夫を衆くして陥れば害れる於あらしむなり、然る後に敗る為を能くするなり。

其十一8-5

夫衆陷於害、然後能為敗。

fú zhòng xiàn yú hài、rán hòu néng wéi baì。

解読文

①犯罪歴があって肉体労働等に従事する兵士の人数を増やして戦地「死地」に突入すれば、怖がって獲物となる敵部隊を出現させるのであり、そうしてやっと、打ち負かす任務が遂行できるのである。

②そもそも、多人数の正攻法部隊によって戦地「死地」に突入すれば、怖がって獲物となる敵部隊を出現させて、その後で、奇策部隊の間者が打ち負かす任務を遂行するのである。

③獲物となる敵部隊は、戦地「死地」に突入した時、この多人数の正攻法部隊に対して都合が悪いと思うのであり、その後で、いっそのこと味方を裏切って逃走しようと考えるのである。

④多人数の正攻法部隊は、この都合が悪いと思った敵部隊が、味方を裏切って逃走しようとする行動を妨げて窮地に追い込むのであり、そこで初めて奇策部隊が出現するのである。

⑤この都合が悪いと思った敵部隊は、多人数の正攻法部隊に“虚”の部隊があれば、味方を裏切って逃走する行動を後回しにして、“虚”の部隊を狙って殺害して任務に堪えることが正しいと思うのである。

⑥この獲物となった敵部隊は、どうして多人数の正攻法部隊に“虚”の部隊が存在しているのか、その理由を重視しないで“虚”の部隊を狙うことが正しいと思うのであり、打ち負かすことができると考えるのである。

⑦この“虚”の部隊は、獲物となった敵部隊からの攻撃によって傷つけられた時に突入するのであり、その後で、士気が殺がれて既に敗北した状態になったと装うことができるのである。

⑧この“虚”の部隊に、犯罪歴があって肉体労働等に従事する兵士が多数存在すれば、獲物となった敵部隊は都合が悪いと思うのであり、窮地に追い込まれるのである。そうして、奇策部隊が出現して打ち負かした後、その敵兵達を治療するのである。
書き下し文
①夫(おとこ)を衆(おお)くして陥(おちい)れば害(おそ)れる於(う)あらしむなり、然(しか)る後(のち)に敗(やぶ)る為(しわざ)を能(よ)くするなり。

②夫(そ)れ、衆に陥(おちい)れば、害(おそ)れる於(う)あらしめて、然(しか)る後(のち)に、能は敗(やぶ)る為(しわざ)なすなり。

③於(う)は陥(おちい)るに、夫(か)の衆を害(にく)むなり、然(しか)る後(のち)に能(むし)ろ敗(やぶ)らんと為(な)すなり。

④衆は、夫(か)の於(う)の敗(やぶ)らんとする為(しわざ)を害して陥(おとしい)れるなり、然(しか)る後(のち)に能あるなり。

⑤夫(か)の於(う)は、衆に陥(かん)あれば、敗(やぶ)る為(しわざ)を後にして、害(そこ)ないて能(よ)くすること然(しか)りとするなり。

⑥夫(か)の於(う)は、害(なん)ぞ衆に陥(かん)あるか、後にして然(しか)りとするなり、能(よ)く敗(やぶ)ると為(な)すなり。

⑦夫(か)の衆は、於(う)に害(そこ)なわれるに陥(おちい)るなり、然(しか)る後(のち)に能(よ)く敗れるを為(な)すなり。

⑧衆に夫(おとこ)あれば、於(う)は害(にく)むなり、陥(おとしい)れらるなり。然(しか)して、能ありて敗(やぶ)る後、為(おさ)めるなり。
<語句の注>
・「夫」は①成年に達して役務や肉体労働に従事する人、②そもそも、③④⑤⑥⑦この、⑧成年に達して役務や肉体労働に従事する人、の意味。
・「衆」は①数を増やす、②③④⑤⑥多くの人々、⑦⑧軍隊、の意味。
・「陥」は①②③突入する、④人を罪や窮地に追い込む、⑤⑥不足の部分、⑦突入する、⑧人を罪や窮地に追い込む、の意味。
・「於」は①②③④⑤⑥⑦⑧カラス、の意味。
・「害」は①②怖がる、③都合が悪いと思う、④妨げる、⑤殺す、⑥どうして、⑦傷つける、⑧都合が悪いと思う、の意味。
・「然」は①「然後」で“そうしてやっと”、②③「然後」で“その後で”、④「然後」で“そこで初めて”、⑤⑥正しいと思う、⑦「然後」で“その後で”、⑧そうして、の意味。
・「後」は①「然後」で“そうしてやっと”、②③「然後」で“その後で”、④「然後」で“そこで初めて”、⑤後回しにする、⑥重視しない、⑦「然後」で“その後で”、⑧時間や順序、場所が後方であること、の意味。
・「能」は①できる、②有能な人、③いっそのこと、④有能な人、⑤任に堪える、⑥⑦~することができる、⑧有能な人、の意味。
・「為」は①②行い、③考える、④⑤行い、⑥考える、⑦装う、⑧治療する、の意味。
・「敗」は①②打ち負かす、③④⑤背く、⑥打ち負かす、⑦萎む、⑧打ち負かす、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「夫」の“成年に達して役務や肉体労働に従事する人”は、其一6-1②「解読の注」において「敵軍に打ち勝つ条件を備えた軍隊をつくるためには、犯罪歴のある“成年に達して役務や肉体労働に従事する人”は重要な要素」と考察したことに基づけば、其十一8-3①等の「犯罪歴のある兵士達」を指すと解釈できる。結果、「犯罪歴があって肉体労働等に従事する兵士」と解読。⑧も同様に解読。

・「陥」の“突入する”は、其十一8-4②「陥」で記述された「戦地「死地」に突入させる」の意味を積み上げていると考察。結果、「戦地「死地」に突入する」と補って解読。②③も同様に解読。

・「於」の“カラス”は、其五3-2①「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」の「獲物の鳥」と考察。結果、話の流れに合わせて「獲物となる敵部隊」と解読。②③も同様に解読。

・「敗る為を能くする」の直訳は“打ち負かす行いができる”となる。これは、話の流れより、奇正の戦術によって獲物となった敵部隊を攻め取る任務を指すと考察。結果、話の流れに合わせて「打ち負かす任務が遂行できる」と補って解読。

<②について>
・「衆」の“多くの人々”は、其五1-1①「衆」等同様に「多人数部隊」と考察。其五1-3②「全軍の正攻法部隊は多人数部隊」の記述も踏まえて、「多人数の正攻法部隊」と解読。③④⑤⑥も同様に解読。

・「能」の“有能な人”は、「衆」の正攻法部隊に対して、奇策部隊を指すと考察。奇策部隊を率いる者は、其十二2-2①「生きたまま敵を取得する間者」であることを踏まえて、「奇策部隊の間者」と解読。

・「敗る為なす」の直訳は“打ち負かす行いをする”となる。①「敗る為」同様に解釈して「打ち負かす任務を遂行する」と解読。

<③について>
・「敗」の“背く”は、「獲物となる敵部隊」が味方を裏切ることであり、裏切った結果の行動は其十一8-4④「敵部隊は芋畑から逃走して生き永らえようとする」から類推すれば逃走である。結果、「味方を裏切って逃走する」と解読。④⑤も同様に解読。

<④について>
・「於」の“カラス”は、③「於」同様に「獲物となる敵部隊」と解釈。この敵兵達が正攻法部隊に対して都合が悪いと思ったことを踏まえて、「都合が悪いと思った敵部隊」と解読。⑤も同様に解読。

・「能」の“有能な人”は、②「能」同様に「奇策部隊の間者」と解釈するが、ここでは話の流れに合わせて「奇策部隊」と解読した。⑧も同様に解読。

<⑤について>
・「陥」の“不足の部分”は、話の流れより其五4-6②「おとり部隊」を指すと考察。この「おとり部隊」は意図的に尽き果てているように見せかけるため、「虚」の状態を装うのだと解釈。結果、「“虚”の部隊」と解読。

・「害」の“殺す”は、「都合が悪いと思った敵部隊」が正攻法部隊の“虚”の部隊を殺害することと考察。結果、話の流れに合わせて「“虚”の部隊を狙って殺害する」と補って解読。

<⑥について>
・「於」の“カラス”は、⑤「於」同様に「獲物となる敵部隊」と解釈。この敵部隊は、偽りの“虚”の部隊を狙うことが正しいと思ったため、この時点で獲物になった状態と解釈。結果、「獲物となった敵部隊」と解読。⑦⑧も同様に解読。

・「後」の“重視しない”は、「どうして多人数の正攻法部隊に“虚”の部隊が存在しているのか」の理由を重視しないことと考察。結果、「その理由を重視しない」と補って解読。

・「然」の“正しいと思う”は、⑤「然」で記述された「“虚”の部隊を狙って殺害して任務に堪えることが正しいと思う」の意味を積み上げていると考察。結果、「“虚”の部隊を狙うことが正しいと思う」と補って解読。

<⑦について>
・「夫の衆」の直訳は“この軍隊”となる。これは、⑥「陥」の「“虚”の部隊」を指すと考察。結果、「この“虚”の部隊」と解読。

・「害」の“傷つける”は、話の流れより其五4-6②「敵軍からの攻撃を誘う陣形等の型を使って敵軍から攻撃を受けた時におとり部隊が動き出せば獲物となる敵部隊が出現する」の攻撃を指すと考察。結果、受身形で「攻撃によって傷つけられる」と補って解読。

・「敗」の“萎む”は、植物等が生気を失って萎れることであり、兵士達の士気の喩えと解釈すれば、其七6-2②「夕暮れ時の殺がれた士気は既に敗北した状態になる」を指すと考察できる。結果、「士気が殺がれて既に敗北した状態になる」と解読。

<⑧について>
・「衆」の“軍隊”は、⑦「衆」で記述された「この“虚”の部隊」の意味を積み上げていると考察。結果、「この“虚”の部隊」と解読。

・「夫ある」は、「夫」を「犯罪歴があって肉体労働等に従事する兵士」と解釈すれば“犯罪歴があって肉体労働等に従事する兵士が存在する”となる。これは①「犯罪歴があって肉体労働等に従事する兵士の人数を増やす」の意味を積み上げていると考察。結果、「犯罪歴があって肉体労働等に従事する兵士が多数存在する」と補って解読。

・「為」の“治療する”は、打ち負かして傷ついた敵兵達を治療することと考察。結果、「その敵兵達を治療する」と補って解読。

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