵士達を逃亡させずに引き止めて、敵軍を分断させて十分の一にさせるお手本を実行するのである。
書き下し文
①凡(およ)そ客は、深ければ則ち槫(たん)するなり、浅ければ則ち散ると為(な)す。

②凡(およ)そ客は、槫(たん)すれば則ち深くするなり、散れば則ち浅く為(な)すなり。

③客の凡なれば、深くするに、則(そく)に槫(たん)たるなり。浅く為(な)して則(そく)なせば、散るなり。

④深くするに、凡(はん)に客(かく)として為(おさ)めるは則(そく)なり。散るに、浅きも槫(たん)するは則(そく)なり。

⑤為(おさ)める則(そく)は、凡(はん)に客(かく)として深くせしむなり。槫(たん)する則(そく)は、浅きも散(さん)ぜしむなり。

⑥凡(およ)そ為(おさ)めて客(かく)とするなり、深くせしめば則ち槫(たん)するなり、散(さん)ぜしめば則ち浅くするなり。

⑦凡(はん)に客ありと為(な)せば、槫(たん)する則(そく)なして、深くする則(そく)なして浅くして散(さん)ずるなり。

⑧凡(はん)に深き客ありと為(な)すに、槫(たん)を浅くする則(そく)なして、散らしむ則(そく)なすなり。
<語句の注>
・「凡」は①一般的に、②そもそも、③傑出せず普通であるさま、④⑤俗世、⑥あらゆる範囲で、⑦俗世、⑧傑出せず普通であるさま、の意味。
・「為」は①~である、②③考える、④⑤癒す、⑥管理する、⑦⑧見なす、の意味。
・「客」は①②外来の敵軍、③訪問してきた人、④礼遇する、⑤⑥相手を客として手厚くあつかう、⑦⑧外来の敵軍、の意味。
・「深」は①内外に距離が大きい、②③④切実なさま、⑤⑥(時間が)長く経っているさま、⑦水面から水底までの距離が大きい、⑧よく茂っているさま、の意味。
・1つ目の「則」は①②~ならば、③条文、④⑤模範、⑥~ならば、⑦⑧模範、の意味。
・「槫」は①②集まる、③まるい、④⑤集める、⑥⑦集まる、⑧屋根の棟木、の意味。
・「浅」は①時間が短いさま、②③④皮相なさま、⑤時間が短いさま、⑥狭い、⑦水がわずかで深くないさま、⑧狭い、の意味。
・2つ目の「則」は①②~ならば、③④⑤模範、⑥~ならば、⑦⑧模範、の意味。
・「散」は①②分かれる、③④逃げる、⑤⑥気晴らしをする、⑦消え失せる、⑧分かれる、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「深」の“内外に距離が大きい”は、其十一1-7①「深」で記述された「敵国領土の奥深くまで侵入する」の意味を積み上げていると考察。但し、ここでは敵軍が自国に来襲している文意であるため、「自国領土の奥深くまで侵入する」と補って解読した。

・「槫」の“集まる”は、城壁の必要度が極めて高く兵士達が恐れる戦地「重地」であるため、自ずと敵軍が集合している状態と考察。結果、「集合している」と解読。②も同様に解読。

・「浅」の“時間が短いさま”は、「深」で記述された戦地「重地」との対比と解釈すれば、「侵入してからあまり時間が経過していない」と補って解読できる。

・「散」の“分かれる”は、「槫」の“集合”との対比と考察。結果、「分散している」と解読。②も同様に解読。

<②について>
・「深」の“切実なさま”は、敵兵達が切実な状態になっていると考察。結果、一般化して「兵士達は切実な状態である」と解読。③④も同様に解読。

・「浅」の“皮相なさま”は、皮相が“物事の表面、上っ面”という意味であることを踏まえて、「浅く為す」で「(兵士達は)物事を上っ面だけで考える」と一般化して解読。③も同様に解読。

<③について>
・「客」の“訪問してきた人”は、①②「客」の「来襲してきた敵軍」を率いる将軍を指すと考察。結果、「来襲してきた敵将軍」と解読。

・「槫」の“まるい”意味は、其五5-3②「円」と同意と考察。其五5-3②「正しさが厳格過ぎれば人民の心は自国から離れていく」に基づき、話の流れに合わせて「正しさが厳格過ぎて兵士達の心が国から離れていく」と一般化して解読。

・「散」の“逃げる”は、敵兵達が軍隊から逃げることと考察。結果、一般化して「兵士達が逃げる」と補って解読。④も同様に解読。

<④について>
・「凡」の“俗世”は、其一2-5④「地」の「敵国の町、村、里、集落」であり、兵士達を癒すために赴く里等であるため其十一5-6②「聚」の「陣地にした敵里等」を指すと考察。結果、「陣地にした元敵里等」と解読。⑤⑦も同様に解読。

・「浅」の“皮相なさま”は、②③「浅」同様に解釈して「上っ面である」と解読。

・「槫」の“集める”は、①②「槫」同様に解釈して「集合させる」と解読。

<⑤について>
・「為」の“癒す”は、④「為」で記述された「兵士達が切実な状態になった時は、陣地にした元敵里等で礼遇して癒す」の意味を積み上げていると考察。結果、「切実な状態になった兵士達を癒す」と補って解読。

・「深」の“(時間が)長く経っているさま”は、「陣地にした元敵里等」で長い期間を過ごすことと考察。結果、使役形で「長い期間を過ごさせる」と解読。

・「槫」の“集める”は、④「槫」の「兵士達が逃げる時は、上っ面であっても集合させる」の意味を積み上げていると考察。結果、「逃げる兵士達を集合させる」と補って解読。

<⑥について>
・「為めて客とする」の“管理して相手を客として手厚くあつかう”の“相手”は、解読文⑤の兵士達を指すと考察。結果、「兵士達を管理して手厚くあつかう」と解読。

・「深」の“(時間が)長く経っているさま”は、⑤「深」で記述された「陣地にした元敵里等で手厚くあつかって長い期間を過ごさせる」の意味を積み上げていると考察。結果、使役形で「陣地にした元敵里等で手厚くあつかって長い期間を過ごさせる」と解読。

・「槫」の“集まる”は、①②「槫」同様に解釈して「兵士達は集合する」と補って解読。⑦も同様に解読。

・「散」の“気晴らしをする”は、⑤「浅」で記述された「短い期間であっても気晴らしをさせる」の意味を積み上げていると考察。結果、使役形で「短い期間であっても気晴らしをさせる」と解読。

・「浅」の“狭い”は、兵士と兵士の間隔を狭くすることと解釈すれば、兵士達が集合することと考察できる。結果、「兵士達は集合する」と解読。

<⑦について>
・「深くする則なして浅くする」は、「深」の“水面から水底までの距離が大きい”は水が溜まった状態であり、「浅」の“水がわずかで深くないさま”は溜まった水が少ない状態と解釈すれば、“水を溜めるお手本を実行して溜まった水が少ない状態にする”となる。これは其四4-5②「あぜ道にある水の流れを停滞させて充満して溢れるに等しくどんどん自軍の士気が旺盛になれば整った敵軍は虚を生じる」のお手本を指すと考察できる。結果、「あぜ道にある水の流れを充満させるお手本を実行することでどんどん自軍の士気が旺盛になれば、整った敵軍は虚を生じる」と解読。

<⑧について>
・「深」の“よく茂っているさま”は、植物が生い茂っていることと解釈した上で、其五2-3③「月を出現させるに至る太陽は、植物が芽生える準備ができたことを告げる冬のように、隠れている奇策部隊が出撃する準備を整える正攻法部隊である」等の植物の喩えから類推すれば、兵士数が多い状態の喩えと考察できる。結果、「深き客」で「豊富な兵士数を備えた敵軍」と解読。

・「槫を浅くする則なす」の直訳は“屋根の棟木を狭くする模範を実行する”となる。これは棟木と棟木の感覚を狭くすることと解釈すれば、棟木を並べることであり、筏のような形状をつくることと考察できる。この解釈に基づけば、其五5-3⑦「方」の“木や竹で組んだ筏”を指すと解釈でき、これに喩えた其五5-3⑧「自軍が整った隊列で広がっているならば兵士達を逃亡させずに引き止めることをお手本にする」を指すことがわかる。結果、「軍隊を整った隊列で広げるお手本を実行して兵士達を逃亡させずに引き止める」と解読。

・「散らしむ則なす」の直訳は“分かれさせる模範を実行する”となる。これは、「豊富な兵士数を備えた敵軍」を分断させるお手本を実行することと解釈すれば、其六4-2①「自軍を集合させて一と見なして、敵軍は分断させて十分の一にさせる理由は、全部隊が揃った自軍を使って敵部隊の一つを敵本軍から断ち切るからである」を指すと考察できる。結果、「敵軍を分断させて十分の一にさせるお手本を実行する」と解読。

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