日なす者は、月なる箕、壁、翼、軫に在るなり。凡そ、此の四者は、風の起こる日に之るなり。

其十三1-6

日者月在箕壁翼軫也。凡此四者、風之起日也。

rì zhě yuè zaì jī bì yì zhĕn yĕ。fán cǐ sì zhě、fēng zhī qǐ rì yĕ。

解読文

①火が上がって燃えることを援助する好機について吉凶や縁起を占う将軍は、毎月の箕・壁・翼・軫といった二十八宿の占いに依存するのである。一般的に、この四種類の日は、風が発生する日になるのである。

②巧みに仕掛ける火災の準備をする間者は、毎日、竹や縄で作られた農具、民家等の木製の壁、木製の舟、木製の車を観察するのである。風が発生した好機に、あらゆる範囲でこの四種類の道具を使うのである。

③巧みに仕掛ける火災の準備をする間者は、毎日観察した敵の実情を自軍の陣営に届けるのであり、将軍が考えている計画を変えることを補佐するのである。この間者が、敵里等の人民に対して将軍の良い噂を流せば、日を追う毎に啓発するのである。

④巧みに仕掛ける火災の準備をする間者が、風が発生した好機に火災を発生させた時、正攻法部隊がその敵里等に突入すれば、奇策部隊は正攻法部隊の両翼から進路をねじり変えて、民家等の壁にある竹や縄で作られた農具の隙間に隠れるのである。このような将軍は、散り散りに駆け逃げる敵里等の人民や兵士達を思うままに操るのである。
書き下し文
①日なす者は、月なる箕(き)、壁(へき)、翼(よく)、軫(しん)に在るなり。凡そ、此の四者は、風の起こる日に之(いた)るなり。

②月なる者は、日に、箕(き)、壁(へき)、翼(よく)、軫(しん)を在(み)るなり。風の起こる日に、凡そ此の四者を之(もち)いるなり。

③月は日に在(み)ること壁(へき)に箕(き)するなり、軫(しん)すること翼(たす)けるなり。此(これ)の、凡(はん)に、四の風を之(もち)いれば、日に起こすなり。

④之の日に起こらしむに、日あれば、月は翼(よく)より軫(しん)して、壁(へき)の箕(き)に在るなり。此(か)く者は、風(ふう)する凡(はん)を四なすなり。
<語句の注>
・1つ目の「日」は①日時の吉凶や縁起、②③毎日、④其五2-3③「日」、の意味。
・1つ目の「者」は①②助詞「もの」、③助詞「こと」、④仮定表現の助詞、の意味。
・「月」は①毎月の、②③月の色や形に似ているさま、④其五2-3④「月」、の意味。
・「在」は①依存する、②③観察する、④位置する、の意味。
・「箕」は①二十八宿の一つ、②穀物をあおり上げて殻やちりを飛ばす竹で編んだ農具(ふるい)・縄を編んだ運搬用農具(もっこ)、③縄を編んだ運搬用農具(もっこ)、④穀物をあおり上げて殻やちりを飛ばす竹で編んだ農具(ふるい)・縄を編んだ運搬用農具(もっこ)、の意味。
・「壁」は①二十八宿の一つ、②家の四方を囲ったり部屋を隔てる面(壁)、③陣営、④家の四方を囲ったり部屋を隔てる面(壁)、の意味。
・「翼」は①二十八宿の一つ、②舟、③補佐する、④両側の部隊、の意味。
・「軫」は①二十八宿の一つ、②車、③転ずる、④方向をねじり変える、の意味。
・1つ目の「也」は①②③④断定の語気、の意味。
・「凡」は①一般的に、②あらゆる範囲で、③④俗世の人、の意味。
・「此」は①②③代名詞、④このような、の意味。
・「四」は①②数の名、③④四回目という序数、の意味。
・2つ目の「者」は①②種、③仮定表現の助詞、④助詞「もの」、の意味。
・「風」は①②空気が流動する現象(風)、③噂、④散り散りに駆け逃げる、の意味。
・「之」は①ある地点や事情に達する、②③使う、④代名詞、の意味。
・「起」は①②発生する、③啓発する、④発生する、の意味。
・2つ目の「日」は①ある特定の日、②おり、③日を追う毎に、④おり、の意味。
・2つ目の「也」は①②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は「◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇。凡此四者、風之起日也。」と前半十三字が欠落。孫子(講談社)の原文は「日者宿在箕壁翼軫也。」、新訂孫子(岩波)及び“七書孫子”の原文は「日者月在箕壁翼軫也。」とある。それぞれの注釈によると孫子(講談社)の「宿」は後世の置き換えと判断できるため、新訂孫子(岩波)及び“七書孫子”の原文を採用した。なお、新訂孫子(岩波)及び“七書孫子”の原文から補っても、残り四字の欠落があることを補足しておく。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・1つ目の「日」の“日時の吉凶や縁起”の“日時”は、話の流れを踏まえると其十三1-5①「火が上がって燃えることを援助する好機」を指すと考察できる。また、その好機について“吉凶や縁起”を占うのだと解釈できる。結果、「日なす者」で「火が上がって燃えることを援助する好機について吉凶や縁起を占う将軍」と解読。

・「箕壁翼軫」は、二十八宿の種類であり、月が通過する場所に基づいて占うことと解釈できる。なお、孫子兵法において占いに対して否定的であり、他三通りの解読文を成立させる目的で採用された四種類と推察し、現時点では各種に関する詳細な意味は求めないこととした。結果、暫定的に「箕・壁・翼・軫といった二十八宿の占い」と解読。

・「此」は、「箕壁翼軫」を指示する代名詞と解釈。結果、「此の四者」で「この四種類の日」と解読。

<②について>
・「月」は、其五2-3④「」の「奇策部隊」と同意と考察。③も同様に解読。

・「月なる者」の直訳は“月の色や形に似ている者”となる。これは其五2-3④「」を「奇策部隊」と解釈することに基づけば、奇策部隊に似ている者となる。これは奇策部隊を率いる其十二2-2①「生きたまま敵を取得する間者」に似た者と解釈し、話の流れを見れば、其十三1-3①「敵から寝返らせても敵と親しく交流する間者」を指すと考察できる。但し、この間者は、其十三1-3①「日頃から巧みに仕掛ける火災の準備をしておいて決行する」を実践することを踏まえて、文意をわかりやすくするため「巧みに仕掛ける火災の準備をする間者」と解読した。

・「竹や縄で作られた農具、民家等の木製の壁、木製の舟、木製の車」は、其十三1-3②「火災に利用する道具」として使う可能性があることも踏まえて、「壁、翼、軫」には木製と補って解読した。

・「此」は、「箕壁翼軫」を指示する代名詞と解釈。結果、「此の四者」で「この四種類の道具」と解読。

<③について>
・「月」の“月の色や形に似ているさま”は、②「月」で記述された「巧みに仕掛ける火災の準備をする間者」の意味を積み上げていると考察。結果、「月」で「巧みに仕掛ける火災の準備をする間者」と解読。

・「在ること」の直訳は“観察したこと”となる。これも其一1-2①「敵自身から敵の実情を教えてもらう方法を探求する」の一種と考察すれば、「観察した敵の実情」と解読できる。

・「箕」の“縄を編んだ運搬用農具(もっこ)”は、“運搬用”の意味に着眼すれば、間者が観察した敵の実情を自軍に届けることと考察。結果、「箕する」で「届ける」と解読。

・「軫」の“転ずる”は、其十二4-3②「この間者をこっそりと元々所属していた敵国に戻す理由は、将軍の考えている方針や戦略、戦術に上手く適合させる企てが実現するからである。すなわち、敵国に戻す間者によって敵の実情を得て正確な判断をするのである」に基づけば、「観察した敵の実情」を得た将軍が考えている方針や戦略、戦術を修正することと考察。また、其一6-1①「戦略、戦術の計画を立てて勝利を得る」を参考にして、「将軍が考えている計画を変える」と補って解読。

・「此」は、「月」の「巧みに仕掛ける火災の準備をする間者」を指示する代名詞と解釈。但し、冗長にならないように「この間者」と解読。

・「凡」の“俗世の人”は、「巧みに仕掛ける火災の準備をする間者」が潜伏している敵里等の人民を指すと考察。結果、「敵里等の人民」と解読。

・「四」の“四回目という序数”は、其一2-1①で四番目に記述された「将」の「将軍」を指すと考察。結果、「将軍」と解読。

・「四の風」は、「四」を「将軍」と解釈すれば“将軍の噂”となる。この噂が「敵里等の人民」を啓発するための仕掛けであるため、良い噂を流すのだと考察できる。結果、「将軍の良い噂」と補って解読。

<④について>
・「之」は、③「月」の「巧みに仕掛ける火災の準備をする間者」を指示する代名詞と解読。

・2つ目の「日」の“おり”は、②2つ目の「日」で記述された「風が発生した好機」の意味を積み上げていると考察。結果、「風が発生した好機」と解読。

・「起」の“発生する”は、其十三1-4②「起」で記述された「火災を発生させる」の意味を積み上げていると考察。結果、使役形で「火災を発生させる」と補って解読。

・1つ目の「日」は、其五2-3③「」の「正攻法部隊」と同意と考察。この正攻法部隊が「巧みに仕掛ける火災の準備をする間者」が潜伏している敵里等に突入する文意であるため、「日あり」で「正攻法部隊がその敵里等に突入する」と補って解読。

・「月」は、其五2-3④「」の「奇策部隊」と同意と考察。結果、「奇策部隊」と解読。

・「翼より軫する」の直訳は“両側の部隊から方向をねじり変える”となる。これは間者から事前に得た実情によって、定めておいた隠れ場所に奇策部隊が向かうことと考察。その際、奇策部隊は正攻法部隊の両翼に配置しており、突入後にその両翼から隠れ場所を目掛けて方向転換するのだと解釈できる。結果、「正攻法部隊の両翼から進路をねじり変える」と解読。

・「壁の箕に在る」は、解読文②より「壁」は「民家等の木製の壁」、「箕」は「竹や縄で作られた農具」と解釈すれば“民家等の壁にある竹や縄で作られた農具に位置する”となる。これは奇策部隊が、壁と農具の間にある隙間に隠れることと推察できる。結果、「民家等の壁にある竹や縄で作られた農具の隙間に隠れる」と補って解読。

・「凡」の“俗世の人”は、③「凡」同様に「敵里等の人民」と解釈。但し、自軍が突入した場面であるため、人民だけでなく兵士として対峙している者もいると考察。結果、「敵里等の人民や兵士達」と解読。

・「四」の“四回目という序数”は、其四4-2①で四番目に記述された「称」の「敵軍を思うままに操る」を指すと考察。結果、「四なす」で「思うままに操る」と解読。

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